「まいごの天使とちょっとドジな魔法使い」★yokoっち★

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独立への道

2008年10月02日 | 会報・タコこぞうシリーズ
タコこぞうは高校卒業後の進路に悩みました。
バイトの時にスイーツを作る楽しさを覚え、
パティシエの道へ進もうと考えました。

しかし、家族が「そんな仕事食えない」と反対し、
支援してくれる人がいませんでした。

今ではパティシエというと知名度があり、人気の仕事となりましたが、
2.3年ほど前まではまだパティシエブームの走りで、個人経営か大きなホテルなどフランス留学でもしないとなれないような職業でした。

それでもこだわり、パティシエの道を目指そうと決めました。
タコこぞうの決意を尊重しようと
「私にとっては大きな賭けだけど、あなたの夢に投資してみる。」
と私の持てる力を全て注ぐことにしました。
私の稼ぎは全て学費となりました。
投資だから損しても恨みっこなしです。
失敗したら自分の見込み違いだったということですから。

それでも足りない状況でした。
タコこぞうも全部おんぶするわけにもいかないと
運転免許取得で貯めていた20万円を(半分いやいや)出すことにしました。

また約束として、奨学金(40万円)取得できるように努力する約束をしました。
この奨学金は学校での半年間の成績と授業態度、出席状態で審査されるもので、タコこぞうにとっては大変厳しい条件となりました。

それでも条件をクリアし学校を卒業までの1年半、出席100%という快挙を成し遂げました。


2008年9月30日に専門学校を卒業し、
今日(10月2日)から社会人スタートしました。

うちでは学生が終了したら社会人になり、独立するルールです。
次男は資金不足で完全独立はできないので
一人暮らしをしているお兄ちゃんのうちへ引っ越すことにしました。
でもちょっと甘えて初任給後に移るんだとか。
仕事が始まると時間がなくなるだろうから、
昨日住民票を移動する手続きをしてきたそうです。

初めて区役所へ行き、
住民票移動手続き
年金の手続き
健康保険の手続き
など窓口の人に色々と聞きながらやってきたようです。

5年前まで家から出れず、
人と接触できなかった人とは思えないほど成長しました。
面倒なことを後回しにして人任せにしてしまう傾向がありましたが、
ちょっと自立の気持ちがでてきたようです。

夕べは私が仕事から家に戻るともう寝ていました。8時なのに。
就職祝い・・ということでおにぎりを2つ作っておきました。


3時半私は物音で目が覚めました。
次男が一人で起きてカップラーメンとおにぎりを食べていました。
私はちょっと話しをしてまた寝てしまいましたが。

今日は4時半に出て、5時に職場へ行き、
帰宅は夜の10時になるのだそう。

ホワイトボードには「社員初日」と書いてありました。
おーー!はりきっているはりきっている。


なんでパティシエになりたかったの?
「みんなが自分のケーキを食べておいしいって幸せな気持ちになってほしいから」
「ケーキを作っているときが一番楽しいんだよ。いくらやっていても苦にならないんだ。」
だって。

自分のこだわりと努力でやっと見つけた道
職人の道は厳しいけれど納得するまでがんばってほしいな。




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〔会報7月号 最終回〕それぞれの道

2008年04月03日 | 会報・タコこぞうシリーズ
その後彼はタコこぞうに頼らずに一人でこなしました。
なんと新聞配達を続けながら、勉強をして受験の手続きもしたのです。
受験の面接で新聞配達を3年間休まずに続けていることを言ったら、先生方はとても驚いたということでした。

彼は「どうせだめだから、ひとりで発表を見に行きたくない」と言っていたが、タコこぞうは学校があったのでついて行きませんでした。
彼から合格の知らせをうけて、タコこぞうはよほどうれしかったのでしょう。
私に「受かったよ。合格だよ。」と大喜びで電話をしてきました。
二人で中学校に合格発表を伝えに言ったら、職員全員で拍手をしてくれたそうです。

人の力はすごい。どん底から立ち直らせてくれて、勇気や行動力まで与えてくれる。それを肌で感じ、元気になり、人のために動いたタコこぞうを見ていると多くの人に感謝の気持ちでいっぱいになりました。

