社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

高崎禎夫「物価指数論史-物価指数論における近代経済学と客観価値説-」佐藤博編著『現代経済学の源流-学説史検討-』日本評論社,1975年3月

2016-10-16 12:01:16 | 9.物価指数論
高崎禎夫「物価指数論史-物価指数論における近代経済学と客観価値説-」佐藤博編著『現代経済学の源流-学説史検討-』日本評論社,1975年3月

 物価指数の経済理論的基礎を解明した論稿。論旨の流れは,原子論的指数論と関数論的指数論に共通の主観価値説の批判的検討,客観価値説論の立場からの指数論の展開の展望である。

 具体的課題は,5つある。第一の課題は,ジェボンス以来の主観価値説の検討である。第二の課題は主観価値説のひとつで,「貨幣価値」ないし一般物価水準を対象とする物価指数論(名目的貨幣学説と貨幣数量説)の意図していたものが真の一般物価指数でないことを明らかにすることである。第三の課題は,客観的価値説の立場から真の一般物価指数=貨幣価値指数を展望することである。第四の課題は,今日の支配的指数論である関数論的指数論の背景に主観的貨幣価値説と所得数量説があることを指摘し,この指数論がその個人的・非現実的性格により,デフレータや生計費指数へ適用されることが不可能であることを示すことである。第五の課題は,個別物価指数の検討である。

 物価指数論の流れを筆者は,アレンの説を参考に,次のように大括りしている。一つは「一般物価数=「貨幣価値」指数」説である。もう一つは,「個人的物価指数=関数論的生計費数」説である。前者はジェボンスに始まりフィッシャーまで,後者はハーバラー以降である。

 「一般物価数=「貨幣価値」指数」説は,この説を標榜するどの論者も貨幣の内在的価値を認めず,その価値は貨幣と交換される財貨との相対価値でしかない。ジェボンスは物価変動が商品側の個別価格の変動と貨幣側の金価値の変動によって引き起こされるとしたが,前者の変動は幾何平均式を用いることで相殺され,そのことによって物価変動の一般的要因である金価値変動を測定できると主張した。しかし,ジェボンスのいわゆる金価値,貨幣価値概念は主観価値説による。すなわちジェボンスは「貨幣価値」という用語を避け,「交換比率」という用語を使用し,貨幣価値を他の財貨との量的交換比率とし,金価値変動の測定を金と交換される財貨の数量の変動の測定とした。この測定論の背後にあるのは貨幣数量説である。

 ラスパイレスは物価騰貴を商品側と貨幣側の双方の要因の複合作用と考え,単純算術平均法を主張した。ラスパイレスは貨幣価値の低下または平均的商品価格の上昇の原因は,大部分の商品の生産の困難(商品の騰貴)によっても,金という一商品の生産の容易化によっても生ずるとしたが,貨幣価値自体に関しては貨幣との交換にどれほどの商品を入手し得るかという貨幣の力,すなわち相対的交換価値のみを考えた。

 エッジワースは,物価指数複数論者(不定標準,通貨標準,消費標準,所得標準,生産標準,資本標準)として,上記の2人とは異なるものの,このうちの「不定標準」こそ一般的な標準として「貨幣価値」を対象とする指数とした。エッジワースは不定標準指数の目的を貨幣標準の価値の変動の確定と測定の最良の方法とし,誤差法則の援用によって諸価格の変動分布の数量的性質から指数算式を誘導しようと試みた(確率論的指数論)。しかし,その説はジェボンス流の貨幣数量説の継承である。

 筆者は他にウォルシュ,フィッシャーの学説もとりあげ,それらがことごとく主観価値説に立脚した経済理論に依っていること,貨幣価値ないし物価水準という概念を一般指数算定対象としての貨幣価値ないし貨幣購買力,あるいはその逆数とみなした,と述べている。そこにあるのは,名目主義的貨幣感に支えられた貨幣数量説に他ならない。

 時間が経過して,名目主義的貨幣理論と貨幣数量説は装いを新たにし,物価指数論は個人的な生計費指数論に変質した。名目主義的貨幣理論は主観的貨幣価値論=貨幣の効用価値説にその地位を譲った。また従来の貨幣数量説は,現金残高数量説に変形した。マーシャル,ケインズはこの現金残高数量説の視点から貨幣価値=貨幣の購買力の変動を消費者によって現実に消費される財貨およびサービスの価格・数量で測定しようと試みた。このことによって不変標準指数は消滅し,代わって個人的な消費関数ないし所得関数が中心となる。新たな物価指数の関心は,ここにいたって同一消費者個人にとっての等しい満足度を示す貨幣支出額の比較の問題となり,この物価指数の共通定義はフリッシュによって与えられた。問題は,貨幣支出額を現実にどのように見つけるかである。基準時点に等価な比較時点の貨幣支出額の獲得は,それが同一程度の満足という心理的な概念が個人的,短期的であるかぎり,実際には不可能である。そこで考えられたのが,不完全なデータを用いて真の指数にいかに接近するかであり,その一つが限界値論(ピグー,ジニ,コニュス,ハーバラー,ケインズ)であり,もう一つが近似値論(ボーレー,フリッシュ)と弾力性論(フリッシュ)である。

