妻がいて孤独

基本的にふざけろ

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2008-03-03 17:23:46 | Weblog
 コップに入った水道水が朝日を浴びて、屈折した光を卓袱台の上に落としている。大皿に盛られたおからを、義男とふたり、箸でつついた。妻は六畳間を周回しながら、昨夜の残りものの菓子やつまみをタッパーに詰めている。おからは古びているのか、箸をぬくときぽろぽろとよく山から剥落して、転がって畳のうえにまで落ちた。
「食べづらいなあ」と、ぼく。義男は神妙な面もちで、だまっておからを噛んでいる。むろんサン・グラスは外していて、部屋のすみにリュックと一緒に置いてある。昨夜あけた酒の缶やびんも、そこへちんまり寄せられている。
「いや飲んじゃったなあ」と、義男はきゅうに言って、妻のほうに向き直ろうとするが、彼女の流れるようなうごきについてゆけず、無駄な動作をしばし繰り返したのち、あきらめてひざに目を落とした。
「なんだい」と、水をむけると、
「いや奥さんに申し訳ない」
「なにが」
「こんなはずじゃ、なかったんだけどなァ」
「だから、なにがさ」
「昨日はなんだか浮かれちゃって」
「おれが飲みたくてせがんだんじゃねえか。お前が気にすることじゃない」
 まだなにか言いたそうなのを手で制し、コップの水道水をいっきに飲み干して立ち上がり、
「遅刻するぞ。工場まで歩くんだろ」と促した。玄関まで送りだし、靴をはかせているときに、妻がガラス戸をぬって白いビニール袋をひきずってきた。中身はさきほどのタッパーだった。
「これ、お弁当代わりに持っていって頂戴」と、妻。
「オツってやつだな。イカのくんせい豆菓子弁当」と、ぼく。
「だが、人には見せられねえ図だ」
 義男はすみません、と小さく言いながら素直に受けとって、頭をさげた。恐縮しているのか、そのまま目を合わせることなく玄関を出る。そもそもぼくがまねいた事態なのに、ふたたびすっかり弱気にさせてしまったのが逆にしのびなく、サンダルをつっかけあとを追った。外階段を一歩おりたところで、野郎が振り向いた。
「兄貴、これからどうするの」
「どうするって、仕事にゆくさ」
「仕事って」と、相撲取りが懸賞金を貰うときのようなしぐさをして、
「あれかい」と,小声で訊く。黙ってうなずいた。
「まだ、出てくるの」
「うん。まだ出る」
「そう」
 階段を降りきって、また振り返った。そして今度はやや大きな声で、
「今日出なかったら、どうするゥ」と訊いてきた。
「そんときァ」と、部屋の中をあごでしゃくって、
「いっしょに虫でも食うさ」
「おれは無理だぜ」義男が目をまるくした。
 手すりにもたれて、弟のあるくを後ろ姿をしばらく見送った。まだ六時すぎだというのに、朝日はその日の猛暑をはやばやと告げるように、路地をまぶしく照らしている。右手にさげたビニール袋が、揺れるたびに反射して、目に痛いほどだった。

