社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

有田正三「ドイツ社会統計学とその展開(序説・第1章)」『社会統計学研究-ドイツ社会統計学分析-』ミネルヴァ書房,1963年

2016-10-16 21:53:58 | 4-2.統計学史(大陸派)
有田正三「ドイツ社会統計学とその展開(序説・第1章)」『社会統計学研究-ドイツ社会統計学分析-』ミネルヴァ書房,1963年

 筆者による著作『社会統計学研究-ドイツ社会統計学分析-』(ミネルヴァ書房,1963年)の冒頭で,この著作が分析対象とする範囲を示した論稿。

 いわば巻頭言なので,用語,概念が明確に規定され,参考になる。まず,社会統計学の研究対象が明示されている。それは社会科学的領域において,あるいは社会現象に対して用いられる統計方法である。もっとも社会科学的領域における統計方法には種々の特殊性があり,この特殊性をどのように認めるかで社会統計学の内容が異なることは言うまでもない。近時,数理統計学が隆盛を極めているので,その無批判的導入を批判し,応用限界を規定することは社会統計学の重要な課題である。しかし,それにもまして重要な課題は,社会科学的領域における統計方法を独自に展開することである。社会統計学が生み出した成果は大きいものの,今日ではその立ち遅れを否定できない。反省はドイツ社会統計学をも含めてなされなければならない。

 「ドイツ社会統計学とよばれるものは,本来的には,統計にとらえ得るかぎりにおいて社会を把握して得られる記述的ならびに法則的知識の体系化によって一個独立の社会科学を構想し,これに統計調査論を中心とする統計方法論を従属させる,19世紀後半期にドイツで成立した統計学の一つの歴史的形態である」。マイヤーがその代表者である。この系統はこれと並行して発展した数理派(レクシス,ボルトケヴィッチ)と論理派(リューメリン)と区別して捉えられる。前者は統計学を実体的社会科学として構想する。後者は統計学を一つの方法論=形式科学と解する。筆者はドイツ社会統計学と本来呼ばれるものと論理派の統計学をあわせてドイツ社会統計学と呼んでいる。

 さらにドイツには,その後,自らをフランクフルト学派と称する社会統計学者の一団が生まれた。フラスケンパーがその代表者である。この学派の志向する統計学は,社会科学の方法論としての統計学である。フランクフルト学派は,ドイツ社会統計学の現代的形態である。それゆえ筆者はドイツ社会統計学に,これと表裏をなす論理派統計学を加え,さらに20世紀に入ってその転化形態となったフランクフルト学派を追加し,この三者をもってドイツ社会統計学としている。

 以上をふまえ,筆者は1850年代に始まるドイツ社会統計学の生成と展開をリューメリン,エンゲル,ケトレー統計学のドイツへの導入,エッティンゲン,ワッポイス,マイツェン,シュモーラーを経てマイヤーにたどりつく過程にみている。さらに20世紀に入ってからのジージェック,フラスケンパーの動向が示される。特徴的な点は,この過程をドイツ社会の歴史的発展と対照させて論じていることである。

 ドイツ社会統計学の生成に大きな役割を果たしたリューメリンの社会概念の核心は,原子論的集合を基底におき,それを超えた理性的統一である。この概念化によって社会を歴史的にとらえる思惟形態は,リューメリンだけでなく生成期のドイツ社会統計学者に若干の相違をはらみながら共通項をもっていた。ドイツ社会統計学は,この傾向の延長線上に社会の数量像を志向する。この数量像は当時の歴史段階に対応する国家の政策,すなわちドイツにおける社会的生産力の発展にともなって激化する社会的経済的矛盾の調整の意図とともにある。エンゲルによるドイツ社会政策学会の創始と官庁統計の組織化,ドイツの主要分邦における統計局の設置,社会統計学者による統計事業の拡充と全国的統一の促進がこれである。「国家的統一のおくれよりくる官庁統計事業の発達の総体的未熟性と不均衡性,連邦的国家形態からくる国家統計の制約-これらは明らかに国民的規模における統一的数量像の形成の技術的組織的基礎の弱さを意味する。ドイツ社会統計学は,この基礎の弱さを観念的に克服して,統一的社会数量像の形成を統計実務よりもより多くの学問の課題」としたのである。

 ケトレー統計学のドイツへの導入は,すでに1850年代にエンゲルによって行われた。1860年代に入って「意志自由論争」がまきおこったが,この論争はドイツ的基盤に適合する形態へのケトレー統計学の改質を志向するものであった。ドイツ社会統計学はその社会概念においてケトレー統計学を受容する可能性を含みつつ,自由な意志の主体としての個人の総合のなかに理性的統一を設定することでケトレーと訣別する。リューメリンは統計法則が自然法則でなく,社会法則であり歴史法則(発展法則)であること,統計学はこの方向で社会諸科学に経験的材料を提供することができる,と考えた。

 国民的規模での統一的社会数量像の獲得はさしあたり断片的非統一的数字資料の編輯と分析という形態で行われたが次第に,得られた多数の統計的知識を総合し体系づけて科学に高めようとする動きが出てくる。その志向はマイヤーによって完成に近い形が与えられる。マイヤーによれば,統計学の核心は具体的統計素材より導き出される社会の状態および現象の合法則性・類型と科学的に純化整序された統計的結果を含む統計的知識の総体である。統計学は精密社会学である。社会科学の体系のなかで独立の科学の地位を与えられる。しかし,この実体科学としての統計学が成し得たことは,方法論者の予想したように,雑多な統計的知識の寄せ集め以上のものでなかった。

 20世紀に入ると,ドイツ社会統計学は大きな転換を余儀なくされる。
 実体科学としての統計学の権威の失墜,方法科学としての統計学観の台頭である。「形式科学としての統計学」への転換がこれである。統計調査論重視の傾向は,利用論重視のそれにとって代わられる。フラスケンパーの統計学では,統計調査論の委縮は歴然としている。「形式科学としての統計学」は社会科学の方法論の方法論的補助学となり,また立法・行政および経営などの社会的実践に結合する。

 後期ドイツ社会統計学の代表的形態は,ジージェクの統計学,フラスケンパーの統計学である。ジージェク統計学は「実体科学としての統計学」から「形式科学としての統計学」への過渡的形態として,同時に統計調査論の再編成と統計利用の発足として,フラスケンパーの統計学は「形式科学としての統計学」の完成形態として,同時に統計利用論の展開を本格化したものとして,それぞれ指標的意味をもつのであった。
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