映画批評&アニメ

◆ シネマ独断寸評 ◆

基本は脚本(お話)を重視しています。
お勧めできるか否かの気持を総合評価で示しています。

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映画寸評「密偵」

2017年12月14日 11時52分09秒 | 映画寸評

「密偵」(2016年・韓国)
監督 キム・ジウン

武装独立闘争のスパイアクション
(以下、ネタばらし有り)

日本統治下の1920年頃に韓国で実在した武装独立闘争組織「義烈団」を描いたスパイアクション。義烈団のメンバー3人が骨董の仏像を売りに行った屋敷で、大人数の警官隊に包囲され、逃亡を試みて逮捕されるまでの冒頭が、屋根の上を走る警官たちを俯瞰するシーンを効果的に使ったスピーディな展開でまず惹き込む。

義烈団の団長、チョン・チェサン(イ・ビョンホン)の逮捕を焦る日本警察の東部長(鶴見辰吾)の指令で、部下の韓国人警官イ・ジョンチュル(ソン・ガンホ)は義烈団リーダーのキム・ウジン(コン・ユ)に接近する。二人が親しくなるが、義烈団はもともとチョンを協力者にしようと目論んでいたのであり、イ・ジョンチュルは言わば二重スパイの立場となる。職務への忠誠と祖国への思いに板挟みになった警官の葛藤をソン・ガンホが好演しており、彼の心が結局どちら側に付いたことになるのかは終盤まではっきりとはしない。

舞台は韓国の地方都市から上海、そして上海から京城(現ソウル)へ向かう列車、京城とテンポよく移り、特に閉じられた空間である列車内の攻防がサスペンスフルで大いに楽しめる。裏切者を突きとめる手法もなかなか良く出来ている。義烈団が爆弾を運ぶ目的の列車は何とか京城まで着くが、結局、京城駅で見破られて一味は捕まり、その場は逃げおおせたキムも隠れていた山小屋で逮捕される。それぞれの場面で山場と言えるようなアクションが繰り広げられ、意外な理由も付加されて上出来の展開である。義烈団はキムたちが逮捕されてそれで終わるのかと思ったが、そこからもう一段、総督府爆破という結末に向けてイ・ジョンチュルが動き、その成功というところまでを描いているので一種のハッピーエンドである。実際はやがて義烈団も消滅し、日本による統治は日本の敗戦まで続くことになるのではあるが。

イが裁判で述べた言葉の真相も最後で明らかにされ、虐げられた民族の気持ちを鼓舞する形でのカタルシスが得られるものとなっている。韓国で大ヒットしたとのことであるが、日韓対立等を抜きに楽しめる作品である。コン・ユや鶴見辰吾も好演しているが、イの同僚で職務に忠実で偏執的な雰囲気を見せるハシモト役のオム・テグが印象的であった。

総合評価 ⑤  [ 評価基準(⑥まれにみる大傑作)⑤傑作 ④かなり面白い ③十分観られる ②観ても良いがあまり面白くはない ①金返せ (0 論外。物投げろ)]

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映画寸評「ダンケルク」

2017年09月27日 13時25分34秒 | 映画寸評

「ダンケルク」(2017年・米国)
監督 クリストファー・ノーラン

臨場感は素晴らしいが説明不足の難
(以下、ネタばらしあり)

第2次大戦初期の1940年、ドイツ軍によりフランス北部の海岸ダンケルクに追い詰められた英仏連合軍の、イギリスへの救出作戦を描いたもの。冒頭よりトミーやアレックスという若い兵士たちの視点で、追い詰められ浜辺で救助を待つ兵士の状況が描かれる。大人数が整列する浜辺を爆撃するドイツ機に対し、彼らは伏せることしかできない。ようやくやって来た駆逐艦に乗り込んだ第一陣は空とUボートによる爆撃で沈められてしまい、桟橋も破壊される。トミーたちが隠れて聞いた指揮官たちの会話によると、40万人の兵士に対し救出作戦は4万5千人を目的としているとのことでもある。絶望的な状況に思える状況が映像と音響で巧みに描かれ臨場感たっぷりで、兵士たちの恐怖が確実に伝わってくる。当欄でも言われているように、IMAXで観なかったのが少々悔やまれるシーンだ。この部分が本作品のクライマックスと言っても良いのではないか。

映画はこの浜辺の1週間と、救出作戦の一員として出航した民間の小舟の1日間、援護のために飛び立ったイギリス戦闘機の1時間が交互に描かれる。つまり、最後に戦闘機が燃料切れで不時着した時間からさかのぼっての1週間、1日間、1時間ということになる。それが判ると、なるほどと思えるが、事前に紹介記事をよく読んでいなかったので、冒頭の字幕だけでは理解できず戸惑った。あの字幕だけでこの変則的な構成が理解できる人は少ないのではないか。上述したような起点となる日時等、何らかの表記が不可欠と思われる。