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3

2008-03-01 17:49:49 | Weblog
    3
 日曜日。
 そとは雨。
 疲れがたまってもおり、いぎたなく眠り続けた。
 妻は掃除機をかけている。
「あなた、邪魔」
「はい」
 そういうときは、敷きふとんのへりをつかんで、全身でローリングする。シーツもケットも髪の毛も、いっしょくたに丸まっての、移動をなん度か繰り返した。
 午前十時すぎに、ようやく少ししゃんとして、無言で起きあがる。台所の対面にしつらえられた、かびくさいユニット・バスまで歩いていって、全裸になって湯をつかう。鼻唄のようなものをうなりながら頭をあらい、一週間ぶんのひげを剃った。
 ほつれたタオルで身体をふいて、洗面台に両手をついた。
 ひさしぶりに鏡を見た。よく寝たあとの、緊張感のかけらもない中年男の顔がそこにある。真上からの照明が目はなを照らし、疲れきってたるんだ皮膚のうえに、どこか凄惨な影をおとす。
 ニッと笑ってみた。口の端ばかりはよく上がったが、瞳にまでは力がおよばず、眠たげな、お義理ばかりに列席をはたした、宴会とちゅうの係長といったおもむきの表情に、ぬれた前髪がたれ下がっている。はれぼったい唇からふとく息をはき、しばらく目のまえの、おのれの真顔とつきあった。
「正視に耐え得る顔ではないな」
 四辺の白濁した鏡のなかで、男の唇がうごく。
 なにかおもしろいせりふを返そうと思い、少し考えたが、出てこなかった。
 パンツをはいて、暗い台所から、六畳間につうじるガラス戸を見る。格子にはまった安っぽいくもりガラス一面に、青やピンクの光が走ったり、翳ったり。引き戸を開けると、声優たちの元気いっぱいの声が、半裸のぼくに、固体となっての直撃をくりかえした。
 TVの前では、妻がとぐろを巻いている。また、アニメ攻めである。
 疲弊した筋肉の弛緩するのにまかせて、ひざから崩れて横たわった。畳のちくちくするのに辟易して、すぐにごろりと仰向けになる。
 模様のはいった窓ガラスが、さかさまになって見えた。それは年月をへて黒く変色した木の窓枠に四角くおさまって、そとの世界を白濁した単色にぬりつぶしている。雨つぶが、ときおり横風にあおられてぶつかって、ばらばらと鳴った。どこからか飛ばされてきた葉っぱも、窓ガラスのそこかしこにへばりついて、濡れてみどり色ににじんでいる。
 ぼくとはあまり直接関係なさそうに思える冒険譚は、エンディング・テーマがあって次回予告になって、ぷつんと切れた。
寝たまま、妻のほうをむく。
「お金ちょうだい」
「お金」
「お金さ」
 とぼく。
「いくら欲しい?」
「いくらあるの?」
「千円チョット」
「千円ちょっと、かいな。ふうん」
 いきおいをつけて立ち上がる。そのまま窓枠に片あしをかけて、右手のふとい二本の指を、引き戸の、ちょっとへっこんだ部分にかけた。模様のはいった窓ガラスを、ひと思いに開ける。白濁したばかりだった世界が、遠くに見えるガソリン・スタンドの看板や、国道沿いに立つ街路樹の色彩をともなって一変する。風がつよく六畳間に吹き込んで、雨つぶがパンツ一丁のぼくの身体を打ちつけた。あたたかい風で、思わぬ気持ちよさになんだか晴々としたこころもちになる。空には雲が、すごい早さで走っている。西へ、西へ。
「これ、ナポレオンかな」
 と,ひらめいた。意味はありません。
 で、きょとんと見ている妻を睥睨し、左手を胸のあたりに、きざにもってゆき、
「ナポレオンだア」」
 と、実際に言ってみた。繰り返しますが、意味はありません。
 ただこれが妻に受けて、彼女は畳のうえをのたくって、腹をよじって笑うのです。
「アハハ、アハハ」と。
「わしアのう、オレポナン」
 と間違えて、ずっこけた帽子をなおす仕草をしてから、
「いやいや」
 とふたたび大仰に、おごそかに。
「ナポレオン。ナポレオン・ボナッパアルトだぞ」
「アハハ、アハハ」
「馬はどこだ。馬、わしの馬」
「ハハハハハハハ」
 大口をあけて、赤い目になみだを浮かべて笑います。小学校も出ていない彼女が、ナポレオンとその運命を知っているとは到底かんがえられないのですが、たぶん半裸で、ばかなポーズを取っているという、こういうレヴェルの低い笑いが、好きなんですね。
 調子に乗って、六畳間をギャロップしながらぐるぐる回り、
「千円チョット、よこせイ」
 と命令する。妻はよたよた、という感じで四畳半に引っこんだ。
 勝負だ、と思い、ことさら滑稽な声色で、
「早く、よこせイ」「ぜんぶ、よこせイ」とふすまにむかって連呼する。近所に聞かれたらまずいなアという心配が首をもたげもしたが,日曜日の午前、世間のやつらもリラックスして過ごしていやがるんだろうとも思う。

