妖精のつぶやき

きたのじゅんこ先生絵の世界の魅力をお伝えするページです

星好き少年の遠い約束

2012-05-23 23:29:20 | 身近な自然
最初に図鑑で知った時から、その日付は記憶していた。小学校2年生の頃だ。
2012 05 21
俺はその頃42歳か。どこで何をしてるかな。
でも見るだろうな。
小学生であるから、不確定要素は数多あったはずである。だが「見るだろう」と確信的に「わかっている」のだ。「思っている」ではない、願望ではなく決定事項なのだ。逆に言うと「必ず見る」とオレは太陽に約束したのだ。
大人になったら、家族で見よう。

かのコペルニクスは生涯、水星を見ることが無かったと言われる。水星=常に太陽のそばにいる、わけで、見られる条件は限られる。逆に言うと、常に太陽のそばをちょこまかし、すぐ見えなくなるわけで、足の速い伝令神という存在はさもありなん、といえる。
 
比して自分は天体ショーに恵まれた部類かも知れぬ。百武彗星、1996年ヘールボップ彗星、そして2001年しし座流星群。
 
2012年5月
30年を経た約束の地は、どうやら名古屋に定まった。予報は決してよくなかった。だが、子供のころの確信は以て意識の中にあった。雲の動きに一喜一憂しながら、太陽グラスを手に、家族であっちこっち立ち歩いた。あの日小学生だったオレには、小4の娘。この位の歳なら、大人になっても、記憶は残る。
 
金環日食@名古屋(フィルタND400+ND8+ND8 F8 1/60 ISO50)
英語ではannular eclipseという。「annular」とは環状の意。確かに間違っちゃないが、金環とした方が語感は素敵だ。表現する言葉は人それぞれあろう。一生に1度か2度のチャンス。奇跡でも、感動でも、美しいでも、全て正しい。
 
俺は「かっこいい」という印象を持ち、その言葉をささげ、この地球にとって太古から永遠のパートナーたちに感謝したいと思う。重力のバランス、暦と潮の満ち欠け、その条件を必須で生まれたわれわれ地球生命。そしてこうした天空のイベント、全て彼らの位置と大きさが絶妙な位置関係にあるからなしたこと。そりゃ億兆の母数が存在する宇宙では一定の確率でこうした関係を持つ星の並びができようが、それが地球であったとは。
 
あなたが見た金色のリングは、あなたが確かに地球に住まい、太陽が月と綾なしをして、地球に落とした影の中に、あなたが入った証。

月よ太陽よ、我は、見た。
 
大人になりこの金環は家族で見た。そして娘よ、2035年の皆既は、今度は君が君の家族と見るのだ
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赤い月の夜

2011-12-11 13:25:59 | 身近な自然
※画像サイズが巨大です。記事下の横スクロールバーで左右に動かして広い視野でお楽しみ下さい

予報では曇り。
それでも信じてじっと待って、雲が切れたらこんな状態。

今日は望遠鏡を出しました。今のうちにピントを合わせておきましょう。焦点距離800なので、接眼20ミリつけると、丁度視野一杯に月のマルが入って好都合(倍率は40倍)。もっと倍率上げられますが、クレーター1個単位で見てもしょうがないですしね。

もうすぐ皆既。この辺来ると今夜の月が何色になるか大体予測できます。ちなみに光の回り込みが多いと赤銅色。地球の影の中心を深々と突っ切って行くときは暗赤色。そして火山噴火等で空にチリが漂っていると真っ黒になります。今日は赤銅色かな。

望遠鏡の上にデジカメ載せてシャッターどん開きでパシャリ。

異世界。

皆既。赤いのは夕焼けと同じ理屈。赤い光だけ地球の大気を通じて回り込む。

虚空に浮かぶとはまさにこの事。

周辺入れてみましょう。オリオンの半分とプレアデスが入っています。わかりますか?

