社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

玉木義男「スライディング・スケールとしての消費者物価指数-賃金へのスライドの問題点を中心に-」『研究所報』No.2,1977年3月

2016-10-16 16:13:03 | 9.物価指数論
玉木義男「スライディング・スケールとしての消費者物価指数-賃金へのスライドの問題点を中心に-」『研究所報』No.2(法政大学・日本統計研究所)1977年3月

 消費者物価指数には,さまざまな利用のされ方がある。物価上昇期における実質賃金や年金の目減りを解消するための措置として提唱されたのが,消費者物価指数のスライド方式である。消費者物価指数を賃金スライドの指標として利用することに関して,2つの大きな見解がある。その一つは,消費者物価指数の上昇率をベース・アップの上限と考える立場である。もう一つは,それをベース・アップの下限と考える立場である。どちらの立場にたつにせよ,ここで問題となっているのは,物価指数が生活実感を反映していないにもかかわらず,物価指数の上昇分だけは少なくとも賃金アップに反映させてほしいという感情である。この期待は,単に形式的な目減りの埋め合わせとして考えるのではなく,消費者の社会生活における諸関係,とくに消費者のおかれている現実の生活水準をとらえる指標の作成と関連させて考えなければならない。

 本稿はこうした期待や要求を考慮にいれて消費者物価指数の賃金へのスライド制を検討し,あわせてそうした利用の限界を究明することを課題としている。

 考察の前段で,現行消費者物価指数の性格の整理がなされている。2つの考え方が示されている。一つは「消費者物価指数=物価指数」論で,もう一つは「消費者物価指数=生計費指数」論である。後者では,言うところの生計費が3つに分類されている。[1]現実生計費(①基準時購入数量生計費,②比較時購入数量生計費),[2]期待生計費,[3]理論生計費。

「[1]現実生計費」は,現実に営まれている生活に要する費用という意味の生計費である。「[2]期待生計費」は,消費者が必要である,あるいは望ましいと考える生活に要する費用という意味の生計費である。「[3]理論生計費」は,社会的歴史的に構成される生活水準に要する費用という意味の生計費である。現行消費者物価指数が生計費であるという見解は,上記の「現実生計費」のうちの「基準時購入数量生計費」を指す。となると,それは家計の消費支出部分しか対象としないので(非消費支出は除外),スライド方式が導入されただけでは,現実の生活にかかった費用さえ取り返していないことになる。

 筆者は「生活実感」を大切にしている。それは「生活実感」概念の含意を吟味する次の姿勢にあらわれている。「『生活実感』は消費者の日常の生活を通して滲み出る感覚であり,消費者の社会生活における諸関係を無視しては成立しない概念である。したがって,『物価の上昇に対する生活実感』は,『物価上昇感』とか『物価圧力感』あるいは『家計にあたえる苦痛度』などと表現されているように,『物価の上昇が生活を圧迫する度合い』つまり,『物価圧力』なるものの心理的な表現である」と(p.41)。

 その上で,消費者物価指数と生活実感との乖離は2段に分けて考えなければならないと言う。一つは,消費者物価指数が物価圧力の一部を反映しているにすぎない,ということである。もう一つは,乖離が消費者の意識構造の相違によって生ずるということである。
この意識構造の客観的基礎は,何であろうか。筆者によれば,それは個人的所有の関係である。したがって,消費者物価指数をスライディング・スケールとの関係でとらえる場合,現行消費者物価指数は①物価の変動を正確に反映していないという問題と②生計費の増加額を織り込んでいないという問題に,③個人的所有の格差を是正するのか否かという問題が付け加わる。これらの問題は,賃金上昇の要求に含まれる期待,すなわち①物価上昇による実質賃金の目減りの埋め合わせに対する期待,②生計費の増大に対する期待,③経済的格差是正のための所得分配に対する期待に符合する。

 それでは物価指数の賃金へのスライドは,これらの期待をどの程度満たすのか,と筆者は論を進める。場合をわけて,整理している。①現行消費者物価指数の不完全スライド,②現行消費者物価指数の完全スライド(「利潤」が[a]ある場合と[b]ない場合),③現行消費者物価指数の完全スライド+生計費増加額(生計費増加額が「利潤」を[a]超える場合と[b]超えない場合)。

 結論は,次のとおりである。
 ①現行消費者物価指数の不完全スライド→(1)物価上昇による賃金の目減り額の補てん不可能,(2)生計費増加額の補充なし,(3)個人所有の格差拡大
 ②[a]現行消費者物価指数の完全スライド(「利潤」がある場合)→(1)物価上昇による賃金の目減り額の補てん可能(低所得層:相対的目減り),(2)生計費増加額の補充なし,(3)個人所有の格差拡大
 ②[b]現行消費者物価指数の完全スライド(「利潤」がない場合)→(1)物価上昇による賃金の目減り額の補てん可能,(2)生計費増加額の補充なし,(3)個人所有の格差残存
 ③[a]現行消費者物価指数の完全スライド+生計費増加額(生計費増加額が「利潤」を超えない場合)→(1)物価上昇による賃金の目減り額の補てん可能(低所得層:相対的目減り),(2)生計費増加額の補充あり*,(3)個人所有の格差拡大
③[b]現行消費者物価指数の完全スライド+生計費増加額(生計費増加額が「利潤」に等しい場合)→(1)物価上昇による賃金の目減り額の補てん可能(低所得層:相対的目減り),(2)生計費増加額の補充あり*,(3)個人所有の格差残存
*「生計費増加額の補充あり」と言っても,その額の程度により消費者の期待の満たされる程度にも限度がある。

 筆者は最後に纏めている。「それゆえ,消費者物価指数の上昇率をベース・アップの上限と考え,その消費者物価指数の上昇率をベース・アップ率の抑制のガイドラインとして用いるべきだという見解は,実質的所得の低下と経済的格差の拡大をもたらすことによって,消費者特に低所得層の生活をますます圧迫すると共に相対的窮乏感をつのらせることであろう」(p.50)と。
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