 弾力性論は効用関数不変の前提をおかず,貨幣の実質的限界効用の弾力性係数を導入したが,その係数の算式は多くの仮説から成り,短期理論の性格を強く帯びる。限界値論はラスパイレス式が上限を与える真の値とパーシェ式が下限を与える真の値とされるが,それぞれもともと別ものであり,しかも前者が後者より大であるとは限らない。それはハーバラーの所得指数論,フリッシュの無差別法的限界値論(ラスパイレス式の上限規定性)の展開をフォローすると,関数論的物価指数論が主観的・個人的および非現実的性格を持つことはますます明確である。筆者の結論は次のようである。「ラスパイレス式のもつ上限規定性なるものは,・・・個人的主観的指数に対しての立論にすぎず,言うところのその上限規定も,数々の過度の仮定による非現実的かつ極短期的な場合のことにすぎない・・・。・・・結論として,ハーバラーの場合と同様,ラスパイレス式の上限規定性の命題は一般的に成立せず,また,特定個人的主観価値説的指数においてこの成立を是とするものがあるとしても,それは社会的現実の問題として「不正確」であり,「無意味な遊び」である,と断ぜざるをえないのである」(pp.217-8)。

 筆者は最後に節を改めて,客観価値説にもとづく物価指数論を展開している。内容は二段構えになっていて,前段は「一般物価指数=貨幣価値指数」を,後段は「個別的物価指数=特定購買力指数」を論じている。以下,筆者の叙述をひろいながら,内容紹介とする。「一般物価指数=貨幣価値指数」は戦前の蜷川物価指数論の継承で,筆者は蜷川物価指数論の内容を詳しくパラフレーズしている。ここでの課題は貨幣価値の測定である。筆者は貨幣価値に関して価値形態論からひも解き,貨幣価値の変動は諸商品の価格の変化で表現され,したがって貨幣価値の変動率は逆数的に,各商品の価格比の系列によって表現されることを確認し,蜷川物価指数論の核心を次のように示した。すなわち,「2時点間の価格比」の系列は,種々個別的な(Vi’/Vi)と一般的共通的な(Vg/Vg’)との積であり,後者が一般的価格指数合成の目的である貨幣価値変動率である。したがって貨幣価値の変動を測定する物価指数は,任意の平均方法は許されず,各商品価値諸変動率(Vi’/Vi)を相殺してその平均が1となる平均方法によらなければならない。蜷川はこのように,経済学上の価値の存在を認め,次いで(Vg/Vg’)の測定によって一般的物価指数の目的と意味とすべきとした。

 山田喜志夫は,蜷川のこの立論の意義を認めながらも,それが価値論次元にとどまっていることを不満とし,価格名を具体的に考える際に必要な価格の度量標準機能の問題,また商品の現実価格(市場価格)が需給関係の変動によって価値から乖離する問題,さらに独占価格の問題を加えて考察を深化させた。山田にあっては商品の価格の変動は,貨幣商品金の価値の変動と価格の度量標準の変動,商品の価値の変動,市場での需給関係の四要因の複合によって規定される。これを貨幣の側からながめれば,諸商品価格の変動によって表現される貨幣価値の変動は,貨幣の絶対的価値(金そのものの価値の変動),実質的価値(価格の度量標準の法的および実質的変動)そして相対的価値の変動(商品の側の変動)の複合によって規定される。結論として,諸商品価格の比率の平均としての物価指数は,貨幣価値の変動としては経済学的意味をもたない。複合的な性格を持つ貨幣価値の変動は諸商品価格の無限の系列によって表現されるのみで,それらの最高値と最低値との幅をもった数値が,この変動の指標となる。

 「個別的物価指数=特定購買力指数」は,貨幣価値の変動を測定する一般物価指数以外の特定群の商品の使用価値に対する通貨の相対的な購買力の変化を測定する指標である。この指数の目的は,同一商品群に対する相対的な購買力の変化の比較だけである。現象を現象としてそのまま把握する指数である。生計費指数,農村消費者物価指数,生産財物価指数,実質国民所得推計用デフレータなどはこれにあたる。
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