
動画サイトで偶然に観た歌い手である。ロッカーといった方がいいのかも知れない。驚くべき音域の広さは、マライア・キャリーを思い出させ、日本で発売されたアルバム「For Your Entertainment」を聴く限り、ロッカーともいい切れない技量を持っている人のようである。10歳からミュージカルの舞台に立っていたという。
また、そのアルバムに添付されている歌詞カードの画像は、デビュー当時のディヴィッド・ボウイを想起させもする。ふと思ったのであるが、この日本では、ゲイテイストを大っぴらにして稼いでいる人たちが罷り通っているが、どの国よりも時代の先端を切って走っているのはアメリカのはずなのに、エンターテイナーたちは、懸命に自分のサガを隠し続けている人が多い。
そこへ殴り込んだのが、このアダム・ランバートのような気がしてならない。それは、意図的ではなく自分のサガに素直に行動しただけであろう。それが「アメリカン・アイドル」で優勝していたのが、ゲイだということが分かった段階で準優勝に格下げになったとか.... どうしようもない保守的な面がある国のようである。
私が遅まきながら見つけた彼の動画はどれもこれもクリック数の多さは半端じゃない。ということは、隠れたファンが多いということか。この日本へは、ライヴ・ハウスへの出演のため数回の来日をしている様子である。空港へ迎えに出るフアンの数も桁違いに多いという。そのお礼賃を支払う必要がない本物のフアンが日本にもいるのである。
美形で大柄な男である。美しく生まれつくことは、幸福か不幸かのどちらかという両極端の生涯が待っていると、ある意味では危険だという人がいたが、彼の場合、その心配はなさそうである。豪放磊落なところも見られる1982年生れの29歳。185cmの身長 85キロの体重というから、日本人からみれば、間違いなく大男である。










出会いはアイドル発掘番組でしたが、私も動画サイトでアイドル以前のパフォーマンスを探して見るうちに、圧倒的な歌唱力にすっかり虜となりました。昨年3月にデビューCDのプロモで初来日後、10月には名古屋、大坂、東京で5回のライブを行い、観客動員数は1万2000人と報じられました。
彼自身はゲイ権利拡大の先導者になる気はなく、あくまでも自分はアーティストだと言っていますが、おっしゃるとおり自分を偽らない彼の生き方が米社会の保守的な考え方に一石を投じていますね。この時代に生まれるべくして生まれたアーティストだという気がします。
はばかりながら、アイドル番組での準優勝は視聴者投票の純粋な結果で、優勝しながら格下げされたというわけではなかったようですが、ゲイであることが投票に影響したことは間違いないと思います。
元来、舞台出身の歌い手だとのこと、ステージ栄えのするテクニックを持っているのでしょう。日本の観客動員数が、1万2千人ですか 素晴らしいですね。
さて、次回の来日公演は、何時になるでしょう。是非 ステージを鑑賞させていただきたいものだと思っています。
暑さも今がピーク時、あなたも、くれぐれもお身体ご自愛くださいね。
YouTubeで聞いたミュージカル曲 Come to me, Bend to me は特に素晴らしいです。内外の様々な歌手の歌に親しんでほぼ半世紀、これほど才能に魅了されたのは初めてで、つい力が入って人に薦めてしまい、我ながら呆れています。
猛暑が続きますね。温かいお言葉ありがとうございます。
大典さまもどうぞお体を大切にお過ごし下さい。
ファンタスティックなストーリーです。映画だけが娯楽だった時代が、我が青春時代でした。その中でもミュージカルが好きでした。ライザ・ミネリの父親のヴィンセント・ミネリの監督作品です。その奥さんがジュディー・ガーランド、1954年の製作作品です。ひょっとしたらDVDが発売されているかも。
チェックしましたら、デジタル・リマスター版が、発売されているのですね。あの頃は、ジーン・ケリーの黄金時代。この映画でも振り付けは彼です。ああ、つい夢中になってしまいました。では、また、あなたの情報をお寄せください。お待ちしています。