ベトナム料理 ANNAM

食文化を通じて母国であるベトナムの文化を静岡に伝えたい!

愛しきCanonのために

2011-11-04 21:23:45 | 未分類
常葉大学付属橘小学校の秋の運動会「ふれあいの会」で、Canon君を支援するための募金活動を学校に許可していただきました。
そのためのポスターを作りました。
本当にありがたいです。こうして、日本においても少しずつCanonの支援の輪が広がればと、願っています。
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ママは、今・・・

2011-11-03 21:56:35 | 未分類
友人であるCanon君のママが投稿したfacebookノートの一部を、Canonのことをより広く知っていただきたい思いを込めて日本語に訳しました。彼女の、母親としての心境を日本語で表現することは、外国人である私にとって、とても難しいです。日本語が分かりづらいところがたくさんありますが、お許し、最後まで読んでいただければ幸いです。Canon君のママの気持ちが読者の皆様に届くことを願っています。



「前は・・・」
今は、ママの話はいつも「前は・・・」から始まるの。
前は、ママは微笑んでCanonについて周りによく自慢話をしていた。
「Canonが大きくなったらきっと優秀な医者になる(でも、勉強ばかり必死でしてほしくないの、一度の人生だから、勉強以外のいろんなことを楽しんでもらいたい)。身長は188cm(イトコのManh君より2cmだけ背が高いの!)、頭が良く、ユーモアセンスも抜群で、強く優しい男性になる。」
そして、ママは、いざという時の備えとして、Canonに女の子を口説くコツをいつか教えておくつもりだった。
でも、それは前のこと。今は・・・
今は、ママにとって、Canonが元気でさえいてくれれば、それで十分。頭が良くなくても、背が高くなくても、多才でなくても、何も望まない。ただ、普通に健康でさえいてくれればいいの。
今のママは平凡過ぎるかなぁ?気が弱過ぎるかなぁ?
今のママは、Canonの輝いた将来の夢を見なくなってしまった。
今のママは、Canonの穏やかな寝顔を見つめながら、世の中の人が置き忘れた健康のかけらを、両手いっぱいに拾い集めて、Canonにプレゼントするために毎晩、夜空を歩きまわることができたらなぁ、と願っているの。
今のママは、Canonが泣き声でパパに「もう僕の血を取らないで!生きたい!」とつぶやくのを聞く度に、背を向けてただただ泣くばかりなの。
今のママは、弱く、卑怯になってしまった。でも、ママは、これ以上弱くなってはいけない。病気と勇敢に闘っているCanonのママだから、この残酷な運命に負けてはいけない。ママのSuper boy Canonは間違えなく優秀な医者になる。その日のために、運命に立ち向かって、勝ち抜くまでママもパパもCanonと共に闘って行く。
I need not a hero for I have none a greater hero than my little Canon in my life!


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2011年8月1日午後5時20分。Canonは必要な検査を全て受けた。来週の月曜日8月8日に、検査結果が出たら、プロトコール(化学療法)が出来て、翌日から新たな、本格的な闘いがはじまる。
手術室から運ばれ、麻酔がまだ覚めておらずぐったりしているCanonの胸から2本のホースが出ている。濡れた子猫のように貧相になっていたCanonの姿を目に入った瞬間、ママは泣き出してしまった。
2ヵ月前のある朝のことを思い出した。まだ5時ちょっと過ぎと、早い時間だった。Canonは静かにママの部屋に入り込んで、ママを抱きしめて、小さな声でこう言った。
「ママ、僕はね、ハート二つもあるの」
「どうして?人は皆一つしかハートを持ってないけど・・・」
「僕は、ママを二倍も愛しているから、胸の中に二つのハートが動いているの」
Canon・・・ママの胸の中は海が割れたように、涙が溢れていた。
愛している、Canon!
目が覚めてくれたら、この2本のホースのことについてCanonにどう説明しようか、ママは考えた。「身体に潜り込んだ悪い虫と闘っているスーパーボーイ(super boy)に力を運んでくれるスーパーホースだよ」
・・・Canonは、スーパーホースの存在に納得してくれた。それでも、看護師さんがホースから血を採り出した最初のころは、いつもパニックになっていた:「もう僕の血を採らないで!痛〜いからやめて〜!お願い〜」。
回数が重ねて、慣れてきてCanonは、幼いなりに現実を受け止め、最近は静かに看護士さんの動きを心細げな目付きで見つめるようになった。


