現代針灸治療

針灸師と鍼灸ファンの医師に、現代医学的知見に基づいた鍼灸治療の方法を説明する。
(背景写真は、国立市「大学通り」です)

現代鍼灸でのツボの効かせかた① 上肢編 ver.1.1

2021-06-06 | 経穴の意味

経穴書には、つぼ名の位置と局所解剖、主治症などが記載されているが、ほとんどの場合、なぜこの症状に使うのかという理由は書いていない。根拠が分からないのか秘密にしておきたいのか不明だが、こうした書き方であったとしても、これまで通用してきた。しかしながこれをブラックボックス化してしまうと、効かなかった場合、反省のしどころも分からないので、自分の治療を改良させることもできない。故・代田文彦先生は、症例報告会では、使用したツボの取穴根拠は、こじつでもよいから、ともかく書くようにと指導していた。
「ツボは効くのではなく効かせるもの」という格言がある。結局効かせることのできるツボ、すなわち「手に入ったツボ」の数を増やすことが臨床の幅を広げることにつながる。
ここでは私がこれまでに、手に入ったつもりでいるツボと、その実用的意味を記す。どこまで長くなるか分からないが、部位別に5回前後に分ける予定でいる。

 

1.手三里

1)解剖と取穴

肘を曲げ、肘関節横紋の外側端に曲池をとり、その下2寸で、長橈側手根伸筋と短橈側手根伸筋の筋溝にとる。深部に回外筋がある。なお長橈側手根伸筋の外側には腕橈骨筋がある。

2)臨床のヒント

①腕橈骨筋は、大部分は前腕にあるが、上腕屈筋群に分類され、その作用は肘の伸展なので、テニス肘治療には使わない。長・短側手根伸筋は前腕伸筋群に分類され、その作用は手関節の伸展である。回外筋は前腕を回外させる機能がある。  
バックハンドテニス肘の痛みは、長・短橈側手根伸筋とくに短橈側手根伸筋に出現するので、腕橈骨筋に刺針しても効果ない。


②雑巾絞りの動作の過剰負荷では、回外筋の痛みを起こしやすく、やはり手三里から回外筋に刺針する。
橈骨神経深枝は、フロセ Frohse のアーケード(前腕部回外筋入口の部)=手三里を通る。この部は狭いトンネルであり、可動性が少なく、神経絞扼障害が起こりやすい。


2.合谷

1)解剖と取穴

標準的な合谷は、母指中手骨と示指中手骨の間で第一背側骨間筋中に刺入する。

2)臨床のヒント

①合谷は、面疔に対する多壮灸(桜井戸の灸)で有名である。これは顔にできた膿を、合谷を化膿させて膿の出口をつくってやるという解釈だろうと推察する。なので合谷に鍼しただけでは効果が出ない。

②合谷深部の鈍痛があれば母指内転筋症を疑い、第一中手骨内縁をえぐるように探って圧痛硬結を発見し、て第一背側骨間筋の奥にある母指内転筋に運動鍼を行うのがよい。(通常の押圧方法では圧痛硬結は触知できない)


③脳血管障害時の手指の痙性麻痺時、合谷を刺入点として小指中手骨方向に深刺水平刺して、掌側骨間筋の緊張を緩める方法があり、これは醒脳開竅法の一技法として知られている。

 

3.陽谿 

1)解剖と取穴
手関節背面の橈側、母指を伸展してできる長母指伸筋腱と短母指伸筋腱の間の陥凹部。
皮膚支配は橈骨神経皮枝。



2)臨床のヒント

長母指外転筋と短母指伸筋は共通の腱鞘に入っている。母指自体の可動性が大きいこともあって、構造的に狭窄性腱鞘炎を起こしやすい。母指に起こる腱鞘炎を、とくにドケルバン病とよび、腱鞘炎のなかで最も高頻度。
腱鞘炎での痛みは腱鞘に起因するが、症状自体は皮膚に放散された橈骨神経皮枝の興奮に起因すると思われる。痛みを訴える部の撮痛点へ局所皮内針が効果的である。

 

4.郄門

1)解剖と取穴

手関節前面横紋の中央に大陵穴をとる。大陵から上方5寸。長掌筋と橈側手根屈筋の間。
深部に浅指屈筋、深指屈筋がある。

2)臨床のヒント

①浅指屈筋、深指屈筋はともに指の屈曲作用がある。比較的大きな物を握る時は深指屈筋が働き、握力計や比較的握りやすい物を握る時は浅指屈筋が働く。ただ実際には独立して働く事はほとんど無く互いに協調して握力を生み出す。

②母指を除く4指のバネ指は、浅・深指屈筋腱にできた結節が、両腱共通の輪状靱帯を通過できなくなった状態である。もし浅・深指屈筋が弛緩・伸張した状態では結節が腱鞘に入らなくても指伸展が可能となると考え、前腕屈筋側中央に心包経の郄門をとり、その高さの心経ルート上を刺入点とし、浅指屈筋または深刺屈筋中に至る斜刺を行ない、置針した状態で、母指を除く4指の屈伸運動を行わせる。

③母指バネ指は、長母指屈筋腱にできた結節が、輪状靱帯を通過できなくなった状態である。
 本腱の過伸張は、長母指屈筋の過収縮によると考え、郄門の2~3㎝橈側から長母指屈筋へ刺入し、母指屈伸運動を行わせると効果的である。ただし長母指屈筋に刺入することは、深浅指屈筋に刺入するのと比べ、マトが小さいので難しい。
  

   

5.神門、澤田流神門

1.神門

1)解剖と取穴

①標準神門:豆状骨の際で尺骨手根屈筋腱が付着している部の橈側で、横紋中で神門の脈(=尺骨動脈の脈拍)が触れる処にとる。教科書神門は心經上にある。
②澤田流神門:豆状骨に尺骨手根屈筋腱が付着している部の尺側で、豆状骨と尺骨茎状突起の中央の間で、澤田流神門は神経と小腸経の間にとる。尺骨神経手背枝の経路。

2)臨床のヒント

①私にとって神門の治効は昔から謎だった。代田文誌著「鍼灸治療基礎学」では、澤田流神門は、狭心症、心筋梗塞、精神病、ヒステリー、テンカンの名灸穴、便秘の特効穴、面疔にも効くとある。一般的には便秘に効能ありとして記憶されていることが多いが、なぜ便秘に効くのか、その根拠は不明なままである。代田文彦先生は、<便秘に澤田流神門>というのは、錯覚かもしれないと語ったことがあった。実際に便秘に神門の鍼灸をしても、多くの場合は効果がない。しかし神門に鍼灸して効いたとする症例を持つ者は確かにいる。どういう便秘が神門の鍼灸で効果あるのかを聴いてみると、「よく分からないが、効く時には効く」という返事だった。

②代田文誌を師匠としていた塩沢芳一は合谷の圧痛と澤田流神門の関係を調べた。その結果、合谷の圧痛は神門の刺針によって, 拭うがごとく消退するものが多いことが判明した。塩沢は、澤田流神門に針をすると合谷の圧痛が減り、合谷に針をすると澤田流神門の圧痛が変化することは、代田文誌の日常臨床の経験から熟知していたとも記している。

また澤田流神門に針をしたとき、中府・中脘・上不容・大巨の圧痛が変化するかどうかを229例調べた。この結果、合谷の圧痛が減っていれば、他のツボの圧痛もとれる傾向にあった。(刺針と圧痛の関係の研究 (第5報) 神門について 日鍼灸誌 11巻1号 昭36.12.1)

③合谷といえばまず面疔の名灸穴である点で、澤田流神門と共通点がある。また合谷に30分以上捻針を続けると、首~頭に針麻酔がかかることを発見し、世界中を驚かせた。これは生理学の発展にも寄与し、、麻脳内麻薬のエンドロフィン、エンケファリンの発見にもつながった。
合谷→脳内感受性の鈍化→澤田流神門も同じく脳内感受性が鈍化という関連が推察される。

④ストレス過多で交感神経緊張状態にあると、大腸蠕動運動が円滑にいかない。この結果、痙攣性便秘となる傾向にある。こうしたケースでは心身をリラックスさせる目的で、澤田流神門に施術するという手段はあるといえるのではないだろうか。

 

6.孔最

1)解剖と取穴

①標準孔最:肘から手関節横紋までを、一尺と定めた時、前腕前橈側、太淵の上7寸。腕橈骨筋中。

②澤田流孔最:尺沢の下2寸。標準孔最の上1寸。腕橈骨筋上。
※孔最のツボ反応は上下に移動することがある。指先の按圧感によって、その最高過敏点の硬結を取穴。痔核の位置によって本穴の圧痛は移動する。左右を比べ、圧痛の強い側を取穴する。


2)臨床のヒント

①孔最は痔の特効穴として澤田流では広く知られている。痔痛、痔核、痔出血、痔瘻、裂肛、脱肛に効くが、脱肛には効かないこともある。灸治が適する。(「基礎学」より)

②左右の沢田流孔最を調べて、圧痛や硬結の多い方が患部である(必ず患側に強く発現する)。まず硬結を目標に5~7壮施灸する。そしてその灸痕は、翌日になれば必ず移動している。毎日移動している硬結を求めて、その中心に施灸する。そのうち硬結の移動が止まる。この時が治癒の近づいた時である。痔痛が除かれても孔最の穴の移動している間は血齲したとはいえない。だいたい2~5週間くらいを要する。3ヶ月を要した例もある。小島福松:痔疾、現代日本の鍼灸 医道の日本300回記念)

③痛みを我慢する姿勢は、歯を食いしばり、上下肢を含め全身に力を入れた状態になる。昔の排便スタイルはでは、膝を相当窮屈にまげた姿勢で、手は自然と結ばれ、前腕は屈筋に力が入った姿勢となる。前腕屈筋群では、孔最穴あたりから手首に向かって一番力が入った状態になる。痔の痛みの中での排便のポーズは、この延長上である(三島泰之「今日から使える身近な疾患35の治療法」医道の日本社刊 2001年3月1日出版)。
※同種の考え方で、小宮猛史氏は、体験から排便困難時に排便姿勢をしつつ両側の合谷を押圧しながらイキむと便が出やすくなると書いている。(ブログ「JTDの小窓」より)

④以上のような見解から、孔最の刺激を有効にするには、仰臥位で施灸するのではなく、坐位で強く手を握りしめた肢位で行うべきだということが分かるだろう。針ならば太針を用いて5分~1寸、数分間の手技針を行う。主な適応症は、痔出血と痔痛。           
                                     


現代鍼灸でのツボの効かせかた⑤腹部編 ver.1.2

2021-06-05 | 経穴の意味

腹部のツボというと心下痞硬に対する中脘や巨闕、あるいは胸脇苦満に対する右期門などが代表的なところである。このようなツボを使って日常的に施術しているわけだが、実は「よく効いた」とする手応えがない。
自信をもって治療に使っているという腹部のツボは以下のようであるが、意外と少ない。

1.帯脈、淵腋、大包

1)解剖と取穴

①帯脈:中腋窩線の下で臍の高さ。L2棘突起の外方。浅層に外腹斜筋、中層に内腹斜筋、深層に腹横筋がある。
②淵腋:第4肋間。中腋窩線の下3寸。
③大包:第6肋間。中腋窩線の下6寸。

2)臨床のヒント

①上殿部痛で来院する患者は非常に多い。これはメイン( Maigne)症候群とよばれ、Th12/L1椎体接合部に生じた力学的ストレスにより脊髄神経後枝外側枝が興奮した結果、その走行上の痛みとして生じたものである。治療はTh12/L1棘突起直側に深刺して棘筋・回旋筋に当てれば速効することが多い。
これと同じ原理で、中背部の痛みを訴える患者で、帯脈に圧痛や撮痛がある場合(患者は,通常この部に圧痛あることを意識しない)、Th9椎体直側に深刺することで、この中背部の痛みを改善できることが多い。すなわち帯脈は治療点ではなく、診断点として役立つ。

②帯脈と同じ意味合いのものとして、淵腋や大包がある。淵腋や大包に圧痛を認めれば、C7/Th1棘突起直側(=治喘穴)に深刺すると、頸椎の可動域が増す。

 

