社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

足利末男「形式的人口論から数理統計学へ」『社会統計学史』三一書房,1966年

2016-10-16 22:11:40 | 4-2.統計学史(大陸派)
足利末男「形式的人口論から数理統計学へ」『社会統計学史』三一書房,1966年

 この論稿は「クナップ以前の人口統計論」「形式的人口論の成立と展開」「数理統計学の一原型」の3つの節からなる。

 「クナップ以前の人口統計論」では,19世紀後半にドイツで生まれてきた数理統計学への新しい方向が紹介,検討されている。この方向はヴィットシュタインが問題提起した人口統計への確率論の適用による統計学の精密化,すなわち数理統計学への途である。ここで言われる数理統計学の具体的内容は,死亡率ないし生存率を確率として規定し,これらの概念を用いて死亡表を作成することであった。この方向を実現するには2つの課題が解決されなければならない。第一は信頼するにたる人口統計が用意されなければならないことである。ヴィットシュタインは,当時の事情からそれを生命保険会社の提供する材料にもとめざるをえなかった。第二は人口統計に確率の概念を導入するには確率量としてあらわされるべき人口の諸種の集団が明確に規定されなければならなかった。この問題を取り上げたのが,「形式的人口論」の提唱者であった。

 「形式的人口論」はクナップによって創始され,ツォイヤー,ベッカー,レクシスによって展開された。なかでもレクシスは,形式的人口論の成果をふまえ,人口統計と確率論を結びつけ,数理統計学への途を切り開いた。数理統計学の発展というと普通,イギリスのゴールトン,ピアソンが想起されるが(遺伝学の領域),ドイツでは人口統計論の分野からのこのような展開があったことに注目すべきである。しかし,後者は統計学の分野でさえ,あまり取沙汰されない。その理由は,ドイツではその展開が人口統計の領域でなされ,方法に対するその制約が大きかったからである。

 ドイツでは19世紀の後半にドイツ人によるドイツの統計材料を使って平均寿命の研究が行われるようになった。人口統計の中心課題は,年齢別死亡表=死亡生残表(生命表)の算出であった。当初計算の基礎に使われたのは,教会の洗礼・埋葬の記録であったが,次第に年金事業や生命保険事業が提供する資料が使われるようになった。そのことに関して大きな役割を果たしたのは,モーゼル『寿命の法則』(1839年)である。この書は一定数の出生児のうちの何人が高年齢に達するか(生残表),またおよその出生率を明らかにすることを主要課題としていた。モーゼルは死亡の数学的法則として,ある函数式の提案を行っている。しかし,使われている資料は断片的な人口統計であった。ヴィットシュタインの問題意識は,そこにあった。

 筆者はその後の人口統計を利用した平均寿命の研究の進展を跡づけている。その際,1863年に創刊された『ヒルデブラント年報』における無署名論文の研究の紹介を利用している。紹介されているのは,ディーテリナ「平均寿命の概念とプロイセン国についてのその計算」(1859年),ヴァッポイス「平均寿命の概念とその統計的意味」(1860年),同「一般人口統計学」(1861年),エンゲル「プロイセン国とくにベルリンにおける死亡率とその平均寿命」(1862年),ホプフ「死亡表,確率寿命および平均寿命」(1862年)である。筆者はこれにマイヤの「平均寿命」(1867年)をプラスしている。マイヤに関しては,平均寿命を計算するには死亡表の作成が先決であるとしたこと,蓋然的平均寿命(計算の資料をいまなお生存している人に関する資料とする)と本来の意味の平均寿命(計算の資料を既に死亡した人に関する資料とする)とを区別したことを重くみている。

 以上の解説を行った後に,筆者は「形式的人口論の成立と展開」でヴィットシュタイン『数理統計学とその経済学および保険学への適用』の緒論「目下のところ存在しない科学について」に言及する。ヴィットシュタインの考え方は,筆者の要約では,数学的解析とくに確率論を統計と結びつけることで自然科学に匹敵する数理統計学を形成しようとしたこと,しかしそのための統計資料があまりにも脆弱だったので,人口統計の基本概念である死亡率を生命保険の材料で確率論的に処理するべきであると強調したこと,である。この主張は,結果的に人口統計論を確率論にもとづいて展開することに示された。ヴィットシュタインは,まさにこの意味で,数理統計学の先駆者となった。

 しかし,ドイツにおいて数理統計学が真に成立するには,クナップにはじまる形式的人口論の登場までまたなければならなかった。クナップはその一連の人口統計論に関する著作で,人口調査結果および出生,死亡などの人口動態統計を利用し,とくに年齢別死亡率を精密に確定し,その基礎の上に死亡生残表の作成を意図した。すなわち,クナップの人口統計論における課題は,年齢別死亡生残表を実際の統計によって厳密に測定するための理論を構築することに他ならず,数学的方法(数学解析および幾何学的表示法)による生存者および死亡者の総体に関する一般的命題の展開であった。