もうすぐ皆既の時間は終わりです。左下の飛び散ったような地形(光条、という)はコペルニクス・クレーター。クレーターの中では比較的新しい部類(8億年前)。

折角なのでシリウスさん。さすがに遠いからブレます。「すすき野原の男の子」のマンガじゃないですが、「20センチ鏡筒」で「シリウス」を見るとこうなるのです。

赤い月のある星野。
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平成23年東北地方太平洋沖地震

2011-05-01 20:45:10 | その他
皆様が今般の激甚な震災の映像や人的被害の状況を目の当たりにした時、受けた衝撃と悲しみがどれほどのものか、私は想像する術すら無い。翻って我が身と考えた時に抱く深甚なる恐怖の大きさは、今もって間断なく続く余震の増幅も得て、眠ることすら許さず、心折れるほどの耐えがたさをもたらすのではないかと憂えてならない。
 
しかし。
 
今般幸運にして難を逃れた我々が今なすべきことは、悲しみに対し涙を流すことではなく、「生き延びる」ことそのものであると私は信じる。
すなわち、「次」に備え維持すると共に、この国と国土を復興すること。
我らの父祖は、それぞれが生きた時代を襲った未曾有の災害を書き留め、後世に申し送り、再発の防止と被害の低減を願い、託してきた。その言葉に応えることこそ、父祖の血脈を受け継ぎこの国土に住まう我々の第一の存在意義である。
明治期に勃興を見る地震科学の先駆者達の尽力により、こうした文献は時系列に処理され、どこで何が起こったか究明の努力が脈々と続けられてきた。従い我々は我々の叡智を全て結集し、この地球をして千年紀単位で稀に見る規模の災害について現実を見据え、次の千年紀に向けて動き出さねばならない。
父祖達の記録の示すところに寄るならば、中央構造線の北側で起きた事象は、遠からず南側でも生じうる。ただその遠からずの具体的数値をここに書くことは可能だが、それは地球を成す億年スケールの時系列では誤差に過ぎず、安心や準備期間を意味することにはならない。「明日のために今できる備え」をしておくべき事を教える物であると私は信じる。
我らの父祖は数千年のスケールでこの地に住み、しかし繰り返し襲う巨大な災害を乗り越え、我らの血潮の中にその命を継いでいる。地球を外側から見、今般の巨大に過ぎる大地の震えにすら耐える建造物を構築する技術を我々は有した。しからば、その技術は我らの父祖が申し送ることしか出来なかった千年スケールを見通すために用いられるべきではないか。我らの子孫が営々とこの地に住まうことが出来るために、用いられるべきではないか。
千年に一度と言われるが、その大いなる変動こそ、我らが愛する国土たる日本列島を日本列島たらしめる原動力に他ならない。我らの、我らの国土たるこの列島大地に対する愛着は、大なる犠牲を生じつつ、しかし余りある恵みをもたらす存在であるからに他ならない。さもなければ、資源に乏しいと言われるこの国土で、数千の世代を数え2600年余を遡ることが可能な皇統血脈を維持することなどままならぬ。
国難と称する声もあるが、否、この変動は列島が引き続き列島であり続けることを許す大地からの解であることに他ならない。
 
我らはこの愛すべき大地を我らの地と定めたのだ。我らが生き続けるために適する地と定めたのだ。
我らの属性はこの国土と切り離されて存在することはあり得ず、この国土を他の属性を持つ種族が維持できるとは思わぬ。
 
我々は生き延びねばならない。そのためには知見をもって対処し、動かねばならない。
我らの子孫にこの大地を受け渡し、子孫が今度こそ巨難を排し、涙と恐怖を克服するために。
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人類は極超新星の瞬間に立ち会うのか       な?

2011-02-05 11:41:41 | 身近な自然

オリオン座(左下は全体の形が判るように線を引いてみました)



の、1等星ベテルギウス。距離600光年(最近修正されました)。直径は太陽の650倍、質量は20倍。赤色超巨星で、この15年で15%も質量を失っているそうです。膨らんだり縮んだりしていてすなわち不安定、明らかに超新星爆発が「近い」ことを示していますが、「近い」のが明日なのか100万年先なのか、どっちも星にとっては刹那の範疇で誰にも判りません。逝ったら月より明るくなると言われてますが、その光と共にガンマ線(遺伝子を破壊する)が降り注ぐとも言われてまして。
 