2.秘結穴(左腹結移動穴)、便通穴(左腰宜) 

秘結穴

1)解剖と取穴

秘結穴は、木下晴都『最新針灸治療学』医道の日本社刊に載っているツボである。左腹結部位(臍の外方3.5寸に大横をとり、その下方1.3寸)では効果が期待できないと記している。仰臥位、左上前腸骨棘の前内縁中央から右方へ3㎝で脾経上を取穴する。
   
2)臨床のヒント

3~4㎝速刺速抜する。この刺針は、鍼先が腹膜に触れるため、約2㎝は静かに入れて、その後は急速に刺入し、目的の深さに達した途端に抜き取る、と木下は記している。本穴は腸骨筋刺激になっているだろう。

※森秀太郎著『はり入門』には、左府舎から寸6#6でやや内方に向けて直刺すると10~30㎜ほど刺入すると、下腹部から肛門に響きを得る、と記されてる。左府舎からの直刺は下行結腸に入れるというより、その外方にある腸骨筋に入れて響かせることを意識していると思われた。腸骨筋は大腰筋の影にかくれて一見目立たない筋だが、骨盤内では意外なほど広い体積を占めている。
私は、弛緩性便秘に対して左府舎に2寸#4を使い、腸骨筋の筋緊張部に当て、腸骨筋を緩めることを目標に雀啄を行って抜針している。

 

便通穴
※本穴は腰部に?あるが、便秘の治療という効能をもつので、腹部編に入れた。

1)解剖と取穴

便通穴とは木下晴都が命名した。L4棘突起左下外方3寸。腰方形筋の外で、腸骨稜縁の直上を取穴。やや内下方に向けて3㎝刺入。

2)臨床のヒント

下行結腸(盲腸や上行結腸も)は後腹膜に固定されている。横行結腸・S状結腸は腸間膜を有し可動性がある。腰方形筋の深部にあるので腰部から直刺深刺すると内臓刺が可能である。
下行結腸を刺激する目的として、左腰宜(ようぎ=別称、便通穴(別名、左腰宜)を刺激する。

森秀太郎著「はり入門」には、「深さ50㎜で下腹部に響きを得る」とある。腰方形筋または下行結腸内臓刺になる。弛緩性便秘に有効。
上行結腸と下行結腸の内縁には腎臓(h12~L3の高さ)があるので、下行結腸に刺入する際には、腸骨稜(L4の高さ=腸骨稜上縁)から実施することで、腎臓に刺入するのを回避できる。

 


 

3.中極

1)解剖と取穴

下腹部白線上、臍下4寸。曲骨の上1寸。

2)臨床のヒント

中極から2~3㎝直刺すると、陰茎に電撃様針響を与えることができる。これは陰茎背神経を刺激していると思われる。陰部神経は、S2~S4 脊髄から出て、肛門・陰嚢・陰茎などを知覚・運動支配する。陰茎を知覚支配する陰茎背神経は、下腹部の白線あたりを上行しているのであろう。適応症は冷えによる膀胱炎様症状(排尿終了時痛、頻尿)に効果ある。(尿白濁、細菌尿があれば抗生物質使用)

中極から肛門に響かせるのは困難である。会陰刺針は別として肛門に響かせたいのであれば、3寸中国鍼を用い、陰部神経刺針(S2後仙骨孔の高さで仙骨外縁から深刺)を行うとよい。陰部神経刺針の適応は広く、痔疾、肛門奥の痛み(慢性前立腺炎?)、脊柱管狭窄症による間歇性跛行などに有効。

 


現代鍼灸でのツボの効かせかた④顔面部編

2021-06-01 | 経穴の意味

1.翳風と難聴穴

1)解剖と取穴
①翳風:耳垂後方で、乳様突起と下顎骨の間に翳風をとる。顔面神経幹が茎乳突孔を出る部。谷底の骨にぶつかるように刺入する。顔面神経幹部に正しく刺入できれば無痛で針響もない。ただし本刺針は難易度が高く、刺入方向を間違えると強い刺痛を与える。

 

②難聴穴:耳垂の表面の頬部付着部中央。中国の新穴「耳痕」の下方にあるので、筆者は下耳痕と名付けたが。すでに深谷伊三郎が「難聴穴」として記されていた。 

 

2)臨床のヒント

翳風

①顔面神経は、側頭骨内の顔面神経管を通って頭蓋外に出る。この出口を茎乳突孔とよぶ。ベル麻痺の原因は顔面神経管内の浮腫だとされるが、 この局所に最も近い刺激可能な部位が茎乳突穴孔刺針すなわち翳風刺針になる。

②代田文誌は、顔面麻痺に鍼灸治療は効果的でないと書いていた。しかし若杉文吉(関東逓信病院ペインクリニック科)は顔面神経の主幹を神経が頭蓋底を出た部位で針を使って圧迫する治療法を開発。痙攣が止まっている平均有効期間は9.3 カ月と好成績の結果を出した。痙攣が再発してもすぐにブロック前の強さにもどるのではないので,年に1回程度治療を行う症例が大部分だという。ブロック後の麻痺期間は平均1.3 カ月で70%以上が1ヶ月以内に麻痺は回復するとのこと。

③この若杉式穿刺圧迫法を私も鍼で追試してみた。2寸以上の中国針を使用。治療側を上にした側臥位。針先は顔面神経管開口部に命中させる。命中したことを確かめるには、針柄と他の部位(顔面と無関係な部位、例えば手三里)を刺針低周波通電をする。これで顔面表情筋が攣縮することを確認。攣縮しなければ、攣縮するまで翳風の刺針転向を行う。針先が骨に命中したら、3分間のコツコツとタッピング刺激を与える。その後7分間置針し、再び3分間タッピング刺激。トータルの治療時間は20分間程度。技術的に習熟していないせいもあるだろうが、上記の治療を行っても、痙攣が軽くならないケースは5割ほどいた。効果あった場合でも鎮痙期間は数日間という結果だった。

難聴穴

①深谷伊三郎は難聴穴に半米粒大灸7壮すると書いている。柳谷素霊の「秘法一本鍼伝書」には、耳中疼痛の一本針として、完骨移動穴刺針のことを記しているが、これも難聴穴のこと意味していると思えた。
私の場合は5㎜~1㎝刺針する。それで顔面神経幹に当たる。顔面神経幹の命中したか否かを調べるため、1~2ヘルツで通電しながら刺入し、唇や頬が最も攣縮する深さ(5㎜~1㎝)で針を留める。

鼓膜から鼓室に響かすことのできる針は、解剖学的見地から、この難聴穴以外にない。なお内耳には知覚がないので、痛みむことはなく響かせることもできない。

 

 

②現在ベル麻痺に対する針治療では、低周波置針通電に代わり単なる置針をするようになったと思う。低周波刺激をすれば後遺症(病的共同運動=閉眼すると口の周りが動く、口を動かすと目が閉じるなど)が必要以上に強化され、病的共同運動プログラムが助長されるとの危惧が広まったせいであった。病的共同運動は巧緻動作回復の邪魔をすることになる。

③難聴穴刺針は2つの神経が立体的に走行している。
直刺5㎜~1㎝では顔面神経刺激となり、ベル麻痺の治療に用いられる。
直刺2㎝では舌咽神経の分枝の鼓室神経(鼓膜~鼓室の知覚支配)に命中し耳中に響く。この刺針は中耳痛、難聴耳鳴の治療に適応がある。響かせた後30~40分間の長時間置針する(筋を完全に緩めるには時間がかかるので)。

 

    

3.下関、上関

1)解剖と取穴

①下関:頬骨弓中央の下際陥凹部。口を開けば穴があり口を閉じれば穴はなし。
口を閉じて陥凹がなくなるのは、頬筋が収縮するからだろう。下関から直刺すると頬筋に入り、深刺すると外側翼突筋下頭に入る。
②上関:旧称は客主人。頬骨弓中央の上際陥凹部。頬骨弓の下をくぐるように下向きに斜刺すると側頭筋に入り、深刺すると外側翼突筋上頭に入る。

2)臨床のヒント

下関

①咀嚼筋には側頭筋・咬筋・外側翼突筋・内側翼突筋の4種類からなり、いずれも三叉神経第Ⅲ枝が運動支配する。この中で側頭筋・咬筋・内側突筋は閉口筋で、外側翼突筋は開口筋である。

②Ⅰ型顎関節症(閉口筋緊張により開口困難)は顎関節症で高頻度にみられるもので、とくに咬筋の骨付着部に圧痛が多数みられる。患者に強く歯をくいしばった状態にさせた状態で、咬筋の起始・停止の圧痛点(頬車、大迎、下関など)に刺針する。
上下前歯にペーパータオル等を折り畳んで厚くしたものを強く噛ませ、頬筋を収縮した状態で下関から刺針すると効果が増す。

③外側翼突筋は顎関節症にとって最も重要な筋だとみなす者もいる。外側翼筋は他の咀嚼筋と違って開口筋であり、かつ咀嚼筋の中で最も小さい。顎関節は単純な蝶番関節でなく、口を大きく開けるために、外側翼突筋の収縮で下顎頭前下方への滑走運動を起こし、2横指ほど前方に滑走し、顎の突き出し運動をしている。

 

④外側翼筋は上頭と下頭を区別し、上頭は関節円板に停止している。顎関節の動きに適した関節円板の動きは外側翼突筋上頭が担当していることで、本筋を緊張異常は、半月円板の動きに異常をきたすのではないかと思ってる。若年者に生ずる開口時のクリック音は、開口時に前方に動く半月板が元の位置にもどる時に生ずる。外側翼突筋上頭への運動針(下関深刺)はⅠ型顎関節症だけでなく、Ⅲ型顎関節症状に対し、試みる価値があるのではないかと考えている。つまりクリック音が小さくなる感じ。  


⑤外側翼突筋への刺針:最大限に開口させた肢位にさせ、下関からやや上方に向けて直刺1~1.5㎝で外側翼突筋上頭に到達する(意外に浅い)。軽い手技を行い静かに抜針する。
実際には、ある程度開口させた状態で下関に深刺を行っておき、次に3秒間できるだけ大きく開口するよう指示する。術者は「1、2,‥‥」とカウントしつつ下関に刺してある針に上下動の手技を加え、「3」で静かに抜針するようにすると、治療効果が増す。

 

上関

①上関は柳谷素霊著「秘法一本針伝書」では上歯痛の治療として紹介されている。頬骨弓をくぐるように下向きに斜刺する。これはおそらく側頭筋中に側頭筋トリガーの放散痛は上歯部なので、側頭筋緊張由来の放散性歯痛に適応があるという意味であろう。

②深刺すると外側翼突筋上頭に入る。外側翼突筋上頭の起始は顎関節関節円板に停止しているので、Ⅰ型のみならずⅢ型顎関節症(関節円板の障害。開口制限あり。コキッというクリック音)にも上関深刺が効果的かもしれない。

 

4.睛明と球後

1)解剖と取穴

①睛明:内眼角の内一分。鼻根との間。睛明の直下3㎝には上眼窩裂と視神経管がある。上眼窩裂とは、眼窩底の内方にある孔で、ここから三叉神経第1枝、動眼・滑車・外転神経、眼静脈も出る。神経管とは視神経が通る孔である。

②球後:外眼角と内眼角との間の、外方から1/4 の垂直線上で「承泣」の高さ。

2)臨床のヒント

睛明

①掃骨針法の創案者の小山曲泉(1912-1994)は、眼痛を訴える患者に対して、「眼球自体を指圧するのと、眼窩内に指を折り曲げて按圧するのとでは、どちらが快痛であるか」を術者が問うと、文句なしに「骨を圧重した法が気持ちよい」と返事すると記している。このことから、小山は3番~5番で圧痛方向に刺針して軽く雀啄して必ず快痛の響きがあるように刺針した。