 無地のティーシャツに、安物のジーンズ。
 暗い玄関でサンダルをつっかけ、表へ出た。
 ポケットには、首尾よくせしめた一千数百円。
 ビニール傘をさして、そそくさと駅をめざす。
 住宅地をぬけて、少し広い道に出る。舗道を歩くうち、傘が必要ないほどに晴れてきた。白いパイプのガード・レールを、たたんだ傘で叩きながら、空をあおぐ。雲が流れていて、風にあおられた電線が、びゅうびゅう鳴っている。
 約束の時刻に駅についた。駅舎の赤い屋根は陽をあびて光っていて、樋がこわれているんだろう。雨水が屋根からきらきら光って、滝のように落ちている。その水音のむこうの暗がりに、見あまりようもない弟の、持ちぶたさな後ろ姿があった。掲示板を眺めている。
「おす」
 横にならんで声をかけた。
「あア」
 その声は、砂漠の星夜を思わせる。
「なに見てんだい」
 掲示板のなかの、目立って色彩豊かな一枚を、あごでしゃくった。
 プロレスのポスターである。聞いたことのない団体の主催するところの興行で、この町の公立中学校の体育館が、太字でうたってあった。日づけを見たら、つぎの週の土曜と日曜。 
 で、訊いてみた。
「行きてえのか」
「いや。まさか。そうじゃねえけど」
 と弟。
「ポスターだけで、じゅうぶん面白い」 
 一番大きな写真でうつっているのは、ぱんぱんに張って、よく焼けた二の腕をことさら誇示し、豊富な黒髪を横になで付けた、平凡な顔だちの男だった。稲妻のような自体で書かれた彼の名前も、漢字四文字の平凡なものだった。そのつぎに大きいのは、そのとなりのマスクマン。両手を、ちょうどおんな人のおっぱいを揉むような形にして、それをうえに掲げるといった、威嚇のポーズでこっちをむいている。これは全身像で、写真の合成があまりうまくいっておらず、赤いブーツが不自然に宙を踏んでいる。
「どっちが強ええんだろう」
 とぼく。弟は首をかしげてから、うすく笑う。
「そういう問題でもねエんじゃねえか」
「まアな」
 それですこし打ち解けて、顔を見あわせた。野郎は黒い、つるの細いサン・グラスをかけている。
「ところで義男、荷物はそれだけかい」
「ああ」
 肩にかけた、たぶん千円以内のリュックを揺する。プラスティックのかちあう硬い音。
「そんなに長くいるわけでもないし」
 白い襟付きのシャツに、ちょっと高そうなジーンズにスニーカー。不安にはんして、弟の生活はそれほど自堕落でも、不潔なものでもなさそうだった。
「食いもん買って行こう」
「うん」
 駅舎をあとにして、陽の当たる道にふたり並んで出た途端、夏が始まった。いつのまにかすっかり顔を出した太陽は、ぬれたアスファルトをさながら沖へとつづく海面のように光らせ、往来を吹きぬける風にはかすかに潮のにおいがした。街路に立つ木々から、その繁れる葉にためこんだ雨水が流れ落ち、それらは地面にとどく手前ですっかり蒸発し、町じゅうを肌にからみつく、真夏の空気に変えた。家々の屋根、軒からこぼれるしずくのうち、多くは江戸前の風鈴となって色づき、いっせいにカラカラ鳴り始めた。
「いや急に暑くなりゃアがったなあ」
 弟が、背後の太陽を振り仰いで言った。
「こっちこっち」 
 手をひかんばかりにして、横道にはいる。でこぼこの日陰が続いていて、ところどころ、家並をぬって差しこんだまばゆい光が、横縞のすじを道に落としている。木造家屋のまえで、老婆がおもてに出した椅子に腰かけている。通り過ぎるとき、手に持ったうちわで少し扇いでくれた。
「義男、そう言えば金、ちょっとはあるのか」
「まあ、ね」
「そうか」
 暑気から逃げるようにして、突きあたりに建つ平屋のスーパー・マーケットに入った。
 夫婦で営んでいるような小さい店で、目がなれてなお、うす暗い。大のおとな、それもおとこがふたりで買い物をする姿が珍しいのか、レジに詰める男が、いらっしゃいと声をかけたまま、大きいまるい目を開けて、ずっと見ている。
 食材をあらかた選びおえて、かごをカウンターに置くと、
「あんたたち、兄弟でしょ」
 と、思いがけないことを言う。
「わかるかい」
「わかるね」
 男はゆっくり頷いた。そして、かごの中のながねぎを取りあげ、
「あんたたちは、おんなじ野菜だ」
 と、断じた。
「それぞれは別モンでも、ほかとは見間違いようがない」
 それを白菜としゅんぎくの上に乗せて、こっちにまるい目をむける。
「含蓄ありますなア」
 と義男。
「ついでに負けとくれよ」
 と、ぼくが有り金すべてポケットから出して並べると、ひいふうみい、と数えてから、
「ちょっと足らねえけど、まいどありッ」
 と鼻のあなを広げて宣言した。ビニール袋をさげ、自動ドアから出るぼくたちの背後から、「あっ。スタンプ・カード押すの、またまた忘れちゃったよ」というつぶやきが聞こえたが、そのまま無視して外にでる。
「偉そうに。ひとを野菜にしやがって、ばかにしてやがらア」
 海風の中を歩きながら、義男が吐きすてる。その声を聞いて、はっきり気づいた。野郎の声には、夜の景色を連想させる吐息が、いつしかすっかり影をひそめていたのである。それはたぶん、ぼくにも作用した力だったのだと思う。
その日アパートに戻り、妻の手なる十年ぶりのすきやきに満腹し、いきおいに乗って弟の有り金すべて吐き出させて買いに行かせた酒に酔い、夕暮れ、しょうべんついでに洗面台の鏡を見れば、そこに映っているのはけっしてお義理に列席をはたした酔眼の係長ではなく、なにかもっと、しゃべりたがっている生気ある顔だった。
 朝方の返事をしてやろうと思ったが、鏡のむこうの男が、四辺の白濁した鏡の中からすぐに消えてしまったから、またしてもなにも言えなかった。
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しゃべる動物と一人称もの

