雑感 独り善がり

日々の思いや怒りを自分勝手な考えで綴る

三笠宮様のこと

2016-10-29 10:30:39 | 皇室
すぐに書けなかったけれど三笠宮様のこと。
三笠宮様のことはそれほど詳しく知らなかったのだけれど、亡くなられて新聞やテレビのニュースを
色々見た。
そして天皇家の末弟らしい、お人柄とお考えと行動だったんだなとしみじみ感じた次第。
昭和天皇から弟宮様のお名前が出るのはやはり、秩父宮様が一番多かった様な気がするが
それもそのはず、三笠宮様は昭和天皇とは歳が一回り以上も離れておられたんだね。

三笠宮様と言えば私なんかは、そのお子様たちの方が印象が深い。特にひげの殿下ね。
あの何でもかんでもタブー無きが如くぺらぺらとお話になるのは一体どなたに似られたのかしらね?と
思っていたわ。
色んな記事を見て、三笠宮様のなさりようは、天皇家の4男というお立場をすごく考えておられたんだな・・
という気が今はしている。
私が三笠宮ご夫妻を思う時はいつも、お子様方のことだった。
3人もの男子に恵まれながら(皇位継承者と言うことを考えればスゴイ貢献度)そのどなたもが
ご両親より先に逝かれてしまわれた。
特に高円宮様の時は本当にショックだった。日本中がびっくりしたし、私は久子様のことを真っ先に思ったわ。
両殿下はどんなお気持ちだったんだろう。どれ程お辛かっただろうと思う。
子が親より先に逝くというのは、皇室でも平民でも辛く悲しい気持ちは同じだ。
でも3人が3人とも先に・・というのが口に出して言えないけれど、親としては慟哭の極みだと思う。
高円宮様の時も寛仁様の時も桂宮様の時も、ご両親のことを思ったよ。

昨日の新聞にこんな記事が載っていた。
三笠宮様は皇族であることを隠して戦地(中国)へ赴き、『聖戦』の掛け声のもと旧日本軍による
残虐行為があったのをお知りになったと。そしてそのご経験が後の活動や発言の原点になったと。
そして凄いのが次。
終戦間際には、戦争の継続を兄である昭和天皇に訴えるように軍部から懇願された。
そしてそれを毅然と断られた というくだり。
毅然と断られた三笠宮様は立派だと思うし、それは又皇族ではあっても三笠宮様はフラットな心・
正しい判断をお持ちの方だったという証でもある。

でも実はこれ、”軍部はまだ戦争を続けようとしていた”と言う事実に他ならないよね。
やっぱりね、あんなに日本がボロボロになっていてもまだ 軍部は戦争したかったんだ。
戦争始めたきっかけも軍部だろうし、やめようとしなかったのも軍部。
これのどこに天皇の戦争責任があると言うのだろう。
やりたくなかった・早く終わらせたかった 天皇を押し切ったのは軍だったって訳でしょ。
靖国にA級戦犯まで合祀されてて、それで今の国会議員だの総理大臣だのが参拝するのに
中国や韓国が拒否反応示すってのも、何だか頷ける話だ。
まあ、日本国内の話なので、他国は放っとけって話ではあるけれど。
未だに戦争のことぐちゃぐちゃと恨んでいるんだからね、彼らは。
でも残虐行為無くはなかったってこと?
昭和天皇もA級が合祀されてからは決して靖国には行かれなかったって話だし。
何となくその気持ち分かりますわ。

三笠宮様のあれこれの話を読んでいると、軍と国民との板挟みで皇族方も大変だったんだろうなって思うし
弟宮としてのお立場を色々お考えになられ、天皇陛下とは又違うご苦労もあったたんだろうなって思う。
でも段々昭和が遠くなる。
三笠宮様、ご長寿でいらしておめでたくはあるけれど、随分大変でしたでしょう。お疲れ様でした。
どうぞゆっくりとおやすみくださいね、3人のお子様方とね。
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