古稀 ナイト・アンド・デイ

人生とやらを振り返りつつ、迎え送る日々のアレコレを
打ち込ませてもらえたらなあと思っています。

パーフェクト・センス (原題:PERFECT SENSE)

2012年05月25日 | 映画

 全世界で、臭覚・味覚・聴覚・視覚・触覚の五感が、ひとつずつ感じなくなるという感染症が、ある日、突然、蔓延し始める。まず、訳もなく悲しみを感じたあとに臭覚が、得体の知れない恐怖心に襲われたあとに味覚が、ぶつけようがない怒りのあとに聴覚が、痺れるような幸福感を体感したあとに視覚がなくなり、訪れるのは闇という順序で、人体を蝕んでゆく。

 そして、あちこちで、この現象が散見し始める頃に、ひとりの料理人(ユアン・マクレガー)であるオトコと感染症学者のオンナ(エヴァ・グリーン)が出会い憎からず思うようになり、人間が生きるという範囲の極限状態の中でのラブ・ストーリーが描かれてゆく。これは、とてつもない深淵で壮大な作品である。

 世界の崩壊を背景にして出会った二人の行先は予測さえできない。少なくとも人間であることを捨て去った時に、二人の間に、愛という絆は残るのだろうかという大きな疑問符を投げつけて、突然、映画は漆黒の闇を写し続ける。その後、この先のストーリー展開を考察し続けてみるが、解明は難しく前後左右上下ともに行き詰まりを感じ、無性に苛立ちを感じ始める始末。

 そして、あくまで投げやり的に体のチカラを抜き、その奇病に取り付かれていないことを喜んでいる自分というものに気づく。また、こうも思う。確か、昆虫の一種であると思うが、触覚だけで短い一生の間に、相手を求め、子孫を残し、土に帰ってゆくという種類の生き物がいたようなことを聞いたのか観たのか、ただ、記憶に浮かんでくる、カミキリムシのような映像を追いかけてもいた。

 しかし、この作品の発想というのか着想は凄いとは思うが、その解決策は観る者に投げ与えられて終わる訳であるから、この作品に取り組んだスタッフたち自体が、ひょっとして発想自体に酔い痴れ溺れていたことに気づいて、あまりにも際限なく大きな問題でありすぎるため、途中で投げ出したような気がしないでもない気がするのは、私だけだろうか。

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ローズ・ベルタン〜マリー・アントワネットのモード大臣

2012年05月22日 | 
   1789年、ルイ16世とその王妃のマリー・アントワネットの行列の中から、その二人から手を振られるほどの位置にあった女性こそ、ローズ・ベルタンであった。彼女は、1747年に生まれているから、前期の国王とその王妃から珍重されていたのは、42歳頃ということがいえる。ベルタンが故郷のアブヴィルからパリへ旅立ったのは、1766年頃といわれている。19歳頃であろうか。
 
 そして、髪結いの仕事をしたのがはじめであるという。確たる証はないが、次が、モード店の売り子であったようである。それに、彼女は美貌ではなかったが、黄金の指を持ち、美に対するセンスを持っていたのであろう。久し振りに、読書らしい読書をした。18世紀のパリで、フランスのモード商といえる元祖であり、モード大臣とまでいわれた、一人の女性の生涯を纏めた1冊を読破した。
 
 この本は、ベルタンの研究家として知られているというミッシェル・サポリの手になるものであり、男の視線で、当時のビジネスウーマンの生涯を書き記した著作として、伝記として業績として、後世にも残り得る内容を持つものであると信じたい。ルイ王朝からフランス革命という時代の流れの中で、一人の女性が、いかにして泳ぎ切ったかという視点から、フランスの国の歴史が丁寧に紹介されている。
 
 シャルトル公爵の結婚式の衣装を担当したのが評判がよく幸運につながったという。それが、1769年。一介の手先の器用なファッションコーディネーターが、自分の店を持つことになったのが、1773年。そのベルタンがマリー・アントワネットのファッションのコーディネートとして、密なる関係を作りモード大臣といわれるようになるのが、1779年頃である。
 
