古稀 ナイト・アンド・デイ

人生とやらを振り返りつつ、迎え送る日々のアレコレを
打ち込ませてもらえたらなあと思っています。

オランダのアムステルダムの路面電車

2009年10月30日 | 趣味

 オランダの首都・アムステルダムを走るトラムという路面電車が好きである。低床式でデザインも素晴らしい。アムステルダムといえば、運河で有名である。運河クルーズという観光方法もあるというが、観光スポットが歩いても回れるところに集中していて疲れたらトラムで移動というのがベストらしい。
 
 モチロン、このトラムの乗り心地は抜群であり、車内もゆとりあるスペースで設計されているという。高齢者にも優しいということであろう。路面との段差も少なく快適な乗り心地だといわれている。その路線を見ていると、まるで現代アートのような感じで街中に張り巡らされている。
 
 この岐阜でも、蜘蛛の巣のように路線が敷き詰められ、赤い車両が走っていたものであるが、いまでは跡形もない。この路面電車の走り出すのが早朝の6時ごろ、この音とともに、この岐阜市という街は目覚めたものである。その型式は時代とともに変化はあったが、どの車両も隣のオバサンという優しさを感じたものである。
 
 そういえば、子供のころ、祖母に連れられて出かけるときは、いつもこの路面電車を利用したものである。確かに、狭い道に敷かれた路線は車を運転させるものにとっては邪魔な存在ではあったが、せめて旧市内ぐらいの路線を残し運行させていれば観光の目玉になったのではないだろうか。
 
 アムステルダムという街自体が童画の世界のように美しい。赤い茶色というのだろうか、そんな壁面を持った高い建物が並び、その間をすました顔で走るトラムもまた、北欧らしいスッキリした姿で人を惹きつけて離さない。国内の人たちはモチロン、観光客にも、その利用度は高いと聞いている。
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織田有楽斎

2008年07月21日 | 趣味

 日本の「茶家」のひとつ、有楽流の祖である。この有楽は織田信長の弟であり、父親・信秀の11男だというから吸いかけた息も止まってしまう。有楽には師がなかったという。いまでいえば、先人たちの茶の湯を見よう見まねで習い覚えたということであるから、「独学」ということになるであろう。

 有楽流の点前を拝見した限りでは、あくまで武家の茶であるということには間違いはないが、丁寧なのか優雅なのか短気な私には縁がないものと思ったのであるが、加齢と共に遅まきながら、まるで能を観ているような点前に惹かれはじめていることに気付く。

 侘び寂びとか格式なんかに関係はなく、他の流派のことを誹謗するなんてもってのほかというポリシーを持ち、晩年は京都は建仁寺の正伝院に隠居して、武士・商人に限らず慕いよる人たちを受け入れ茶人として生き抜いたという。清々しい人生のようである。

 しかし、信長の父・信秀には正室の他には側室がいたとしても、この有楽・信長・お市の方と約20人以上の嫡子を数える元気のいい精子を作り出す肉体構造であったらしい。20名以上ねえ〜。いまの時代では考えられないことであるが、そういえば、20人とはいかないにしても、10人近い兄弟姉妹の同級生が多くいたことを思い出す。

 いまでは、その建仁寺で有楽が建てた茶室「如庵」も廻りまわって愛知県は犬山市にある名鉄グランド・ホテルの一隅に建てられ保存されている。国宝として維持管理されて!

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半島シリーズ 「大きな月」

2007年09月12日 | 趣味

 海が好きである。海のない県に生まれ育ち暮らしているためであろうか。完璧な南方志向である。それに、魚座ということも関連があるのかも知れない。あの海のニオイを嗅ぐだけでも癒され始める。まして最高なのは波音を聞きながらトロトロと眠ることであろうか。

 それが、根が行動的ではないから海外の著名なリゾート地帯へ出向いたとか大きなボンベを担いで海底深く潜ったという体験は皆無である。だから、数年前までの私の行き着けは三重県は鳥羽であった。そして宿泊先は、「タラサ志摩」。ここのタラソテラピーという海洋療法が、また、相性がいいのである。

 それに、テーマパーク好きな私に似合いのスケールのスペイン村も20分ほど車を走らせば行き着ける場所でもある。帰路には伊勢神宮への参拝という手もある。何か無性に南へとココロが飛び始めた。真夏より、これからこそ恰好な短期旅行に打って付けの場所ではないだろうか。