戦闘機の空中戦もなかなか良く出来ていたが、沈没船から民間船に救助された兵士のパニック症状をめぐる出来事や、浜辺に座礁した船にもぐり込んだ兵士たちのエゴイズムと恐怖を描いた、個々のエピソードはあまり良い出来とは言えない。最も気になった点は、序盤の絶望的な状況から終盤のスムーズな救出場面への唐突とも思える転換である。確かに想定以上ともいえる民間の小舟900隻の到着や、イギリス戦闘機の個別的勝利が描かれており、その意味は大きいのだが、それでドイツ軍の攻撃が終了したかのような描かれ方だ。特にUボートはどうなったのだ。結果的に33万人が救出されたとのことだが、実際はイギリス軍、フランス軍それぞれが別の地点で救出作戦成功のために犠牲的防衛戦を遂行しており、イギリス空軍もかなりの犠牲を出しており、ドイツ軍内の戦況判断の問題等も絡んでいたとのことである。もうちょっと大局的な戦況説明が欲しいところである。

大局的な戦況云々よりも、戦場の迫力、大画面の臨場感が評価されるべき映画ではあるのだが、戦況の位置づけがないままに、落ち込んで帰還した兵士たちを迎える最後のイギリス国内の万歳状況を描いたため、そのシーンがとってつけたように浮いて見えるのであろう。

総合評価 ③  [ 評価基準:(⑥まれにみる大傑作)⑤傑作 ④かなり面白い ③十分観られる ②観ても良いがあまり面白くはない ①金返せ (0 論外。物投げろ)]

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映画寸評「ジョン・ウィック:チャプター2」

2017年08月01日 11時06分08秒 | 映画寸評

「ジョン・ウィック:チャプター2」(2017年・米国)
監督 チャド・スタエルスキ

敵の弾はジョンには当たらない

前作は見ていないが、今回もストーリーはともかくとしてアクションがすごい、という紹介記事につられて観たところがっかりである。冒頭のカーチェイスの果てに車が止まり、ジョンが車から出てきたところを敵が襲ってくるのだが、当然銃撃してくるものと思うと何故か全員素手で向かってきて格闘技となる。ジョンが次々と倒すが最後に巨漢が出てきてやられそうになると、突然拳銃を出して射殺するのである。DVD鑑賞ならここでやめるところであろう。

その後も中心は延々と続く銃撃戦なのだが、ジョンの強いわけは敵が撃った弾は当たらない、ということに尽きる。建物内を動き回りながら撃ち合う時に、ジョンが先に敵を見つけた場合や同時に気づいた場合はともかく、敵が先にジョンに気づいて撃った弾は当たらずジョンが反撃して倒す、というシーンが何度もあり、白けてしまった。射撃の腕が良いとか、早撃ちとか、物陰に隠れて撃つのが上手とかではなく、単に運が良すぎるだけとしか思えないシーンだ。そうであるから、敵が何十人もいる催物会場に何の工夫もなく正面から乗り込んで行くこともできるのであろう。また、敵方の中には、ただ撃たれるためにのみ登場したかのように見える者もいたりする。この基本のリアリティが無視されている以上、所どころそれなりに良く出来ている細部の凝った設定も楽しむことはできない。

ストーリーに期待はしていなくても、最初は裏社会のルールを真剣に理解しようとしていたが、それも屁理屈を並べたようなものに思えだした。1対多数の闘いは、チャンバラや格闘技ならともかく、正面切っての銃撃戦では成立しにくいのであるが、それ故に何らかの工夫が必要なのであり、それによって映画の出来不出来が決まる。本作はその点で全く失格であり、ただ次々と多数を殺し続けるというだけで、殺した人数の多さでスケールアップしたと勘違いしているのではないだろうか。

総合評価 ②  [ 評価基準: (⑥まれにみる大傑作)⑤傑作 ④かなり面白い ③十分観られる ②観ても良いがあまり面白くはない ①金返せ (0 論外。物投げろ)]

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映画寸評「ハクソー・リッジ」

2017年07月26日 05時55分26秒 | 映画寸評

「ハクソー・リッジ」(2016年・米・豪)
監督 メル・ギブソン

戦争の矛盾を体現する主人公

人を殺さず銃も持たないという宗教的信念を持って、1945年5月の沖縄戦に衛生兵として派遣された米兵の話。デズモンド・ドス(アンドリュー・ガーフィールド)は当時のアメリカではある程度認められていた良心的兵役拒否の道を選ばず、宗教的信念のもとでも国に貢献したいと衛生兵としての参戦を希望して入隊する。

軍隊での訓練の中で、周囲から臆病者・厄介者と見られてリンチに会ったりもするが、本人も自分の位置づけを理解しているため、それらに反発することなく人一倍熱心に訓練をこなす。リンチの犯人を上官に問い詰められても明かさず、ひたむきに進む姿勢に、同期兵たちも次第に一目置くようになる過程がうまく描かれ、前半も飽きさせることは無い。沖縄のハクソー・リッジ(のこぎり崖)に着いてからは一転して至近距離での銃撃戦が始まり、頭を撃ち貫かれ、手足が引きちぎれ、はらわたがはみ出し、火だるまになる凄惨な場面が続くが、それらを徹底的に描写することで戦争のひとつの真実を伝えているのは確かである。このシーンの凄惨さが過去の多数の戦争映画を上回るのは大方の認めるところであろうし、監督の狙いは成功している。