 それが、モードだけでなく、ベルタンを通じて、王妃への頼みごとがされたというから、大きな権限を手中に治めていたということがいえる。また、ベルタンの商売はフランスだけに留まっていただけではなく、英国・ロシア・近隣の国々などをはじめアメリカにまで足を延ばしていたという。時には、モード大使として腕を振るい、その請求金額が政治の雲行きを悪くすることもあったとか。
 
 モード商というのは、建築の場合でいうと、石工と建築家との違いがあり、ベルタンは美の建築家であったのである。また、現在のファッション業界と比べてみると、超有名ブランドのティーフ・デザイナー以上の権力を持っていたのが、いろいろの残されたデーターから分かる。そして、あくどい人間ではなかったことを付記したい。我が身を持ち上げたというより、持ち上げられた女性であったと思う。
 
 確かに、女性を飾り立てる感性は必須条件であるが、それ以上に広報・営業に才覚を持っていなければならなかったようである。そのスケールたるや、ある時期、取引業者の数が700を超える数があったというから凄い。肝心要のマリー・アントワネットの引き立てがあったればこそといってしまえば、それまでであるが、それも王妃を惹きつける素因を持っていた女性であったのであろう。
 
 ベルタンが亡くなったのは、1813年、心臓発作で66歳の生涯を独身で通し終えたと、この書誌の最後に近いページに記されている。
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永遠の僕たち (原題: Restless)

2012年05月20日 | 映画

 両親とともに自家用車で出かけたときに、交通事故に遭った少年 イーノック(ヘンリー・ホッパー)は、その事故で両親を亡くし、自分は臨死体験をしていたのである。その事故から、彼は、他人の葬儀を覗いて歩くようになる。そして、脳腫瘍のため余命三ヶ月の少女 アナベル(ミア・ワシコウスカ)に出会い、恋に落ちる。アナベルには悲惨さはない。不思議な透明感を持つ女の子という感じ。
 
  彼の友達は、彼にしか見えない第二次世界大戦で「神風」の一員でもあった死者であり幽霊であるヒロシ(加瀬亮)だけ。監督は、ガス・ヴァン・サント。カンヌでパルムドールを「エレファント」で獲得しているので名の知られた監督である。彼の2011年の新作である。生粋のアメリア人であるが、写真家であり、音楽家であり、作家でもある多彩な才能の持ち主である。
 
 それなのに、画面から伝わってくる雰囲気はヨーロッパ。それも北欧的タッチ。同じ日本人だからという訳ではないが、幽霊役・加瀬亮の飄々としたさり気ない演技による独特の雰囲気を醸し出しているのが心地よく、近頃の日本の映画界からハリウッドの作品に出演した俳優の中で、最も優れた演技と評してもいいのじゃないだろうか。外人と比較したとき、20代にしか見えないルックスも生きている。
 
 この三人の配役の成功が、旬の果実のような作品を作り上げている。死に取り憑かれた少年、死へと一歩ずつ近づいている少女、既に死の世界の住人であり、若い二人を暖かく見守る役廻りながら、きっと、恋と愛を体感することもなく死んでいったゴースト。それぞれの瑞々しい個性が控えめに光る。
 
 悲しいはずの作品なのに、主たるテーマが幻想的なためなのだろうか。それとも、スタッフたちの感性が、監督の感性とも見事に符合したのであろうか、ともすると不吉とか縁起でもない作品と無視されそうな要素もあるのに、この作品の鑑賞時に感じた安らぎは、どこから来ていたのであろうか。

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イルカと少年 (原題: Dolphin Tale)

2012年05月19日 | 映画

 ハートウォーミングとは、この映画を観れば体感できる。それに、氷のようなココロの持ち主でも、その頑ななココロは溶解しはじめること間違いがない映画である。少年が見つけた浜辺に打ち上げられたイルカは、尾びれに傷を負っていた。漁船が船体に繋ぎ甲殻類を捕獲するためのカゴとでもいうのであろうか。それに挟まれての傷のようである。
 