2008-02-29 23:51:40 | Weblog
 へびのことを少し調べてみようと思い、ネットでかちかちやってみる。
 すると最初にヒットしたものが、なんと小説。
 それも、喋るへびと、それを拾った一人称の交情をえがく、といった態のもの。
 書いているのはたぶん女性で、おそらく若い女性。
 素人には違いないが、ぼくより書きなれている感じがする。
 
 めんどくさいから全てを読んだわけではないけれど、こっちのほうが面白れえんじゃねえかなと勝手に考える。百人が読み比べて、どっちを取るかは分からない。
 それ以上に、「しゃべる動物と一人称もの」とでも名付けたいジャンルが、はっきりあるんだなということに気付かされた。
 そういえば、ありがちだよなア。
 ぼくの場合ほんとうに何も考えず喋るへびが出てきて、それを成立させるためだけに書いているフシがある。 
 やっぱり、ちゃんと考えないと、こういう誰でも思いつきそうな話になってしまということか。
 
 今度こそ、建築現場の話を書いてやる。
 リアリズムに陥らず、ありがちでないアプローチで。
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2

2008-02-29 21:46:08 | Weblog
 TVの、夕方六時半からやっている、こども向けとしか思えないアニメーション番組の音が耳障り。
 それを見ているのは、妻。
 無言の抗議を表明せんがため、壁のほうを向いて横たわっている。声優たちの鼻にかかったような嬌声が、ぽよんぽよんいう一層ふざけた効果音とともに、質の悪いスピーカーを通して、しょっちゅう六畳間内で爆発する。そのうえ画面のちかちか光るのが眼前の土壁にまで反射して、やはり抗議のつもりの瞑目の、その閉じたまぶたを通過して、視神経の暗がりまでをちくちく刺激する。
 妻がこの手のサブ・カルチュアを好むことは、付き合いはじめてすぐに知れたことのひとつである。ただ、そこは惚れた弱み。まんがやTVに熱中するおんなの横顔が、最初はかえって魅力的に映ったものだ。
「こういうモノのほうが、現実社会を反映している」 
 というような趣旨のせりふを、吐いたこともあった。
 しかし、相容れないものは仕方がない。
 ぼくはどうにも、こういうキャラッチャラしたものが分からない。
 ただ最初に許容して、あとから苦情をねじ込むというのも、わずかに残る男の矜持が邪魔をする。
 そういう手順で、いつもじっと我慢。
 それでも、せめてもうちょっと音を小さく出来ないものか、とも思う。
 ただそういう細かい小言じみたことを言うことにも、なんだか抵抗がある。
 そもそもはやく、晩ごはんの支度にとりかかってもらいたい。
 それもお腹がすいていらいらしていると思われそうで、やっぱりなにも言えなかった。
 エンディング・テーマに続き次回予告になって、ようやくぷつんと切れる。
 首をねじまげて背後をうかがう。畳のうえにリモコンが転がっており、そのむこうで安物のTVが静かにうずくまっている。足先のほうに目を転じると、妻が台所に通じるガラス戸をすり抜けるのが、ちらりと見えた。
 その格好のまま、声をかけた。
「部屋入るぞ」
「なんで」
 すきな世界を堪能した直後だからだろう、やや上機嫌な妻の声。
「電話」
「ええ?」
 起き上がって言う。
「電話かけんだよ」
 コンロに火がつき、なにかを炒める音が、返事のかわりに返ってきた。
 歩いていって、四畳半の襖を大きく開ける。ゴムの質感をともなった闇が六畳間を通って中空に霧散するのを待ってから、じめじめする畳に踏み込んだ。
 ほの暗い部屋の隅に、きちんと畳まれた布団があって、反対側の壁際に鏡台と書棚と、こぶりな洋服箪笥がある。整頓された、ふつうのおんなの部屋ではある。床のあちこちに、ねずみやカエルといった小動物のおもちゃやぬいぐるみが落ちている。
 腐りかけた木の雨戸を苦労して開け放ち、残りの闇を手でぱたぱた追い払う。生あたたかい初夏の夜風が吹き込んできて、柱に画鋲でとめてあるカレンダーが揺れ、乾いた音を立てた。
 見上げると西の空はまだ暮れきらず、澄んだ藍色に輝いている。
 ぼくたちの借りているのは、アパートの二階の角部屋である。この窓からは、小道をへだてた対面に、こまごまとならぶ住宅なんかが見える。はずむかいの家では、やはり夕飯時なのだろう、リビングにいくつかの人影が動くのが見えた。オレンジ色の明かりが庭にもれて、横倒しになった三輪車を照らしている。隣人や近所の人たちと、ぼくたちが交際することはほとんどない。
 雨戸を閉めて、ふたたび妻好みの暗闇を作る。
 ただアマゾンなみによどんで湿気た空気ばかりは、だいぶましになったと思う。
 箪笥のうえに、町の電気屋でフンパツして買った、ホコリをかぶった電話機がある。これは我が家のなかでは炊飯器とならんで比較的あたらしい製品で、本体の受話器や子機を取り上げると同時に、小さなディスプレイと数字ボタンが、鮮やかに点灯したりする。買った当初はもの珍しくて、妻とふたり点けたり消したり、目にやさしくもあるその人工のライト・グリーンを、飽かず楽しんだものだ。
 今はむろん、そんな無邪気さを共有する気持ちなど、お互い残されていない。
 着信音もいくつか選べて、それをときどき変えたりするのも楽しいものであったが、ぼくたち夫婦に電話をかけるものがほとんどいないことに遅ればせながら気づき、そんな生活上の情熱も、とっくに冷めてしまった。
 なんとなくそのまま放置されてしまったドヴォルザークのユーモレスクを、ここ数年どちらも変えようとはしない。
 子機を取って、後ろ手に襖を閉めて六畳間に戻る。