ドスは一人でも多くの人命を助けたいと、殺し合いのさ中で手当てして回る。しかし手当てする余裕を得るためには、攻撃してくる敵兵を防がなくてはならず、味方が敵兵を銃撃し続けることよってドスの行為が成り立っているのである。負傷兵を引きずって逃げる最中に、引っ張られる負傷兵が追ってくる敵兵を一人また一人と殺し続けないとたちまちドス共々殺されてしまうのである。ドスが自ら手を下さないとしても、「殺すなかれ」というドスの信念は、「救うために殺す」という事実とはっきりと矛盾しているのである。これは戦争という絶対悪のもとでは避けられないことであろうし、大きく言えば「正義のための戦争」などという言葉の自己矛盾と同列のものであろう。とは言え、ドスの立場としてどのような選択肢があるのかと言えば、絶対的な正解は無く、良心的兵役拒否よりも銃を持たない参戦を選んだドスとしては、その是非を問うことは無くても、それを貫き通す困難に打ち勝ったのであり、やはり立派であると言えよう。

難点は、当欄でもすでに指摘されているように、なぜ日本兵は縄梯子を切り落とそうとしなかったのかということである。崖上を制圧した状態で、なぜドスがいる崖際まで追撃してこなかったのだろう。またもうひとつは、崖から次々と負傷兵が降ろされて来るのを見た米兵が、見ているだけで誰一人応援に行こうとしなかったのかということである。ドスが75人の命を救ったという実話を基としての映画なのだが、実際のそのあたりはどうなっていたのだろうか。また細かいことでは、ドスがベジタリアンであると中盤以降に唐突に明かされるのだが、それまでの軍隊での食生活はどうしていたのだろうか。しかしながら、これらの穴にもかかわらず、全編を通しての緊迫感と迫真性は十分に優れており、監督としてのメル・ギブソンの手腕を評価したい傑作である。

日本兵の描き方に特に問題は感じないが、終盤とエンドロールを見るとアメリカにおける一種のハッピーエンドと描かれているような感じがする。それでも、前述の戦闘の凄惨な描写の徹底に於いて、監督の意図か否かに関わらず、一つの反戦映画となっているのは確かである。

総合評価 ⑤  [ 評価基準: (⑥まれにみる大傑作)⑤傑作 ④かなり面白い ③十分観られる ②観ても良いがあまり面白くはない ①金返せ (0 論外。物投げろ)]

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映画寸評「コンビニ・ウォーズ ~バイトJK vs ミニナチ軍団~」

2017年07月19日 07時38分34秒 | 映画寸評

「コンビニ・ウォーズ~バイトJK vs ミニナチ軍団~」(2016年・米国)
監督 ケビン・スミス 

身内で遊んでいるだけの大駄作

ジョニー・デップの娘と監督の娘が女子高校生役で主演したコメディ。二人のバイト先のコンビニの地下で眠っていたミニナチ軍団が目覚めて現われ、二人がそれらと戦うという話だが、見るべきところは全くない。いろいろな映画であらゆる角度からテーマに取り上げられているナチスという素材に便乗し、今風の女子高生・コンビニバイト・ヨガを組み合わせてみただけのもの。

最も馬鹿馬鹿しいことは、ミニナチ軍団と戦うと言いながら、それらは二人がモップで叩き潰すだけでやられてしまう弱いクローンでしかないことであろう。気がつかないうちに男の肛門から体内に入り込んで移動し口から出てきて殺す、という登場の仕方をしたミニナチの脅威はどこにもない。二人はヨガの技などと口走るが、ただ手足を振り回しているだけのアクションである。何のひねりも無く、単にSF・ホラー・アクション・ドタバタなどの思い付きを並べて遊んでいるだけの映画である。親ばかB級映画などとも紹介されたりしているが、B級映画とは、金をかけていず傑作とは言えなくてもそれなりに楽しめるところのある映画を言うもので、こんな単なる親バカのお遊びをまともに取り上げる批評家に腹が立つ。映画館では、冬眠から覚めた元ナチス派幹部の男がとってつけたように行う映画俳優の物まねシーンで笑っている人もいたが、そのほかはほとんど笑いは起きなかった。

エンドロールでは、楽屋うちのひそひそ話が流れ、仲間内でクスクス笑う声が入るのだが、当然面白くも何ともなく煩わしいだけで、この映画の性格を端的に表している。今まで観た映画の中で最悪のエンドロールである。

総合評価 ①  [ 評価基準: (⑥まれにみる大傑作)⑤傑作 ④かなり面白い ③十分観られる ②観ても良いがあまり面白くはない ①金返せ (0 論外。物投げろ)]