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「家に帰りたい」と、泣きやまないCanonの目を見つめ、パパが優しく、しかも力強い口調でこう言った。
「Canon、パパの言うことを聞いて。これからは、ママがいる、パパがいる、Canonがいるところは、どこだって私たちの「家」になるの」


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Canonが一回目の化学治療を受ける前の日、「ちょっと出かける」と言って、パパはアパートを出た。しばらくして帰ってきたパパは坊主の頭になった。化学治療を受けて髪の毛が抜けてしまった幼いCanonは、自分の見慣れない頭にショックのないように、パパは先に坊主になって慣れてもらうのだ。パパ、ありがとう。


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Canonと、私たちCanonの両親は、温かく力を貸していただき、優しく見守っていただいている家族、友人、知人に深く感謝しています。そして、お顔もお名前も存じ上げない、応援、支援してくださっている多くの方々に心の底から感謝しています。Canonはきっと、強く優しく、生きることにきちんと責任を持つ大人になると信じています。


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ご無沙汰しております

2011-11-02 09:14:27 | 未分類
読者の皆様
ベトナム料理アンナムのオーナーであるレイ・ティ・ホン・ヴィンです。
ご無沙汰しております。
このブログを一時的に閉鎖していましたが、特別な事情をきっかけに、再び再開し、店のことをはじめ、様々な情報を発信していきたいと思います。よろしくお願いいたします。
そのきっかけとは、「Canon君を助けたい」思いです。
私の、ベトナムでの大学時代のある友人に4才の一人息子(写真)がおり、Canon君といいます(父親がキャノンのカメラが好きなため、彼の愛称にしました)。
悲しいことに、Canon君は2011年7月に白血病にかかっていると診断され、現在はシンガポールで治療を受けています。
治療期間は2年半から3年間、治療費は3,500万と、Canon君や家族にとって体力的、精神的、そして経済的に極めて厳しい闘病になります。
日本から少しでも励みになればと思い、当店では募金箱を設置したり、特別チャリティ料理やチャリティワインパーティー、などイベントを企画しており、その売り上げの一部をCanon君の支援の一助にあてたいと考えております。
Canon君の闘病は長期戦になるため、今後も様々な活動を行い、支援を継続して行きたいと思います。
皆様にご協力、ご支援を心よりお願い申し上げます。皆様の温かい心遣いはCanon君と家族にとって、きっと大きな励みとなり、難病を乗り越えて、元気な笑顔を取り戻す力になると信じております。



Canon君について
本名:Tran Anh Quan
生年月日:2007年06月03日
在住:ホーチミン市、ベトナム
父:Tran Huu Thao(42才)
職業:建築士(フリーランス)
母:Nguyen Thi Lan Anh(36才)
職業:弁護士(アメリカン保険会社プルデンシャル−法律担当者)
熱が治まらず、血液検査を受けたCanon君は、2011年7月27日に白血病にかかっている疑いがあると診断されました。両親は東南アジアでは小児がんの治療に優れているとされるシンガポールNational University Hospitalに検査結果を送り、翌日同病院から「できるだけ早く来て」と連絡がありました。家族3人は7月30日にシンガポールに向かいました。
シンガポールで再度血液検査、骨髄検査を受けて、Canon君はT-cellタイプの白血病にかかっていることが判明されました。T-cellタイプの白血病は、大人や10才以上の子供にしか殆んど見られないものです。一回目の化学治療を受けたCanon君は、深刻な合併症が起こり、腸に傷ができたため、腹部の緊急手術を受けました。しかもこの化学治療は期待されたほど効果が得られず、血液に残った癌細胞は約10%と、高い数値でした。
Canon君は現在、次の化学治療のために体調を整えています。
息子のことを心配しながら、親のどちらかは働かないといけないので、フリーランスの建築士である父親より、母親の方が安定的な収入を稼げますので、母親はCanon君の面倒を父親に任せて、仕事をするためベトナムに帰ることになっています。