 魚の病院へ連絡したあと、傷ついたイルカに付き添い、元気を取り戻させようと努力する少年の健気さが涙を滲ませる。少年の母親役には、アシュレイ・ジャッド、海の病院のドクターには、ハリー・コニック・Jr.。一時は、元気を取り戻したかのように思われたハンドウイルカであったが、尾ビレを切除しなければ生死に関わるということに。
 
 究極、人工の尾びれを付けるということになるが、ここで、あのモーガン・フリーマンの出番である。彼が、イルカの尾びれを作る技師役に扮しての出演である。それも二度も三度も作り直して、やっと完成をみる。その作業は、世界初の試みであった。手探りで試作に試作を重ねてゆく作業の状況も写し取られている。
 
 サイトの注釈には、ドキュメンタリーと記載されている。2011年のアメリカ映画である。主役を演じているのは、ネイサン・ギャンブル、これまで、数本の映画に出演してインパクトのある演技を残している14歳の少年である。このハンドウイルカの愛称がウインター。ウインターに注がれる少年の愛情が温かく熱い。
 
 そして、親身になって世話をしていた人ばかりではなく、ネットで配信され喧伝されたために、身障者の子供ばかりでなく、戦役で麻痺したり無くした脚のために生きることを投げ出した人たちまで、再び元気をもらい前向きに生きようとし始める様相が、つぶさに描かれていく。これが、残念ながら、日本では未公開作品なのだ。

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ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を越える

2012年05月15日 | 映画

  (原題: The Hangover Part II) ハングオーバー、即ち、二日酔い。この作品は、一躍、ブラッドリー・クーパーをブレイクさせた前作の「ハングオーバー  消えた花婿と史上最悪の二日酔い」に次ぐ作品であり、その続編である。前作の舞台はラスベガスだったのに、今度はタイ王国。アジア系である。ラスベガス騒動から、2年が経っている。
 
 フィル役に、ブラッドリー・クーパー、スチュ役にエド・ヘルムズ、アラン役に、ザック・ガリフィアナキス、タグ役にジャスティン・パーサー、この4人のオトコたちのキャストには変更なし。それにしても、それぞれ、500万ドルの出演料に興行収入の4%が加算されるということは、日本円にして、5億近い収入ですか。監督なんて、1000万ドルに10%の加算。桁が違う。
 
 歯科医師のスチュとタイ女性が結婚することになり、男同士の友情のため打ち揃ってタイで行われる結婚式に乗り込むことになるのだが、その前夜、ビーチで焚き火を囲んでの婚前パーティーを前回に懲りて、ビール1本だけで済ませるつもりでいたのである。が、翌朝、目覚めたところは、知らないホテル。そして、ここでもラスベガスと同じような騒動がはじまる。
 
 どうも、日本人の感覚ではというより私の感覚といい直した方がいいのかも知れないが、このコメディに、ついて行けないようなマサカマサカの連続なのであるが、このハチャメチャぶりが、アメリカでは大ウケなのであるから不思議である。しかし、アメリカのコメディで最初で最高の収益を上げている気配である。だからこそ、ギャラも、大盤振る舞い可能ということになるのか。
 
 映画産業も、こうなれば文学的だ、ファッションだ、新しい映像技術だといっている間に、横からスルリと割り込んできて、楽しみながらゴッソリと収益を上げていくという一群が存在するということは、映画の企画について考察の余地があるんじゃないか。どの世界でも、天才的な金儲けの巧みな才人は存在するものである。この作品のスタッフの仕事も、まだまだ、これからこそが勝負であろう。

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愛が微笑む時 (原題: Heart and Souls)

2012年05月14日 | 映画

 1993年公開のアメリカ映画である。ロバート・ダウニー・Jr の若々しく柔軟な演技が光るファンタジーコメディである。舞台は、1950年代のサンフランシスコ。その当時のアメリカの風俗のニオイが伝わってくる画面であり、郷愁をそそられる。オペラ歌手のハリソン、働くシングルマザーのペニー、気のいいウェイトレスのジュリア、泥棒のマイロの4人が乗り合わせたバスが事故った。
 
