社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

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薮内武司「日本における統計学論争の一原型-藤澤利喜太郎と杉亭二派-」『統計学』(経済統計研究会)第25号, 1972年3月(『日本統計発達史研究(第4章)』法律文化社, 1995年)

2016-10-08 21:30:25 | 11.日本の統計・統計学
薮内武司「日本における統計学論争の一原型-藤澤利喜太郎と杉亭二派-」『統計学』(経済統計研究会)第25号, 1972年3月(『日本統計発達史研究(第4章)』法律文化社, 1995年)

 統計学の分野では, その学問的性格をめぐって見解がわかれ, それらをめぐって論争がある。見解の相違は大きく分けると, 普遍科学方法論説, 実質科学説, 社会科学方法論説である。普遍科学方法論説は, 統計学が研究するのは, 自然科学にも社会科学にも普遍的に応用できる統計方法である, とする。実質科学説は, 統計学研究するのは, 社会現象の量的側面であるとする学説である。社会科学方法論説が, 統計学が研究するのは, 社会科学に基礎をおき, 社会現象を測定する統計方法であるとする学説である。これらの論争は, かつてドイツ社会統計学界でもなされたし, 旧ソ連の統計学界でも行われた。

 規模は小さかったが, 戦前の日本の統計学の分野にも, その種の議論があった。一つは, 1889年に森鴎外と今井武夫との間で行われた論争であり, もう一つは1893年に藤澤利喜太郎と杉亭二派との間のそれである。本稿は, 後者の紹介, 検討である。

 発端は藤澤利喜太郎が1893年12月に専修学校で行った講演「統計活論」であり, ここで藤澤は, (1)統計学は学問でない, (2)ケトレーが統計の元祖である, (3)統計の本体は大数観察である, (4)統計書の編纂法とその出版の可否, (5)日本に真の統計学者はいない, という内容の発言をした。これに対し, 呉文聡, 横山雅男, 河合利安が反論した。反論のポイントは, 藤澤がいう研究蓄積の長短で学問であるかそうでないかを判断することの愚かさ, ケトレーを信奉するからと言って, 元祖をケトレーにしぼることはできない, 統計学が対象とするのは社会現象であって, 自然現象ではなく, 大数法則が働くのは主として後者においてである, という諸点であった。統計書発刊の重要性を認めない, 藤澤の見解にも反駁がなされた。

 藤澤は数学者であり, 統計の現状を知らなすぎた。論争のレベルは, 今からみれば, 決して高いものではないが, 数理統計学者の思考パターンの原型はすでに藤澤利喜太郎の見解に示されていた, というのが筆者の見方であり, わたしも同意する。それにしても, 戦前の日本の統計学はドイツ社会統計学の影響下にあり, 数理統計学はマイナーな存在であったのに, 戦後は逆転し, 数理統計学が日本の統計学界を跋扈している。アメリカの数理統計学の影響であることは歴然としている。
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