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映画寸評「家族はつらいよ2」

2017年06月12日 09時50分06秒 | 映画寸評

「家族はつらいよ2」(2017・日本)
監督 山田洋次

笑いは大きくないが社会性で深み

家族内の他愛ないドタバタを手慣れた手法で描いた喜劇で、爆笑するような面白さはないが、高齢者問題という社会性を取り込んだところにそれなりの深みが感じられる作品である。

引退して自由に暮らしている平田周造(橋爪功)・富子(吉行和子)夫妻と3人の子供たち及びその配偶者とが、家族内の問題でやり取りする中で、交わされる会話の端々に現われる本音とのズレをすくい取って笑わせる。今回、富子は序盤で北欧旅行に出かけてしまい、厄介ごとの元となるのは頑固おやじの周造であり、周造対他の家族というパターンは、「男はつらいよ」の寅さん対家族、の焼き直しである。橋爪功が好演してはいるが、寅さんと比べると灰汁が弱いのは当然で、監督の職人芸的な技で笑わせはするが、新味のない古典的なやり取りとも言え、笑いは小さい。その分、つまずいて転んだり等の無理なドタバタを多用しすぎており、特に、周造が家に泊めた高校時代の同級生・丸太(小林稔待)が急死しているのを翌朝見つけて、看護士をしている義理の娘・憲子(蒼井優)以外の全員が怖がる様は余りにオーバーだ。殊にうなぎ屋の出前など極端すぎて白けてしまう感じだ。

家族はつらいよ、と言いながら、全員が安定した生活で仲良くやっており、経済的にもそれなりに恵まれた中流家族の小さな波紋を描いているだけで物足りなさを感じるのだが、それでも確かに前作より良いと言えるのは、高齢者問題という現代の社会性を取り入れているためであろう。周造の自動車運転に絡む高齢者の運転免許問題や、特に事業に失敗して妻子とも別れ、73歳の現在でも工事現場の警備員で働いている丸太に表される、孤独で貧乏な高齢者問題と死体の引き取り手もいない孤独死という問題だが、憲子の祖母が認知症であることもさらりと写して見せる。それらについて、周造が嘆いてみせるがそれ以上声高な主張をするのではなく、掘り下げもないが、喜劇の背景としてさりげなく問題提起をしているバランスが良い、のであろう。さらに周造のそれなりに立派な戸建て住宅や息子・庄田(妻夫木聡)のマンション、憲子の母親と祖母が住むアパート、丸太のアパートなどを写すことで、それぞれの経済力の格差を自然に描いているところも印象的である。

役者はそれぞれ好演しているが、前作に続いて真面目でおとなしい末っ子を演じた妻夫木の抑えた演技が良いと感じられた。

総合評価 ④  [ 評価基準: (⑥まれにみる大傑作)⑤傑作 ④かなり面白い ③十分観られる ②観ても良いがあまり面白くはない ①金返せ (0 論外。物投げろ)]

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映画寸評「太陽の下で ー真実の北朝鮮ー」

2017年02月03日 09時31分13秒 | 映画寸評

太陽の下で-真実の北朝鮮-」(2015年 チェコ・ロシア・独・ラトビア・北朝鮮)
 監督 ヴィタリー・マンスキー

明らかな「やらせ」の裏を撮ったとて
(以下、ネタばらし有り)

ロシアの監督が北朝鮮の庶民家庭の生活をドキュメンタリーで撮ろうとし、実際には全て北朝鮮側の監督の演出に基づくものを撮らされるので、隠し撮りをしてそれを映画にしたものだそうだ。北朝鮮の隠された真実が描かれているという宣伝につられて観たのが大失敗。

確かに、隠し撮りしたフィルムはその実態を暴いており、食事時のたわいない会話にもセリフが指示され、「アクション」という掛け声でシーンが始まるのには笑ってしまうが、そのようなシーンが続くのかと思うとそうではなく、8割がたは基になる映画を見せられるのである。主人公の幼い少女がエリートのための「少年団」に入り、その授業風景や、金日成の誕生日である「太陽節」に向けてのダンスの練習が描かれる。さらに青年たちの同儀式に向けての行進練習などを延々と見せられる。その中で物事のいちいちに「われらが敬愛する金日成大元帥様」のおかげという注釈がつけられ、街中に飾られた金父子の写真や銅像に皆が順番にお辞儀をしていくシーンが繰り返され、退屈そのものでうんざりさせられる。隠し撮りのシーンとしては、上記の食事場面の他は、工場の一つの班の成果発表の場面、少年団の一人が足を負傷したことにして皆が病院へ見舞いに行く場面、ラストで主人公の少女が思わず涙をこぼす場面、くらいのものである。

監督が2年間かけて粘り強く撮影許可の交渉をしたそうだが、そもそも監督はそれによって北朝鮮の真実が撮れると思っていたのだろうか。一般の一家族といってもそれは北朝鮮の指定した家族になるのが目に見えているではないか。不特定多数の家族を撮るのならまだしもだが。いかにもドキュメンタリー映画に見えるものが実は「やらせ」であり、その裏を撮ったフィルムなら見る価値があるが、どう考えても「やらせ」でしかないものの裏をいっしょに見せられても特に面白くはないはずだ。ついでながら、「やらせ」であるのは冒頭の食事シーンでセリフに関係なく、とても食べきれない量の豪華な食卓を見ただけで誰にでもわかるであろう。