 義男から電話があったことを、親が知ったら喜ぶかなと昨夜寝しなに思いつき、ずっと電話をかけたかったのである。ぼくも疎遠にちがいないが、弟の義男は両親と、ほとんど絶縁状態にあった。
 台所に耳をすませ、「電話帳」に登録されている、数少ないメモリーの「鱸晴一」を選んで電話した。肉親との会話を、なるべく妻に聞かれたくない。
 四回ほど続いたコール音が、ぷつっと途切れた。
「もしもし」
 と言って思わず前かがみになるが、そのままつんのめる。
 夜のしじまにも似た静寂が、子機のむこうから流れている。
 それは母親。
 実家の居間にある電話に出るのは、家族の中で母親の役割だった。
 ただこのおんなは、昔から電話に出てもなにも言わないのである。受話器をガチャッと取って、相手の出方をえんえんとうかがい続けるのだ。いつまでも。
 相手がなにか喋りはじめて、その話の輪郭が虹のようにつながってはじめて、ようやく人間らしい反応を示すのだ。
 こういう電話の出方をするおんなを、ぼくはほかに知らない。
 相手が面食らって、そのまま電話を切ってしまうことはしばしばで、子供のころからそういう場面をなんども目撃した。そんなとき母親は、困ったような、でもどこかほっとしたような、そして恥ずかしそうでもある顔で笑っていた。
 諸事こだわらない性格の親父は、このことでもなにも小言らしいことは言わなかった。だからぼくも、そういう不可思議な母親をだまって眺めるほかなかった。ただ弟だけが、友達が気味悪がって電話をしてくれない、といって泣いた。昭和四十年代で、もちろん携帯電話なんて、だれも持っていない時代のはなしである。
 電話のむこうの静寂を懐かしく聞いたのち、
「松男です」
 と言ってみた。たぶん二、三年ぶりくらいの息子の声も、母親のフォームは崩せなかったようだ。で、勝手に喋りはじめた。
「義男がね、昨日電話してきたよ」と。
 あんまりうまくいっていないらしい野郎の細部については伏せながら、現在マヨネーズ工場で働いていること、その勤務先がなぜかぼくのアパートにほどちかいこと。金は無いらしいが健康だということ、付き合っているおんなの人がいるらしいこと。
「でね、こんどの日曜日に遊びにくるって」
 と言うと、
「あら」
 と母。
「あら、かいな」
「そうね。うふふ」
 そこそこ柔らかい声が聞けた。
「親父はいるの」
 少しほっとしてそう聞いたら、ガサガサ音がして、
「お父さあん。お父さん。松男、松男が」
 と、前触れなしに親父に代わろうとする。妙なおんなだとつくづく思う。
「松男か」
「ああ」
「今日九時からNHKでフランス料理の特集やるみたいだぞ」
「そうなの」
「お前、見るか」
「いや。分からない」
「フランス料理は知ってるな」
「食べたことはないけれど」
「おれもない」
 親父は三流どころの私立大学で、国文学を教えている。小さいころは、プロ野球選手になりたかったそうだ。
 はじめて春子を家に連れて行ったとき、白いスーツでかしこまっている未来の嫁を見て、「きれいなひとじゃないか。お前にしては上出来だ」
 と、型通りに持ち上げて、
「サソリじゃなくてほっとした。ガハハ」
 という浮世離れした応対をした男である。
 義男のはなしをしたら、
「マヨネーズか」
 と、そこだけピン・ポイントに反応をしめし、なぜかしんみりした口調で、
「うまいマヨネーズ送れって。義男にはそう伝えておけよ」
 実家は東京都下、多摩地区の奥まったところにある。そばを多摩川が蛇行して流れ、山も近い。これといって趣味も、また職業も持ちあわせていなかった母親は、ふたりの息子がなかば出奔するようなかたちで家を出てから、だれにも相談せずに近所の畑を借りた。その畑で母親は、あれは一種の魔法なんだろうと思うのだが、これといった経験もないくせに、近隣の農家が腰を抜かすほどの、べらぼうにうまい野菜を作りはじめた。
 これはすぐに評判になり、高級食材ばかりをあつかう仲買人の目につくところとなる。親父がこの野菜を酒のつまみに口にしたり、また息子夫婦のもとへ送られてくることはすぐになくなった。この魔法は長く続くたちのもののようで、現在でも高値で売れ続けていいる。
 ところで、この日のわが家の晩ごはんは、もやしとえのき茸の炒めもの、それにこのころ供給過剰ぎみだったおからと、メイン・ディッシュの生卵。あとはコップにはいった水道水だけであった。
 妻といえば、ぼくの食事を整えるとすぐに、夜の闇に乗じて、するすると外へ出てゆく。アパートの近くには竹やぶや雑木林といったものがあり、そういう湿潤な草むらには、まだまだただで彼女が食べられるものがあるという。
 ひとりですます、屋根のしたの食事ほど味気ないものはないし、ほかにも不満がむろんないわけではない。しかしこういった妻の節約術には、ほそい収入しか得られぬ男として、慚愧の念にちかい感謝がわきあがる。
 ありがたく食事を終え、おぼんを持って台所に行く。
 電気が点けっぱなしで、掛けたつもりで落ちたのであろう、チェック模様のエプロンが、床に落ちてのびている。流しで洗いものをすませてから、エプロンを拾って壁に両面テープでくっついた、プラスティックの輪っかに掛けてやった。
 すぐそばに、小さい食器棚に乗った炊飯器がある。
 ほこりをかぶって、五分ほど遅れた時刻を、液晶画面が点滅して告げている。
 アマリリスを、そういえばしばらく聞いてない。
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2008-02-27 22:05:32 | Weblog
 日本人のメンタリティーについて。
 大きなものに対して敏感。
 ただロジックが苦手。
 だからほんとうに大きくて論理を越えたものと、論理的には小さいが大きく見えるものとの見分けがつかない。
 ときにこの上なく繊細だが、あまりに危なっかしい。
  
