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けものフレンズのテーマは何か?

2017年04月21日 | アニメ、ドラマ
★フレンズという存在
このアニメのテーマを探る鍵は「フレンズ」という存在に隠されているように思える

アニメ版一期のストーリーは、最初はカバンちゃんが何の動物かを調べる為に旅に出るという内容で
ヒトのフレンズであるカバンと、獣のフレンズであるサーバルがそれぞれ違った個性を発揮しながら
旅先で様々な「フレンズ」と出会い、ドッタンバッタン大騒ぎをする事で、動物の魅力を世に知って貰おう的な雰囲気が強く出ている

しかし「フレンズ」というのは単純な獣ではなく、獣達がヒト化した姿であって
2話のイカダ屋のジャガー、3話の喫茶店のアルパカの辺りではまだ獣の要素が強いが
4話のツチノコから徐々に「人間的」な活動をするフレンズが増えてゆき、建築、戦争へと続き
7話の料理を食べるハカセ達を明確な境として、フレンズ達の構成要素が人間>獣へと反転している

それ以降は、8話でアイドルのライブの話があり、9話では温泉施設に住まいゲームをするフレンズが出てきて
10話になると廃墟を利用した宿泊施設を運営するアリツカゲラに、漫画家のシンリンオオカミ、推理探偵のアミメキリンが登場をする
そして、11話では「ハンター」達が登場し、12話となるとフレンズ達はもう人間と完全に変わらない振る舞いをしている

けものフレンズに登場をする、フレンズ(アニマルガール)と呼ばれる彼女達は
よくある作品に見受けられるような「人間的な中身の何かに、獣の外見を付与した物」ではなくて
「獣達に人間的な要素を付与した存在」である。だから彼女達は、獣である以上に人間的な活動もしているのだ


外国人はスヌーピーはイヌで、ミッキーマウスはネズミだと主張する
日本人は、ピカチュウはねずみポケモンで、キティちゃんは「猫型の女の子」だと主張する
外国人は歴史的に分類が得意なようだが、我々は文化的に、概念を作るのが得意なのかも知れない

そして「フレンズ」という概念は、作中で説明されている通り、動物がヒト化したものであるが
これは恐らくは、獣を人間と対等な立場に置いて、ヒトとの交流をさせるためのギミックであるよう思える

この作品を見ると序盤ではフレンズ達の獣的な面を強調しており、後半になるにつれて
彼女等の人間的な側面を描く傾向を強める流れになっているが、それはカバンへの描写でも同じ事が言える
カバンは序盤では「駄目な動物」として描かれ、爪も牙も持たず、キノヴォリも出来ない存在として扱われているが
終盤では「カバンちゃんってすっごいんだから!」というサーバルのセリフが印象的なように、その知性が特段に強調をされている

きっと製作陣は、このアニメを通じてヒトも獣も同じ生き物なのだという意味を込めたかったのだろう


もし獣達がヒトと同じような容姿をしていて、同じくらいに高度な知能を有していたら、両者の関係はどうなるだろうか
そして、その関係がハッキリした段階で、獣達からヒトの容姿と高度な知能を奪い去ったら、その関係はどう変化するのか
「フレンズ」という概念は、それをハッキリさせる為の思考実験であり、その答えは「人も獣も同じ動物」なのである

カバンちゃんはヒトであるが「ヒトのフレンズ」であり、サーバル達は獣であるが「けものフレンズ」である
このアニメではフレンズ化という概念によって、今一度その関係を明示させる事で、人を含んだ動物の魅力を再認識させる事に成功している
「けものは居ても除け者は居ない」という歌詞があるが、獣も人も同じ動物であって、同じ地球上に暮らす大切な仲間なのだ

もしアニマルガールが単なる動物少女だったら、きっと我々はそこに主従関係を作り出そうとしているだろう
だが彼女等は我々と対等な存在であり、だからこそ視聴者はカバンちゃんを通して曇りなき眼で素直に、その世界観に没入できるのである
けものフレンズのテーマは、人間自身に対する自惚れと獣達に対する無思考な偏見を取り除いて、今一度その価値を再提示する事ではないだろうか
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