そして友達とタコこぞうは別々の道を歩むことになりました。
タコこぞうからひとり立ちして先へ進んでみようという彼の勇気。

タコこぞうはサポート高校。
友達は定時制高校に通いながら「今配達をやめるとみんなに迷惑かけるから」と言い、もうしばらく新聞配達を続けながらの通学を始めました。

タコこぞうは夕方からレストランの調理場でのバイトを始め、店長に「何度言ったらわかるんだ、このタコ小僧!!」と怒鳴られています。
タコこぞうは「高校生を雇ってくれるところなんてなかなかないから悔しくてもがんばる。」と言って、どんなに怒鳴られても耐えてつづけているタコこぞう。

タコこぞうと彼、これからもお互いに支えあい成長していくのだろう。二人にはどんな人生が待っているのだろうか・・・・
楽しみながら見つめてあげたい。

《タコこぞうシリーズ》の連載はひとまずここで完結とさせていただきます。
28回にわたり、気難しい、手こずる子供であったタコこぞうが決して順調とはいえない状況で育っていく姿は皆さんにはどのように映ったでしょうか?
親は無力だなあとつくづく感じ、自分がなんとかしなくてはと思えば思うほど行き詰ってしまいました。タコこぞうの言葉のように「人は人じゃないとだめなんだ。」というように私たち親子は多くの人に出会い、支えられてここまで来れたのです。タコこぞうが「タコ小僧」でなければわからなかったことです。遠回りしていると思っていた道が本当は近道だったのかもしれません。君が「タコ小僧」でよかったよ。ありがとうと言いたいです。また機会があれば番外編で報告ができたらいいと思っています。長い間ありがとうございました。
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〔会報6月号 第27話〕 勇気と思いやり

2008年04月03日 | 会報・タコこぞうシリーズ
タコこぞうは高校は休まないで通い続けようと決めていました。
まだ生活リズムが整っていないため寝坊したりしますが、遅刻をしても通い続けました。

高校卒業の資格がなければ将来の方向が狭まることは重々承知しているのです。
今までの不登校というイメージを払拭したいために、元気で明るく(うるさい)キャラで行こうと決めたのでした。
ちょっとワルぶってみたり、おしゃれをしています。いまどきの「腰パン」とか「うに頭」にも挑戦していました。
影響力が強いのでいいことも悪いこともクラスに影響すると担任から指摘され、いいほうを伸ばしてみんなのリーダー役として活躍してほしいと言われるほどになりました。
「ほんとうはそんなキャラじゃないんだけどね・・・荷が重いじゃん」と言っていたがまんざらでもないようでした。

新聞配達をしている友達とは会う時間が少なくなってしまいましたが、会うたびに高校生活の様子や卒業の必要性を話していました。
次第に友達の中にタコこぞうと同じ生活をしてみたいという気持ちが芽生え、タコこぞうは学校の友達を家に呼び、そのときに彼も呼んで一緒に遊ぶようになりました。
なるべく学校に行く前に顔見知りを作っておくといいだろうとタコこぞうなりに考えたのでした。

冬になって、受験シーズン。友達はタコこぞうにサポート学校か公立の定時制高校のどちらかを受けてみたいと相談してきました。
タコこぞうは自分の学校の学校案内を渡し、中学の担任のところへ公立高校の案内をもらいに行ってあげました。
友達は自分が貯めたお金の範囲で行くために公立定時制高校にしようと決めたのだけど、そこでひとつ問題がありました。
中学校に調査書作成をお願いに「行けない」というのでした。

タコこぞうが「よし、俺が先生にお願いしてきてあげるから」といい、中学校へ行き担任に「○○君が高校を受験するから調査書を出してください」と言いに行きました。
ちょっとびっくりした様子の先生であったが、「本人に書いてほしい書類があるから、○○君に来るように言ってね。」そして「願書は志望校まで取りに行かなくてはならない」と言付けられました。

何度か中学校、高校と足を運ばなくてはいけないことになるのです。
タコこぞうはあっさりと「俺はここまでやったんだから、ココからはオマエが一人でやるんだよ」と伝え、彼の背中を押したのでした。
そう言いながらも、タコこぞうは「ちゃんとできたかなあ」と心配したり、新聞で受験倍率を確認して彼に報告をしていました。


