雑感 独り善がり

日々の思いや怒りを自分勝手な考えで綴る

なんで自殺したい?生きることは尊厳。”dignity”だ

2017-11-04 11:15:27 | 社会
人の人生は世界の人口の数だけあるのだから、喜びも悲しみも楽しみも苦しみも生き甲斐も、
その内容はその人の数だけあるということで、夫々が夫々に違うと言うことは分かっているつもり。
そして又、ものごとの捉え方と言うのも人によって違う。
生まれ持った性質だとか育った環境だとか、人を形成して行くのにはいくつもの条件や要素があるだろう。
だから同じ様なことがあったとしても、人が感じる気持ち・受ける衝撃・心の中 と言うのは決して一緒では
勿論無いだろう。
これが個性と言うことでもあるのかも知れない。

世の中がすさんでいる?親子の関係が昔とは違う?友だち同志の関係が希薄?
時代と共に人が生きる環境・状況なんて変わって行くのは当然だ。流行も人の心も。
だから、時代が世代が違う人を掴まえて、『どうしてそう思うの?』なんて言ったところで意味なんか
為さない。

回りくどかったが、何故こんなことを思ったかと言うと、例の神奈川座間の事件のこと。
事件そのものの、メディアで言われているところの”奇怪さ異常さ残忍さ怖さ恐ろしさ”に関しては、
勿論その通りだと思うが、それ以上の感想だとか意見だとかはほとんど無い。言いようが無いし、言葉で
表せるほど簡単な話でもなさそうだし、理解も出来ないし。
私が感じたのはむしろ”そんなに自殺したい人が多いんだ・・・”ってこと。
そして”1人では決心がつかないから?誰かに手助けしてもらって死にたい人が結構いるのね”ってこと
だった。

何がそんなにつらい?死にたいと思うほど人生がつまらない?どうにかならない?などと、何も知らない
他人は思うが、本人の辛さ闇の深さは他人には計り知れない。
誰かからか社会からか世間からか分からないが、どんなひどい仕打ちを受けているか分からない。
実際に、”こんなつらい思いをするくらいなら死んだ方がマシだ”と思うことはあるのだろうな・・とは思う。
こんなノー天気な私でも、何十年と生きて来た中で”もう・・死にたいわ・・”と思ったこと、無くはない。
でも私は死なないということも分かってはいたが。

以下、私の想いだけだけど、
”生きる”と言うのは、この宇宙から与えられた使命みたいなものだと自分は思っている。
たまたま地球という星のこの時代のこの国に、”人”として生かされた宿命だと思っている。
運が良かったのか悪かったのか。
こういう境遇のこういう性格に生まれたこと、自分では操作なんて勿論出来るはずもない。
ただ、後天的なことは少しはどうにか出来るんじゃないか?とは思う。
”もっと勉強しとけば良かった”とか”あの人と結婚するんじゃなかった”とか、自分の意思次第では
どうにかなることも有るだろう。
私は少し位の困難はあった方が性に合ってるかも。困難を克服した時の嬉しさだとか課題をクリアした時の
達成感だとか、そういうのを感じられるのが好きだから。
でもそれも”少しの”困難であって、そこがワガママだ。
自分でどうにも出来ないほどの大きな苦しみなら人は潰されてしまうよね。
順風満帆で、今まで何の苦労もして来なかった、そういう人生が好きって人も居るだろうし。
世界中には私たちが想像も出来ないほどの、地を這うような苦しい思い・地獄で苦しんでいる人たちが
いっぱい居ることだろう。
そういう人たちも”いつかここから抜け出してやる””きっと日の当たる世界に・・”と希望を持っている
人だっているに違いない。その為の苦労ならどんなこともいとわない。どんな苦労でもしてやると考える人も
きっと居るだろう。

私は生きることは”尊厳”だと思っている。
同じ意味かも知れないが、英語の”dignity”と言うワードの方が自分の感覚にはあってるような気がする。
私は運良く地球に人として生まれたことを非常に有難いことだと思っている。
だから人生を無駄にはしたくない。
長さは分からないが、一生懸命生きて死んで行きたい。ただそう思うだけ。
自分の人生が素晴らしくハッピーばかりだったか?今まで。そうじゃないことも不満もいっぱいあったよね?
でも文句言いながらでも今まで何とか生きて来た。仕方なしに過ごして来た時間も有ったかも知れないが
それでも何とか今までやって来れたよ。
勿論それは自分一人の力ではない。人は一人では生きられない。周りの沢山の人たちに支えられながら
励まされながらやってこれたこと。それも自分の大きくて大事な財産だ。

大なり小なり人は悩みも苦しみも抱えている。人には言えないほどの心の闇を抱えている人も居ると思う。
顔で笑ってはいるけれど、本当は、心の中は、いっぱいつらいんだよ、苦しいんだよ、胸の中に塊りが
あるんだよ、吐き出せないんだよ、何とかしたいのに出来ないんだよ って人、いっぱい居ると思う。
でも皆辛くても、与えられた人生を自分たちなりに生きている。
どんなつらい状況か分からないけれど、それが死ななければ、自ら命を絶たなければならないほどのこと
なのか?そんなに簡単に一生を終えていいのか?勿体無く無いの?と私は思うんだよね。
自殺したい人の真の苦しみも知らずに無責任なこと言うなと、怒られる筋もあるかも知れないが、私はやはり
自殺には理解を示せない。

世の中には生きたくても生きられない人がいっぱい居る。
不条理に死ぬ人が居る。
なのに反対に死にたい人がいる。
何だか不合理だ。
自分の人生、好きにして何が悪い!?と言う人も居るかも知れないが、死ななければならない訳では無いのに
死ぬ人は、人生を冒涜してないか?と私は思うのだ。

もう30年以上も昔のこと。
佐藤愛子の本の中に、家に住んでいた書生さん?の福士幸次郎と言う人の書いた詩のことが載っていた。
要約すると
  人生の最後が来た時に”有難う”と言ってこの世にお別れを告げましょう
  人生で列記出来ないほどのいっぱいつらいことや苦労や悲しみはあっただろうが
  それでも死ぬ時にこの人生にお礼を言っておいとまごいをしてね
  それは人生に対する寛容の美徳であり悪に報いる金色の光放つ善であります
  生はそれぐらい気位高く・強く・明るく・情熱を以って、鏡のごとく果つべきものなのです
という様なことが書いてあり(原文のままではありません)、私はいたく感銘を受けた記憶があるのだ。
そして多分、その福士幸次郎さんと思いは同じだったんだ。
自分の人生の中では結構ひどく落ち込んでいる時期のはずだったが。

私にとっても人生とはそれ位、威厳尊厳のあることで、明るく強く情熱をもって生きて行きたいものなんだ。
まあ、変わってるねと言われるかも知れない。今時そんな人居るの?と言われるかも知れない。
でもそう言われても自分はそう思うのだから仕方ない。
そして皆が皆、私の様に強い人ばかりじゃないから・・とも言われる。でもそれも違う。
私は決して強くなんかないと自分では思う。ただ、少しばかりサドっ気があるのと、人生を愛おしいと思う
気持ちがあるだけだ。慈しんでいるよ、この人生を。
”折角受けたこの生を、ちゃんと全うしたい”それだけなんだけどね。
死にたいなんて勿体ない。もっと自分を自分の人生を大事にして。苦労すればそれだけの結果が帰って
来るんだから と言ってあげたいよ。
私はそう信じてる。








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