②この記述を追試するため、私は眼の疲れを訴える患者の何例かに閉眼させ、眼窩内に指を折り曲げて按圧してみて、眼窩内筋の圧痛硬結を感じとれるポイントを探してみると、上睛明のやや外方であることを発見した。眼精疲労時、自分自身で無意識で母指と示指で鼻根部をつまむように押圧している。この押圧部が鍼灸治療でも重要になるのではないかと思った。
睛明と睛明の5ミリ外方を刺入点として圧痛硬結に向けて刺入すると、しっかりと硬い筋中に刺入でき、眼に響くという手応えを得た。眼窩内の骨にぶつかるまでこのシコリに向けて4番針で約2㎝刺入、5分間置針してみた。患者は眼球部に重い感じがしたという。さらに閉眼したまま、上下左右の眼球運動を数回指示した。(眼球運動の際は、なにも刺激感がなかった)。施術後は、眼のスッキリ感があったという。この時触知したのは外眼筋や眼瞼挙筋だと思えた。 

③郡山七二は、眼窩内刺針には、鎮静作用もあると記し、鎮静法として内眼角付近からの眼窩刺針を第一に推薦した。郡山は、柔軟な細針を少し曲げて眼球の外壁に沿って、彎曲しつつ挿入するので、眼球に分布している内外上下直筋や上斜筋、すなわち動眼神経、外転、滑車等の各神経の異常を調整するのを目的とした。郡山は内眦、外眦、中央部の3点に限って行った。(郡山七二「現代針灸治法録」天平出版)

球後

①球後とは、眼球の後という意味がある。中国では内眼病の治療穴として用いられている。
深刺すると下眼窩裂に入る。下眼窩裂が眼窩下神経(三叉神経第2枝の分枝)が通る部であって、三叉神経第2枝刺激という点では眼窩下孔(=四白)刺激と同じ意味合いになる。
針を眼窩に沿わせて針尖を内上方に向けて眼球奥に刺入できれば毛、様体神経節や、長・短鼻毛様体神経などに影響を与える。これらは眼に対する副交感神経刺激になる。わさびを食べると、鼻にツーンと辛さを感じ涙が出るのは、鼻毛様体神経興奮による。       

②中国の唐麗亭は、病が眼の深部にある時は、眼の周囲部の浅刺は効果的ではなく、睛明穴と球後穴(毎回交代で一穴を使用)の深刺を採用した。針は30号あるいは32号(和針の10~8番相当)の3インチを使用。この2穴は30分間置針する。抜針時、出血を防止するため、針根部を圧迫して3~4回にわけて小刻みに抜針するようにする。(唐麗亭:三種刺法在眼病的応用、「北京中医学院三十年論文選」、北京中医学院編1956~1986、中医古籍出版)

 

5.挟鼻

1)解剖と取穴

鼻翼の上方の陥凹部で鼻骨の外縁中央。三叉神経第Ⅰ枝分枝の鼻毛様体神経刺激。
※鼻毛様体神経:知覚神経で鼻背、鼻粘膜(嗅覚部を除く)、涙腺に分布。揮発成分を含むワサビを食べると鼻がツーンとし、涙が出るのは、鼻毛様体神経刺激による。

 

2)臨床のヒント

①鼻周囲皮膚と鼻粘膜は三叉神経第Ⅰ枝支配である。本神経に強刺激を加えれば交感神経を緊張させ、血管収縮を引き起こすので、鼻閉や鼻汁に対しても効果がある。

③慢性鼻炎や慢性副鼻腔炎は文字通り慢性なので、持続的に反復刺激(半月~2ヶ月の自宅施灸)を与える方がよく、それには灸が適し、施灸痕が目立たずに三叉神経第Ⅰ枝を刺激するという意味から、挟鼻の針とともに上星や囟会への施灸を併用することが多い。施灸により長期間良好な状態を保つ間に、鼻粘膜の修復が行われ、施灸中止後も、症状は消失状態を保つことができる。

治療院では置針し、それに円皮針をしておくのもよい。顔に円皮針を貼るのは見た目が悪いと思う患者に対しては、マスクで隠すよう指導するとよい。

※挟鼻刺針は技術的に容易である。挟鼻刺針と同様に三叉神経第Ⅰ枝刺激になる攅竹から睛明への水平刺は伝統的方法だが、難易度が高く皮下出血も起こりやすい。

④患者自身でできる方法として、上唇鼻翼挙筋部マッサージがある。鼻稜の外縁を指頭でこすると、プチプチした感触が得られるので、何回か指頭でこすりつけるようにマッサージすると、次第にプチプチもなくなり、症状もとれてくる。このマッサージにより、鼻腔が開いて呼吸しやすくなる。ただし持続効果に乏しい。上唇鼻翼挙筋自体は顔面表情筋の一つ(顔面神経支配)だが、同部を知覚支配している鼻毛様体神経を刺激することになり、涙分泌を増やすので眼精疲労にも有効である。

 

 

 

  

 

 

 

 

 


現代鍼灸でのツボの効かせかた②下肢編 ver.1.2

2021-06-01 | 経穴の意味

前回、<現代鍼灸でのツボの効かせかた①上肢編>を記した。今回は第2弾として②下肢編を書き現してみた。

 

1.陽陵泉と懸鐘

1)解剖と取穴

①陽陵泉は、腓骨頭の前下方直下で長腓骨筋上を取穴。
②懸鐘は、腓骨頭と外果を線で結び、外果から1/5の短腓骨筋中にとる。

2)臨床のヒント

①両穴とも深部に浅腓骨神経が走行しており、も坐骨神経痛の部分症状である浅腓骨神経痛の治療点となる。

②下腿外側痛とくに腓骨頭直下の痛みに対する治療で陽陵泉刺針を行うが、直刺しても意外に下腿外側に響かすことは難しい。だが仰臥位にて陽陵泉から足三里方向に1㎝寄った処から刺入し、ベッド面に直角に刺入すると、下腿外側に響かせることができる。このことから、陽陵泉の刺針とは長腓骨筋TPsに対する刺針とみなすこともできる。

③懸鐘は短腓骨筋のトリガーポイント部に相当するので圧痛が多発しやすい。懸鐘部分の下腿筋膜による浅腓骨神経は神経絞扼障害を起こすことがある。

④深・浅腓骨筋には、足関節を底屈機能がある。足関節捻挫の代表的なものに、前距腓靭帯捻挫があるが、傷ついた足関節捻挫であっても、腓骨筋群(長・短腓骨筋)などが足関節をしっかりと支えているとグラつかずに歩行できる。このことは慢性外側足関節捻挫の治療のヒントになる。


  
2.地機と築賓

1)解剖と取穴

①地機は、下腿内側、脛骨内縁の後際で陰陵泉の下方3寸に取穴する。ヒラメ筋の起始部になる。刺針すると、ヒラメ筋に入り、深層には後脛骨筋・長趾屈筋・長母趾屈筋がある。
②内果の頂とアキレス腱の間の陥凹部に太谿をとり、その上5寸に築賓をとる。築賓は腓腹筋上にとる。

2)臨床のヒント

①下腿後側筋深部筋の、筋停止部は足底部にあり、筋の起始は下腿後側の上1/2までにある。 筋を緩めるには、筋の骨接合部を刺激するのが有効であり、刺針部位も下図の緑部分になる。

②下腿後側深部筋は単関節筋である。足関節を底屈する時、下腿後側深部筋は収縮する。ゆえに地機の筋硬結を触知するには、足底屈姿勢にするのがよい。実際には、患者の足底を自身の対側の下腿内側中央あたりに、ぴたりと付着させる姿勢にさせ、地機の硬結探索および施術を行うとよい。

 

③腓腹筋は膝関節と足関節との2関節を経由して起始停止がある2関節筋である。腓腹筋を緊張ささせるには、膝関節を完全伸展させる(できれば足関節も背屈させる)必要がある。ゆえに築賓の筋硬結を調べるには伏臥位で膝伸展位で行うことが合理的になる。

 

④膝を伸ばした状態で「アキレス腱を伸ばす体操」をすると腓腹筋が伸張され、膝をやや曲げた状態で行うとヒラメ筋が伸張される。ヒラメ筋刺針はこの肢位にて行うと効果的になる。

3.三陰交

1)解剖と取穴

下腿内側で内果の上方3寸で、脛骨内縁に三陰交をとる。三陰交から直刺すると後脛骨筋・長趾伸筋に入り、深刺すれば長母趾屈筋に入る。深部には脛骨神経がある。

2)臨床のヒント

①一般的には坐骨神経痛の部分症状である脛骨神経痛の時に、対症療法として使うことが多い。

②生理痛に対して三陰交の灸や皮内針などの皮膚刺激をするのは、伏在神経の興奮を遮断しているからだろう。 伏在神経(知覚性)は大腿神経(知覚性・運動性)の枝で、大腿神経は腰神経叢(L1~L3)からの枝である。腰神経叢からは腸骨下腹神経や腸骨鼡径神経が出て、鼡径部や下腹部を知覚支配しているので、これらの痛みに有効なことが予想できる。 

③三陰交がS2デルマトーム上にあるので、八髎穴とくに次髎と同じような用途がある。
八髎穴と同様の効果をもつ下肢遠隔治療穴に裏内庭があり、裏内庭は急性食中毒による下痢・下腹部痛すなわち下行結腸・S状結腸・直腸の痙攣に効果があるのではないか。

③三陰交は子宮頚部の緊張を緩める効果もあるようだ。安産の灸として出産が間近になると施灸する習慣があるのはこの効果を期待したもの。妊娠初期に三陰交刺激が禁忌とするのは、子宮頸部を緩めることで、堕胎につながるのではないだろうか。これに対し、逆子に効果あるとされる竅陰穴への施灸だが、これは一過性に子宮体部の緊張を緩める作用があると考えると納得がいく。  

④三陰交部から脛骨神経を直接刺激するのは、覚醒脳開竅法の下肢痙性麻痺に対する常用穴である。

 

4.足三里と脳清

1)解剖と取穴

①足三里は、外膝眼(膝蓋骨下縁と脛骨外側の陥凹部)の下3寸、前脛骨筋上にとる。深部に脛骨神経がある。

 

②足関節背面には、3本の腱(内側から外側に向けて、前脛骨筋腱・長母趾伸筋腱・長母伸筋腱)がある。足関節背面から2寸上方に脛骨を触知し、その外方にある長母趾伸筋腱に脳清(新穴)を取穴する。

 

2)臨床のヒント

①足三里(足)の適応症は、直接的には前脛骨筋の筋疲労である。足三里など、下腿前面の前脛骨筋外縁が脛骨に接する部の圧痛を探し、深刺し前脛骨筋の起始部骨膜に刺針、そのままゆっくりと足関節背屈の自動運動を行わせると、針の上下動により前脛骨筋の収縮を観察できる。(急激な関節背屈運動では深腓骨神経の針響きは非常に強くなり、針体も曲がりやすく折針の危険もある)
ただ、どういう場合に前脛骨筋に疲労を感じるかといえば、ランニングなどの激しい下肢運動をした時は当然として、大して運動していない場合でもコリを感ずる時があって、これは今のところ必ずしも胃の状態の反映といえないように思う。


②清脳の適応症状は、局所である下腿前面下部の重だるさである。脳清は直刺するとすぐに脛骨にぶつかるので、刺針方向は腓骨方向に45度の斜刺。置針したまま、長母趾伸筋腱中に入れる。そのまま母趾の背屈自動運動をゆっくりと少しずづつ行わせると、刺針部に針響を与えることができる。脳清とのツボ名から、頭をすっきりする効能がありそうに思うが、施術して効いたという感触がない。

 

5.失眠

1)解剖と取穴
踵骨隆起中央。脂肪体を介して踵骨がある。



2)臨床のヒント

①通常であれば立位や歩行に際し、踵中央が床に圧迫された際で、踵が痛むことはないが、原因不明だが踵のクッションである脂肪体が減少し、弾力を失っている場合、痛むようになる。  脛骨神経分枝の内側足底神経踵骨枝が、踵骨底と床に圧迫されて痛むのが直接原因。

②安静にして脂肪体の増殖を待つ。対症療法としては、踵部を覆う非伸縮性テーピングで脂肪体が広がらないように土手をつくる。歩行時はさらにヒールカップ、または靴のインソールの踵部分をくり抜いた靴底を自作し、体重負荷の免減を図る。

 

 

③類似の疾患に足底筋膜炎がある。しかし足底筋膜炎は踵骨隆起の中央が痛むのではなく、踵の前縁に圧痛があり、母指を他動的に背屈させた肢位にすると痛み再現する。

 