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恋人たちの日

2010-02-13 19:07:17 | 恋しきベトナム


お正月はもう明日のこと。今年の旧暦の元旦は、Valentine’s day と重なっています。ベトナムで人々が
Valentine’s day のことを言うようになったのは、1990年代に入ってからだと思います。生活が豊かになれば、
お祝い事も多くなります。

Valentine’s dayのことを、ベトナム語では、「恋人達の日」と言います。日本のように「女性が男性に」という
決まりがなく、人々は恋人や気になる人にプレゼント、カードを贈ります。男性は女性にバラを贈ることが多いので、
この日はバラが高くなり、しかも売り切れて買えないこともよくあります。カード屋にはずらりとValentineのカードが
並んで、賑わっています。



ベトナム人の恋愛観は、日本人のそれと大分違っています。結婚を前提とされることが多く、付き合って
いたら、お互いに「一体感」が強いのです。「割り勘」文化がないので、お財布がほぼ共有のものになり、
共に行動し、大学生ならお互いに大学へ送り迎えをしたり、社会人だったら会社まで送り迎えをします。
(男性が女性を送ったり> 迎えに行ったりすることが多いですが)相手の同僚や友達の結婚披露宴や
各種パーティーに出席したり、とにかく、周囲に「付き合っている」ことをオープンにします。お互いによく
世話をしますが、その分、「所有意識」が強く、嫉妬も激しいです。

こうして、ベトナムの若者たちは、恋愛にかなりの時間とエネルギーを消費しています。

ちなみに、「同棲」に対しては批判的な見方がまだ一般的です。高等教育を受けるためや仕事のために
地方から都会に来た若者たちの間には少しずつ普及していますが、その親世代には(特に女性の親に
とって)非常に受け入れがたいことです。4,5年前、「同棲はしていいものなのか、すべきでないものか」
という議論がマスコミで大きく取り上げられました。様々な意見がありましたが、結論から言えば「(特に
女性にとっては)避けるべき」というものでした。なぜなら、女性に対する社会的な規範はまだ多く、一度
同棲して別れてしまうと、その過去がずっと引きずられて、残りの人生が幸せになれない恐れがあるから
です。他の男性と同棲した事実が新しく出来た彼氏とその家族に知られたら、悲しい結末になってしまう
ケースが多くあるようです。

女性向けの雑誌や新聞に、「心の相談」のような項目がよく設けられます。「とても気になる人がいるけど、
告白して良いかどうか?女だからしない方が良いでしょうか?」というような相談があったりします。

ベトナムにおいては、長い歴史にわたって水稲が主な産業です。そして、水稲の生産に牛はなくては
ならない労働力です。飼い主は牛の鼻に紐を通し、庭にたてられた一本の柱に結びます。柱は牛に
とって住まいの象徴とされるためか、「女は柱、男は牛。牛は柱を探すことがあっても、柱は牛を探す
ことはない」という例えは代々言い伝えられています。女性は恋心に流されて男性より先に心情を語る
ことが美徳に反する行為だと。

秘かに恋を抱き、「この恋を凌ぐのは辛すぎる。だけど、先に告白したら軽く見られてしまう」と、葛藤
している女性が多くいるでしょう。恋愛をすると、悩みが多くなるのに違いありません。

ベトナムの若者の間に「恋は苦。だけど恋をしないと損。損より苦がマシ!」という冗談が昔から繰り返し
使われています。辛くてもやっぱり恋をするんだ!と、恋愛に情熱的なベトナムの若者たち。恋愛に冷淡でいる
日本の若者との大きな違いでしょう。

 少し前ですが、日本の若者の恋愛事情をテーマにするテレビ番組を見ました。現実の恋愛が面倒なので、
ゲームで恋愛欲を満たす若者達が急増しているそうです。オンラインゲームの中で、主人公・分身と
なる自分のキャラクターを作り、ネットで理想とするキャラクターを見つけ、デートし、幻覚の恋愛を楽しむ
のです。「合わない」と思ったら別のキャラクターを見つければいい、傷つくこともなく辛くなることもない、
という考えなのです。

