社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

山田耕之介「ソヴェト経済学における最近の数理形式主義について」『立教経済学研究』第13巻第4号,1960年2月

2016-10-17 21:26:44 | 5.ロシアと旧ソ連の統計
山田耕之介「ソヴェト経済学における最近の数理形式主義について」『立教経済学研究』第13巻第4号,1960年2月

 ソ連では1954年3月に,統計学に関する科学会議が開催された。その後,1957年に新たに全連邦統計学者会議がもたれた。この間,統計学の数理形式主義がかなり進行した。筆者はこの傾向の問題点を本稿で考察している。

 54年会議は統計学に関する決議を与えて閉幕したが,この決議にはいくつかの難点があった。筆者の整理によれば,それらは第一に統計学の理論的基礎が史的唯物論とマルクス・レーニン主義の経済学とした点で,これは独立の科学である統計学が他の独立の科学を基礎におくという奇妙な関係の承認になること,第二に統計学が独自の対象を大量的社会現象の量的側面とするという規定が消極的なそれで,経済学との境界が曖昧であること,第三に決議が数理的形式主義の論駁に性急のあまり,他の独創的な諸見解を十分考慮していないこと,であった。遠からず,次の論争が生まれてくる可能性があったが,それが現実となった。事実,54年会議後,経済学の研究活動が経済現象の質的側面の研究から量的側面のそれへの移行を要請する動きがあった。そのことは,当時のレニングラード大学経済学部の研究計画にも確認することができる。また,この動きは企業規模の生産計画はもとより,国民経済規模のバランス論でも顕著であった。

 全ソ連邦統計学者会議は,こうした背景のもとに,1957年6月4日から8日まで,モスクワで開催された。この会議は,ソ連で初めて投入産出表(部門連関バランスのこと)が登場したことで知られている。会議には中央および地方の統計・計画機関などから650名以上が参加した。議題は3本あり,第一議題は工業と建設業の管理組織改善に対する統計学の実践的・科学的任務に関する問題,第二議題は1959年1月の国勢調査計画に関する問題,第三議題は国民経済報告バランスの基本的方法論に関する問題,であった。本稿では,これらのうち第一と第三の議題に関した議論が,とくに後者に重きがおかれて,とりあげられている。

 第一の議題に関しては,計算と統計の中央集権化,統計活動の機械化,政府の統計機関における経済研究の改善,統計学の方法論的研究の改善,統計活動における人材の養成の5部からなる決議が紹介されている。「統計学の方法論的研究の改善」には,54年会議が統計学の創造的発展に寄与した意義が強調されながら,なお多くの欠陥があるとして,具体的研究方向の指示がある。それらは①産業部門の分類,②地域指数の作成問題,③工業および資本形成の発展指標の地域間比較のための方法論的基礎,④地域間および共和国間の関係研究に関連した工業および建設業における専門化と協力関係の統計的研究,⑤投資効率の計算に関連した価格形成,収益性,蓄積水準の研究,⑥企業の生産能力決定の方法論,⑦物材報告バランス構成の統一的方法論,⑧サンプリングおよびグループ分けの利用問題,などである。

 第三の議題をめぐる討論は,国民経済計画化の新しい力点の所在をめぐってなされた。ここでは中央統計局国民経済バランス部長ヴェ・ア.ソーボリの報告が紹介されている。ソーボリは報告のなかで,国民経済バランス総括表を含めた11の付表をもつ7個のバランスを討議案として提出した。重要なのは,この討論で投入産出表(分析)の評価,位置づけが初めて議論されたことである。ソーボリはその報告で投入産出表を国民経済バランス体系のなかの「社会的生産物の生産,消費,蓄積のバランス」の付表として示した。「社会的生産物の生産,消費,蓄積のバランス」に対しては,ペトロフ(ゴスプラン科学=研究経済研究所),エイデリマン(中央統計局),カーツ(ゴスプラン科学=研究経済研究所)などの見解が紹介されている。ソーボリ自身の投入産出分析に対する態度は全面的支持ではなく,条件付きであった。しかし,ネムチーノフ,リフシッツは,投入産出分析の積極的利用を主張した。関連して旅客運輸が生産的労働であるか,価格の価値からの乖離度を決められるか,生産物価値をどのように算定するかなどの論点が議論された。

 会議での議論を契機に,数理派は投入産出分析(部門連関バランス分析のこと)に関心をよせ,その利用を推奨した。数理派の意図は,経済分析に数学利用が妥当であることの再提起にあった。筆者は科学アカデミー会員のネムチーノフの論文(「ソビエト経済科学の現代的課題」),モスクワ財政研究所のマスロフの論文(「経済計算における数学の利用について」)に代表させて,数理派の主張を吟味している。

 ネムチーノフは経済学者が社会についての技師であるとし,生産の技術および工業技術の研究と接触を失ってはならない,と述べた。この点を前置きに,数学利用の有効性が主張された。社会主義社会では多数のさまざまな計画や経済の計算にもとづいて運営されているから,数学的方法の意義が各段にたかまるというわけである。課題の第一は,あらゆる消費対象,労働対象および労働手段の社会的価値の決定である。これは国民経済を科学的に管理する環である。課題の第二は,個々の標準量(たとえば物材補給ノルマ)の決定である。ここでは,現代数学の方法(例えばマトリックス代数)の利用が考えられると言う。他方,マスロフは,数学利用と経済モデルの利用の2つの論点を明示して議論展開した。マスロフはまず,マルクスが科学の完成条件を数学の利用度にみていたと述べ,次いで,経済学における数学利用が経済モデルの構成によって果たされる,と主張した。

 筆者はネムチーノフ,マスロフのこのような主張が誤っていること(経済成長の経済法則をひとつの定差法方程式であらわすことにみられる計量経済学に対する過大評価)を逐一指摘し,最後に次のように結論付ける。「・・・ソ連邦において経済学が指導的役割をはたすためには,量的研究についても強化されねばならないことはいうまでもない。そして,その場合にこれまでの質的研究がさらにいちだん深められることがなによりも大切である。なぜなら,方法は対象の性格によって第一義的に規定されるからである」と。(p.290)
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