6.条山

1)解剖と取穴

五十肩に対し、健側の条口(足三里の下5寸で前脛骨筋上)から承山(委中の下8寸で腓腹筋がアキレス腱に移行する部)に透刺

2)臨床のヒント

五十肩に対して条口から承山への透刺をするという方法は、いわゆる中国の古典鍼灸に記載はなく、清の時代以降に発見されたらしい。わが国にはいったきたのは、1970年代頃である。

 坐位で、健側の条口から承山に透刺するには少なくとも4寸針が必要となる。透刺が必要となるとは、脛骨と腓骨間にある骨間膜刺激が重要なのかと考えたこともあったが、健側の条口から承山方向に1寸程度直刺でも効果はあるようだ。刺針したまま何回か患側肩関節の自動運動をさせると、次第に肩関節外転角が広がってくる現象をみる。しかし効かないことも多く、効いた例であっても、その効果は当日止まりということが少なくない。

いずれにせよ、五十肩になぜ条山穴刺針が効果あるのか不思議だった。中華民国、中国中医臨床医学会理事長の陳潮宗の研究によれば、この刺針が肩甲上腕関節の動きよりも肩甲胸郭関節の増加し、肩甲骨上方回旋がしやすくなる効果があるらしいことが判明した。

肩甲骨上方回旋を増大させる私流の方法は、甲下筋や前鋸筋の収縮力抑制をはずす目的で、膏肓を刺入点として肩甲骨と肋骨間に3寸針を刺入しつつ肩関節外転90度位にての肘の円運動を行わせる運動が効果的だと思っているが、3寸針を入れることは患者にとって抵抗感があるだろうから、その代用として条山穴刺針があると私は思っている。

 

7.委中

1)解剖と取穴

膝関節90度屈曲位で、膝窩横紋中央。膝窩筋中にとる。

2)臨床のヒント

①委中といえば四総穴の<腰背は委中に求む>が有名だが、腰背痛患者の治療には腰背部局所に施術する方が手っ取り早く確実性もある。

②膝窩痛を訴える患者に対しては、膝関節90度屈曲位(立ち膝位)にさせて委中付近の圧痛硬結の触知を試みる。圧痛硬結を触知でき、硬結を押圧すると非常に痛がることをもって、膝窩筋腱炎と診断する。この体位のまま、委中付近の硬結中に刺針すると、強い響きを生ずる。雀啄後に抜針。伏臥位で、症状部である委中に刺針してもスカスカした感じ(膝窩筋が収縮していない)となり、治療効果も乏しい。



③人間は膝関節完全伸展位で立っている際は、あまり筋肉に負担がかからない。ゆえに筋疲労しにくい。立位から歩行するため、まずは膝関節伸展位から膝軽度屈曲位にモードを切り換えねばならない。この切替スイッチを膝窩筋が行っている。歩行時中は、常時膝屈曲位になっている。歩行中に膝完全伸展になると膝ロック状態となってスムーズに前方に進めなくなる。これは四頭筋筋力低下時に、膝折れ防止を回避するため起こりやすくなる。

④足底筋は、大腿骨の外側顆の上方で、腓腹筋の外側頭の領域と膝関節の関節包から起こり、腓腹筋とヒラメ筋の間を走って下方へ向かい、アキレス腱内側縁で停止する。アキレス腱断裂時でも、足の底屈できるのは、足底筋収縮のため。足底筋は本来、足底筋膜を緊張させる役目があり、この機能により硬い地面を平気で歩けるようにしていた。
上肢で足底筋と機能が似ているものに長掌筋がある。サルは長掌筋が緊張すると手掌腱膜を緊張させ、これにより手掌が硬くなって、容易に木登りしたり枝にぶら下がったりできるようになる。猫の爪の出し入れも長掌筋の機能。
足底筋も長掌筋もヒトにとっては、無くともよい筋とされる。

 

 


現代鍼灸でのツボの効かせかた③頸部編 ver.1.1 

2021-05-30 | 経穴の意味

1.天柱と上天柱

1)解剖と取穴 

天柱:C1後結節-C2棘突起間の外方1.3寸。直刺では僧帽筋→頭半棘筋に入る。
上天柱:後頭骨-C1後結節突起間の外方1.3寸。直刺では僧帽筋→頭半棘筋→大後頭直筋に入る。
※後頸部の僧帽筋は薄いので、頸部運動にはあまり関与せず、臨床上は無視できる。僧帽筋の主作用は肩甲骨を動かすことにある。僧帽筋は肩甲骨を引き上げるためにある。

2)臨床のヒント

天柱
①大後頭神経(C2後枝)は上後頸部の筋を広く運動支配し、また後頭~頭頂を皮膚支配する。天柱から深刺すると時に後頭~頭頂に響くのはこのため。

②頭・頸半棘筋は後頸部にある太い筋で、頭の重量を支える働きがある。本筋が弱ければ、前を見ることもできない。頭・頸半棘筋は、後頭骨から頸椎後部を縦走しているので、天柱だけでなく、頸椎~上部胸椎の一行刺針でも  頸部痛の治療として有効になる場合がある。
    

 

上天柱

①後頭下筋(大・小後頭直筋と上・下頭斜筋)群の役割は、頸椎に対して頭位のブレの調整である。この機能により歩きながらでも前方を注視することが可能になる(デジカメの手ぶれ補正機能のよう)。

②後頭下筋の特徴的な動きは、C1-C2間の大きな左右回旋(左右とも45°)と、後頭骨-C1間の顎引き・顎出し動作である。これらの可動性低下の場合、後頭下筋に刺針する。         

③C1後枝(=後頭下神経)は後頭下筋を運動支配し、知覚神経は支配しない。ゆえに後頭下筋は凝ることはあるが痛まない。しかしすぐ浅層に大後頭神経があるので、これによる痛みやコリが出現することはある。

④三叉神経の一部(三叉神経脊髄路)は橋から出て、いったん上部頸椎の高さの脊髄まで下ったのち、再び上行して三叉神経節に至る。このような解剖学的特性により、C1~C3頚神経後枝(主に大後頭神経)が興奮すると、それが三叉神経(とくに眼神経)を興奮させる。これを大後頭三叉神症候群とよぶ。ほぼ上天柱深刺がトリガーポイントになる。

⑤天柱から緊張した大後頭直筋を刺入するためには、この筋を伸張させた肢位にして行うと効果が増大する。この対応として頭蓋骨を抱きかかえての天柱刺針することを思いついた(下の2枚目の図)。患者を椅坐位にさせて床を見させる。治療者は患者の頭を施術者の前腕内側と心窩部でスイカを抱きかかえるような格好で頭蓋骨を保持する。その姿勢のまま、天柱・上天柱などから深刺する。強刺激したい場合、術者の膝の屈伸をしつつ、針を雀啄するようにする。

 

2.風池と下風池

1)解剖と取穴

風池:後頭骨-C1棘突起間の外方2寸。上天柱と同じ高さ。直刺では頭板状筋に入る。上頭斜筋はかなり深部にあるので刺激するのは難しい。
下風池:C3棘突起の外方2寸。直刺では頭板上筋に入る。

2)臨床のヒント

①風池の深部には小後頭神経(C2C3前枝)がある、小後頭神経は筋を運動支配せず、側頭部皮膚を知覚支配。ただし小後頭神経痛患者が来院することはまれ。

②頭板状筋は、C1-C2間が大きく回旋させる機能があって、これにより顔を左右に回旋させることができる。「首が回らない」という症状には、まず頭板状筋の緊張を考える。

③頭板状筋への刺針では、解剖学的に風池よりも下風池が適している。

④首の回旋障害に対しては下風池に刺針するが、これには頭板上筋を伸張させた体位にさせて刺針すると効果が増す。たとえば右の下風池に刺針する場合、左に顔を最大限回旋させ、術者の肘と前腕で頭を抱える。この状態で刺針する。


 

3.天鼎

1)解剖と取穴
喉頭隆起の外方3寸。胸鎖乳突筋中に扶突をとる。扶突の後下方1寸で胸鎖乳突筋の後縁に天鼎をとる。(最新の学校協会教科書では別位置)

 

2)臨床のヒント

①頸椎部からは頸神経が出る。頸神経前枝はC1~C4が頸神経叢に、C5~Th1が腕神経叢にグループ化される。頸神経前枝障害における代表刺激点は天窓になるが、臨床的に天窓を刺激する機会は多くはない。腕神経叢の障害は臨床でよく遭遇するので、天鼎刺針を使う頻度は高い。

②上肢症状があれば、腕神経叢(C5~Th1)症状の有無を確認する。上肢症状がデルマトーム分布に従っていれば神経根症を、末梢神経分布に従えば胸郭出口症状群をまず考える。
なお胸郭出口症候群では前斜角筋症候群の頻度が高く、本症では前斜角筋刺針を行うが、鍼灸臨床で両者は同じような刺針になる。

③天鼎から腕神経叢に刺針することは難易度が高いが、習熟するとまず失敗することなく上肢に放散痛を与えられるようになる。

   

 

 

4.大椎・肩中兪・治喘・定喘

1)取穴と解剖

大椎:坐位にてC7Th1棘突起間
肩中兪:座位にてC7Th1棘突起間に大椎をとり、その外方2寸。やや内方に向けて4㎝程度刺入すると腕神経叢を刺激できる。

治喘:大椎の外方5分
定喘:大椎の外方1寸。中国からわが国に入ってきた知識としては治喘の方が先だと思うが、学校協会の経穴教科書内容(定喘はあるが治喘は載っていない)のせいか、近頃は治喘よりも定喘の方が知られるようになり、定喘を治喘と同じく大椎の外方5分と取穴することがむしろ普通となった。

 


2)臨床のヒント

①大椎と肩中兪の刺激意味は似ているが、大椎は下にすぐ脊椎があるので施灸するのに適し、肩中兪は腕神経叢刺激する場合、刺針が用いられる傾向にある。

②ペインクリニック科では頸部交感神経興奮の鎮静化や頭頸部の血流改善の目的で、頸部交感神経節ブロック(=星状神経節ブロック)が行われているが、鍼灸治療では星状神経節刺針の代わりに肩中兪深刺を用いることがある。星状神経節と肩中兪の高さはほぼ同一であるから、肩中兪深刺は星状神経節に影響を与えている可能性がある。そうであるなら肩中兪深刺の適用は星状神経節ブロックと同様に広範囲となる。具体的には 頸椎疾患、頸肩腕症候群、胸郭出口症候群、顔面神経麻痺、三叉神経の帯状疱疹後神経痛など。

③大椎付近は心臓の交感神経反射が出やすい部位。心疾患の体壁反応は、交感神経興奮に由来するが、交感神経反応→交通枝→体性神経反応と連鎖し、Th1~Th4デルマトーム領域の体壁に、圧痛や硬結反応を重視する。針灸の治効機序は、脊髄神経刺激→交通枝→交感神経へ影響を与えるとされている。体壁を刺激することで心臓症状(動悸、左胸部圧迫感)は軽くなることもよくあるが、これで心疾患が真に改善したとはいえないだろう。

気管支喘息時にも大椎や肩中兪を使うことは多い。気管支喘息時、起座姿勢で呼吸が楽になることは多いが、これは交感神経緊張の姿勢をするからで、これが気管支拡張作用をもたらす。

これに術者は気をよくして上背部に強刺激を続けると、その時は楽になって患者から感謝されるが、その晩に激しい喘息発作が起きることに注意すべきである。これは玉川病院入院患者の治療にあたって幾度となく経験した。振り子を、意図的に大きく動かすと、その反作用として反対方向の振れ幅も大きくなる。すなわち強い副交感神経緊張が起きやすくなるので喘息発作を起こしやすくなる。振り子は小さく動かすべきだという教訓である。

 

 

④治喘や定喘も、大椎や肩中兪と同じく、気管支喘息時の喘鳴・咳嗽・呼吸困難に施術することが多い。坐位で強刺激を与えるのがコツで、交感神経優位に誘導することで気管支を拡張させるねらいがある。坐位で#3~#5針にて、3㎝刺入し強刺激の雀啄。この間患者に命じて軽く数回呼吸させる。