 クナップのこの試みは,ツォイナー,ベッカー,レクシスに継承された。筆者はこれらの論者の見解を詳細に解説し,形式的人口論の内容を明らかにしている。形式的人口論は19世紀後半の人口統計の理論の発展に大きな貢献をなした。それはまた,人口統計の領域に確率論を適用すべき条件を整備した。実際にそれを正面からとりあげて理論展開したのは,レクシスである。

 最後の節は「数理統計学の一原型-大陸派数理統計学の成立-」で,レクシスによる数理統計学の展開について論じられている。この論稿のなかで筆者が最も力を入れて執筆した部分である。それもそのはずで,レクシスには独立の科学としての統計学を,社会統計学の伝統を遵守しつつ,確率論を方法原理として構築したという貢献があったからである。もっともレクシスにあっては,独立の科学としての統計学は専ら人口統計,道徳統計に関してであり,経済統計,消費統計,行政統計,政治統計は政策提言の補助手段の意義を有するにすぎない。

 レクシスの統計学を理解するには,本稿を読む限り2つのことがクリアされなければならない。第一は,確率論によって理論的に計算された数値が経験値と一致する条件が何かという問題である。第二は,経験的事実に無関係な純粋数学の一部門である確率論が経験的社会科学である統計学の原理になることができるのか,という問題である。
第一の問題について。レクシスが人口統計を確率論と結びつける媒介項は,大数法則ではなく,経験(=確率論を集団現象に適用する根拠)である。経験が理論と一致したとき,そこに確率論が統計学の理論的図式として,すなわち基礎理論として登場する。その際,この確率論の理論と経験との一致をはかる方法とその論理的尺度を規定することがレクシスに突きつけられた課題であったが,その検討の成果として生まれたものが一つには「統計系列の安定性の吟味」(分散の理論)であり,もう一つが「標準年齢」の発見であった。

 レクシスは確率論が適用できるかどうかの根拠を,確率論によって理論的に計算された数値と経験値との一致にもとめた。問題になるのは,この一致の基準である。レクシスはこの一致の基準,すなわち一致の程度をはかる方法と尺度を,いわゆる「レクシスの基準」として示した。「レクシスの基準」は2つの条件,すなわち取り扱われるべき数値が数学的確率の経験的近似値であるか(この値は確率誤差もしくはその逆数の精度で計算される)もしくはその関数でなければならない系列の条件と,多数の観察系列が存在するという条件とがみたされたときに問題となる。この2つの条件が満たされたとき,確率論による理論値と経験値の一致の尺度が問題とされる。数学的確率の経験的近似値もしくはその関数とみなさるべきものの系列について,確率誤差もしくはその逆数の精度は2通りの方法(「組み合わせ的」あるいは「統計的」方法と「物理学的」方法;詳細は本稿の416-418頁)で計算され,これらの方法でもとめられた精度を比較することによって,関連する統計系列が確率論で処理できるかどうかが決まるとする。

 レクシスは次に,ある年齢以降の年齢別死亡数を典型的確率量とみなし,そこに「標準年齢」というものを見出した。この「標準年齢」は,3つに分けられた死亡生残表における40歳以降の第三の群(標準群)を指し,この群における死亡は,典型的確率量とみなされうるというものである。なぜなら,この群における分布は偶然誤差の理論にしたがうことが見出されたからである。レクシスは,この「標準年齢」こそが従来の平均寿命に代わる役割を果たしうるとした。

 経験的事実に無関係な純粋数学の一部門である確率論がなにゆえに経験的社会科学である統計学の原理になりうるのかという第二の問題に関して,レクシスは2つの方法で答える。一つは社会諸科学の体系における統計学の位置づけによって,もう一つは社会集団現象の分析によって,である。レクシスによれば経験的社会科学は,素材を把握する形式によって分類される。その把握形式には,自然科学的把握形式と動機にしたがって内的因果関係を明らかにするという把握形式がある。統計学は,レクシスによれば,社会現象の自然科学的把握形式をとる科学である。また集団現象は,レクシスによって,2つに分けられる。具体的集団現象(科学的に説明され得る類的に等質な生起の個別事例からなる現象)と類的集団現象(同質の最終結果にしか等質性が見出されない個別的事例からなり,それらは因果の連鎖の関係にあるが,われわれの目には偶然としか見えない現象)である。統計学は後者を対象とする。

 以上のようにレクシスは認識の方法により社会諸科学を分類して,そこにおける統計学の位置を確定し,対象(集団現象)分析との関連で確率論を原理とする統計学の性格規定を明確化した。レクシスの問題意識は極めて精密であり,その意図はかなりの程度成功しているが,そうであればあるほど彼が提示した統計学の位置づけとその対象領域は限定的なものになる。この点は,レクシスとほぼ同じ時期にイギリスにその展開をみた生物学の領域における数理統計学の「普遍的」展開と好対照をなす。

 一方で対象を社会現象に向ける限り,統計学を数理統計学に解消することは不可能である。他方で統計学は確率論にもとづく数理的方法を無視してはその内容を豊かにすることはできない。レクシスの統計学を検討した筆者の結論は,このようである。
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