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〔会報5月号 第26話後半〕卒業式当日

2008年04月03日 | はじめに
卒業式当日、「本当にうちに来てくれるのかな?」心配になって彼の家に電話をしました。まだ彼は渋っているようです。
2日前に担任から親へ「転校生用に準備してある学校置きの制服を貸すことができますから、卒業式に参加してください。」と連絡があったのだそうです。制服の問題は解決していました。
タコこぞうは待ちきれずに彼の家に迎えに行くことにしました。
迎えに行くと父親が出てきて、「ほんとうにありがとう」と言ってくれたのでした。

二人で登校して職員室へ行くとすでに友達の父親から「学校へ行きました」という連絡があったそうで、担任が制服を用意して待っていてくれました。
友達の担任が「○○君おはよう。タコ君本当にありがとう。先生はすごくうれしいよ」と言われました。
担任と友達は始めての対面でした。
私は「卒業式に来なくていいから。」と言われていたので、心配ながらも仕事をして時間を過ごしていました。
「今式が始まったころかな?」「今終わったころかな?」と時間ばかり気になってしまったいました。

タコこぞうからの今日一日の出来事を聞き「色々な人から『君のおかげだよありがとう。』と言われたことがとてもうれしかった。やっぱりあいつを卒業式に連れて行ってよかったよ。」と言いました。
私はとにかく感激でいっぱいでした。この数年間自分のこともままならなかったタコこぞうが人のために動こうと言う気持ちになり実践したことが信じられなかったのです。

タコこぞうになんて言ったか覚えていませんが、頭の中では「最後の最後に逆転劇だね。やったね。最高だよ。」と叫んでいました。
いままでのタコこぞうから自分の力で卒業したと実感した感動の卒業式でした。


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〔会報5月号 第26話 前半〕卒業式前日

2008年04月03日 | 会報・タコこぞうシリーズ
第18話に登場したタコこぞうとよく似たタイプの友達の話を覚えているでしょうか?
中学1年生の時英語の先生の一言に傷ついて学校へ行かなくなってしまった子です。

彼は両親と話し合って、新聞配達をすることになったそうです。
深夜3時に起きて朝刊を配り、仮眠を取って、午後の3時から夕刊の配達の準備に行く。
それを2年以上続けていました。
受験が終わったタコこぞうはその友達の夕刊配達を手伝うようになりました。
自転車で坂を登る途中で、かごに積んだ新聞が重くてかじが取れずに自転車が倒れて新聞を道にばら撒いてしまうことが度々あって、手伝っているのか邪魔しているのかわからないという感じだったみたいです。
その配達が終わったら二人でスナック菓子などを買っておしゃべりしながら過ごすのが唯一の楽しみになりました。
ある日タコこぞうが彼に言いました。「一緒に卒業式に出よう。」

彼はとても戸惑いました。そして一言「もう制服を捨ててしまったんだ・・・」
タコこぞうは「親に相談すればいいよ」「誰かに借りればいいよ」と言ったのですがだが効果がありませんでした。

タコ小僧は翌日担任に彼のことを相談しました。「制服があればいいんだ。そうしたら一緒に卒業式に出れるんだ。」

タコこぞうは私にこう言いました。「自分は人がいなければ何もできないことがわかったんだ。だから今度はボクがあいつのためにしてあげたいんだ。人は人じゃないと変われないんだ。」
そう言って、なんとか彼を卒業式に参加させたいという気持ちが強くなったのでした。

卒業式前日。制服もなく、人の目が怖くて卒業式に乗り気でない友達。タコこぞうはそんなことはお構いなしに彼を床屋に無理やり連れて行きました。
すっきりとした髪型に変身して、準備は万端です。
「制服なんかなくたっていいじゃないか。明日必ず行こうな。朝八時に俺のうちに来いよ。」
そういって二人は別れました。
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〔会報4月号 第25話〕それでも

2008年04月03日 | 会報・タコこぞうシリーズ
まだ自己推薦受験が終わったばかり。まだ学力試験受験のチャンスはありました。
しかし、すっかり気力が萎えてしまったタコこぞうは、勉強が手につかなくなってしまいました。