総合評価 ①  [ 評価基準: (⑥まれにみる大傑作)⑤傑作 ④かなり面白い ③十分観られる ②観ても良いがあまり面白くはない ①金返せ (0 論外。物投げろ)]

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映画寸評「ヒトラーの忘れもの」

2017年01月24日 18時17分32秒 | 映画寸評

「ヒトラーの忘れもの」(2015年 デンマーク・独)
監督 マーチン・サンフリート

強いられた地雷処理の緊迫感

1945年5月、終戦後のデンマークで捕虜のドイツ兵を使って行われた地雷除去の史実を扱った映画。150万個の地雷が海岸線に埋められており、2600人のドイツ兵によって140万個が処理されたのだが半数が死亡または重傷を負ったとのこと。そしてドイツ兵の大半は15~18歳の少年兵であり、映画でもラスムスン軍曹(ローランド・ムーラー)が指揮する11人の少年兵を描く。

ナチスに対する憎しみに燃えるラスムスンが、それを少年兵たちにぶつけることで、少年兵の過酷な状況が際立つ。ろくな食料も与えられず過酷な労働を強いられる戦争捕虜の話は各国であったろうが、一つ間違えば即、爆死という作業の毎日であるということが、異様な緊張感を生ずる。全員がそれらの作業を強制されて行うということが、爆発物処理班を描いた「ハートロッカー」とは異なる、より緊迫した感覚を伝えてくる。さらに美しくのどかな浜辺の風景との対比でそれが一層強められる。少年兵たちは、「処理が終わったら国に帰す」という軍曹の約束のみに希望を託して、過酷な状況を受け入れるしかすべはないが、一人また一人と死者が出る。

占領軍だったナチスドイツへの憎しみが捕虜個人個人への憎しみとして継続し、どこまでも赦しに繋がらないのかどうかということが一つのテーマとなっている。この場合の捕虜がナチス幹部たちであったなら成り立たないテーマかもしれない。しかし、捕虜が全て少年兵であればかなり違ってきて、毎日の生活を共にするラスムスンの気持ちも揺れ動く。「自分たちが埋めた地雷を自分で除去させるのは当然だ」という正当な理屈だが、実際に彼ら少年兵たちが埋めたという訳でもない。映画では、少年兵たちの戦歴には触れていないし、ナチスの残虐非道は自明のこととして描かれていないので、つい少年兵たちに同情しがちであるが、被占領国の兵隊であったラスムスンたちの憎しみもよく理解できる(酔っぱらって捕虜をいじめて回るデンマーク兵たちのシーンはちょっと類型的にやりすぎとも思えるが)。当然ながら簡単に結論の出る話ではなく、ラスムスンも自分なりの折り合いをつけて行動することになる。

非人道的兵器としての地雷処理を巡って、理詰めに走ることも情緒に流されることもなく、戦争の不条理と残酷さを改めて描いた傑作である。

総合評価 ⑤  [ 評価基準: (⑥まれにみる大傑作) ⑤傑作 ④かなり面白い ③十分観られる ②観ても良いがあまり面白くはない ①金返せ (0 論外。物投げろ)]

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映画寸評「ドント・ブリーズ」

2016年12月27日 17時40分30秒 | 映画寸評

「ドント・ブリーズ」(2016年 米国)
監督 フェデ・アルバレス

設定以外に新味は無い

荒廃したデトロイトの町に住みコソ泥を繰り返していた若者3人が、盲目の老人宅に忍び込み、思わぬ反撃に出会って恐怖を味わうという話。自堕落な親と別れて町を出るための資金が必要な女性、ロッキー(ジェーン・レビ)は、ボーイフレンド2人と老人宅に忍び込んだが、この老人はイラク戦争で盲目になった退役軍人で頑健な体と研ぎ澄まされた聴力を持っており、逆襲されて窮地に陥る。照明を消されてしまい、暗闇の中で勝手の判らない屋内を逃げ惑うことになる。オードリー・ヘップバーンの「暗くなるまで待って」と逆の設定が優れており、興味を呼ぶ。

しかし、そのドキドキハラハラ感は始めのうちだけで、後は単純な攻撃と防御と反撃の繰り返しで、取り立てての新味はない。もうちょっと暗闇における両者の立場を反映した駆け引きが描かれる展開を期待したのだが。コソ泥から強盗になったロッキーたちより、被害者たる障碍者の老人に肩入れしたくなり、ロッキーの恐怖に感情移入することができない。いくらロッキーの事情があり、また老人が隠された犯罪を犯しているとしてもだ。闘いも、明らかに殺されたと思えるように描かれた者が、実は死んでいなくて反撃に移るなど、不自然さが見られる。一番かわいそうなのは、ロッキーたちのとばっちりを受けるもう一人の登場人物であろう。したがってラストの描き方にも大きな抵抗がある。