代田文誌「針灸臨床ノート④」を見ると、面白いエピソードが載っていた。代田文誌が風邪で、いつまでたっても咳と咽痛が続いている時があった。そこで1979年発行中国人民解解放軍瀋陽医院編「快速刺針療法」で知った治喘に刺針することを試みた。自分自身では針を刺せないので、息子の文彦氏に打ってもらった。すると針を脊柱にって下方に向けて1.5寸ほど刺入すると、響きは脊柱と平行に5寸ほど下方にとどいた。抜針して今度は1寸直刺すると頚の方から咽の方に達した。その後まもなく咽が楽になり咳が鎮まってきた、とのこと。

  

 


柳谷素霊の「五臓六腑の針」と私の刺針技法の比較

2020-12-10 | 経穴の意味

 1.「五臓六腑の針」の内容

柳谷素霊の著書の中で、「秘法一本針伝書」は異質な存在で、単に刺針ポイントを提示するだけでなく、刺針体位、患者の力の入れ具合や呼吸、刺針手技、響きについ具体的に書かれている。そこに古典的要素はない。基本的に、一つの症状に対する効果的な刺針について解説しているが、以下に述べる五臓六腑の針の意味するところは意味深である。

本書に提示された図に若干説明を加えたものを示すとともに、内容を一覧表に整理しみた。
なお図では、膈兪、脾兪、腎兪には、あえて一行の名を付け加えた。柳谷は標準経穴位置(外方1.5寸)より内側(外方1寸)を取穴しているためである。

1)胸腔疾患の治療穴として膈兪を挙げているが、膈兪は胸腔内疾患と腹腔内疾患の境界で、横隔膜の位置である。膈兪の刺針は、胸腔臓器というより横隔膜に対する治療穴らしい。体位は坐位にて上体を脱力させ、横隔膜に刺激をもっていく。

2)骨盤内疾患の治療穴として腎兪を挙げているが、腎兪の位置は腹腔内疾患と骨盤内疾患の境界である。腎兪は腰部深部に響かせるということで、骨盤内疾患の治療としてはあまり適当だとは思えない。骨盤内臓治療としては八髎穴を使った方がよい。
(図は秘法一本針伝書掲載の図をベースしているが、ヤコビー線の位置がL2~L3になっているので不正確。大腸兪の高さとヤコビー線が同じにすべき)

3)腹腔内疾患として脾兪を挙げている。脾兪はまさしく腹腔内疾患領域のほぼ中央であって、まさしく代表穴といえる。

 

2.刺針体位について

現在の鍼灸治療では、仰臥位や伏臥位(ただし腹腔内疾患では伏臥位も可)で施術することが多く坐位での施術は少ないようだ。それは交感神経優位の状態を、副交感神経優位に変化させること換言すればストレスや不眠に対する治療を行う機会が多いからだろうと思う。しかし柳谷の五臓腑野施術体位をみると、坐位や長坐位で行っている。これらの体位では身体を支えるため体幹筋は緊張態にあるので、刺針に際しては響きやすくなることが関係していると思った。


3.代表穴の針響

筆者が鍼灸を勉強し始めて二十年くらいは、柳谷素霊の「五臓六腑の針」のことを、それほど真剣に検討してこなかった。その一方で、鍼灸臨床経験が増えて、背部治療穴で使う頻度の高い穴が自然と決まってきたが、この段階までくると柳谷素霊の「五臓六腑の針」の言わんとするところをある程度理解できるようになると同時に、自分だったらこうするとの意見をもつようになる。たとえば横隔膜症状→督兪、胃疾患→外魂門(代田文誌の胃倉)、腸疾患→外志室とうように。
 
1)督兪    
 Th6棘突起下外方1.5寸と定めているが、実際には外方1寸の方が響かせやすい。伏臥位でも剤でも響かせることができる。手技が難しいのが難点。
☆筆者ブログ:横隔膜に響かせる針、督兪・膈兪の刺針と理論 2013.12.20 参照
 
2)胃倉
 外志室刺針と同じ要領で側腹位にて実施。起立筋と肋骨間に深刺。私がこの臨床的使い方を発見したのは、30年ほど昔で、外志室の刺針技法を腰部ではなく背部で行ったらどうかと考えた。すると中背部広汎に針響を得ることができた。肝兪の外方だから魂門で、それを側腹位で刺針するのだから外魂門だと自分で命名した。
代田文誌は胆石疝痛の激しい痛内臓痛に、胃倉に灸するとよいと記述しているが、この外魂門が代田のいう胃倉のことかもしれぬと思うまで10年ほど要した。以前、胆石疝痛で入院した患者に対して、外魂門に置針して数分後、鎮痛に至った治験がある。
☆筆者ブログ:胃に響かせる針、胃倉の刺針技法と理論 2013.9.1  参照
 
3)外志室
 側腹位にて、L2脊椎の高さで、起立筋と腰方形筋の筋溝を刺入点として横突起方向に、深刺刺入。腰仙筋膜深葉刺針になる。腰部のほか、下腹部、大腿外側(大腿神経刺激)や大腿内 側(閉鎖神経刺激)に針響をもってくることもできる。腰大腿痛の患者に対して使用頻度が高く、腸疾患に対する使用頻度は高くはない。腸疾患の治療穴としては八次髎穴が本スジだろう。
☆筋々膜性腰痛に対する運動針と外志室刺針 2006.3.10  参照

 


三陰交の治効理論と適応症、至陰・裏内庭・失眠との比較 ver.1.4

2020-11-25 | 経穴の意味

1.三陰交の適応と治効理由

三陰交は足内果の上方3寸の脛骨内縁を取穴する。足の三陰經である脾経・腎経・肝経の交会する部なので、三陰交と命名された。古来から産婦人科症状に対して、三陰交刺激が多用されてきたという。
※このような經絡走行からの説明が成立するとすれば、前腕屈筋側にある三陽絡は手の三陽経(大腸経、三焦経、小腸経)が交わる処なのに、治療穴としては比較的マイナーである理由は何故なのだろうか。

1)S2デルマトーム上にあること



デルマトームとしては八髎穴と同じような使い方ができる。
子宮体部はTh12~L2、子宮頚部はS2~S4、卵巣がTh10、卵管はTh11~Th12との脊髄分節が支配している。この観点からは三陰交や八髎穴(次髎や中髎)の産婦人科領域の治療対象は子宮頸部であると思われた。

 

2)伏在神経支配であること

三陰交のある下腿内側領域の皮膚は伏在神経が知覚支配している。伏在神経は大腿神経の終末枝で、大腿神経は腰神経叢(L1~L3)を構成する。
腰神経叢からは腸骨下腹神経や腸骨鼡径神経が出て、鼡径部や下腹部を知覚支配しているので、これらの痛みの際に刺激する用途がある。伏在神経は皮膚知覚支配なので、興奮性を調べるには、皮膚を撮診(皮膚をつまむようにして過敏点を調べる)を使うとよい。三陰交には、灸や皮内針などの皮膚刺激が適する。なお三陰交は筋肉は長指屈筋や後脛骨筋(ともに脛骨神経の運動神経)で脛骨神経が深部を走行している。
以上の検討から、三陰交を含む下腿内側の皮膚痛覚異常は、腰神経叢刺激を行うことが妥当であり、たとえば外志室穴からの腰仙筋膜深葉刺激(大腿神経刺激でもある)などを行う方法がある。

※上の2つの診察着眼点の利用法(初学者のために)

身体表面は、デルマトームと末梢神経分布という2種類の診察要因がある。今回の例ではデルマトームがS2、末梢神経分布が伏在神経ということになった。初学者にとっては、どちらを診察の基準におけばよいのか迷うかもしれないので捕捉説明したい。症状が脊髄を介して出現するものはデルマトームを基準とし、たとえば神経根症状や内臓症状がこれに該当する。末梢神経症状の場合はもちろん、末梢神経分布を基準とする。たとえば胸廓出口症候群や手根管症候群時の上肢症状や梨状筋症候群の下肢症状がこれに相当する。

ところで月経痛は一見すると内臓症状すなわちデルマトームを治療根拠とするかのように見えるが、実は体性神経症状である。一昔前のテレビCMで<頭痛・歯痛・生理痛にセデス>というスローガンがあった。セデス・ボルタレン・ロキソニン等は鎮痛剤で体性神経痛に使う(一方腹痛は内臓痛であり、腹痛改善には鎮痙剤としては古くからブスコパンを使う)。そして体性神経痛に対して鍼灸は有効なのである。腰痛や膝痛は体性神経痛の典型といえる。

2.三陰交刺激の適応

1)三陰交皮内針は、下腹痛を軽減する

月経痛の治療で、腰部反応点のみに皮内針治療をすると、たいていは腰痛・下腹痛ともに消失するが、なかには下腹痛のみ残存することがあり、このような場合には三陰交に皮内針を追加することで下腹痛は消失できると高岡松雄は記している。

尾崎昭弘らは、月経期女子の硬い内側の脛骨縁や腓腹筋上に痛覚閾値低下することを明らかにし、このような被検者の腎兪や大腸兪に刺針すると、経時的に上昇することが明らかにした。さらに腰部の圧痛は、三陰交刺針すると、大腸兪よりも腎兪の方が疼痛閾値が高まった。
<尾崎昭弘ほか著「鍼刺激により女子の下腿と腰部の疼痛閾値(圧痛)の変化に関する研究、明治鍼灸医学、創刊号:65-74(1985)>

 

 

2)三陰交には月経困難症の予防効果がある 

①機能性月経痛は、思春期の若年女性に多くみられる。子宮頚部の緊張が硬く強い場合、月経血を通すには子宮頚部を無理にこじ開ける結果、痛みが生ずる。このような場合、子宮頚部の緊張をとることができれば月経痛も改善するので、三陰交刺激が有効となることが多い。妊娠初期に三陰交刺激が禁忌とするのは、子宮頸部を緩めることで、堕胎につながることを危惧しているのだろう。

②日産玉川病院の遠藤美咲、奥定香代子らは20名の月経困難を訴える看護師に対し、週1回皮内針を交換する方法で、3周期の改善度を調べたところ、著効10%、有効45%、やや有効30%、無効15%となり、半数以上の者にして月経困難症を半分以下に抑えることができた。普段体調が良い者ほど効きがよく、治療前の月経困難症の程度が軽い者ほど有効性が高かった。(医道の日本誌)
 
③月経痛はプロスタグランジン産生による子宮頸部平滑筋の収縮によるとされるが、末梢神経ではS2以下の脊髄神経興奮が症状をもたらしていることが多いとする研究もある。針による月経痛鎮静作用は、子宮収縮の程度を弱めるのではなく、関連痛の鎮痛によるもので、脊髄神経の興奮緩和が針の治効理由である。ゆえに、陰部神経刺針点・中髎・中極などの刺激が効果的となる。
 

3.類似の穴との比較

1)至陰

足の第5指爪甲根部外側1分に至陰をとる。至陰はS1~S2デルマトーム領域である。子宮体部はTh12~L2デルマトーム、子宮頚部はS2~S4応が現れるとされる。すなわち子宮頚部と子宮体部の中間的存在で、ここでは子宮全体に関係すると捉えることにする。
至陰へ施灸すると、子宮動脈と臍動脈の血管抵抗が低下することが観察される。この現象は、子宮筋の緊張が低下したことを示唆している。つまり、至陰の灸は子宮筋の緊張を緩め、子宮循環が改善することにより、胎児は動くやすくなり(灸治療中に胎動が有意に増加することが確認されている)、矯正に至るのではないかと推察される。
 (高橋佳代ほか:骨盤位矯正における温灸刺激の効果について、東京女子医大雑誌、65,801-807,1995)


2)裏内庭

①足の第2指を深く屈曲させ、足指腹の中央が足底皮膚に触れた部に裏内庭をとる。内庭は急性食中毒による下痢・下腹部痛に効果があるとする説は広く知られている。裏内庭は主にL4~L5デルマトーム領域だが、裏内庭の外側にはS1~S2デルマトームがある。一般に肛門に近い病変ほど症状が激しくなるので、裏内庭は直腸~下部大腸の病変をカバーする。同じことは三陰交にも言え、子宮頸部平滑筋の緊張による痛みに効果あるのではないだろうか。