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今井勢津子

2007年09月05日 | 趣味

 愛知県出身の画家で、私よりも少し先輩の年代の今井勢津子の油彩でありながら日本画とばかり思って見た一枚のキャンバスに衝撃を受けたのは、何時だったのであろうか。

 それから、この方の作品に出会うたびに、この方の多面性に驚かされ続けてきた。ある時点で立ち止まれない方なのであろう。私は、この方に教えられ励まされ続けて歩いてきたんじゃないかと思うときがある。名前を出すのは差し控えるが、一目で某画家の作品ですわいと、まるで印刷したような作品群を書きまくって稼ぎに稼いでらっしゃるいき方に私は疑問を持っているからである。

 クリエイティブな仕事をしているアーティストは、生涯にわたり挑戦し続けてもらいたいのである。そこには、一枚一枚に何らかの変貌がみられるはずである。驚きが欲しい。この今井勢津子のように! あるパターンに世間の視線が集まったからといって、シルクスクリーンでもって刷り上げている訳じゃないんだから、絶えず飛翔し続けてもらいたいのである。ここに掲げたのは、今井勢津子のメルヘンチックな一枚をピクチャー・トイを使って私なりにコピーしたものである。

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PICTURE TOY

2007年08月26日 | 趣味

 グラフィック・デザインを生業にしていたことがあるために、時に無性に「描き」たくなるときがある。このところは、そんな衝動が突き上げてくると、SONYのVAIOにインストールされていたピクチャー・トイを使い、いろいろの色彩を擦り付けている。

 大体が、「トイ(玩具)」なのだから高度な技術も要求されないし、この数年、年賀状にも、このソフトを利用させてもらっている。そんな大層な作品を仕上げようとか残そうとか欲はない。大体、整理ができないオトコであるし、プリントアウトしても保存するどころか飾るところもなく、PCの中のファイルに投げ込むだけである。そう、投げ込みっ放しである。

 それなりのスペースがありアトリエらしきものでもあれば、大きなキャンバスに向かい油絵の具でもアクリルでもポスターカラーでも墨でも画材はなんでもいいから心象をぶつけてみたい衝動に駆られることがあるが、いまはささやかに、ピクチャー・トイで遊ばせてもらっているところである。ここに掲げさせてもらったものは、「半島シリーズ」の一枚である。

 言葉にしろカタチにしろ色彩にしろ、表現し提示することは楽しいことである。「絵なんて私には描けないから」とか、「基礎がないから」と仰る方が多いけど、確かにデッサンの基礎はないよりはあった方がいいが、例えなくても自己表現だと思えばいい。意識し過ぎないことである。上手いとか下手とか、凝っているとか凝ってないとか、色彩の選別がどうたらこうたらいってる間に鼻唄でも歌う感じで、そこいらに転がっているクレヨンでも手にとってご覧になるといいだろう。

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茶碗

2007年07月25日 | 趣味

 茶碗にも、いろいろありますが、ここでは抹茶茶碗に絞って考えてみたいものです。というのは、意外に、これが現代の日本人の暮らしから切り離されている傾向が見られます。一部の茶道愛好家たちやコレクターに限られて愛好されている傾向が見られるのが残念です。まあ、一般的にいって、これもピンキリでしょうが、高価であるというイメージがついて廻っています。どうして、こんなに高価なんでしょう。

 私は、ギャラリーのオーナーと陶芸家の商策に乗せられているところが多いのじゃないかと思います。もう、半世紀も前のことですが、近所の茶陶コレクターの喫茶店のご主人の依頼で、数回、運転手として窯場巡りをしたことがあるのですが、コレクターたちは窯出しのときを狙って足を運んでいきますよね。そう、その窯出し自体は問題はないのですが、私が同行した著名な陶芸家のすべてが、焼き上がった茶碗を何十個、いやそれ以上片っ端から割っていくのですよね。そして、残ったものは数個。それを奪い合うという場面を行き先々で見せられると、勿体無いと思う傍ら、チョとこれって変なんじゃないかと疑問を持つようになってきたのです。

 まあ、後に国宝にもなった方もいらっしゃいましたが、どうも希少価値を作為的に演出して高額に売りつけているんじゃないかと思い嫌悪感を持ったのですよね。あくまで私の想像ですから、いや違うといわれればそれまでですが、まあ、アートであっても商業という裏付けがあって当然なんですが、概して、茶陶というと高価というイメージを払拭しない限り茶道人口も、減少の一路を辿り行くだけになるでしょう。

