大胆不敵、沈思黙考、伏竜鳳雛!

一言暴言と支離滅裂な長文はお断り。
大仰なタイトルだが、有象無象な一般人の駄ブログです

ウエストサイド物語 (1961年) アメリカ映画

2013年12月17日 | 映画の感想
★概要
同名の舞台を映画化したもの。ミュージカル。
イタリア系移民によるギャンググループと、プエルトリコ系の褐色の移民グループの抗争を舞台として
決闘の為に組織復帰を果たした元リーダーと、対立グループの妹の燃え上がるような恋を描く。

▼感想
パッと見で、現代アメリカ版ロミジュリだと分かるくらいに明確な、ロミオとジュリエットのオマージュ作品。

・トニー(ロミオ)
脱退した元グループリーダー。決闘の為にグループへと戻る。
・リフ(マキューシオ)
現在のグループメンバー。言わずもがな殺される。
・アイス
現在のグループのナンバー2。

・マリア(ジュリエット)
アメリカへと呼ばれて来て1ヶ月の少女。
・ベルナルド(ティボルト)
マリアの兄にして、プエルトリコ系グループのリーダー。ロミオに殺される。
・チノ(パリス?)
舞台版ではマリアの婚約者だという設定らしい。映画では、主だったそういう演出は無かったよう見えた。
・アニタ(ジュリの乳母)
アニタと聞くと、今は亡き台湾の彼女を思い浮かべてしまう。


全体的にプログレッシブな音楽、踊りが多く、ミュージカルとしてはかなりの傑作なのだが
分かりにくい演出が数点あったり、後半からストーリーがガタガタになるなど、欠点も多い作品だった。

・素晴らしかった点
何といっても踊りが凄い。これだけでも観る価値は十分にある。
とにかく楽しくて、観る人の心をワクワクさせてくれる作品。

マリアの「彼に触らないで!」と「Te adoro, Anton」がとても良かった。
Te adoro の意味は、ご自由にご想像ください。とってもロマンチックな言葉です。

構図やカメラワークに、書き割りも含める撮影場所のチョイスが素晴らしい。
カメラマンがとても頑張っている作品で、面白さの半分以上はこの点にあったかも知れない。

他、マリアの部屋のステンドグラスがロマンチックで素敵だったり、彼女の家の螺旋階段を上から撮影したシーン
序盤の街中でのダンスシーンで、建物の内側からカメラを走らせて撮影した場面や、赤と黒に支配されたスラム街の空の一枚絵などがとても良かった。
赤銅色の空を映した後にカメラを真下にティルトさせて、直後に同じ色合いの壁の絵から斜め下にパンさせて街路へとカットを切り替えている演出技法が凄かった。


・悪かった点
ダンスパーティのシーンで睨み合い後に去ってくベルナルドに向かって、リフが「アイス」と叫んだ。
何かと思えば、アイスというのはグループのナンバー2のメンバーの名前だった。(それまで彼の名前は多分出ていない)
その後、リフが左手に去っていき、同じく左手に、それよりも前に去っていったトニーが奥の正面入り口で落ち込んでいる所のアップになるが
状況や絵面ではパッと見で判断できるものの、イマジナリーラインが崩れていたので、混乱して厄介だった。杜撰すぎる一連の流れ。

原作にあった、チノはマリアの婚約者という点を、映画でも押し出して欲しかった。
二人の身に降りかかる悲劇を強調することの出来る意味合いの要素なので、これは省いて欲しくは無かった。
この要素が無いと、序盤でマリアがドレスの胸をもっとはだけてくれとアニタに頼むシーンの意味も、判らず仕舞いになってしまう。
マリアがアメリカへと呼び出された意味も「ただ呼ばれて来た」だけになるし、そうなるとトニーとの運命の出会いっぷりも強調出来なくなってしまう。
終盤の締め括り方を考えると、無くした利点も無くはないのだけど、これはやっぱり残した方が良かったんじゃないかなと自分は思った。

マリア何で生き残っているんだよ。「彼が死んでしまうなら私も逝くわ!」とか叫びながら、その銃で胸を撃ちぬいてしまえ。
だって、「何が悪かったのか」って話になっても観客の大半はギャングではないし、不幸な別れを演出するにしても、あの最後ではインパクトが薄いもの。
ロミジュリでは二人の愛は成就したし、両家には「和平」という希望が残されたけれど、この映画では二人が最悪な結末を迎えてそれでお終い。
ギャングやその後のマリアがどうなったのかも誰も知らないし、更生していたはずのトニーは、とんだ災難に巻き込まれてまさに死に損。
それとも「お前らもこんな短く太く生きろ」というメッセージのつもりなのだろうか。
尊いトニーは尊くない死に方だったし、不良達に向けた啓発映画ならば、どうして更生してたトニーが撃ち殺されてお終いなんだよ。
不幸な別れを演出するにしても、その絆は今にも千切れてしまいそうなくらいに前途多難でなければ、切られた意味合いに欠けてしまう。
好きで、好きで、死んでも構わないくらいに好きで、でも結ばれる見込みが薄くて、それがようやく結ばれると思ったら不幸に見舞われて……
って流れでなければ、観客はトニーの死に対して、特別な感情を抱くことが出来ない。後半の話は本当に崩れていて残念だった。

例えば、トニーと名づけた子供を育てるマリアと、彼女の面倒をみる合併した両グループのメンバーみたいなのを後日談に出せば
輪っかがキチンと閉じて、物語として成立した締め括り方を出来たはずなのに、どうしてそれをしなかったのかが本当に疑問である。
誰に対して何を訴えたいのかが明白でない、本当に残念な結末だった。俗に言う投げやりである。


男ですが、恋愛映画大好きです。ミュージカルも好き!!!



☆その他
見ている間には、全く気がつかなかったけれど、後から知った話に
>マイケル・ジャクソンの「今夜はビート・イット」(Beat It) のPVは同作がモチーフとなっている。
というものがある。あー!成るほどなー!!と感動した。あれって知らなきゃ意味不明だと思う。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« だんご三兄弟♪ | トップ | レナードの朝 (1990年) アメ... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

関連するみんなの記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL