社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

松村一隆「物価指数の基本的問題-蜷川説の検討-」『法経論集 経済・経営編83号』第83号,1976年7月

2016-10-16 15:36:48 | 9.物価指数論
松村一隆「物価指数の基本的問題-蜷川説の検討-」『法経論集 経済・経営編83号』第83号,1976年7月

 本稿で筆者は物価指数の基本問題である指数の経済的意味の考察を,蜷川虎三の物価指数論を検討することで,行なっている。

 直接,蜷川物価指数論にあたる前に,内海庫一郎,山田喜志夫,高木秀玄の蜷川物価指数論の評価を紹介するという,やや迂遠な方法をとっている。
筆者の理解によれば,内海の蜷川物価指数論の評価は以下のとおりである。第一に蜷川物価指数論は,マルクス経済学の立場から物価指数の経済的意味を解明した。第二に蜷川説の核心は物価指数で,単位貨幣に含まれる労働価値量を測定しようとした。第三に一般物価指数の経済的意味を,マルクスの価値形態論における価値表現を利用して説明した。第四に蜷川物価指数論は価値論レベルにとどまっているので,生産価格,独占価格のレベルでこれをとらえなければならない。第五にその手掛かりになるのは,ソ連での価値と価格との関連を追及した議論である。 

 山田喜志夫の蜷川物価指数論の評価は,次のように要約可能であるという。第一に蜷川が物価指数論を労働価値説から基礎づけようとしたことは高く評価すべきである。第二に,しかし蜷川物価指数論は価値論レベルの議論である。貨幣における度量標準機能の問題,需給変動による価格の価値からの乖離の問題,独占価格分析を欠いている。
 高木秀玄の評価は,次の4点に絞られる。第一に,蜷川が統計学の一般理論を基礎に指数論を展開した意義は大きい。第二に,「社会的な共通量=V」(商品に投下された労働量)でその所論を貫徹したことが評価できる。第三にその指数論は,現実の具体的問題に比べて抽象的,一般的にすぎる。第四に,形式的分析にとらわれた部分がある。

 そこで,蜷川自身の物価指数論である。蜷川は物価指数について,2つの場合を峻別する。

 (A)一般的,貨幣価値あるいは物価水準の変動の測定を対象とする場合。(B)「特定の商品の特定量の価額の変化」あるいは「或る経済活動に必要なる貨幣量の変化」を測定する場合。もちろん蜷川はこのうち(A)を物価指数論の本質的問題と考え,(B)に関しては副次的問題ととらえた。

 筆者は蜷川のこの理解にとりあえず共感し,その中身の紹介に入る。その結果,次のような評価をくだしている。蜷川は物価指数が一般的物価水準,「貨幣の価値」あるいは「貨幣の購買力」を測るものだという通説をとりあえず了解したうえで,この「貨幣の価値」が貨幣およびそれと交換される他の諸商品とに共通な内容を価値とみ,この価値の実態としての投下労働量の変化を測定するのが物価指数であるとした。この見解は貨幣が金そのものであり,価格が単なる価値の貨幣による表現であり,諸商品と貨幣=金との交換が等価交換であり,価格変動が価値変動に一致するという前提のもとで,平均化作用によって諸商品の価値変動を除去できるという条件を満たしている場合にのみ成立する。価値論次元の話として,これは正しい。

 しかし,平均化によって諸商品の価値変動が除去できるという条件が現段階の資本主義のもとでは想定できないので,蜷川説はそのまま今日の物価指数の基礎になりえない。

 筆者はここでさらに踏み込んで言う。「もともと物価指数論はおよそ価値論次元で検討されるような問題ではない,物価指数が問題としているのはもっと現象的,具体的な経済次元であるというのが筆者の見解である。物価指数がきわめて具体的,現象的であり,他方,価値量=投下労働量の大きさがきわめて本質的な価値次元での問題であって,両者をただちに直結することには無理があろう」と(p.21)。

 筆者はさらに,以上の議論の延長で,「貨幣の価値」あるいは「貨幣の購買力」の意味を検討している。まず一方で,今日の資本主義社会は,労働生産物だけでなく,サービスそのものや土地も商品となる時代である。これらの価値と価格は,常に乖離している。他方で「貨幣の購買力」といっても,その貨幣は通貨である。諸商品の価格は,本来の価格ではなく,貨幣金の実体から遊離している。経済取引は,不換銀行券によって媒介されている。絶えず減価する通貨(不換銀行券)の購買力を測定するのが,今日の物価指数の役割である。
そのうえで,筆者は山田喜志夫の所説を援用して,貨幣の購買力,貨幣の価値の表現には一義性が与えられず,未完成であり,いわゆる貨幣の購買力の変動も複合的であり,貨幣の価値の変動だけをとりだして測定することはできない,と述べている。しかし,ある特定の範囲内に貨幣の購買力を限定すれば,難点を克服できる。それは,ある特定の経済活動に必要な貨幣量の変化を測ることに物価指数の役割を限定することである。実はこうした限定は,蜷川が物価指数の内容を2つに峻別したさいに主要な問題から遠ざけた副次的な問題をとりあげることに他ならない。
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