結婚はしたいけれど、やはり恋愛は面倒くさいと考える、別のタイプの人たちもいます。その人たちは、お見合い
結婚を選びます。求める人柄、年齢、学歴、職業、財力など、全てが明確で、それに該当する相手だけ
に絞って選択でき、楽だし失敗の比率も軽減され、一石二鳥です。それでも面倒くさいと思う人は、代わりに
親がお見合いします。あるお見合いパーティーの様子が映りましたが、参加者は全員60,70代の年配の方です。
結婚適齢期の娘や息子の写真を持参し、他の親とその写真を交換し、結婚相手の条件をお互いに伝えます。
良さそうな相手だと思えば、アポイントを取って子供たちに会わせます。

確かに、どのタイプのやっていることも効率が良く、失敗の回避もできるのかもしれません。ところが、死にたい
ほど辛い気持を体験しても恋愛は拒むものではないとするベトナムの若い男女の方が、なんだか人間らしいと
思います。

今年のValentine’s dayは、元旦と重なっています。帰省し親兄弟とお正月を過ごすか、街に残って好きな人と
お祝をするか、迷う恋人達もきっといるでしょう。お花屋さんが休んでしまうお正月に、青年たちがどうやって
バラを手に入れるでしょう?・・・などなど、気になっているところです。

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恋しいお正月

2010-02-13 01:46:16 | 未分類



先週の日曜日、ベトナム正月料理の代表格であるチマキBanh chung(バインチュン)を作りました。
かなり労力と時間がかかる料理なので、次の日は休みじゃないと厳しいです。

バィンチュンとはもち米、緑豆、豚肉といったベトナムの最も一般的な農産物を塩味にし、バナナの葉で包んで、
サイズによって8時間から10時間くらいかけて煮込む料理です。ベトナム人なら誰もが知っている、バィンチュンの
由来を語るある昔話によると、ベトナムという民族のあけぼのに、ある王子様が緑色のバナナの葉は大空、その葉に
包まれた物は大地の象徴とし、初めてバィンチュン を作り上げました。いかにも水稲文明的な発想です。人間と自然
との調和を重んじる思想からできたものと言われています。

もっちりぎっしりとしたおこわの中に入った豚肉はほどよく塩っ辛く、緑豆のふわふわとした食感も味わえます。
さらに漬物も添えて、家族みんなでわけあっていただくのです。かなり日持ちがするので主婦が台所に立たなくて済む、
ベトナムならではのおせち料理と言えます。

そのバィンチュンは、昔、と言っても私の子供の時代ですが、殆どの家で作られました。葉っぱを丁寧に洗って干す、
竹を薄くして紐を作る、もち米を研ぐ、豆を洗う、お肉に味付けるなどと、多くの作業が家族で分担されました。そして、
子供が楽しみにするのは、バィンチュンを茹でる時間です。夜更かしが許される数少ない夜からです。どの家も、
バィンチュンを包み終えるのは大体夕方なので、一晩かけて朝方まで茹でることが一般的です。大きな寸胴鍋や
なかった場合はドラム缶で煮込むので、普通の家の台所ではなかなか難しく、庭もあまりない都会の人々は、路地に
レンガや石で炉を作り、薪で火を焚いてバィンチュンを茹でます。近所の人々はバィンチュンを作る日を合わせて、
一緒に夜更かししてバィンチュンの“世話”をします(お湯からバィンチュンが浮かび上がることがないように、
そのお湯が減ったら減った分を追加しないと行けないので、寸胴鍋の横に別のお鍋ややかんでずっとお湯を沸かします)。

暖かく燃え続ける炎のそばに、人々が畳を広げ、子供たちが大人の語る昔話に耳傾けます。眠気が襲って、子供が眠ったら、
大人も交代で睡眠を取り、起きている人は他の家の寸胴鍋も世話します。

殆どの家で作る料理なのに、お互いに贈答するのによく使われる料理でもあります。使うお米や味の加減、食材の分量などに
よって、それぞれ多少味が違ってきます。その違いを楽しむこともお正月ならではの贅沢です。