②食中毒時に裏内庭に施灸しても熱くは感じないので、熱く感じるまで(百壮ほど)、多壮灸をするという旨が伝わっている。しかし筆者が牡蠣の急性食中毒で腹痛下痢になった際、裏内庭に灸したが、数壮目からすでに熱くなったため、施灸中止した経験がある。


3)失眠

①不眠のことを中国語で失眠とよぶ。失眠穴は踵中央に取穴する。不眠症と踵骨とは現代医学的にどう考えても関連性はないようだが、頭蓋骨とは対極の部位に踵骨があり、足裏側から踵骨をみると、踵骨隆起に頭蓋骨のような半球様と滑らかさがあるので、整体観的に踵と頭蓋骨は関係があるかもしれする考えたかもしれない。何例か患者に失眠の灸を試み、効果ないので行わなくなったが、症例集積を読むと効果のあった例が提示されている。難しいのは、日中に治療室で失眠に灸を行い、その夜に睡眠効果を発揮するという時間差の問題がある。



②通常は温灸を行う。踵や手掌は角質層が厚いので、土鍋を火で温める時のように、施灸時の熱感が到達しにくい。施灸して最初は熱く感じないが、数壮後に突然熱くなるので注意が必要である。

③踵脂肪体萎縮症

失眠は、踵脂肪体萎縮(=踵脂肪褥炎)の際、歩行時痛が出現し、痛みのため歩行困難になりやすい。
脛骨神経分枝の内側足底神経踵骨枝が、踵骨底と床に圧迫されて痛むのが直接原因。踵のクッションである脂肪体が薄くなって弾性を失った状態。踵脂肪体減少の原因は不明。通常はテーピングにて薄くなった踵中央部の脂肪を盛り上げる施術が直後効果もあって、テーピングを続けることで自然と痛みは軽減する。 


④利尿作用

踵中央にある失眠穴に灸刺激すると尿量が増えることが深谷伊三郎(「お灸で病気を治した話」に記録されている。足ツボ療法では足のむくみがとれるともいわれているが、これも利尿作用と関係しているのだろう。ただし腎不全で下肢浮腫がある患者に対して失眠灸をしてみたが、やはりというべきか効果はなかった。
フェリックスマン著「鍼の科学」には、足部とくに踵部と泌尿器の関係が興味深いことが記されている。「尿道と足とは、おそらく同一または隣接したデルマトームに属しているのだろう。多発性硬化症患者の踵を鍼で刺すと、排尿が起こることを観察している」とある。多発性硬化症は中枢神経疾患であって、頻尿に傾くのは上位排尿中枢(延髄)の機能低下した結果、下位中枢興奮を制御できなくなった結果であろう。

 

 


本稿での後頸部の経穴位置と刺激目標

2018-09-07 | 経穴の意味

1.序 

経穴の位置は、その古典的解釈や世界標準化などにより微妙に位置が変わることがあり、教科書もたびたび修正されてきた。その一方で施術者個人の刺激意図により、教科書とは異なった治療点を使用することも、これまた多い。

当然のことだが、学校協会編「經絡経穴学」に定めた経穴位置が今日の基準になっているので、本稿でもこれに準じているが、解剖学的観点から教科書にない治療ポイントも使っている。この新たな位置について、経穴名を別に定めた。具体的には「上天柱」「下玉枕」がこれに相当する。
種々の内容を書いていく上で、その最も基本となる経穴位置が不鮮明であると話にならない。まずは本稿での経穴の正確な位置を提示しておく。

 

2.天柱・上天柱

教科書ではC1C2椎体間の外方1.3に取っているが、何を刺激しようとしているのか治療の狙いが不明瞭である。本稿では、この天柱を使わず、教科書天柱の上1寸の部位を「上天柱」と命名し、臨床に使用している。上天柱は後頭骨-C1椎体間で、頭半棘筋→大後頭直筋と刺入できるが、大後頭直筋刺激用として用いることが多く、従って深刺になる。適応症は、後頭部鈍痛、眼精疲労などである。



3.風池

風池は、乳様突起下と瘂門(C1C2棘突起間で、左右天柱の間)を結んだ中央を取穴するというのが教科書である。これは後頭骨-C1間にとることを意味するので、上天柱と同じ高さになる。古くから風池は対側眼球に向けて刺すように指導されるが、そうすると頭板状筋→頭半棘筋→大後頭直筋刺激にな、治効は上天柱と大差ないものになる。伏臥位で、風池からベッド面に対して直刺すると、後頭三角の間隙に入る。この深部には椎骨動脈があるという解剖学的意義はあるが、治療としての意義は不明である。
風池ではなく、下風池(風池の下1寸)から直刺すると頭板状筋に刺入できる。頭板状筋は頭蓋骨左右回旋の主動作筋なので、本筋が過緊張すれば、その伸張動作(すなわち左右回旋)時に痛む。緊張した頭板状筋を伸張させた頭蓋骨回旋姿勢にして刺針すると回旋障害に対する治療となる。

4.玉枕と下玉枕

外後頭隆起の直上に「脳戸」をとり、その外方1.3寸に「玉枕」をとる。僧帽筋の停止が外後頭隆起なので、脳戸や玉枕は僧帽筋停止外縁刺激になる。また大後頭神経は、玉枕穴から浅層に出てくる。ワレーの圧痛点に一致している。
脳戸の下方で、後頭髪際から入る1寸に「風府」をとる。風府の外方1.3寸に「下玉枕」をとることにした。下玉枕は、頭半棘筋の停止部なので、臨床上刺激価値が大きい。この部の頭半棘筋は薄いので、下玉枕は直刺するよりも、水平刺するとよい。たとえば左玉枕穴から右玉枕穴に向けて刺入する。
下玉枕刺針は、上天柱は大後頭直筋に向けて直刺深刺するのと、異なることに注意すべきである。

 

 

 

 

 

 


脳清穴の臨床応用例 ver.1.2

2018-04-24 | 経穴の意味

 

1.脳清穴とは

脳清穴とは、解谿の上2寸にある新穴で、脛骨外縁側付近で長母指伸筋腱上に取穴する。長母指伸筋腱を刺激するという意味では、解谿穴刺針に似るが、解谿と比べてしっかりと刺激できるという利点がある。この度、脳清穴刺針が効果あった症例を通じ、脳清穴刺針の臨床応用の一端を知ることができたので報告する。

 なお脳清穴については、「足三里と脳清穴の相違点(2010年7月11月発表)」と題して報告済。とくに脳清穴の刺針方向と深度について記している。未見の方は併せてご覧いただきたい。

https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/e7514bb2ee7d5d4602f318ad0cdce4ac

 

2.症例1(T.O. 63才男性)

1)主訴:足首を回しにくい

来院時の主訴は、坐骨神経痛と上殿部コリ。ともに仙骨神経症状なので、坐骨神経ブロック点刺針と中殿筋刺針で改善しつつあった。なお中殿筋は上殿神経の運動支配であり、上殿神経は仙骨神経叢の枝でなので、同じ仙骨神経の枝である坐骨神経痛時に同時に出現することが多い。
本患者は、他に「足首を回しにくい」との訴えもあり、治療数回目からは、こちらの方が主訴となった。

2)考察

足首の動きが悪いという訴えから、拮抗関係にあるべき下腿後側筋や下腿前面筋の緊張を調べてみる(これはⅠa抑制を考えている)と、確かに圧痛点は多数見つかったが、どこを押圧しても痛がるといった状態だったので、特異的反応点を見出すことは逆に難しかった。

そこでどの姿勢をすると最もつらいかを問診すると、「正坐しようとすると、下腿前面がつつっぱって痛むので、上体を前傾させ、体重があまり下腿にかからないようにしている」との回答が得られた。

3)治療

これは前脛骨筋を十分にストレッチできない状態であると考え、仰臥位で条口あたりから前脛骨筋に2寸4番にて刺針、その状態で足関節の上下の運動針を実施した。直後に正坐させてみると、上体の前傾程度が少し改善し、下腿前面の痛みは消失し、代わりに足背部の衝陽あたりがつっぱって痛むということであった。

 
足指を底屈する動作で痛むのだと捉え、再び仰臥位にして脳清穴から長母指伸筋腱と長指伸筋腱に刺入し、その状態で足指の底背屈の自動運動をさせた。その直後に正坐させてみると、上体の前傾がほぼ消失し、正しい正座姿勢ができるようになり、下腿前面や足背の痛みも消失した。

4)判明したこと

1)正坐が苦手という者は、膝関節部痛のことが多いが、負荷をかけた際の足関節の伸展痛や、足指関節伸展痛が原因のこともある。

2)前脛骨筋の負荷伸展障害は、前脛骨筋部に刺針しての運動針(足関節底背屈運動)で有効になるケースがある。長母趾伸筋・長指伸筋の負荷伸展障害は、脳清穴に刺針しての運動針(足指の底背屈運動)で有効になるケースがある。

 

3.症例2(S.A.43才男性)

1)主訴:足関節が痛くなって正座姿勢がとれない

以前から上記状態が存在する。痛むのは、足関節背面~下腿前面の下方。

2)考察:正座姿勢時に、足母指MP関節が強く屈曲されるが、その動作で長母指伸筋腱が強制伸張される。この時の痛み。すなわち長母指伸筋の過収縮が本態。

本例は脳清運動鍼の適応であろう。ただし、これまでこの刺針は仰臥位で行うのが常だったのだが、この症例の数日前、理由なく私自身の脳清の重だるさを感じることがあってた。こういうことは過去に何回かあった。そのたびに長座位(足を伸ばしての座位)になっっ自分の脳清に刺針し、母指の底背屈運動を行った。よく響くのだが、脳清部のダルサに対してはあまり効果を実感できなかった。ここで今回は、椅座位で脳清に刺針した状態で、爪先の上げ下げ自動運動を行ったところ、初めて効果を実感できることになった。

3)治療

座位または立位で脳清刺針し、爪先の上下自動運動を5回行わせて抜針。その直後にベッド上で正座させてみると痛みなく動作できるようになったとのことだった。

4)判明したこと

同じ運動鍼でも、自分の体重を利用するといった、負荷をかけた運動鍼でないと、十分な効果は得られないらしい。なお、「脳清」という漢字のイメージから受ける、脳をすっきりさせるような治療効能はないようだ。

 

4.診断名は外側型シンスプリントか?

