はっぱのきもち

古典から児童書、外国作品までの感想。
あらすじを知りたい方や読む前の参考にしたい方におすすめします。

寿司への憧れ・「小僧の神様」志賀直哉

2008-06-05 08:13:44 | 面白い名作(日本)
「小僧の神様」


題名を目にしただけ、という方が多いと思います。

志賀直哉の代表作のひとつです。


この「小僧の神様」の内容は、丁稚奉公の仙吉が一度でいいから寿司を食べて
みたいと熱望するお話です。


番頭たちが「あそこの寿司は旨い」「あれを食っちゃあ他所のは食えないぜ」
などと通ぶった会話をするのをじっと聞きながら、自分もいつかああいうふうに
暖簾をくぐって寿司屋に入るような身分になりたいと思うのです。


ある日おつかいで出かけたとき、帰りは歩いて電車賃を浮かし、
人が並ぶ屋台の寿司屋に意を決して近付いていくのです。
のり巻きはないと言われ、決心してマグロの握りを手にとるのですが、
値段を聞いてまたそっと寿司をもとに戻します。


一度手にとった寿司を戻す無作法さに屋台の主人は冷たい目で
言います。


「値上がりしましたから、小僧さんにはなかなか食べられませんよ」


仙吉は恥ずかしくて惨めで、逃げるように立ち去ります。



ちなみに、この作品が発表された大正9年。
ちょうど2年前に有名な「米騒動」が起きています。米の高騰に主婦達が
起こした暴動ですが、その後世の中は景気がよく、特に飲食店が大繁盛しました。
寿司の値段も高く、丁稚奉公の小僧さんには無理でした。



それにしても、このばつの悪い思いをした仙吉の心がよく分かります。
私だって、洋服を買うときなど思わぬ高値を言われて
「今日はやめときます」みたいに商品をもとに戻すことが
あるからです。知り合いには見られたくないかも。



でも、そんな仙吉の様子を一部始終見ていた人物がいたのです。


「貴族議員のA」でした。


彼は直接仙吉とは全く縁のない人物なのですが、
寿司屋で恥をかいた仙吉を見て、たらふく食べさせてあげたいなぁと
思うのです。純粋な善意です。
Aはその後買い物をした店で偶然仙吉を見つけ、
商品を運ぶ手伝いに来るよういいつけ、そのまま仙吉を寿司屋に連れて行きます。


なんだか分からないうちに寿司屋へ連れて行かれ、
深く考えるひまもなく座敷に案内された仙吉は、
夢にまで見た色とりどりの寿司を目の前に、三人前を一気に食べ尽くします。
そのあまりの旨さに感動しながら・・・


ここで感心するのは、貴族議員Aが、仙吉に余計な気を使わせないようにと
先に帰ってしまい、一人きりにしてやったこと。
あとは寿司屋の女将が、わけありを察知して奥の部屋へ案内し
座敷の障子を全部閉めてあげた配慮。


だからこそ仙吉は思うままに寿司を食べることが出来たのです。
こういった気配り、今ではなくなったような気がします。



関係ありませんが、パールバックの「大地」で、餓えた老人が食べ物を目の前に
しながら、かぶりつきたいのを必死で押さえて礼儀正しく食べようとしている姿に
気付いた主人公が、わざと席を外して誰も部屋に入らないようにしてやった場面が
あります。




寿司を食べた後、仙吉はあのときのお客が、神様ではないかと思うのです。



だって、自分が寿司を食べたいと思っていたことをお見通しで、
しかも番頭たちが噂していた「いちばん旨いという寿司屋」に
連れて行ってくれたことがどうしても偶然とは思えなかったのです。
それはどう考えても神様の仕業でした。



仙吉は帰るとき寿司屋の女将に、


「お代はたっぷり頂いているから、ぜひまた食べに来て下さいね」

と言われます。


でも、仙吉がその店にまた寿司を食べに行くことはなかったのです。

神様の好意を無駄遣いしてしまうようで恐ろしかったのです。
でも、その後つらいときや哀しいとき、いつもこのことを思い出し、
きっと神様がまた見ていてくれると思うだけで頑張れるのでした。




これだけ読むと「いい話」なのですが、そこは志賀直哉。
小僧に寿司をご馳走したAは、この話をして皆に
「良いことをしたね」と賛辞されつつも
ある種の空しさ、哀しさを感じてしまうのです。
また、小僧に対してかえって失礼なのではないかとさえ思ってしまう・・・
彼にとって小僧は同情する相手であると同時に、自分と同じ
対等な人間なのだと自覚しているからでしょう。


世の中には、親切という名の下に施しを与えることを疑いもなく
良い事をしたと満足する人間と、
善意と同情のあいだで、これは正しいのかと考える人間と、
大きく二種類に分類されるのではないでしょうか。


このAは間違いなく後者でしょう。


私もできればそうありたいと思います。



原題 小僧の神様
著者 志賀直哉


















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