そのバィンチュンは、今や市販のもので賄う家の方が多くなってきました。私の家で最後にバィンチュンを作ったのは、
日本に留学する前年のことでした。父と兄が準備を手伝ってくれて、包む作業は母と私が担当しました。その時の会話は、
鮮明に覚えています。

「この料理、やっぱり大変だね。」
「そうよ。でもお母さんは、何十年も作っているのよ。」
「来年からは、私は、もう家にいないけど、お母さんはまたバィンチュンを作るの?」
「いや、やらないよ。今年で最後。」

母の言葉は、私の胸に切なく響きました。

あれから十年。先日、電話して母にお正月の準備のことを尋ねてみたら、「バィンチュンは去年買った店は美味しくなかったから、
今年は他の店にする」との答えでした。お正月を楽に過ごしてくれることは嬉しいですが、一緒に作った昔のことをとても恋しく感じました。
バィンチュンの食材がずらりと並んでいる厨房に出勤してきたベトナム人の学生スタッフは「バィンチュンだ!なつかしい〜!!」と、
目を輝かせて嬉しそうに叫びました。

どんなに遠く出かけていても、お正月には何とかして帰省しようとするベトナム人。それでも帰ることのできない人たちにとって、
バィンチュンが一つあるだけでも、恋しい気持ちが大分和らげます。心が故郷に向かって帰省の旅を出ます!!





写真はあるバィンチュンを作るコンテストの様子です。近年、伝統文化を大切にする風潮のなか、このような活動がよく行われるようになっています。
因みに、若い女性達が着ている服は、昔の北部の女性の服装です。

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お正月をもう一度!

2010-02-05 12:32:20 | 日々の出来事



ベトナムではお正月まで後十日なので、街ははお正月情緒で溢れていると思います。
国を挙げて、家族が集まって祝福する、一年のもっとも大きな行事です。ご先祖様もあの世から帰ってくると、
人々は信じています。

お歳暮、大掃除、家の飾り付け、それからお正月料理などで多忙な日々。
元旦をいかにゆとりを持って過ごせるかによって一年の運勢が決まりますので、入念の準備は欠かせません。

皆さまに近場でベトナムのお正月をご堪能頂たいと思い、お正月を再現することにしました。お正月の代表的なお料理を、コースでも
単品でも楽しんでいただけます。お年玉くじ引きとして、特別なプレゼントも用意しております。ベトナムのシルクや雑貨などの展示も
同時に行います。

その準備でバタバタしている毎日ですが、楽しいです。お正月料理の主役はお餅(チマキ)で、もっとも手間がかかるものでもあります。
詳しくはまた近々ご紹介します。

景気の話ばかりで疲れ気味の心を、もう一度新年を祝う気分で元気にしましょう!
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愛しき麺料理

2010-01-28 20:49:43 | 料理・食材・その他の紹介




ベトナムは麺大国と呼ばれるように、ベトナム人は麺料理が大好きです。海外では、ベトナム麺と言ったら、フォーは決まりのようです。

確かに、20世紀のはじめ頃にハノイで誕生したフォーは全国に広まって、(地方によって多かろう少なかろう変化してきました)その勢力を勝るものがありません。しかし、フォー以外にも地方によって他の麺料理がたくさんあります。殆どの麺はお米から作られ、その製法によってそれぞれが特有な味と食感を持ちます。

私は、フォーよりも好きな麺料理がいくつかあります。その一つは写真のフ・ティェウ(hủ tiếu)です。あっさりとしたスープでほのかに利いたガーリックの香り。トッピングに海老、うずらの卵、豚のハツ、レバー、そして好みでレタス、ミニセロリ、もやし、ニラを加えます。味付けはフォーと異なり、ヌックマムではなく、大豆から作られたお醤油で、フォーより濃厚な風味です。

日本人のお客様はレバーやハツが苦手な方が大勢いるので、注文を受ける時はそれを確認して、苦手な方には鶏肉か牛肉に変更して頂いています。同じく中華文化圏にある韓国人もベトナム人も動物の内臓を普通に食べているのに、日本人だけこんなに違和感を持っているのはなぜなんだろうと、不思議に思います。