結局、本作も設定の面白さだけが目を引く映画となっている。

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LINEスタンプ「好きを伝えたいタヌキ君 ♥ 密かな恋心」

2016年11月26日 08時07分43秒 | LINEスタンプ

「わんぱくタヌキ」の第4弾です。 タイトルは≪好きを伝えたいタヌキ君 ♥ 密かな恋心≫です。 恋をしたタヌキ君が、自分の気持を気付いてほしく、密かに、また大胆に発信します。

下記のURLをクリックして下さい。

 http://line.me/S/sticker/1351758

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映画寸評 「64-ロクヨン - 前編・後編」

2016年11月07日 11時00分16秒 | 映画寸評

「64-ロクヨン- 前編・後編」(2016年 日本)
監督 瀬々敬久

オーバーな表現が目に付く
(以下、ネタばらし有り)

横山秀夫の「最高傑作」と宣伝されたミステリーの映画化。本作は未読ながら横山秀夫の諸作品はかなり評価しているので、期待して前編・後編を通して名画座で観たが、ちょっと期待外れであった。

一週間しかなかった昭和64年に起きて迷宮入りとなった小学生少女誘拐殺人事件から、14年後へと舞台が移る。警察庁長官の視察でこの事件の被害者・雨宮(永瀬正敏)宅訪問が予定され、事件当時の担当刑事で広報官に移動した三上(佐藤浩市)がその折衝に当たる。そこに新たな誘拐事件が起こり、そのつながりで前の事件の真相も明らかになる、という話。その中で広報室と記者クラブの緊張した関係が繰り返し描かれるのだが、前半はひき逃げ事件の加害者の匿名発表問題、後半は新たな誘拐事件についての報道協定問題がテーマである。

昭和64年の事件は事件発生から身代金受け渡し・逮捕失敗・死体発見の経過をじっくりと描き、現在では上司から難問を丸投げされた三上の苦境や、雨宮の事件当時からの憔悴した状態をからめて描いてなかなか見ごたえがある。しかし、対記者クラブ問題はどう見てもお粗末すぎる。ひき逃げ加害者が妊婦であるという理由だけで実名を伏せたり、誘拐事件では余りに無内容な警察発表等、ちょっとあり得ない話で、不信感を抱いた記者たちを納得させられないのは当たり前である。新たな誘拐事件の捜査を優先させるのはわかるが、そのためにも報道協定は必要であり、通常、刑事部長か捜査一課長が担当する記者会見をほったらかしで捜査二課長にやらせる意味が不明である。また、仮にも捜査二課長ともあろう者の記者会見が、資料の棒読みのみで、何の下調べもしていないなどということはあり得ない話であろう。無理に固執する匿名発表問題同様、記者クラブと警察の対立をオーバーに表現するためとしか思えない。

また、様々な警察小説で言われている、タテ社会としての警察組織のいやらしさはよく描かれているものの、警務部長や刑事部長などが、あれほど自己保身のみを最優先しているというのは、やはり大げさすぎるのではないか。またその上でも、難題を広報官一人に丸投げして知らん顔、というのもちょっとおかしい。広報官が失敗して破綻すれば、その責任は自ら問われるはずなのに。さらに、新たな誘拐事件は64年の犯人を追い込むためのものだが、二人の娘の不在を続けて利用して誘拐に見せるというのは、ちょっと都合よすぎる話であろう。

妻子を失った雨宮の孤独と、犯人を突き止め追い詰めるための執念、また、不条理な状況に追い込まれた三上の苦悩や、その中で真摯に職務を担当しようという誠実さはうまく表されている。永瀬正敏と佐藤浩市が好演し、広報室員の綾瀬剛や榮倉奈々もなかなか良い。新聞記者の瑛太はちょっと浮いているが、いやらしいキヤリア本部長役の椎名桔平や、実働部隊を指揮する捜査一課長役の三浦友和も好演である。これらの関係を丁寧に描いていることで観られる作品となってはいる。

それにしても、テレビドラマじゃあるまいし、ミステリーを前編・後編とは観客をなめた話である。約4時間の「愛のむきだし」などの例もあるのに、始めから1本にまとめるつもりがないようである。そのため、前編のひとつの山にしようと、匿名報道問題を無理に膨らませた感じで失敗している。この辺りを整理すれば3時間くらいには絞れると思うのだが。興行的にどうしても2本にしたいというのなら、せめて前編・後編とも同時公開にすべきであろう。

総合評価 ③ [ 評価基準: (⑥まれにみる大傑作)⑤傑作 ④かなり面白い ③十分観られる ②観ても良いがあまり面白くはない ①金返せ (0 論外。物投げろ)]

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映画寸評「ハドソン川の奇跡」

2016年10月19日 09時56分33秒 | 映画寸評

「ハドソン川の奇跡」(2016年 米国)
監督 クリント・イーストウッド

ハッピーな事件の再現が主眼か
(以下、ネタばらし有り)

