応仁の乱

2017-04-21 | つれづれ日記

ようやくスイセンが咲きました

 

話題の「応仁の乱」(呉座勇一   2016年10月刊)を読む

 

読んでいたら

高楼方子の「十一月の扉」で主人公の爽子親子が

偶然に同じものに出会うことを「シンクロ」と符丁のように言っていたことを思い出した

 

NHKの大河ドラマ「女城主直虎」で徳政令のことを取り上げていたけれど

この本でも徳政令にふれている

(シンクロ)

戦に職業軍人でない人たちを動員するために取られたのが

「徳政」を約束するという方法だったという

(中世では年貢の未納は領主に対する債務という考えだったから

戦に出てくれたら年貢をおまけするという約束=徳政令

だった)

 

江戸に藩主たちを住まわせるという方策は家康が考えたのかと思ったら

応仁の乱前の幕府のやり方で

乱後

守護達はうかうかと京に住んでいるどころではなくなって

(幕府の力が弱まったので

自分でしっかり国を守らなくては近隣から侵害される)

国許に帰って行った

 

そしてもう誰も幕府の言うことを聞かないので

領地を取ったり取られたり・・・

→戦国時代

 

筆者は応仁の乱と第一次大戦にシンクロを感じるのだという

 

第一次大戦では

各国の指導層は必ずしも好戦的ではなく

みんな早く終わらせたかったのに

長期化し

ようやく終わってみれば

勝者である国も甚だしく疲弊し

ヨーロッパ世界全体の没落につながった

 

応仁の乱も

山名宗全も細川勝元も戦いを望んだわけではなく

短期決戦にしたかったのに11年も続き

参戦した大名たちは没落し

戦国大名が台頭してくる契機となった

というシンクロ

 

今「応仁の乱」が読まれている

のは

何とのシンクロだろう・・・

 

 

 

 

 

『本』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
« ローカルブックストアである | トップ | 図書室のピーナッツ »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。