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かえる

2008-02-26 21:05:36 | Weblog
 この日、義男は約束の時間をおおはばに過ぎても姿を表さなかった。
 で、遅れるとかなんとかの連絡もない。
 では来なかったのか?
 来たのである。
 夜遅くに。
 ぼくは怒ったか?
 いや。
 ところでこんな野郎に、いったい誰が興味を持つ?
 それは知らないが、弟について記す。  
 






 さて。
 弟について記したい。
 誰が興味を持つか?
 鱸義男、三十六歳。
 
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すきやき

2008-02-25 22:27:42 | Weblog
 玄関の引き戸を開けると、右手にビニール傘、左手に紙袋を下げた男が立っている。
 
 ●男はパーソンズのトレーナー(サンタが笑っているやつ)
 ●乞食か、という一人称の思い
 ●紙袋の中身はタオル、せっけん、下着、携帯の充電器
 ●長い髪を後ろで束ねている
 ●前歯がない→喧嘩のため
 ●一人称の鉛筆けずり→喧嘩のため
 ●すきやきの夕暮れ
 ●夏 
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K・V

2008-02-25 21:34:43 | Weblog
 カート・ヴォネガットが亡くなって、文庫判がぞくぞく出版されているのは、悲しいけれどうれしい話だ。ただいま「青ひげ」を読み途中。
 ぼくのまわりに読書を好む野郎なんてほとんどいないし、いても好みがなかなかあわず、したがって好きな作家についていろいろ思うところを語り合うこともない。寂しいものでる。

 この作家の作品の中で、ぼくは「デッドアイ・ディック」という小説が妙に好きだ。
 代表作とは呼べないのだろうなあ。でもぼくにとっては特別な本である。
 これも亡くなってから出版されて買った本。
「デッドアイ・ディック」が妙に好き、という人に出会えたら、どれだけうれしいだろう。
 カート・ヴォネガットらしいはらしいんだけど、どこか力が抜けていて、いつもの饒舌が薄くて、人物の輪郭がなんだかハッキリしていて、なによりどういう思考の流れでこういう人物を描こうと思ったのが分からなくておもしろい。全体のヴァランスがへんてこなのも、好み。

 好きな場面=一人称(子供)が勾留所で警官によってリンチに会うところ→顔を真っ黒に塗られ、その町の主立った大人たちに(むろん非公式に、夜中に)見せ物にされる。なんとアメリカ的!!! 正義が大好きな国!!!
 
