Maybe Tomorrow

忘備録・闘病記録です。どなたかのご参考になれば幸いです。

そこまでして

2016-10-11 12:54:23 | 不育症


みなさま、こんにちは。
我が家地方は涼しいを通り越し、寒いくらいの朝でした。
出したばかりのファンヒーターを本気でつけようかと思ったくらいです
さて、初めて写真をupしたものの、日付が間違っています
正しくは2011/8/25。デジカメの日付設定が1年ずれていました
次男生後2日目です。
こういうポカミスの多い私ですが、どうぞ末永くお付き合いくださいませ

本題です。

私3人生みました。
上から長女13歳・長男8歳・次男5歳。
長女と長男の間が少しあいています。

その間、流産を繰り返しました。

フルタイムの仕事と長女の子育てをしながら、妊娠→流産を4回。
そのうち3回は、掻把手術をしました。
麻酔をかけ、子宮の中にある赤ちゃん・赤ちゃんの袋・胎盤等を文字通り、器具で掻き出すんです。
一度だけですが、掻き出されている感覚と痛みが伝わってきたこともあります。
麻酔が切れかけたのかどうかわかりませんが、ただただ痛みと恐怖で気が狂いそうでした。

本当に本当に、悲しく苦しく辛い手術でした。
術後はおう吐と吐き気に苦しみます。(個人差あり)
誰にどんな慰めの言葉もかけられても、正直、心に響きませんでした。
その頃、職場では私より若い同僚が妊娠、出産ラッシュ。
笑顔で祝福するも、内心複雑でやり切れなくて、何度も退勤後車の中で泣きました。

そのうち1回は、つわりがひどく入院したものの、赤ちゃんの心拍が止まり、結局手術をして退院てなこともありました
全部、妊娠7~9週での出来事でした。

4回目の後、ようやく主治医が不育症の検査をすすめてくださったので(それまでは何も言われませんでした)血液検査を受けました。
けれども、結果は数値的には不育症に近いけど、ひどいものではない、というものでした。
気休め的な感じで、仕事の後、病院へ直行し、流産を防ぐ注射などを受けたりしていました。
この頃には、超高齢出産の域に入っていたこともあり、そこまでして、2人目にこだわる必要がいったいどこにあるんだろうかと自問自答の日々でした。
心も身体も常にいっぱいいっぱいでした。
ただ、5回目でまた同じような状態になったら、2人目はあきらめる、自分の中では決心していました。

そして5回目の妊娠前に聴神経腫瘍が見つかりました。
そこそこの大きさになっているので、手術前提でこれからのことを考えた方が良いと脳神経外科の担当医に言われた矢先、長男を授かりました。
5年ぶりの妊娠・出産でした。
その3年後、次男も授かりました。(長男・次男の間にも流産しています)の
遺伝子の組み合わせとかの関係で、もともと受精卵が育ちにくい状況や体質だったのかなと今さらながら自己分析
私は、このような遅めの家族構築になってしまいましたが・・・
出産・子育てするなら、やっぱり若い時の方が良いかもしれないなと思います。
多種多様な家族・婚姻形態が受け入れられるようになりつつある現在では、自分で生むことにこだわらなくても良いのかも、とも思います。


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