雑感 独り善がり

日々の思いや怒りを自分勝手な考えで綴る

向田邦子が好き

2017-04-06 00:57:24 | 日記
昔々、脚本家としての向田邦子(敬称略させていただく)は知っていたが、本は読んだことが無かった。
30数年前に、あることがきっかけで向田邦子さんのエッセイを読んだ。
そしてハマりにハマった。
次から次へと貪るように読んだのだが、笑いをこらえるのに必死だったり、夜ベッドの上でわんわんと
大泣きしたり、とにかく面白かった。

今又読んでいるのだが、その30数年前のことが思い出される。
向田邦子が好きなのか、向田邦子の書く本が好きなのかよく分からない。
多分両方。
本を読んでいると(エッセイだと余計)その人の癖だのお人柄だのが滲み出ていて、勝手にこうこう
こういう人なんだなと決めつけている。
父上のお話なんか泣けて泣けて仕方なかった。愛がいっぱい溢れていたな・・・。

私はある作家の小説なんぞが面白いと思うと、その人の書いたものを次から次へと続けて読んでしまう。
そうやって好きな人が何人か居るのだが、多分一番は向田邦子。
理由ははっきりしている。この人の文章が好きなのだ。
多分林真理子(ここでも敬称略)だったと思うが、コピーライターと作家は真逆の作業をしなければ
ならない・・みたいなことを書いていた。
林真理子さんは昔コピーライターだった?
コピーと言うのは短いセンテンス?ワンフレーズ?の中に凝縮された思いを上手く表現しなければならない。
そしてそれとは逆に作家の書く文章と言うのは小さなことを引き延ばして大きくして膨らませて書く・・みたいな
作業だと。
その林真理子氏いわくの引き延ばして大きくして膨らませて書く文章なのだが、私はちゃらちゃらと必要以上に
修飾された文章がキライなのである。
ああ!長ったらしい!キレイな言葉をちりばめたみたいな形容詞?は邪魔でしょ!みたいに感じる文章もあるし、
かと言って、逆に簡潔にサラッとうまくまとめました みたいな意図を感じる文章も不自然でイヤなのである。
文句の多い読者で・・・。

そしてそんな文句の多い読者の私が一番スッキリ気持ちよく読めるのが向田邦子の文章なのだ。
”過不足無く”とでも言えばいいのか、とても読んでいて心地良い。

向田邦子に夢中になった時は、向田邦子さんは亡くなったすぐ後だった。
”ああ・・・もう居ないんだ・・・寂しいな、勿体無いな”と思った。
なんで生きておられるうちにもっと彼女の本をたくさん読んでさっさとファンになっておかなかったんだろうと
少し悔やんだ。

本当に美しい文章を書かれる人 と言う印象。
多分後にも先にも、これほどこの人の書いたものが好き!と言う人は現れない気がする。
あんなに面白いエッセイを書かれた向田邦子さん。今生きていたら、こんな世の中を何と表現するのだろうと
ちょっと思ってしまう。
昨晩も今日の帰りの電車の中でも、もーね、笑いをこらえるのに難儀したわ。
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