 そもそも一人称の父親が強烈。二次大戦の始まるころ、ナチズムに熱狂している。考えてみればありそうな話であるが、こんな切り口でアメリカのある時代を切り取るなんて、ぼくは見たことがない。

「ローズウオーターさん、あなたに神のお恵みを」が一番好きかな。
 →キリストをモティーフに、狂人を描いた「読みやすい小説」として出色。

 昨日、髪を切った(自分で。バリカンで。いつものように)。
 現場のいろんなあんちゃん・おっさん・インド人に突っ込まれる。
 後頭部がひどい仕上げらしい。  
 恥ずかしい。
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2008-02-24 20:46:59 | Weblog
 日曜日は朝からはげしい雨が降った。
 ときおり横風にあおられて、雨つぶが模様の入った窓ガラスをばらばらと鳴らす。
 白い光に満ちた六畳間の中、いぎたなく眠り続けた。
 妻は掃除機をかけている。
「あなた、邪魔」
「はい」
 そういう時は敷きふとんのへりをつかんで、全身でローリングする。シーツもケットも髪の毛もいっしょくたに丸まっての、移動を何度か繰り返した。
 十時過ぎに、ようやくしゃんとする。
 カビくさいユニット・バスで湯を使い、鼻歌のようなものを唸りながら、一週間ぶんのひげを剃る。久方ぶりに鏡を見た。よく寝た後の、緊張感のかけらもない中年男の顔がそこにある。真上からの照明に照らされて、たるんだ皮膚がことさら不吉な陰影を作っている。
 ニッと笑ってみた。口の端ばかりはよく上がったが、まぶたにまで力が及ばず、眠たげな、忘年会途中の係長といったおもむきの表情に、ぬれた前髪が垂れ下がっている。鼻から大きく息を吐いて、しばらく自分の疲れきった真顔とつきあった。
「正視に耐え得る顔ではないな」
 四辺の白濁した鏡の中で、男が言った。
「手前えもな」
 そう言い返し、パンツをはいて六畳間に戻った。掃除を終えた妻は、壁に寄りかかってTVのヴァラエティー・ショウを見ている。疲弊した全身の筋肉にまかせて、半裸のまま畳に横たわった。ちくちくするのに辟易して仰向けになり、そのまま首を曲げてTVを眺める。箱根の温泉宿のリポートで、手頃な値段をうたっている。
 なにか言われるかな、と警戒して起き上がり、ぺたんこの座布団を取り寄せて、尻に敷いた。
 煙草を二本吸った。頃合いを見はかってリモコンでTVを消す。
 風雨の中、自転車に乗り、傘をさして近所のスーパーに行った。
 もともと妻の好むところであるタケノコやこんにゃくや豆腐、そしてフンパツしたのだろう。米や牛肉なども、妻はひじにかけたカゴにぽいぽい入れた。支払いを済ませ、それらの戦利品を自転車のかごに妻ごと入れて、およそ二十分にわたる雨中行軍のすえ、ぼくらはアパートに戻った。
 料理の下ごしらえをあらかた終え、午後ぶばってぼくが鉛筆をけずりはじめたとき、弟がピンポンと鳴る呼び鈴を押した。 