 この4人の現世に対する未練が強く、一人の赤ちゃんにとり憑くことになる。それに、考えようによっては、事故時にバスを運転していた運転手の不注意から、こんな事態になってしまったのであるが、ケロリとした顔で現世とあの世を行き来して、「それぞれの未練を解消しなさい。そうしたら天国へと迎えに来るから」なんてという感じがアメリカ的といえばアメリカ的アバウト。
 
 さて、とり憑かれた赤ちゃん・トーマスは、成長し、30代の銀行マンに成長。その役こそ、ロバート・ダウニー・jr。彼の好演が印象に残る。ここで、SFXの技術が生かされる。トーマスには4人の存在が目で確かめることが出来るのであるが、他の4人の姿は、一般の人には見えない。だから、トーマスの肉体を借りて、そのカラダに入り込むという場面が、ひとつの見せ場にもなっている。
 
 ともすると、ココロが沈みそうな展開のストーリーであるが、あくまでスタッフたちはハートウォーミングな作品に仕上げようとしている努力が感じられる。それなのに、いまひとつ大きなヒットにならなかったのが分からない。その要因は、どこにあるのかと思うのであるが、意外に端折った話の展開で、もう少し説明して欲しいという箇所があるためであろうか。
 
 それにしても、脇を固める4人も重たいキャリアの持ち主ばかりを揃えている。チャールズ・グローディン、アルフレ・ウッダード、キーラ・セジウイック、トム・サイズモアなど。特に、印象に残ったのは、運転手・ハル役のデヴィッド・ベイマーである。重大な過失を起こしておきながら、他人ごとのような捉え方をしている人っているのであるが、そこいらの巧みな表現が笑える。

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カールじいさんの空飛ぶ家 (原題:UP)

2012年05月13日 | 映画

 カールじいさんは、78歳である。冒険好きな妻・エリーに先立たれ、一人寂しく暮らしている家も、近所の建築ラッシュの波に呑み込まれそうな状態である。業者たちから予定額より高い立ち退き料をだすからと依頼されているが、エリーとの楽しかった日々が捨てきれず、かたくなに、この家に拘り続けている。しかし、業者の一人を誤って傷つけ、立ち退かざるを得なくなる。
 
 その方法が、10297個の風船をつけて、エリーと、いつか行こうと話し合っていたパラダイス・フォールという滝が流れ落ちている岩山の上へ家ごと移動しようとする。このカールのアニメのモデルになったのは、いまは亡きスペンサー・トレイシーだという。そういえば、よく似ている。孤独な影、老人であるからくる傲慢さ、また老人であるからこその思い切った行動は、観るものに同調させる。

 それに、老人の手伝いをしたいとカールに付き纏っていた8歳の冒険好きな少年・ラッセルが、カールの家ごとの旅立ちに紛れ込んできて、カールの旅に同行することになる。しかし、その引越しは、オイソレと目的地につくことは出来ない。その一つに、1930年代の冒険家、カールの憧れの94歳のチャールズ・F・マンツは、犬軍団を引き連れてカールの前に立ち塞がる。
 
 実は、マンツは、怪鳥(ケビン)により、キャリアを傷つけられた過去があるため、今度こそ、怪鳥を発見し学会への返り咲きを狙っているため、それを横取りされるんではないかと錯覚し、カールの行き先々で邪魔をする。巨大な飛行船を本拠地として、パラダイス・フォール付近を探索し続けているのである。
 
 82回のアカデミー賞においても高く評価された作品である。年齢性別問わず、鑑賞する価値のある作品であり、最初から最後まで手を抜かず楽しませてくれるディズニー作品である。このアニメ映画ほど手のかかるものはないであろうに、老舗・ディズニーの名に恥じない仕上がりを観せてくれる。あの「美女と野獣」以来の仕上がりとの評判である。

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一命 ( DEATH OF A SAMURAI )

