社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

高木秀玄「E.L.E.Laspeyres-その統計学史的研究」『関西大学経済論集』36巻2・3・4合併号, 1986年11月

2016-10-16 20:25:29 | 9.物価指数論
高木秀玄「E.L.E.Laspeyres-その統計学史的研究」『関西大学経済論集』36巻2・3・4合併号, 1986年11月(『物価指数論史』[高木秀玄先生著作刊行会] 1994年, 所収)

 E.ラスパイレス(1834­1913)は物価指数論で有名であるが, どのような人であったのか, また他にどのような業績があったのかについては, ほとんど知られていない。本稿は, ラスパイレスの人と学問をとりあげた貴重な業績である。

詳しくはこの論文を読んでいただくのが最もよいが, 簡単に内容を要約すると次のようである。
E.ラスパイレスは1834年11月生まれ。父はハリーの法律学教授。母はプロシア中央造幣局長の娘。もともとラスパイレス家はユグノー派に属し, フランスよりベルリンへ移住してきたポルトガル人。したがってラスパイレスの名はポルトガル語に由来し, 正式には「ラスペールズ」と読む。

 ラスパイレスはチュービンゲン大学とハイデルベルク大学で法律学と国家学を学び, 1857年に法学博士の授与を受け, さらに哲学博士の称号も獲得した。その後, 1864年に, ロッシャーの推薦でバースラー大学の正教授の地位を得た。極度の移動家(旅行好き)であった。すなわちドルパート, リガ, カールスルエール, ギーセンなどに転々として職の場を変えている。ようやく, 1874年に, ギーセンにあるルドウィッヒ大学(今日のユストウス・リービッヒ大学)に落ち着くこととなった。

 ドルパート時代の1870年にハンブルク出身のヨハンナ・ノエルティングと結婚, 5人の子どもに恵まれたが, そのうち2人は幼逝した。

 1901年に軽い脳卒中で倒れ, 1913年8月4日にギーセンで79歳の生涯を閉じた。

 業績は, 道徳統計学, 教育統計学, 経済統計学など多面にわたる。しかし, 何と言っても彼の名前を有名にしたのは, 物価統計論での業績である。プロシアの多数の都市の, 長期にわたるデータを集め, 平均価格を計算し, 価格の分布状態などを分析した。それ以外にも, 租税転嫁論などで多くの物価統計の処理に労力をさいた。

 物価指数論には2本の論文, すなわち「ハンブルクの商品価格と1848年以後のカリフォルニアとオーストラリアの金鉱発見」(1864年), 「平均商品価格騰貴の計算」(1871年)がある。前者の論文では, 当時の商品の貨幣価格の変動が商品の生産高の変動によるのか, 貴金属の生産高によるのかという問題を提起し, そのさい価格変動の大きさの計測をジェヴォンスが幾何平均によったのに対し, ラスパイレスは算術平均でもとめた。後者ではラスパイレスの平均計算に反駁をくわえたドロービッシュに対する反論である。この過程で, ラスパイレスは, 加重算術平均を提唱していたドロービッシュに部分的に同調したが, どちらの計算方法でも変わりはないなら, 計算の容易な単純平均法でもよいではないかという便宜主義的な立場をとった。

 本稿では, さらにラスパイレスのその後の業績のなかから租税転嫁論がとりあげられ, 解説されている。また一般統計論について, アンケート実施, 百分比度数法によるクラス分け, 系列分布のグラフ記述, 統計調査技術などを列挙し, 統計学揺籃期におけるその功績をたたえている。
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