 

当初、なぜ特異的に脳清穴あたりの鈍痛を生ずるのか不明だったが、やかてこれは「前外側型シンスプリント」の診断名になるのではないかと考えるようになった。シンスプリントの典型は、「後内側型シンスプリント」であり、この場合硬い内側の三陰交付近を中心に痛むものだが、「前外側型シンスプリント」というパターンもある。すねの前面と外側の筋膜(前脛骨筋、長母趾伸筋)に牽引ストレスが作用して痛みを生じ、付着する脛骨骨面の骨膜にも牽引ストレスが作用して痛む状態である。足関節背屈がしづらくなる。脛骨筋の障害では、脛骨前面の胃経から中封に沿って重苦しく痛むが、我慢できないほどの強い痛みになることはあまりない。後内側型シンスプリントに比べて治療に反応しやすい。

 


大椎・治喘・定喘の効能

2015-03-17 | 経穴の意味

1.大椎の位置

私の大椎穴の取穴は、基本的にはC7/Th1棘突起間であり、今日の基準だと思われる(代田文誌先生は大椎はC6/C7棘突起間を取穴していた)。大椎は背部督脈上の穴や背部膀胱経上の取穴基準点となるので、経穴の位置を統一したい者にとっては困ったことではある。もっとも臨床的には、大椎穴近辺の圧痛所見をもって、そこを大椎と定めるだろうから、針灸治療的にはあまり混乱は起きないであろう。 


2.大椎一行としての治喘と定喘

大椎穴はすぐ直下に骨があるので、刺針して響かせることは難しい。実際には大椎穴ではなく、大椎一行を治療穴として用いることが多い。大椎一行には、治喘と定喘がある。私は、治喘は大椎穴の外方5分、定喘は大椎穴の外方1寸としているが、異説が多い。私の病院研修時代、定喘というツボは耳にしたことがなかったのだが、現在の学校教育経穴教科書には、定喘はあっても治喘は載っていない。定喘と治喘は同一のものであるという者 までいる。


3.代田文誌著「鍼灸臨床ノート第4集」から<治喘の穴 昭47.6.7>の内容から


以下の内容は、現在でも私(似田)の治療に大きな影響を与えている。代田文誌先生は、「快速針刺療法」を読み、「治喘」の存在を知った。従来、この穴を文誌は大杼一行として捉えていた。なお「快速針刺療法」は手帳サイズの薄い本にすぎないが、光藤英彦先生も所持していた。その本の余白には、光藤先生の手によって細かく書き込みを入れていたものたが、愛媛県立中央病院に行った後にも病院に、その本は残されていた。


1)「快速針刺療法」からの抜粋

穴位:大椎穴の傍ら2分~3分のところ。すなわち第7頸椎と第1胸椎の間の骨際の処。

主治:喘息、咳嗽、脊柱両側の痛み、後頭部の痛み
針法:直刺1~1.5寸
針感:しびれて腫れぼったい感じが下方に伝わり、背部または腰部に達する。
注意:脊椎から遠くなりすぎてはいけない。肺臓を刺傷して気胸をおこすのを防ぐためである。

 

 2)代田文誌の体験例

文誌先生が風邪をひいて、身柱・風門に灸したがよくならず、慢性化して咽痛と夜間咳嗽が出現、寝ていると苦しいまでになった。そので自分自身で治喘に刺針したところ、少し症状が楽になったので、息子の(代田)文彦に、針尖を脊柱に沿って下方に向け、1寸5分ほど刺入してもらった。すると針の響きが脊柱に並行して下方に5寸ほど響いていった。今度は針を抜いて直刺1寸ほどしてもらうと、針の響きは頸の方から咽の方に達した。すると間もなく咽が楽になり、咳が鎮まってきて、体を横にして眠ることができた。こうした体験後、大椎一行から下向きに3㎝ほど斜刺するやり方は、文誌の常套法となっていった。

 

3.現在の私の治喘刺針の意図

1)椎間関節症の治療

椎間関節刻面傾斜角が、上下椎体間の動きは決定している。例えば腰椎は屈伸運動は可能だが回旋運動ができない。すると上体を回旋時、胸椎回旋のアラインメントはTh12/L1椎体間で遮断され、この椎体に大きな歪みが生じて椎間関節症状態になることが多いであろう。

 頸椎:   回旋○  屈伸○
 胸椎:   回旋○  屈伸×   
 腰椎:   回旋×  屈伸○ 
 仙椎・尾椎:回旋×  屈伸×

脊柱は頸椎・胸椎・腰椎・仙椎と尾椎という4つの構造体グループでできているが、建物の建て増し部分との接合部が地震に脆弱なように、構造体の境目に力学的な歪みが生じやすい。頸椎は回旋・屈伸ともに可動性があるが、胸椎は回旋可能だが屈伸に可動性はない。つまり頸部の屈伸運動において、C7/Th1椎体間で動きがストップされ、歪みがこの部に加わりやすいと思われる。頸部の屈伸運動障害時の治療には、脊柱回旋作用のある回旋筋・半棘筋が刺激目標になるので、大椎穴よりも、その直側である治喘穴あたりから深刺する方が効果的になる。


2)交感神経優位化の治療


肺や気管(支)の内臓体壁反射は、心臓とは逆に、「交感神経<副交感神経」の臓器であり、起立筋や大胸筋の反応は比較的弱く、これらの部のコリ痛みを緩めても症状の改善につながりにくい。要するに内臓-体壁反射としての体壁反応は弱く、体壁-内臓反射による治療効果も弱い。

 咳嗽喀痰に対する鍼灸治療は、交感神経優位にすることが症状緩和になると考える(たとえば、喘息発作時には、両手を熱い湯につけると症状緩和する。熱いシャワーを大椎部にあててもよいが、脱ぐのに手間取る)ので、促通手技として座位にし、上背部とくに治喘穴に対して強刺激施術を行う。
 <治喘>
位置:大椎穴(C7、Th1棘突起間)の外方5分(実際には直側)
刺針:刺針:#3~#5針にて、3㎝刺入して強刺激の雀啄。この間、患者に命じて軽く数回呼吸させる。頸部交感神経を興奮させることで副交感神経亢進を是正。


.星状神経節ブロックと大椎周囲刺激の共通性


1)星状神経節ブロックの治効理由にたいする疑問 


星状神経節ブロックは、頭部頸部を支配している交感神経の活動を抑えることで、相対的に副交感神経活動を優位にし、頭部顔面部の血管壁を拡張することで血流増加をまねき、このことが自然治癒力の増強を図るといった意味がある。

代田文彦先生は、この見解に異論があった。星状神経節ブロックでは、普通は局麻剤とステロイド剤の混合薬液を注射するが、実際にはブロック針を刺すことだけでも薬物を使った時と同様の効果が得られるという事実がある。刺針刺激は、局所を麻痺させるのではなく、局所を刺激するという真逆の作用なのに、同じような効果があるのは何故なのだろうか?

2)大椎と星状神経節刺針

 
筆者も玉川時代、星状神経節ブロックの真似をして、星状神経節刺針を結構行っていたが、治療効果が不明瞭(星状神経節に針先が命中したか否かを確認することが難しいこともある)であったこと、前頸部から刺針する関係で患者が嫌がる傾向にあったことなどから次第に行わなくなった。

星状神経節刺針に代えて行ったのが、座位での治喘深刺だった。治喘刺は星状神経節刺と同等の効果があり、治療のやりやすさを考慮すると、治喘の方に分があると思っている。
その理由として、①星状神経節刺部位と治喘は、座位側面からみると、ほぼ同じ高さに位置すること、②星状神経節ブロック時の薬液浸潤は上部胸椎領域にも広がるという事実による。

 

 


足三里刺針、陽陵泉刺針の響かせ方

2014-09-01 | 経穴の意味

1.足三里から深腓骨神経に響かせる方法
 
足三里から刺針し、足首背面方向に響かせようとすれば、仰臥位で膝完全伸展位にて、脛骨粗面の下1~2㎝の部から、脛骨エッジ部から1㎝程度外方を取穴。ベッド面に対して直刺し、前脛骨筋の固い筋層奥にまで入ったら、強めの上下の雀啄を行うようにする。このようにすると、ほぼ確実に深腓骨神経に刺激を与えることができる。

要するに、膝完全伸展位にすること、そして標準的足三里位置よりも、脛骨寄りに取穴すること、比較的深刺することなどがコツであろう。

 

 

2.陽陵泉から浅腓骨神経に響かせる方法

1)陽陵泉傍神経刺の発見

 ある時、当院に、陳久性の下腿外側の痛みを訴える患者が来院した。診察すると陽陵泉に強い圧痛を発見できたので、寸6#2で直刺すると、下腿外側に弱い響きを与えることはできたが、症状は改善されなかった。針を太くしても置針しても効果なし。一応坐骨神経ブロック点に刺針もしたが、元々圧痛はあまりなく、効果ないことに変わりなかった。 効果の乏しい治療を何十回も繰り返すうち、仰臥位下肢完全伸展位で、偶然に教科書陽陵泉位置から2㎝ほど足三里方向を取穴し、ベッド面に対して直刺することがあった。
すると患者がびっくりするほど強い針響が下腿外側に与えることができ、始めて症状の軽減せしめることができた。

2)陽陵泉傍神経刺

陽陵泉の局所解剖は、総腓骨神経あるいは浅腓骨神経が長腓骨筋を通過する部である。筆者の行った方法は長腓骨筋に対知る刺針なので、総腓骨神経(あるいは浅腓骨神経)傍神経刺になっている。傍神経刺といえば、木下晴都先生が有名で、先生の「最新鍼灸治療学」を見たが、陽陵泉の傍神経刺については記載ないようであった。


腕骨・陽谷・養老の位置と局所的意義 ver.1.1

2014-05-05 | 経穴の意味

1.教科書上の腕骨・陽谷・養老の位置

針灸学校教育で使用する東洋療法学校協会編「経絡経穴学概論」(旧版)で、小腸経上の腕骨・陽谷・養老の位置は次のようになっている。分かりにくいので図示してみた。

腕骨:手背尺側にあり、第5中手骨底と三角骨の間の陥凹部。
陽谷:手関節後面にあり、尺骨茎状突起の下際陥凹部。
養老:陽谷の上(肘側)1寸で、尺骨茎状突起と尺骨頭の陥凹部。

上記の穴は、経絡治療家は要穴治療として用いるだろうが、症状がこれら局所にない限りは、現代針灸派では、使う機会はめったにない。では、局所になる場合とは、どういうことだろうか。調べてみると、陽谷と養老穴は局所になり得ることが分かった。(針灸で治るという訳ではない)


2.陽谷=TFCC損傷

TFCCとは、三角線維軟骨複合体(triangular fibrocartilage complex)の略である。
尺骨と三角骨の間にある軟部組織で、手関節の尺側の支持性、手首の各方向の運動性、手根骨-尺骨間の荷重伝達・分散・吸収に寄与している。ちょうど膝における半月板と同様にいわゆるクッション役割を果たしている。

TFCC損傷とは、この部の外傷および加齢変性をいう。タオル絞り、ドアノブの開け閉めなどの手関節のひねり操作の際に手関節尺側部の疼痛を訴えることが多い。
現代医学的治療は、安静、消炎鎮痛剤投与、サポーター固定、ギプス固定などの保存療法が中心で、3ヶ月経ても治癒しない場合、手術療法を行う場合もある。

 


 

3.養老=尺側手根伸筋筋筋膜症・同腱の腱鞘炎・同腱の脱臼



尺側手根伸筋の起始は上腕骨外側上顆、停止は第5中手骨底であり、手関節の伸展と内転(尺屈)作用を行う。その腱は、手関節付近で腱鞘構造をとり、尺骨茎状突起と尺骨頭の間にある陥凹部を走行し、さらに伸筋支帯にもカバーされている。尺側手根伸筋腱鞘上で、尺骨茎状突起と尺骨頭の間に養老をとる。

尺側手根伸筋腱を触知するには、手掌を下にして手を机の上に置いたまま、小指を背屈させる。すると養老に相当する腱部の動きを感じることができる。


1)支正をトリガーとして、手関節尺側に放散痛


 

 



2)尺側手根伸筋腱の腱鞘炎および脱臼

手の回内・回外の際には、尺側手根伸筋腱には、摩擦が加わり、腱鞘炎が生ずることがある。また容易に脱臼し、尺骨茎状突起を乗り越える。脱臼症状とは、尺側手根伸筋腱鞘の腫脹、腱溝に沿う圧痛で、回外時に脱臼した同腱を皮下直下に触れることができる。強い回内外に伴う疼痛を認める場合がある。

保存療法では消炎鎮痛剤、ギプス固定、サポーター固定、腱鞘内ステロイド注射が主となる。

 

3)尺側手根伸筋腱炎の症例(追加分)

筆者は最近、右養老穴部の痛みを訴える患者(78歳女性)を診る機会を得たので、どういうきっかけで養老部が痛むようになったかの一例を知ることができた。この患者は山登りを趣味としているが、その際、両手にストックを持つことを最近覚えた。今回の下山時、高低差のある処に下りたのだが、目測を誤ってドスンといった感じで飛び降りるようになった。その時、ストックを握った手が強制的に外旋・背屈してしまったとのことだった。

 

本患者の疼痛痛部局所である養老穴に刺針や運動針しても無効、同部に刺絡すると、やや有効という程度。本筋の上流である筋へ運動針しても、効果なし。現在まで2ヶ月間に4回程度治療したが、痛みは初回治療前の半分程度存在しているという。治療は予想以上に難しいらしい。

 


梁丘、足三里、闌尾刺針で、腹方向に針響をもっていく方法

2014-01-05 | 経穴の意味

1.梁丘刺針の針響方向

梁丘に刺針すると、刺針局所に響くか、末梢側に響くかのいずれかであって、普通は腹方向に響くことはない。しかし柳谷素霊の本を読むと、次に示すような独特の技法を併用することで、腹方向に響かせることができるように書いてある。