2012年05月12日 | 映画

 江戸時代の末期、プライドだけに縋り生きる武士たちが、この日本に溢れていた時代がある。徳川一族の幕藩政治による栄耀栄華の暮らしぶりも、ホンの一握りの人たちに限られ、その栄華を維持するために、お取り潰しになる藩も枚挙に暇がない時代であった。そこで泣きをみるのは、下級武士。士農工商という定めも名ばかり、これ以上ない貧しき暮らしに手内職でもせざるを得なかった時代だ。
 
 そう、この一下級武士の父親と娘、その婿と赤子の哀れなる物語である。既に、「切腹」というタイトルで映画化されている。原作もある作品のリメークである。この下級武士の一家が、暮らしに行き詰った挙句、その婿が、金子欲しさに、狂言切腹なるものを妻や赤子の病を治療するために企て、井伊家の江戸屋敷に乗り込むが、したたかな家老に翻弄され切腹をさせられる。それも、竹光で・・・!
 
 その婿役に瑛太、その妻役に満島ひかり、そして父親役に市川海老蔵、井伊家の家老役に役所広司が顔を観せている。そして、生々しく緊張感のある作品に仕上がっている。それも、海老蔵の切れ味のいい、そして歌舞伎役者として練り上げた技が、一際、生かされている。年代的にいえば、その時代では、初老の域に入った役柄であるが、それを不自然に感じさせないのも、演技というものだろう。
 
 このパターンの映画が、映画産業華やかなりし数十年前には、ああ、時代劇が華やかなりし頃には、手軽に観られたものであるが、いまでは、この緊張感を味あわせてもらえなくなっている。これぞ、大スターという感じの人が出演していたものである。この作品が、国外で評判がいいというのも、日本映画特有の張り詰めたシーンが続くからであろう。
 
 それに、日本の伝統・歴史・文化というものが、キチンと時代考証された上で描かれているからでもあろう。ともすると、日本じゃない日本が、これぞ日本だと押し付けがましく描かれるケースが多い中で、本物というのは、海外の人たちにも触覚で判別できるのじゃないだろうか。間違いなく日本人である私でも、もう一度、繰り返し観たい気がする作品に仕上がっているから。

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マリリン・モンロー Marilyn Monroe

2012年05月11日 | 映画

 「スクリーン」5月号という雑誌を本屋で立ち読みした。その記事の中に、「マリリン 7日間の恋」が取り上げ
られていた。ミシェル・ウィリアムズが、84回のアカデミー賞の主演賞にもノミネートされた、あの映画である。
その中で、彼女曰く、マリリンは虚像の中に生きた女であるという言葉があった。が、そもそも女優というの
は虚像を演じるメディアみたいなものではないのか。
 
 それはとにかく、驚いたことは、モンロー・ウォークで評判になった「ナイアガラ」、ジェーン・ラッセルと競演
した「紳士は金髪がお好き」、また「百万長者と結婚する方法」、メトロの排気口からの風で、ドレスがめくれ
上がる伝説のシーン「七年目の浮気」、そして「お熱いのがお好き」、ローレンス・オリヴィエと共演した「王子
と踊り子」、それに「バス停留所」。
 
 イヴ・モンタンと共演した「恋をしましょう」、クラーク・ゲーブルとの共演「荒馬と女」と、彼女の出演した「ナ
イアガラ」以降の全作品を観ていることに気づいて驚いた。確かに、1950年代には、この岐阜にも、繁華街・
柳ヶ瀬に8箇所ほどの映画館があり、ちょうど中学生の時じゃないかと思うが、学校で禁止された映画鑑賞
を、内緒で実践する始末であったが。
 
 ここまで徹底して鑑賞していたとは、見事である。まあ、マリリン・モンローは嫌いではなかったし、没後、確
か、テレビで放映されたこともあり、各映画のそれぞれの印象的なシーンを鮮明に覚えていることを、我なが
ら自慢したい気持ちになる。ああ、そうそう、何故、映画鑑賞が禁止されたのか記憶にないが、その禁止映
画をオフクロにねだって同行してもらい実践し、担任から怒られたことがある。
 
