社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

芳賀寛「国民経済バランス論における部門連関バランス研究」[初出「部門連関バランス研究に関する一考察」『経済学年誌』第23号,1986年]

2016-10-17 21:46:55 | 5.ロシアと旧ソ連の統計
芳賀寛「国民経済バランス論における部門連関バランス研究」[初出「部門連関バランス研究に関する一考察」『経済学年誌』第23号,1986年](『経済分析と統計利用-産業連関論および所得分布論とその適用をめぐって-』梓出版社,1995年)

 表記のテーマは日本の社会統計学の分野で,クローズアップされた時期があった。このテーマは若干,社会主義経済論(ソ連経済論)と,あるいは産業連関論批判とクロスする部分もあったので,その分野での研究者も巻き込んで見解の応酬があった。関連する論稿が量的にどれだけ公にされたかは,本稿の末尾に一覧されている「バランス論関連邦語(訳)文献(1942~85年)」をみればわかる。

 筆者は本稿でこれらの資料をさばきながら,部門連関バランス(分析)に焦点を絞り,そこでの主要論点と論点をめぐる研究者の見解の相違をタイプ分けしてサーベイを行っている。構成は以下のとおり。「国民経済バランス(論)小史-部門連関バランスをめぐる経過-」「部門連関バランスの概要と問題点」「部門連関バランス研究の検討」。メインは最後の節で,その前の2つの節は,いわばそのための予備的考察である。

 最初に,国民経済バランスとは何かが紹介されている。国民経済バランスは,旧ソ連で社会主義経済の計画化を目的に作成されていた経済循環表である。マルクスの再生産論がベースにあり,ソ連中央統計局が1926年に作成した「1923/24年ソ連邦国民経済バランスがその最初のものである。社会主義諸国ではこれにならいMPS(Material Products System)という国民経済計算が歴史的に作成され,資本主義諸国のそれであるSNA(System of National Accouts)と長く併存していた。筆者の関心は,1950年代後半から国民経済バランスの系譜に登場した部門連関バランスにある。このバランスは,資本主義諸国で作成されていた産業連関バランスと内容的にも形式的にも酷似していたが,日本の社会統計学の分野ではそれ以前から蓄積されていた産業連関分析の批判的研究の延長上で,この部門連関バランスの評価が行われた。

 筆者はある意味で馴染みの薄いこの部門連関バランスの構成とそれをもとにした部門連関バランス分析を丁寧に解説している。前者に関しては,「各象限の内容」「生産活動の範囲」「部門分類の基準」「価格評価,輸入の扱い,企業内取引の扱い」「特徴と問題点・限界」に分けての叙述である。マルクスの再生産論が前提となっているので,第一象限が物的生産部門で構成されていること,国民所得の再分配の表示の仕方で議論があったものの,その表示は無理であること,固定フォンドの再生産表示が困難であること,連関分析の必要性のために部門分類基準がアクティビティベースになっていること,などの指摘がある。後者の部門連関分析に関しては,それがいわゆる産業連関分析と同じであることの確認がなされている。もっとも,部門連関バランスでは,第一象限の部門が物的生産部門であること,労働手段の補填額が第二象限で示されているので,そのことによる違いが出てくる。

 さて,本題の部門連関バランス研究の検討では,国民経済バランスの研究動向が時期を画して紹介されている。筆者の整理では,第一期は部門連関バランス研究が登場する1960年前後まで,第二期は部門連関バランス研究が展開される1960年代,第三期は1970年以降である。第一期は,マルクス再生産論と国民経済バランス体系との関連が中心論点であった。第二期は,国民経済バランス研究の対象が部門連関バランスに集中した。第三期は,研究の関心は主としてMPSおよび資金循環の表示方法に向かった。

 筆者はここからさらに論点を絞りこんで,部門連関バランス(分析)の評価に入っている。そのさい,論者を3つのタイプに分けている。部門連関バランスの計画化への適用を支持するグループ(横倉弘行,盛田常夫),適用に対して否定的なグループ(長屋政勝,岩崎俊夫),適用が一定の留保条件つきで可能とするグループ(野澤正徳)である。   

 これらの見解の相違を見極めるポイントは2つある。一つ目のポイントは,部門連関バランスの性格規定との関わりで,部門連関バランス論がマルクス再生産論の具体化であるかどうかの評価である。横倉はそれに賛意を示し,前者が現実性をもった理論であるとする。これに対し,長屋,岩崎はこうした評価に懐疑的である。野澤は部門連関バランスが国民経済バランスの補助的計画用具の位置にとどまると述べている。

 もう一つのポイントは産業連関分析(部門連関バランス分析)との関係で,部門連関バランスが資本主義経済の計画作成,あるいは社会主義経済の計画化に適用可能かという,いわば経済体制との関わりでその有効性を判断する視点である。横倉,盛田は,資本の無政府性的競争を前提とする資本主義経済では部門連関バランスと同型(大枠として)の産業連関分析に,その有効性を保証するものはないが,社会主義経済のもとでは有効であるとする。長屋,岩崎は,経済体制を問わず,このような数理的手法の現実的根拠はないと考える。野澤は連関分析の手法を導入して作成される部門連関バランスにはいくつかの限界をもつものの,社会主義的計画化のもとでは一定の意義を有する重要な手法とみなす。

 諸説の特徴を整理した,筆者は部門連関バランスがマルクス再生産表式の具体化とみなしえないが(p.63),前者は再生産の基本的諸要素の反映という点で産業連関表より若干改善されていること(p.67),こうした評価を踏まえて,連関分析(部門連関バランス分析)において「質的規定の段階的組み入れ」と「分析目的の設定(明確化)」(経済過程のどのような側面について,どの点を立証しているのか,その実証でどのような理論を形成し,あるいは検証しようとしているのか-野澤)を加えて,従来の検討方法を展開する必要がある,と結論付けている(p.73)。著者の姿勢は部門連関バランス論と直接対峙するのではなく,「行司」のように諸説を分類し捌いている。この点やや物足りなさが残る。
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