社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

是永純弘「計量経済学的模型分析の基本性格」『経済評論』1965年1月号

2016-10-18 14:12:58 | 12-2.社会科学方法論(計量経済学)
是永純弘「計量経済学的模型分析の基本性格」『経済評論』1965年1月号

 最初に,解題がある。計量経済分析と模型分析の内容を簡単に解説している。計量経済分析とは,統計数字を使い,これに経済理論をあてはめ経済現象の記述あるいはその将来の予測を行う研究方法であり,模型分析は経済的諸変量(未知数)の関係を表現する連立方程式体系を解いて根をもとめることである。これらが日本の経済計画作成に利用され,あるいは当時の社会主義国の計画経済に適用された。本稿の目的は,その計量経済学の基本性格と経済的意味を解明することである。

 前半は近代経済学の内部での計量経済学的模型分析の性格と特徴を,(1)模型分析の構造とその基本的特質,(2)模型分析の欠陥, (3)模型分析における統計利用上の欠陥,の順序で批判的に検討している。後半はO.ランゲの主張を主としてとりあげ,社会主義国での計量経済学の受容の現状と動向の批判的検討である。

 計量経済学的模型の特徴は,「経済現象の数量化」と「その変量の並列化」である。前者は, 経済現象が数量化されるかぎりで模型にとりこまれ,それ以外でないことを指す。数量化しえないものは,一切,模型を構成しない。後者は,多数の変量を方程式のなかに取り込む際,それぞれの変量は平等に列挙されるということである。模型において選ばれる諸変量は,個々の断片的なつまり相互に外在的な諸要因の数量的な表現としての変量である。

 この模型では要因間の因果関係あるいは数量的依存関係と異なる交互作用=内在的規定関係はすべて捨象される。こうした捨象のもとで方程式を解く模型分析は,複雑な経済現象を解明できない。そこには経済諸量の関数的依存関係の記述だけが「精密」な経済理論の課題であるとした,一般均衡論(ワルラス,パレートなどのローザンヌ学派)の考え方がある。経済関係の変化(運動)は,与件である外的要因(外生変数)の作用からのみ説明される。

 模型分析の欠陥は,変量の選定が既存の理論,常識,経験などの情報からもとめられ,そこに理論的分析によって本質的な要素をとらえ,抽象するという経済学の一貫した方法が認められないことである。模型を構成する方程式の基礎にある仮説は,経済理論的に根拠があるわけではなく,経験的事実の単純化された常識的表現にすぎない。また,変量の関係は通例,一次式あるいは対数式で示されるが,方程式を確定する根拠はなく,恣意的な選択にすぎない。さらに,方程式のなかの内生変量(未知数)の係数(パラメータ)は時系列データをもとに回帰直線を決定する手続きで決められるが,もとめられた係数の値は一定不変と仮定されている。このパラメータの一定不変の仮定は,連立方程式体系の模型一般に共通であるが,現実的でない。筆者はこの具体的説明を,産業連関分析を例にとりあげ,解説している。

 以上のような変量選定のルーズさ,一次性=線型性の仮定,パラメータ不変の仮定といった根拠薄弱な諸仮定のゆえに(さらに過度に単純化され,数量化された諸要因の関数的依存関係しか考慮されないという前提のゆえに),模型分析の結果として与えられた内生変数の計算値は現実の統計値と対比すると,著しい齟齬が生まれる。計量経済学はこの計算値と実績値=統計との不一致の処理を,測定値の偶然誤差の問題としてかたづける。この誤差は方程式の内部における諸変量と並ぶ外生変数の一つとして,すなわち「誤差項」として方程式に導入される。誤差項をもうけ,これを偶然誤差すなわち確率的に決定される誤差と仮定することによって模型分析と数理統計学との密接な関係が生まれる。
筆者はここで模型分析による計算値と実際の統計値とのくい違いを偶然誤差として処理するとはどういうことなのか,それは果たして模型分析の科学性を高めるものなのかを検討し,結論として誤差項を確率的に決定するという計量経済学の方法には,科学性をみとめることができないと述べている。

 後半では,社会主義諸国(当時)のマルクス経済学者を自称する研究者の間で計量経済学的分析手法がもてはやされたことに対する批判である。著名なポーランドの経済学者,O.ランゲはその著『計量経済学入門』で,計量経済学的方法が社会主義経済に適用でき,その有効な計画化と管理のための必要な道具であること,を唱えた。計量経済学的研究の適用でランゲがとくに重視したのは,経済的意思決定の効果の研究を目的とするプログラミングへの模型分析法の応用である。ランゲにあっては,国民経済に関する計画の遂行には相互依存的な経済活動を整合させる問題の研究が必要であり,計量経済学的プログラミングの課題はこれであるという。

 ランゲはその具体化としてレオンチェフの産業連関分析をマルクスの再生産表式分析と比較し,マルクス再生産論の発展としてこれを採用し,社会主義経済のもとでの技術的生産係数,部門集計,蓄積と消費,蓄積と生産拡大,蓄積と雇用の増大,投資効率などの諸問題を論じている。筆者が指摘するまでもなく,産業連関分析をマルクス再生産論の発展とみなすわけにはいかない。この誤解はレオンチェフの分析の形式的側面だけに目を奪われ,この分析手法の理論的基礎にまで遡って検討する姿勢がないことに由来するものである。ランゲのこうした発想は,彼がマルクス経済学の近代経済学に対する遅れ,あるいはマルクス経済学が近代経済学の行った程度に具体的な経済問題に寄与できない原因をマルクス経済学の労働価値説に対する固執にみる見解と表裏一体である。

 筆者があげるレオンチェフ体系の主要な欠陥は,次のとおりである。(1)生産的労働と不生産的労働,物的生産と非物的生産の区別がないので,国民所得を数量的に正しく規定できない,(2)生産過程における労働の役割が認識されず,全ての労働が所得を生むと考えられている,(3)したがって投下資本と生産物価値の差としての剰余価値が無視され,新たに生産された生産物の価値の把握を不可能にし,再生産論の基本的カテゴリーが見失われる,(4)所有関係,階級関係が捨象されている,(5)労働価値説がないので再生産過程の素材的分肢と価値的分肢の交互作用がしめされない。ランゲがレオンチェフ体系をマルクス再生産論の発展とみたのは,彼が数量的経済関係を過大評価したことに根拠がある。また彼が労働価値説に対して否定的(あるいは労働価値説の歪曲的理解)であったこと,模型分析を全面的に支持したことと無縁ではない。

 「計量経済学的模型分析は,経済現象の数量的側面の特殊な形態としての関数的依存関係だけを一面的に一般化して,現象の量的均衡の記述に専念する。この方法の基礎には,事物の発展変化を内的矛盾の展開とみる見地とまったく相いれない機械論的世界観がよこたわっている。/形骸化された均衡の観念に力学的アナロジイと方程式をつめこむことによって,その没概念性に物化の極地の形態をあたえる均衡論的経済学の伝統は,計量経済学的模型分析にもそのままつらぬかれている。マルクスの再生産表式までも「均衡理論」としてわがものにしようとする近代理論が,経済学にたいする無知と曲解の告白にほかならないとすれば,「マルクス経済学」の側から計量経済学との無批判的妥協を提唱することほど露骨な修正主義はあるまい」(p.151)。筆者の結論である。
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