私はタコこぞうに「子供の気持ちを考えずに追い込むような事を言う先生がいる学校へ行って、その先生と衝突しないでやっていけるの?その学校へ行かなくて正解だったと思うよ。でもどうしても心理学を勉強したいと思うならもう一度受けることはできるんだよ。」
といいました。

幸いな事にタコこぞうは「高校に行きたい」という気持ちまでは失っていませんでした。
作文と面接なら絶対大丈夫なんだという自信も残っていました。
そこで生活や気持ちに多少むらがあっても通い続けることができる高校を探すことにしました。
そこで候補にあがったのは「サポート高校」でした。

高校は通信制であるが、3年間で卒業ができるように通学し、授業を行い提出課題をサポートしてくれる学校のことです。
周辺にはそのようなサポート校が増えてきています。タコこぞうも3校ほど見学や相談に行きました。「この年になって親と行くなんて恥ずかしいことできないよ。自分ひとりでいくからいいよ。」そう言って一人で学校を回りました。

このような学校は私学以上に学費が高いのです。あまり公な助成金がもらえないみたいです。
タコこぞうはサポート校の説明の時にそのことを相談していたようです。
ある学校の先生が「君が高校生になったらアルバイトなどをして少しずつでもいいから出してみればいいじゃないか。そうしたら、おうちの負担が減るだろう?」そうおっしゃったそうです。

タコこぞうは「この先生がいる学校なら。」と思いその学校を受験することにしました。
受験日はこちらの都合に合わせてくれるといわれ、タコこぞうは公立高校入試の日を指定しました。
「ほとんどの友達がこの日は試験で学校に来ないので、自分も同じ日に試験で休めば何も聞かれなくていい。」と言いました。

本心は自己推薦で落ちた高校を再度受けようかどうしようかという迷いを吹っ切るためだったのではないかと思います。
タコこぞうの中での戦いの結論だったと思います。
事前に「学校を希望した理由」という作文を提出し、指定の日に試験を受けに行きました。
試験は学院長との親子面接でした。
以前塾で練習したとおりの内容の事と作文の内容について聞かれてしっかり答えることができました。

その場で学院長から
「これで試験は終わりました。結果は合格です。君はこの学校の生徒ですよ。」
と合格を言い渡されました。
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〔会報3月号 第24話〕 大きな試練

2008年04月03日 | 会報・タコこぞうシリーズ
それからタコこぞうの体力はみるみる戻ってきて顔色も良くなってきました。
塾のサーファー先生も学力が受験できる状態まで追いつかないのでいかに効率よく進めていくかを計画してくれました。

「高校へ行きたい」
ますますその気持ちが強くなってきました。

「自己推薦」という方式があり、成績は参考程度で自己推薦書に書かれた自己アピールや作文、面接を重視すると謳っている学校を受験することにし、小論文と面接の対策を重点的に行うことにしました。

担任もテニス部騒動の一件でタコこぞうが傷ついてしまったことに心を痛めていたようで、このタコこぞうの転身にとても喜んで応援してくれました。
「できる限りの最善を尽くす」とまで言ってくれ、調査書にはなるべく不利が生じないように「長期欠席扱い書」という書類を用意し、その時期の成績を受験の時に参考にならないような配慮をしてくれました。

また、「受験をする学校はいわゆる新しい教育、生まれ変わった教育を掲げているので過去のことよりも、入学後の成長を見込める子供を優先にしてくれるから自信を持って受験をしなさい。」とアドバイスをしてくれました。

タコこぞうは自己アピールに自分の体験を書き志願理由を「心理学を学びたい」と書きました。
その学校が唯一心理学を学べる学校であったからでした。自分のつらかった経験を通してもっと心について追求したかったのではないだろうか。

作文は高校入試用の小論文参考書を元におおまかに5パターンあることがわかりました。しかし、1つの作文800字を書くのに構成から初めて作文を書き終わるまでに3時間かかってしまいました。塾のサーファー先生が毎日遅くまで作文の添削やアドバイスをしてくれました。受験前夜まで5パターンが書けるまで練習を続けました。