    
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2008-02-24 11:22:15 | Weblog
 義男から連絡があったことを、親が知ったら喜ぶかなと思った。翌日へちま山での仕事を終えてアパートに戻り、妻が夕餉の支度を始めるのを待って、
「部屋入るぞ」
 と声をかけた。
「なんで」
 台所から、やや不興気な声が返ってくる。
「電話」
「ええ?」
「電話だよ」
 返事はなかったが、コンロに火がつき、なにかを炒める音が聞こえてきた。
 歩いていって、四畳半の襖を大きく開ける。ゴムの質感を伴った闇が六畳間を通って中空に霧散するのを待ってから、じめじめした畳に踏み込んだ。ほの暗い部屋のすみに、きちんと畳まれた蒲団があって、反対側の壁ぎわに鏡台と書棚とこぶりな洋服箪笥がある。床のあちこちに、ねずみやカエルといった、小動物のおもちゃやぬいぐるみが落ちている。
 腐りかけた木の雨戸を苦労して開け放ち、残りの闇を手でぱたぱた追い払う。すずしい風が吹き込んで、壁のカレンダーが揺れて乾いた音をたてた。
 ぼくたちの住む部屋は二階の角部屋なので、小道をへだてて対面にならぶ住宅の門や庭木を見下ろすかたちになる。はす向かいの家では、やはり夕餉の時間なのだろう。リビングにいくつかの人影が動き回っている。オレンジ色の明かりが庭に漏れて、横倒しになった三輪車を照らしていた。
見上げれば西の空はまだ暮れきらず、済んだ藍色に輝いている。アパートの隣人や近所のひとたちと、ぼくたちはほとんど交際することはない。
 町の電気屋でフンパツして買ったPanasonicの電話機は、受話器を取り上げると同時に、小さなディスプレイと数字ボタンが黄緑に点灯する。買った当初は物珍しくて、妻とふたりで点けたり消したり、その人工的な光を飽かず楽しんだものだ。
 今はむろん、そんな無邪気さを共有する気持ちは、お互い残されていない。
 着信音もいくつか選べて、それを月ごとに変えたりするのも楽しいものだったが、いつしかドヴォルザークのままになってしまった。
 ほとんど電話がかかってこないので、情熱が冷めたのだ。
 畳にあぐらをかき、唯一「電話帳」に登録されている「鱸晴一」に電話をかける。
 何度かコール音がして、途切れた。
 むこうはずっと無言。
 母親である。
 居間にある電話に出るのは、家族の中では母親の役割だった。
 ただこのおんなは、昔から電話に出てもなにも言わないのである。はい、ももしもし、もスズキです、もない。ガチャッと取って、相手の出方をえんえんとうかがい続けるのである。いつまでも。相手がなにか喋り始め、用件の輪郭をつかんでからようやく、人間らしい反応を示すのだ。
 こういう電話の出方をするおんなを、ぼくはほかに知らない。
 相手が面食らって、そのまま電話を切ってしまうこともしばしばで、子供のころから度々そういう場面を目撃した。そんなとき、母親はまことにいい表情になった。知恵比べに勝った禅僧もかくやといった、晴れがましいような、それでいて引き締まった顔。
 諸事こだわらない性格の親父は、このことでもなにも言わなかった。だからぼくもそういう母親を、眺めるしかなかった。弟だけが、友達が気味悪がって電話をしてくれないといって泣いた。昭和四十年代の話で、もちろん携帯電話なんて誰も持っていない。
 電話のむこうの静寂を懐かしく聞いたのち、
「松男です」
 と言ってみた。
 たぶん二、三年ぶりくらいの息子の声も、母親のフォームを突き崩すことは出来なかったようだ。
 で、勝手に喋り始めた。
「義男がね、昨日電話してきたよ」、と。
 あんまりうまくいってないらしい野郎の細部については伏せながら、経営思わしくないケチャップ工場を半年前に辞めて、現在は将来有望なマヨネーズ工場で働いていること。その工場がぼくの住むアパートになぜかほど近いこと。金はないらしいが健康だということ。付き合っているおんなが、少なくとも重度のアル中でも職業的泥棒でも殺人鬼でもなさそうだということ。
「でね、今度の日曜日に遊びに来るって」
 そう言ったら、
「あら」
 と母。
「あら、かいな」
 とぼく。
「そうね。うふふ」
 そこそこ柔らかい声を聞けた。
「親父はいるの」
 少しほっとして訊いたら、ガサガサ音がして、
「お父さーん。松男。松男が」
 と、前触れなしに親父に代わった。妙なおんなだとつくづく思う。
「松男か」
「ああ」
「今NHKで手塚治虫の特集やってるぞ」
「ああ、そうなの」
「お前、見てたか」
「いや」
「手塚治虫、知ってるか」
「たぶん」
「そうか」
 と親父。
「『ジャングル大帝』、大したもんだなア」
「そうだねえ」
「『三つ目が通る』もすごい」
「『火の鳥』しかり」
「そうとも」
 親父は三流どころの私立大学で、国文学の教授をやっている。
 春子を初めて家に連れて行ったとき、白いスーツでかしこまっている未来の嫁を見て、
「きれいなひとじゃないか。お前にしては上出来だ」
 と型通りに持ち上げて、
「サソリじゃなくて、ほっとした。ガハハ」
 という浮世離れした応対をした男である。
 義男の話をしたら、
「マヨネーズか」
 そこだけピン・ポイントに反応を示し、なぜかしんみりとした口調で、
「うまいマヨネーズ送れって。義男にはそう伝えとけよ」
 電話を戻し雨戸を閉めた。台所では妻が煮炊きの最中で、おたまにすくった汁を、ふたまたに分かれた舌で味見しているところだった。暖気に満ちた台所で、エプロンごしに後ろから抱きつく。
「ちょっと」
 と妻。
 それは夫なる男に突然抱きすくめられて上げた嬌声でもなく、喜びを隠しおもねるよう言う「ちょっと」でもなく、単純に行為を中断させられたことに憤る、ごくごく冷たい「ちょっと」である。それでもぼくは、その細い身体をいつまでも抱きしめ続けた。妻はそういうぼくを放っておいて、尻尾でごぼう汁をかき混ぜる。
 ごぼうは春子の好物である。  
 
  
 








 
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