3月31日 とても寒いそして荒れたお天気の年度末を迎えました。
昼ごろには雨が
雪に変わり山は白くなっていました。
長野電鉄屋代線、今日をもって廃線となります。90年の歴史に幕を下ろしました

今日の運行は、こんな垂れ幕を下げての運行でした。そして電車に乗る人がとても多くてまるで都会のラッシュのようでした。また松代駅では「硬券」と呼ばれる昔ながらの硬い紙の切符を求めようと長い列が出来ていました。
松代駅には最盛期には15人もの駅員さんがいたそうです。確かに昔はポイントの切り替えがあったり、改札があったり、はたまた荷物を受け付ける係りの人がいたり、多かった記憶があります。わっかみたいなものの受け渡しも行われていました。
でも、最盛期の10分の1くらいまで乗客が減ってしまったこの路線は廃線になり、明日からはバスでの運行になります。
この電車、実家の目の前を通っています。そして実家の前は駅です。この写真も庭のような駅で撮りました。そして私の部屋だった窓からも良く見えます。今日は特等席で電車見てました。
学生時代はこの電車で通っていましたが、もうすっかり乗る事もなくなりました。私の学生時代はまだ赤とクリーム色の2000系という電車でした。しかも木製の床に手動のドアという古い形も物もありました
もちろん車掌さんもいましたが、今はワンマン運転になっていました。
昔は
林檎を運ぶだけの貨物列車、長く連なった貨物列車、そして上野から志賀高原のある湯田中に直通の急行志賀も通っていました。スキーの時は混んでいましたね。
時代はスキーバスになり、マイカー、そしてスキー人口の激変で志賀号もなくなり、物資の輸送もトラックに変わり電車を利用することは少なくなりました。
この屋代線、昔は河東(かとう)線と呼ばれていました。千曲川の東を通る線路だったからです。のどかな田園地帯を走るローカル線でした。
廃線になることが決まってからは、休日になると四季折々の風景を撮ろうと多くのカメラマンが来ていました。そして年が明けてからは多くに人が乗ったり写真を撮ったりしていました。

きっと、駅にある桜は今年もきれいな花を咲かせてくれるでしょうが、線路はあるもののその下を電車が通ることはもうありません。実家にとって特別に不便になることはないのですが、ずっと見慣れていた電車のある風景がもうないと思うと寂しい気持ちになります。
時代の流れに乗り遅れてしまった田舎の電車はたくさんの人の想いや思い出を詰め込んだまま静かにその役目を終えました
さようなら、そしてありがとう、屋代線。
ここで電車のある風景が見られます。


プロ野球は今夜一斉に開幕しましたね。佑ちゃんやったね
そして燕の石川君、惜しかったなぁ。ドキドキしてみちゃいました。
こんなに寒暖の差があると体調管理大変ですよね。





しかも日没後の僅かな時間だけらしいです。
久しぶりの県勢出場だったのですがね。日曜日の試合だったのでしっかり見ることができました。長野県の強豪校、指導者が変わったところも多いから勢力図が変わってくるかもしれませんね。選手権楽しみですよね。

。

気が利く
きのこはHokuto



・・・・まだまだ冬引きずってるアンヌです
。ぜひ観戦しやすい日程を来季は希望します。
雪祭りにも見ること出来たし、その意味では良かったですけれどね。
お財布と相談しながらの観戦ですね。