受験当日。作文は大成功でした。一番とくいな題材だったそうです。
「塾で練習した通りちゃんと書けて、更に5分余ったよ。」ということでまず難関は突破したのでした。

翌日の面接・・・これがひどかった。塾で練習した「志願の理由」「中学校の生活」「高校に入ってやりたいこと」などはまったく聞かれなかったのでした。
「心理学勉強して食べていけると思っているの?」「長期欠席して両親何か言わなかったの?」「何も言わないなんておかしいね」そのあとは頭が真っ白になってしまって、何を聞かれたか覚えていないほどだったそうです。

でもむかついたけど「はい。」「ええ。」「わかりません。」といいながら敬語で応対したこと。笑顔をし続けたこと(たぶん相当引きつっていただろう)。ちゃんと挨拶をして終えたと言っていました。
タコこぞうはものすごいショックで顔面蒼白のまま、中学校に報告へ行きました。

怒ったのは担任。すぐ中学校の校長に報告して高校受験の質問としておかしいのではないかと申し出てくれました。
中学校長もすぐ受験先の高校校長に問い合わせてくれて、後日謝罪の連絡があったという報告がありました。

やはり結果は不合格でした。
あとからわかったのだが受験者数が多かったので成績不足が大きな要因であったようです。結局傷つき損だったのか・・・

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〔会報2月号 第23話〕光

2007年07月23日 | 会報・タコこぞうシリーズ
漢方薬を飲み始めて数日経ち「なんか少し元気になったよ。あの薬は効くんだね。」とのこのこ起きだしてきました。
更に数日経つと「あんまり効かなくなってきたみたい。もう一度先生に相談してきて。」と言ってきました。

私が「先生にタコこぞうのことを詳しく話したら、もっといい薬を処方してくれるかもね。どこまで先生に話していいのかな」と尋ねてみると、
タコこぞうは「(内容は忘れてしまいましたが)あのことは話していいよ。でもあのこと(これもなんだったのかは忘れました)は話ししたらやだな。だって恥ずかしいじゃん」とか「先生にもっとしゃっきっとしそうな薬がないか聞いてみてよ」など相談してほしいことを要求するようになってきたのです。

先生にはタコこぞうの言葉をそのまま伝えて、タコこぞうの心理状態の変化や対応の仕方をアドバイスしてもらったり、薬の処方を変えてもらったりしながら、ベストな状態へ少しずつ改善をしていきました。

漢方薬の処方を換えるといっても、「病弱な小児の体力を増進させる。小児の疳の虫を抑える。いらいらした気分を落ち着かせる。心臓を強くする。」という効能を備えている漢方薬なので、成分はほとんど変わらないが包装が違うだけのように思えます。主に朝鮮人参が主成分であった気がします。

しかし、薬を換えてくれるということが、タコこぞうは自分の要求を先生が認めてくれたと感じたようでした。
いつの間にか先生には絶対の信頼を寄せていたのでした。

先生もタコこぞうの早い変化にわが子のように喜んでくれました。
先生がおっしゃいました。「一度も会ったことはないけれど、もうずーと前から知っているような気がするの。いつか会いたいわ。」

中学2年2月。病院に処方してもらってから2ヵ月後。

テニスを再開。更に4ヵ月後。

中学3年生の夏になっていました。

「夏休みにサーファー塾長の塾へ行って勉強して高校受ける。2学期は休まないで学校へ行くよ。」

うれしいことにこの頃には心療内科のカウンセリングの時間は10分程度、1ヶ月に1回程度になっていました。

タコこぞうが「もう薬は飲まなくていい」と言ったので診療は終了となりました。
タコこぞうの行動が復活したのでした。
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〔会報1月号 第22話〕長いトンネル

2007年07月07日 | 会報・タコこぞうシリーズ
ほんの4ヶ月のことがとても長い長い年月に感じました。

うとうと眠っているタコこぞうの顔色は青白くてうつろな顔です。
おそらくこのままだと衰弱死してしまうのではないだろうか・・・そんな不安がよぎってしまいます。
なんとかしないといけない。どうやって・・・布団の中に篭っているタコこぞうを見つめながら何日も悩みました。

5年経った今、当時の様子を話し、なんであの時ずっと布団の中にいたのか尋ねました。
この時の記憶はほとんどないのだそうです。
すごく長いトンネルの中にいたようだったそうです。