こんなことを書いていると、昔『日本語』(金田一春彦)という本で読んだことを思い出しました。日本語には、(人間も含めて)動物の内臓を表すものは全部漢語で、大和言葉は一つもありません。心臓、肝臓、腎臓、小腸、大腸などなど、確かに全部漢語。その理由は、大陸からの中国文化の影響を受ける前、古代日本人は獣を食べなかったからです。食べ物として獣を扱うことがないので、解剖することがなく、動物の体内に何があるか知らず、名称を付ける必要もありません。それとは反対に、お魚や海の生物の名前、それらの身体の各部位を表す言葉はとても詳細で、しかもその殆んどは和語です。日本に来て、成長の各段階で名前が変わっていく出生魚のことを知り、びっくりしました。「イワシの子供であるシラスのことを、“小イワシ“と呼んでもいいのに」と、思ったりしました。しかし、考えてみたら、お魚はその成長段階によって食感や味が変わります。その違いに敏感な日本人は様々な食べ方を楽しんでいるので、確かに名称が異なった方が便利なこともあります。生活の知恵の一つですね、納得です。
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南国のお土産

2010-01-14 22:56:32 | 日々の出来事



元旦から約二週間の「海外出張」(“出張”先はベトナムです)を終えて今日日本に帰ってきました。

あまりの寒さにビックリしました。

ホーチミンでの家の周りに太陽の日差しを満喫しているお花をお土産に持ってきました。
お花の名前は残念ながら分かりません。お花の名前を知ることは女性の教養とされているのに...(;;)




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Happy new year !!!

2010-01-01 09:11:22 | 日々の出来事



2010年、いよいよ始まりました!!!

旧年中、ブログの更新が殆どできませんでしたが、それでも見守ってくださった読者の皆様に感謝しております。
このブロクをよくご覧になってくださる読者の方々はお気付きでしょうか!?書き手である私は、少しずつ方向転換をしようとしてきました。以前、このブログは、エッセイ的な内容が殆どでしたが、日々の雑務に追われ、気合を入れて書こうとして、ついつい負担になり、後回しになってしまいしました。今後は、「ベトナムの文化を紹介する」という役割に集中し、ベトナムの料理、食文化、習慣などについて中心的に書いていこうと思います。今後も宜しくお願いします。

2010年、希望の一年になりますように!!!


P/S:漢字文化圏に属したベトナムでは、日本と同じく書道とお正月の書初めの習慣があります。昔、漢字を書けない庶民たちは、お正月に寺子屋の先生に「祝」「福」「寿」「盛」などといった漢字を書いてもらい、家に飾った風習があります。
現在は漢字が使われていませんが、アルファベットでの書道と、書初めがあります。書初めの内容は、上記の漢字のアルファベット表記です。一時期なくなりつつある風習でしたが、近年、文化を見直す風潮のなかで、復活しました。
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Merry Christmas !!!

2009-12-25 19:27:58 | 日々の出来事


クリスマスイブの朝、友達がたくさんの素敵なバラを届けてくれました。とっても嬉しかったです。花瓶はどれにしようか、どこに飾ろうかと、迷いました(こんな“悩み”ならいつも抱えていたいなぁ〜)。

クリスマスなので、ほんの気持ちですが、ご来店下さったお客様にこのハート形の緑豆のケーキをサービスしました。



まかない料理を担当した私は、何か特別なものにしようと思い、皆の意見を聞いてみたら、麺料理がいいとの声が上がりました。私も麺料理が大好きですので、自分が食べたいものを作ることにしました。ベトナムは「麺大国」と呼ばれるほど、麺料理の種類が豊富で、全部美味しいです。今回作ったのは、(全然クリスマスらしくないですが)Bun rieuという北部の料理で、本場では淡水蟹でダシをとります。淡水蟹は手に入らないので、干し海老で代用しました。トマトの優しい酸味に海老の旨みがバランスよく調和したスープと細麺のビーフンがとても相性が良いものです。レタス、もやし、大葉など、野菜をたくさん乗せて食べます。“団子と花”、両方とも満喫するクリスマスでした(^-^)//

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