2009年1月にニューヨーク・ラガーディア空港から離陸直後にエンジン停止となり、ハドソン川に不時着して155人全員が生還し「ハドソン川の奇跡」と称えられた実話の裏の話を描いた映画。

鳥がぶつかるという不慮の事故から生還したベテラン機長・サリー(トム・ハンクス)は、世間からはヒーロー扱いされるが、国家運輸安全委員会から「川に墜落させるよりラガーディア空港に引き返すべきだったのではないか」として査問を受けることになる。その経過が描かれるのだが、素人の常識的感想だと、国家運輸安全委員会の言い分は単なる安っぽい言いがかりにしか聞こえない。現にその後のニューヨーク市民の反応もサリーを称える声が圧倒的なようである。このような話がドラマになるのかと思えるが、イーストウッド監督のさすがの作劇で、結構見ごたえのあるものになっている。

映画は、不時着に至るまでの機内の様子や、機長の日常や家族、機長と副機長(アーロン・エーカット)のやりとり、調査委員会の査問の内容などを交互に淡々と描いてラストの公聴会につなげていく。公聴会において、コンピューターを使ったシミュレーションでは調査委員会の言うように空港に着陸できることが証明されるのだが、サリーは方法を決断するための時間が必要だと主張し、それをくつがえす。ボイスレコーダーに残されたやりとりも再現され、結局あっさりとサリーの正当性が認められる。瞬時の不慮の出来事に対し、判断する時間が必要なのは自明の理であり、調査委員会はそのようなことも判っていなかったのか、また、公聴会の時までボイスレコーダーも聴いていなかったのかと、あきれるようなお粗末さである。したがって、法廷ものにある原告・被告のサスペンスフルな応酬など期待すべくもなく、最初に感じたように、単なるいちゃもんの話として終わりである。

ニューヨークに於いて飛行機の墜落というと、どうしても「9.11」のテロが思い出され、市民はいまだにそのトラウマから完全に自由ではないように思える。ハドソン川の不時着は、その対極にあるもので、ハリーの言うように、乗員・乗客、管制官、救助に向かった船舶・救助隊、その他それぞれの家族や市民の力が合わさった結果だと、皆の連帯感を称えてハッピーな気持ちになれるものであろう。イーストウッド監督は、調査委員会の話にことよせてその事件を再現してみせることで、その時の気分を思い起こさせ、改めて連帯感の意味を訴えているのであろうか。

総合評価 ④  [ 評価基準: (⑥まれにみる大傑作)⑤傑作 ④かなり面白い ③十分観られる ②観ても良いがあまり面白くはない ①金返せ (0 論外。物投げろ)]

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映画寸評「ティエリー・トグルドーの憂鬱」

2016年09月23日 07時18分50秒 | 映画寸評

ティエリー・トグルドーの憂鬱」(2015年 仏)
監督 ステファヌ・ブリゼ

閉塞感は伝わるが掘り下げはない
(以下、ネタばらし有り)

中年のティエリー・トグルドーがリストラでエンジニアの職を失い、職業訓練を受けて1年半後にスーパーの監視員として雇われて働くまでの日常を淡々と描いた映画。フランスでも格差社会が進んでおり、一度失業すると再就職は大変で、望むような職にはつけない。

トグルドーも、職業訓練や模擬面接など不愉快なことを通り抜けて、やっと就いた仕事だが、万引きを監視するだけでなく、従業員の不正をも見つけて取り締まらなければならない。万引きを見付けても、初犯だと身分証明書を見せて金を払えばそれで済ませるシステムになっているようだが、変に開き直るチンピラや、その金さえ持たない高齢者などが相手である。また従業員が、クーポン券をごまかして集めたり、カードを持たない客のポイントを自分につけたりなどの、不正行為の現場を見つけ、その結果彼女らが辞めさせられる成り行きに立ち会わなければならない。会社としても、従業員に対して特に厳しい要求をしているようではなく、チンケだがれっきとした犯罪となる行為があれば辞めさせるのも当然だと思われる。確かに憂鬱になってしまう仕事である。

特にトグルドーを憂鬱にさせるだろうと思われるのは、捕まったものたちが皆、ちまちまとしょうもない言い訳を繰り返して助けてもらおうとする、みじめな姿を見ることであろう。彼らをそうさせてしまう現状と、そんな仕事でも生活のために続けざるを得ないトグルドーを通して、確かに社会の閉塞感というものは良く伝わってくる。しかしそれ以上問題が掘り下げられるわけでもなく、それ以外は妻と障碍者の息子と暮らすトグルドーの日常が描かれるだけで、解雇された従業員が店内で自殺するということ以外、特別な出来事もない。 不条理と感じられる現実にどう対処するのか、というトグルドーの価値基準が問われるのだが、結局、最後に仕事を放り出して辞めてしまうしかない。フランスでは大ヒットしたのことで、社会派作品の傑作のように紹介されているが、憂鬱な気分は十分に感じられるものの、それ以上に面白いとは思えなかった。むしろ退屈と感じられる場面も多々ある。例えば模擬面接で、参加者同士が批評しあう場面は、無理にトグルドーの欠点を並べようとするかのようなシーンが長々と続きちょっとうんざりした。