 現在も何か茶道の世界というと排他的と思いませんか。どちらの家元様でも構いませんが、せめて100年後を見つめて茶道の普及に努めてやってください。頼みますよ。というのは、せめて、「私、飲んだことがないからあ〜」といわせず、出した一服の薄茶を番茶並みに飲み干すことができる習慣を身につける日本人を育ててやって欲しいもんです。

 それに、どこのお宅にも木箱に入った茶碗が押し入れの奥深くに眠っている場合が多いんじゃないですか? 余程のものじゃない限り何十万円とか何百万円とかするものはないんじゃないですか。もっと、日常、惣菜盛りに、香の物入れに茶漬け茶碗に使おうじゃないですか。別に抹茶茶碗では抹茶しか飲んではならないという決め事はないのですから! そうそう、それに抹茶だって、どんどん我流で茶を点てて客をもてなす習慣を持ちたいものだと思います。茶室がなくても囲炉裏がなくても可能なことなんですから!

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麻雀

2007年06月16日 | 趣味
 麻雀を覚えたのは、意外に早かったと思う。二十歳前? 友人のところへ遊びに行ったとき、人数不足を補うために引き摺り込まれ教えられた麻雀である。であるから、正式に習った記憶がない。誰でもそうだろうが! ん? みなさん、麻雀を覚えるのに、専門書なんか読んでらっしゃるのだろうか? 私の場合は、休憩タイムの人が横から教えてくれて習得していったケースである。

 南場の初上がりは止めろとか。場風は、左側の方の風から切れとか。そのころ教えられたことを、いまでも実践しているから、まあ、習った記憶はないまでも、結構、教え込まれていたんじゃないだろうか。いや、これはルールじゃなくジンクスであるが!

 しかし、当たり前のことながら、そこには不健康なタバコの煙がたち込め、競技本位以外の言葉による駆け引きがあり、それに、付き合いというものがあり止めたいときに止めれない不自由さがあったが、嫌いではないゲームであったものの、いつの間にか私は遠ざかっていた。我が侭からなんだろう。

 そうこうしている間に時が流れ、改めて麻雀と出会ったのは、このPCの普及とともに、「東風荘」のサイトを覗き始めた12〜3年ぐらい前になるだろうか。何時、覗いてもプレイが可能であるのもいいし、プレイそのものに、ひたすら没頭出来るのがいい。そこには、顔が見えない相手でもキチンとしたルールやエチケットが遵守され、当たり前のことながらタバコの煙も言葉の駆け引きもない。半チャン麻雀。

 しかし、人間の感性とは不思議なもので、毎日のように覗いていると顔の見えない相手のご機嫌が読み取れるようになってきている今日この頃であるから楽しい。それに、どこかの記事によれば、脳細胞の刺激にもなるということである。そう、老化を防ぐアンティエイジング・プレイというところか。さて、今日も気軽に覗いてみましょうか。東風荘!
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伊万里 - 私のコレクション

2007年05月30日 | 趣味

 

 陶磁器は好きです。私が18歳のときに、陶磁器のコレクションが嵩じて和菓子を添え薄茶を飲ませる店を開いてしまったオジサンからもらった1個の蕎麦猪口が私のコレクションのはじまりです。白磁に呉須の藍色の絵柄が美しく見飽きるということがないのです。

 60代になってから物欲というものが希薄になりまして、多くの陶磁器コレクションを手放してしまいましたが、その蕎麦猪口と100点ほど、手放し難いものだけは、いまだに手元に残し普段使いにしています。伊万里といえば、何といってもその清涼感でしょう。ですから、私にとり金襴手は遠い存在です。私の場合、白磁に呉須の絵柄に限りますが、そうして伊万里の蒐集にはじまり、また、50代の半ば頃から伊万里に帰って来たといえるでしょう。

 ああ、伊万里のコレクションではじまったあとは、そのオジサンの影響から茶陶に走り、大原美術館での出会いから民芸に惹かれ、そして数え切れないほどの新作モノに目移りしたりして紆余曲折の揚句、また伊万里というところです。ただし、伊万里は飾っておくべきものじゃないと私は思います。使い込んでこそ愛着もわくというものでしょう。元来、特別なもの以外は名もなき職人の手により庶民のために作られたものこそ伊万里なのですから! 違いますか?

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