 二人を呼びつけ烈火のごとく怒っている担任教師の前で、「今度の映画鑑賞は、私が誘ったのです。この
子も学校で禁止されているのでと断りましたが、私、一人で行くのは怖いし、だけど見逃したくないもので、も
しもバレたら私が謝りにゆくといいまして、一緒に・・・」と、一向に悪びれたところもなく、辻褄の合わないこと
を口にしていたオフクロを思い出す。どういうオフクロだったのだろう。


Michelle Williams

 その「スクリーン」の記事にもあったことであるが、没後、50周年であるということは、半世紀が流れたこと
になる。亡くなったということをスキャンダラスに報道される少し前に、J.F.ケネディー大統領の誕生パーティ
ーに招かれて「ハッピー・バースディ」を味のある歌い方で歌うシーンが、テレビで繰り返し放映され、その映
像を食い入るように観たものである。
 
 さて「マリリン 7日間の恋」では、どんな描き方をされているのか分からないが、当時、ともすると脳細胞の
少ないブロンド娘というだけのイメージが誇張されたものであるが、それだけの女優ではなかったと断言でき
る。されど、36歳の生涯なんて、どうしても信じられない。ウイキペディアでは、15年の活動期間と記載されて
いるが、その足跡の巨大なことは比べるものがないくらいである。

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ブレイキング・バッド Breaking Bad

2012年05月10日 | ドラマ

 私の友人に、とてつもなく鋭敏な臭覚の持ち主がいて、彼に紹介されるディスクにハズレというのがない。これも、その三枚セットからなるディスクで、アメリカで3年も続けてエミー賞の主演男優賞を獲ったというテレビ・ドラマを鑑賞した。一般社会人として、曲がったことは大嫌い、そもそも教職にある50歳のオトコが、自分の命がガンに侵されていることを知るところから始まる。
 
 医者の診断によると、その高校の化学の教師であるウォルター (ブライアン・クランストン)はガンはガンでも、末期の癌に侵されていることを知るが、妻と息子には内緒にしておき、家族が困らないようにマトモじゃない方法で金銭の工面を図ろうとする。ドラマがスタートすると同時に、二人の男を殺戮する予想を逸脱したストーリー展開で幕が切って落とされる。
 
 それも、過去に教え子だったジェシー(アーロン・ポール)、いまは覚せい剤のディラーであるその教え子を誘い、自分は化学に強いところから、純度の高い覚せい剤の精製をし、成功はするものの、その販売人にと思っていた教え子が出来の良くないオトコであったことから、企画倒れになりかかるし、いつしか隠していた病も、家族に、友人に、知人に知られることになる。が、・・・・。
 
 この作品の主演がいい。科学の教師、ウオルター・ホワイトに扮するのは、ブライアン・クラストン。2008年の1月から放映され、この作品の大ヒットで、彼の人生も大きな花が咲きかけたようである。作品では、50歳の初老のオトコなんて紹介されているが、50歳なんて、働き盛りじゃないか。これからの十数年こそ彼の真骨頂となる作品を鑑賞させてくれるはずである。
 
 このドラマの成功は、主役に身近にいそうなキャラクターを選んだことが第一に挙げられるが、登場人物の相関図を描いてみると、実にシンプル。彼と第2子を妊娠中の妻、そして脳性麻痺を抱えた息子、それに、妻の妹夫婦、また、大学生時代の恋人とその夫が、いまや大富豪という役どころが主たる配役というところか。このシンプルさが、ストーリーに、嫌に現実味を感じさせる。
 
 この配役の単純さを、このところのアメリカ映画などでは忘れている気がしてならない。有名無名を問わず、これでもかという調子で顔を揃えさせて、話の主たる流れがぼやけている場合が多過ぎる。見せ場も多すぎて、私のような単細胞な人間には、感動以前に疲労を感じ始める始末。この作品は、制作費も、それほど掛けていない気がする。しかし、インパクトのあるストーリー展開に仕上がっている。

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