総合評価 ③ [ 評価基準: (⑥まれにみる大傑作)⑤傑作 ④かなり面白い ③十分観られる ②観ても良いがあまり面白くはない ①金返せ (0 論外。物投げろ)]

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映画寸評「ロスト・バケーション」

2016年08月01日 08時13分05秒 | 映画寸評

「ロスト・バケーション」(2016年 米国)
監督 ジャウマ・コレット=セラ

秀逸な状況設定だが難点あり

女子医大生のナンシー(ブレイク・ライブリー)が、メキシコの地元民しか知らない美しいビーチで一人サーフィンを楽しんでいる時、サメと遭遇し、岸から200メートルの岩礁に取り残されてしまう。サメはナンシーを襲おうと周回し続け、しかもナンシーの居る岩礁は満潮になると水没するもので、満潮までの時間が表示される。と、いった形で状況設定が序盤ですべて提示され、さあどうする、というタイムリミット付きのシンプルなサスペンス・スリラーである。

サメ物の傑作「ジョーズ」が、サメを追っていく過程でサメが徐々に全貌を表す不気味さを描いているのに対し、こちらはシンプルな設定で最初から主人公の恐怖心を描き、観客に感情移入させる、というところがミソである。主人公が男たちでなく、ビキニの女性というのも効いている。絶体絶命の中で、ナンシーは生き延びるための知恵を絞る。医学生の知識を活かして自らの傷へも対応し、サメの周回状況や周囲の事物への観察を続ける。また、ビーチにやってきた人間がサメに襲われるのを見る羽目にもなり、助けを呼ぶ声も届かない。この過程で観客のハラハラ感は途切れない。

ラストの成り行きは、一か八かの賭けにしても、余りに偶然の僥倖に頼り過ぎ、という感じでありもう一工夫できなかったかと、やや悔やまれる。それよりも一番の難点は、満潮までの時間である。満潮は1日2回あるので、夕刻から始まった話ならば夜中に一度満潮になっているはずである。なぜ、こんな簡単で重要な事実を無視できるのか。ついでに細かく言えば、撮影の都合があったのか、満潮までの潮の満ち方もかなり不自然である。ずっとあまり変わらなくて、満潮時間が近づいて一気に満ちてきた感じだ。せっかくの秀逸な状況設定で、よくできたサスペンスなのに、残念である。やはり「ジョーズ」の完成度の高さを再確認させられる。

総合評価 ③  [ 評価基準:(⑥まれにみる大傑作)⑤傑作 ④かなり面白い ③十分観られる ②観ても良いがあまり面白くはない ①金返せ (0 論外。物投げろ)]

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映画寸評「追撃者」

2016年07月25日 07時31分58秒 | 映画寸評

「追撃者」(2014年 米国)
監督 ジャン=バティスト・レオネッティ

シンプルなサスペンスアクションの佳作

アメリカ南西部の砂漠でトレッキングガイドをしているベン(ジェレミー・アーヴアィン)が大富豪マデック(マイケル・ダグラス)を狩猟のために案内することになる。2人はマデックの車で出かけ狩りを始めるが、マデックが獲物と間違えて砂漠に住む老人を射殺してしまう。この老人はベンの親しい知人であり、ベンは早速、町へ知らせに行こうとするが、マデックは事故を隠蔽するためにベンを買収しようとし、それに失敗すると、銃で脅して裸で砂漠に追い出し衰弱死させようとすることから、砂漠を舞台にした闘いが始まる。

ベンは砂漠の知識を活かして何とか生き延びようとし、ベンの衰弱死を確認しようと望遠鏡で見張るマデックとの駆け引きが続くことになるのだが、マデックが自らが疑われないように、ベンを射殺しないで殺そうとする姿勢をできるだけ継続していくところがミソである。逃げるベンと追うマデックの緊張感が高まっていく。ベンは、殺された変わり者の老人があちこちに隠していた小物や抜け道を利用しつつ、しぶとく生き延び、次第にマデックに焦りが出てくる。全編かなりの部分が2人の駆け引きと砂漠の描写であり、シンプルな構成の中でサスペンスは途切れない。マデックは有能な実業家で金で何でも解決できると思っている厭な男だが、ベンも許可証なしの狩猟には金で目をつむるなど、単純な対比でないやりとりや、ベンが恋人を失うかもしれないという落ち込んだ気持であるという事情も背景のリアル感を増している。やたら大規模な仕掛けのアクションでなくとも、十分に観客を惹きつけハラハラ楽しませることができる、ということを実証したような佳作である。

ただ、もう一つ盛り上げようとしたのか、ラストの出来事は、それまでの流れから考えて余りに不自然であり無理矢理感が強い。

総合評価 ④  [ 評価基準:(⑥まれにみる大傑作)⑤傑作 ④かなり面白い ③十分観られる ②観ても良いがあまり面白くはない ①金返せ (0 論外。物投げろ)]

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