過去に地球に影響を与えた、或いは人類の観測に掛かった超新星は例えば。

●かにパルサー
メシエカタログナンバー1。すなわちM1(すばるはM45。アンドロメダはM31)。
名前は観測当初かにの姿に見えたから。
1054年に観測された超新星で、藤原定家「明月記」にも登場します(定家自身は伝聞で書いたようですが)。距離7000光年。金星なみの明るさで観測されました。画像検索するとクモが気ままに巣を掛けたようなもしゃもしゃが写ってますが。このもしゃもしゃの範囲は3光年で、超新星爆発の結果残った中性子星「パルサー」の放つX線を受けて光っています。ただしこれで地球がどうにかなったという記録はありません。
 
●1572年カシオペア座超新星(ティコの星)
天文学者ティコ・ブラーエが詳しく観測したことで有名。彼の弟子が「ケプラーの法則」のケプラー。距離7500光年。但し爆発の衝撃で秒速136キロ(時速48万キロ)で移動しています。
 
●ジェミンガ
太陽系が所属?する「泡状に広がった星間物質の少ない領域」を作り出した太古の超新星爆発。30万年前くらいではないかと言われています。距離300光年。…地球には原人いましたが、とりあえず我々生きてますね。
 
●オルドビス紀大量絶滅
4億4000万年前に生じたこれの原因が地球に降り注いだ超新星爆発のガンマ線だとする説。で、ベテルギウスは?とされてるわけです。
 
ガンマ線は超新星爆発の前に放出されるので(爆発直前のもろもろの反応でガンマ線が発生する)、超新星爆発を起こす数日前というシグナルになる。のですが。。。。
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愛と創造の天使への返礼〜クリスマスに寄せて〜

2010-12-23 23:03:39 | 絵画
たまにゃ硬いこと書かせて下さいな。
 
キリスト教では「天使」に9つの階級があると考えます。いやそれは恐らく人間が理解しやすいように低次元の了見で便宜的に分けただけで、天使に言わすと全く異なるのでしょうが。
曰くその最上位に位置する存在をセラフィム(Seraphim)と呼びます。日本語では熾天使(してんし)と書かれ、字面から炎・燃えるイメージを受けますが、その姿は人間より神に近く、「意志を持った光の塊」に感ぜられるそうで。なるほど、と。

ここで。

天使は皆何らかの守護者ですが、熾天使の場合「愛と創造」を司るとされています(想像力とされる場合もあり)。もってして「神の傍らに座することを唯一許される」(ミカエルなどの大天使は「御前」)存在であると。このことは「愛」と「創造」は神に最も近い…至高の存在であることを示唆しています。
 
「愛」が至高か否かは論を俟たないでしょう。愛がなければ次世代の命は育まれない。命のリレーは地球生命の根本であり、その源が愛です。
では「創造」がなぜ愛に比肩する存在なのでしょうか。それは生命が、生命以外に「何か」を生み出す行為は、創造以外で生じ得ないから、と言えると思います。そして「創造」は現状、人間以外その能力を持ちません(サルや鳥が道具を使うのは「工夫」)。このことは「創造」こそが人間を他の地球生命と異なる人間たらしめる価値、レゾンデートルを意味しているのではありますまいか。だからこそ、神の傍らに置くべき、セラフィムに守護される価値があると。転じて
 
創造を伴わない人間の活動は人間である意味が無い。
 
「もらうだけ」は人間じゃない。人間だと思うならそれをやってはいかん、と。その行動は単なる搾取に他ならず、人間という種・存在に対して、人間の存在を許した神に対する冒涜、とこうなるわけです。
 
「創造、って何だ?」
何かの職に就くってのは創造の一つだと言えます。利を提供するのは創造に他なりません。但し、その利は別の利に繋がる内容であるべきと考えます。享楽も利ではありますが、そこで消費されるのみであって次の利とはなりません。天使に対する「魔」が貪欲と怠惰の権化なのは、それらが、創造から次の創造へと繋がる循環を断ち切るからでしょう。このことは、魔のシンボルに死と破壊が伴うこととシンクロしています。命の循環を断ち切る…生命の根本を否定しているわけです。セラフィムの守護対象はすべからく魔の攻撃対象なのです。
 
いじめ、子殺し、搾取による格差など、共食い的な世相が言われて久しく経ちますが、いずれも「欲しい物をむさぼるだけ」の心理の為せる技であって、「還元・循環」の欠如が根底にあるのではないでしょうか。
 
月はあまねく人々を照らします。でも、人々が月を見ようとしない限り、月の光は受け取れない。
 
(すのぴ)
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