2.柳谷素霊の、胃カタルの治療としての梁丘刺針技法


膝上外側の大腿直筋の外縁で、下肢を伸ばしてウンと力を入れると凹むところを取穴。下方から上方に向けて、大腿直筋外縁下に鍼尖が入るような気持ちで斜刺する。この時、患者は息を吸わせ、なるべく手足をキバルように力を入れさせて刺入、鍼を進ませるのは吸気時に行い、呼気時には鍼を留め、または力を抜く。このようにして徐々に進め、針響きが腹中に入ると患者が訴えれば、病の痛みがだんだんうすらいでくる。その時に腹中に響かないとしらた弾振(ピンピンと鍼柄をゆっくりと弱く弾ずる)すれば、やがて疼痛は軽減する。(「胃カタルの鍼灸法」柳谷素霊選集下より)

 

3.筆者の工夫 


私は健常者に対して、柳谷素霊の梁丘刺針手技の追試してみたのであるが、腹側に響かせるのは困難だった。下腹痛が症状にないと難しいのかと思った。ただし昔から知っている、針響誘導手技を併用してみると、針響は下腹にまで至らないものの、大腿を上行させることは可能だった。その方法を紹介する。


①梁丘へ、やや硬い筋肉部に針先が当たるまで刺入する。通常は深度1~2㎝。

②雀啄などの手技針を行い、末梢方向に針響が得られることを患者とともに確認する。 
③柳谷素霊の指定するように、下肢全体力を入れ、息を吸わせる。

④さらに、梁丘の下方(膝蓋骨方向)1~2㎝の部を、指頭で強圧し、下方への針響が遮断されたことを確認する。なお強圧には強い力が必要である。助手等に、両手母指  腹を重ねて強く押圧させること。(助手がいないければ、患者自身に押圧させる) 術者自身が運針しつつ押圧するのでは圧力が足りない。 
⑤さらに梁丘の手技針を継続しているうちに、次第に上行性の響きが得られる。


4.足三里や闌尾刺針は上行性の針響を得られるか?


梁丘穴に行った刺針手技を足三里に行うと、上行性の針響が得られるのだろうか。実際に健常者を実験台として行ってみると、どうもうまくいかないようだ。というのは、足三里の深部には深腓骨神経が走行している。私の足三里刺針のやり方は、深腓骨神経を刺激するよう刺針している。刺針部の下方(足関節方向)1~2㎝を押圧すると、足関節方向への電撃様針響は遮断されるのであるが、それが上行性針響になることはないようだ。つまり、足三里刺針して上行性に響かせるには、神経線維をはずして刺針する必要があるということらしい。


足三里穴の下方2寸に闌尾穴がある。この闌尾穴刺針について、森秀太郎著「はり入門」は、次のように説明している。「闌尾は上巨虚(足三里の下3寸)の高さで、脛骨骨際に取穴。10~15㎜刺入。刺針で針響を下腹にもっていくと効果的になる。足三里と闌尾は、ともに深腓骨神経上にあり、前脛骨筋部にあるので、解剖学的特徴はよく似ていると思うのであるが、森秀太郎は、闌尾刺針について、あえて深腓骨神経に当てないような操作をしていると思った。


沢田健による寒熱の針灸治療

2013-08-24 | 経穴の意味

1.背部基準線と督脈・膀胱經走行の関係 
背部の基準線は、後正中、背部一行(後正中の外方0.5寸)、背部二行(後正中の外方1.5寸)、背部三行(後正中の外方3寸)と定められている。
ただし、この基準線に背部膀胱經の走行を当てはめた場合、筆者の鍼灸学校時代、「背部二行を背部膀胱經一行に、背部三行を背部膀胱經二行とする」と教わった。
しかし以前から気になっていたが、鍼灸治療基礎学(代田文誌著)を読むと、「沢田健は背部膀胱經二行線を後正中の外方1.5寸、背部膀胱經三行線を後正中の外方3寸とした。そして背部膀胱一行を督脈の外方0.5寸と定めた」と記載されている。なお従来の考え方では、背部膀胱一行を督脈と定めていたという。


2.沢田健の背部一行の運用

沢田健による分類の優れていたのは、背部一行の用途を熱症治療と定め、さらに同じ高さの背部兪穴の所属する臓腑に関係する熱に関係すると体系化した点にある。なお背部一行の位置を石坂宗哲「鍼灸説約」によれば、石坂は華陀夾脊として好んで用いていたようだが、五臓六腑との関連を認識していなかったので、運用に難があった。

たとえば「心」の病証の一つである舌症状では心兪を施術するが、心の熱による病証では舌の激痛と発赤が顕著になるので、心兪一行を刺激する、といった使い方をする。
同様に次のような使い方もできる。(一行に現れる反応点は、およそ2行の穴より5分ほど上にある)
 脾兪一行の圧痛:脾に熱がある時
 腎兪一行の圧痛:腎に熱がある時
  胃痙攣→胃兪または脾兪一行刺針
 胆石症→胆兪一行刺針
 腎盂炎→腎兪一行刺針
 眼痛→肝兪一行
 舌痛→心兪一行刺針 

 

3.熱府と寒府

私の手元には、<「澤田先生講演」(速記)昭和11年8月6日京都祇園中村楼に於いて(東邦医学社)>という資料のコピーがある。澤田健60才の時のもの。8000文字ほどの長編であった。鍼灸古典を基礎としつ、とくに五運六気学説を中心に語っているが、私はその方面に不案内で、理解するに困難を感じる。ただただ沢田健の博学ぶりには仰天されられた。

私の理解の外にある内容が多い中に、背部一行と熱府・寒府の使い分けについて述べた部分があった。

1)内臓の熱を去るには背部一行を使用

内臓の熱を去るには、岐伯のいうように「臓腑の熱をとるに五あり。五の兪の内の五の十を刺す」とあって、これは脊の五臓の兪穴の第一行のことをいっている。これによって内臓の熱を診し、またそれを去ることができる。

2)外感の寒熱を去るには熱府・寒府を使用

熱府=風門、寒府=陽関(足)、この運用で外から侵入してきた寒気を去ることができる。

①熱府

第2胸椎棘突起下外方1.5寸に風門をとる。甲乙經に風門熱府とある。熱府とは熱の集まる処という意味である。門は出入り口で、入口をふさぐことが風邪の予防になり、出口を開けることが風邪の治療になる。いかに高熱があるものでも、風門に鍼するのは差し支えない(灸は控える)。
 風邪の抜けぬ者では20~30壮すえると早く治る。
司天(≒臍より上)の寒気は風門でとれる。つまり熱府は、寒邪にも熱邪の治療にも用いる。

※背中がゾクゾクした、というような瞬間、古人は風邪(ふうじゃ)が身体内に入ったと認識し、風邪の侵入する部分が風門と考えた。ぞくぞくする状態を悪寒とよぶ。悪寒は本来は視床下部の温度設定を、これから上昇させるサインであり、これから熱が上がる予兆である。代田文彦先生は、銭湯などで熱い湯船に入る準備として、背中に何杯も熱い湯をかけている人を見て、中枢の温度の感受性を一時的に狂わせることで熱い湯船に入れるようになるのだと考えたという。 


②寒府

陽陵泉の上3寸。膝外側、陽陵泉上3寸、大腿骨外側上顆上方凹陥処に足の陽関をとる。
素問では足の陽関を寒府といっており、「寒府は膝の下の解営にあり」とある。下から上がってくるような寒さは、まず膝に寒邪が集まる。そこで膝や膝蓋骨が非常に寒くなる。在泉(≒膝より下)の寒邪を去るには寒府を用いる。

※足陽関は腸脛靱帯あたりにある。一般に靱帯部は筋肉部に比べて血流が乏しい。皮膚温が低いも当然である。 


八髎穴の選択と刺激方法の選択

2012-11-22 | 経穴の意味

1.序

最近行われた「現代鍼灸科学研究会」の席上、中髎穴への刺針が話題になった。ある先生は、1㎝刺せば十分だと話し、別の先生は、深刺して響かせなと効果がないと発言した。どちらが正しいといえるのだろうか。この辺りの知識を調べてみることにした。


2.仙骨神経の走行


仙骨神経は左右5対(S1~S5)ある。脊髄を出た後、仙骨神経は後枝と前枝に分かれる。仙骨背面には、左右4つずつの後仙骨孔(第1~第4後仙骨孔)があり、この後仙骨孔ら、S1~S4神経経後枝が出てくる。この中で、とくに S1-S3後枝外側枝は中殿皮神経と称され、仙骨部を中心とした皮膚知覚を支配する。

一方S1~S3の前枝は、前仙骨孔から出てきて、L4・L5神経枝とともに仙骨神経叢をつくる。


3.後仙骨孔からの刺針

仙骨の後仙骨孔(第1~第4後仙骨孔)対応して八髎穴がある。すなわち上から順に、上髎・次髎・中髎・下髎である。第1後仙骨孔(上髎)への刺針が最も深く、足方向に向て斜刺60度程度となる。第4仙骨孔(下髎)への刺針は比較的浅くほぼ直刺になる。

針灸治療において、これら4穴の中では、次髎と中髎が使用頻度が高いので、ここでは中髎を例にとって刺針を検討する。

1)中髎直刺深刺

中髎穴を刺入点として、第3後仙骨孔孔中に刺入すると、まず第3仙骨神経後枝を激できる。第3後仙骨孔を貫通した後、針は仙骨管(仙骨管中には硬膜があり、硬膜にまれた馬尾神経がある)に入り、ときに仙骨神経前枝も刺激し、第3前仙骨孔中に入っ本孔を貫通し、骨盤内に入る。

その後、仙骨神経叢中に入り、仙骨神経叢から発する神枝である坐骨神経や陰部神経を刺激し、それら支配領域に針響を与えたり、筋収縮反応生ぜしめたりする。すなわち坐骨神経を刺激すれば下腿までの針響が生じ、陰部神経を激した場合、肛門や生殖器に針響が至ることになる。


これらの仙骨神経叢を刺激するためには、針は6㎝程度の深度が必要なので、2寸以上長さの針を使用することになる(ただし第3前仙骨孔入口から第3後仙骨孔出口までの骨の厚みは約3㎝)。

 

 2)中髎斜刺深刺

第3後仙骨孔上の皮膚を刺入点として、頭頸部方向に斜刺して仙骨後面に鍼を沿わせる方法。第3前仙骨孔中はもちろん、第3後仙骨孔中には刺入しない。本法は、北小路博司先生が泌尿器疾患の治療で行う方法である。これには2寸8番針を使用し、50㎜皮下に刺入する。仙骨孔中に深刺しなくてもこのような方法で骨盤神経(S2~S3)に影響を与えていることが知れる。

 

 

 

4.八髎穴の中で、どの穴を使うか? 刺激深度・方向はどうするか?

1)坐骨神経症状、陰部神経症状をつかさどる仙骨神経叢は、L4~S4前枝で構成されいる。

この仙骨孔から出る部を1カ所刺激するとすれば、ほぼ中央になるS2仙骨孔、すなわ次髎が妥当であろう。しかしながら、坐骨神経を刺激するのであれば、殿部ほぼ中央にる坐骨神経ブロック点から刺針する方が容易である。陰部神経を刺激するのであれば、部神経刺をする方が容易である。すなわち坐骨神経痛や陰部神経症状に対し、あえて次から深刺(6㎝程度)する意義は乏しいであろう。 

2)泌尿生殖器臓器の副交感神経機能をつかさどる骨盤神経は、S2~S4なので、S3骨孔である中髎刺激が妥当である。中髎からの刺激は、骨盤神経を刺激するのに適切だが、後第3仙骨孔に入れるほど深刺をしなくても、泌尿生殖器疾患の治療に効果のある場合が多い。表面刺激である施灸刺激でも差し支えないのかもしれない。

3)上記見解により、仙骨を貫通するほどの次髎や中髎からの深刺は不必要であると考えた。この目的では坐骨神経ブロック点刺針や陰部神経刺針の方が容易である。ただし太い針で仙骨骨面に沿わせるなどの針や、大きな艾炷で壮数を増やすなどの強刺激は必要かと考えた。