ただひとつだけ覚えているのはすごく怖かったこと。
周りに知らない誰かがいるようで怖くて布団から顔が出せず布団をかぶっていたのだというのです。
私が留守の時は「『怖いよ。早く帰って来て。』とずっと泣いていたこともあった。」と教えてくれました。

「今思うとあれは鬱(うつ)っていうのかもね。」と自分のことを診断していいました。

衝撃だったのは私のほう。
そんな心理状態になっていたとは思いも寄りませんでした。

話は当時に戻ります。
私の職場の近くに「内科・心療内科」があり、そこを尋ねることにしたのでした。

タコこぞうは一歩も外に出れないので、診察する本人がいない診察(代理診察というだろうか?)をしてもらえるかが不安でした。
カウンセリングを担当してくれた先生は40歳半ばのやわらかい口調の女の先生で、本人がいなくても快く診察を引き受けてくれました。

約1時間、野球部のことから始まり今までの状況を夢中で伝えました。
藁を掴むような気持ちとはこのようなことを言うのでしょう。

先生は気力を戻す方法を試みようとおっしゃっいました。
少しずつ話す機会を持ってタコこぞうの気持ちを開かせること。
緊張感を解き体のだるさを軽減するような漢方薬を処方する。
と指導してくれました。

タコ小僧に
「心療内科の先生がいて、『タコこぞうがご飯も食べないし、飲み物も飲まないし、歩かなくて、死んでしまうのではないか心配です』って相談したんだよ。すごく心配してくれて、元気になる漢方薬をくれたんだけど飲んでみない?成分にね、○○っていうのが入っているんだ。これって体力がでて食欲もでてくるんだよ。効くといいね。これは元気になりそうじゃん。あとお腹が痛くならないように胃薬もくれたよ。」

タコこぞうは素直に漢方薬を飲みました。
「まずくないよ」ちょっと緊張感が緩んだような表情をしました。

もしかしたら、タコこぞうのほうがもっと「これじゃいけない。なんとかしないとボク死んでしまうかも。」って思っていたのかもしれないと感じたのでした。

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〔会報12月号 第21話〕 繭

2007年07月02日 | 会報・タコこぞうシリーズ
タコこぞうの状態はどんどんひどくなっていきました。

毎朝同じ時間に起こしては、暴れだすのでした。
「なんで起こすんだ」「行かないんだ」といいながら、家のものをひっくり返したり、扉を蹴って穴を開けてしまったり、チューブの中身を撒き散らし塗りたくり床中べとべとにしてしまいました。

そして、しばらく暴れたあとにぐったりと疲れて布団に潜り込んでしまいます。

私の頭の中は真っ白になってしまいました。
血が上るってこういうことをいうのかもしれない。本当に頭が真っ白になってぼーっとしてきました。

このままだと私自身が何をするか分からない状態。
まだ多少理性が残っていたからよかった。

このとき理性が無くなってしまったら間違いなくタコこぞうを恐ろしい目に遭わしていたのではないかと思います。
そんな自分が怖くなりました。私は家から飛び出してしばらく頭を冷やすことにしたのでした。

不思議なもので海が見たくなってしまいました。
一人でいても時間がなかなか過ぎなくて辛いので母に電話をしました。
母もやはり親です。
いつもと違う私の様子に一緒に御飯を食べようかと待ち合わせをしてくれました。
母に話すつもりはなかったのだが、ついついほっとして色々と今までのいきさつを話し、母はただじっと聞いてくれました。

それだけで辛かった気持ちがすーと溶けていくのがわかりました。
またがんばってみるかという気もちが沸いてくるのでした。
その時に話ができることのありがたさ。親のありがたさ。人は人がいないとだめなんだ。そんなことをいまさらながら実感したのでした。

そしてまたタコこぞうと向き合おうという力が沸いてくるのでした。

タコこぞうは相変わらず布団に潜り込んでいる。水以外口にしていない日が続く。歩くのはトイレにいく時の数歩だけ。

タコこぞうの姿をみて「繭」のようだと思いました。
じっと孵化するのを待っているさなぎのようでした。
これはいつか孵化して蝶になるんだと私自身にも言い聞かせていました。

そしてある日・・・診療内科を訪ね何かいい方法がないか相談をしてみることにしたのでした。
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