アンダンテのだんだんと日記

ごたごたした生活の中から、ひとつずつ「いいこと」を探して、だんだんと優雅な生活を目指す日記

凸凹の凹をとことんがんばるとどうなる

2017年08月04日 | ピアノ
「金スマ」野田あすかさん特集は、私もよしぞうも見たのだが、録画で別々に見ている。後日、「えっ!?」と思ったシーンについて話したら見事に一致していて、それは、お父さんが「自立ですよね」と言ったときだ。

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これは、あすかさんが「塩と砂糖」のお使いに行ってあまりの疲れにソファーに倒れ込んだあと、最近少しずつできることが増えてきてうれしいという両親の思いを語ったところに出てきたセリフ。

「自立できるようになったら、こんなに嬉しいことはないです」
「障害を持つ子の親御さんの願いはみんなそこだと思うんですよね」

うん、障害があろうがなかろうが、親は子より先に死ぬということを見越して、みんなとっとと自立してくれやぁ、とそりゃ思ってる。当たり前だ。けど、このお父さんの考える「自立」というのと、私が考える「自立」というのは、ちょっと違うようだという違和感。

(なんか、ここより、またろうブログで書いたほうがよさそうな内容になってきたけど、勢いでこのまま行かせてもらいます)

元々、あすかさんくらいの顕著な発達障害の特徴がありながら、22歳の診断が青天の霹靂というのはいったいそれまでどうやって暮らしていたんだ、とそれが衝撃でもあるわけだが、両親ともそんなことは夢にも思わず、むしろふつうよりずいぶん厳しく育てていたようだ。

「ジャーンとピアノの和音を聞かせて、それらが何の音か当てる練習を毎朝のようにやっていました。
「これは何の音?」
母親に言われて、あすかが何の和音かを答えます。
「そうじゃない!」
間違いだと言われて、半べそをかきながら、あすかが別の和音を答えます。
「違うでしょ! わかるまで、これ、聴いときなさい!」
こうやって、毎日、妻に叱られて、あすかはよく泣きながらピアノに向かっていました。」(「発達障害のピアニストからの手紙」より、父の記述)


「私は必死だったのです。当時はあすかを健常者だと思っていましたし、少しでもほかの子どもと比べてできないことがあれば、負けたくない一心で口うるさくあすかを指導していました。(中略)そのときは人の目を気にして、まわりに何とかおいつかないと大変だと、私はそればかりを考えていたのです。」(「発達障害のピアニストからの手紙」より、母の記述)


あすかさんは、草むしりをさせればチャイムが鳴っても帰ってこないし、教室以外の場所で合えばクラスメイトであることもわからず(人の顔がわからない)、人と話すとき相手の目を見ない、通学経路のようないつもの道でも覚えられずしょっちゅう逆へ行ってしまうような子だったのに、そこ(ピアノの進度)がそんなに気になりますか??

最終的に、ピアノは得意なことに発展したのではあるけど、ふつうの子が簡単にできることも極端にできない部分があり(特に譜読み)、それをとにかくどなりつけてやらせることでなんとかかんとか追いつかせようっていうのは、親も子もたいへんなことだっただろう。

…気持ちはわからなくもない。
私だって、昔は…ほんとずいぶん昔だけど(笑) なんとかしてまたろうをカタにはめようと思ったものだ。
どなりつけたら「ふつうに」やれるというならそうしたかもしれない。ま、どうもならなくってあきらめたんだけど(-_-;;

あすかさんは、ともかく親子のがんばりで、学校の成績も良いままなんとか過ごせちゃったんだよね。

高一のとき、激しいいじめから自傷や不登校が始まったけど、転校で乗り越えてまた勉強をがんばり、
第一志望の大学に合格して、進学。
しかし過呼吸発作がひどくなってきて、解離性障害が強く出るに至って、入院。

退院し、田中先生との出会いがあって一時落ち着き、ウィーンへ短期留学。
そして発作、入院、異国の地でようやく発達障害の診断にたどり着く。

ほんとに、ようやく。長かった…

あすかさん本人は「わかってほっとしました」という受け止め方で、「治療費が1/10になるから障害者手帳を取りたい」というのだけど、
両親のとらえ方はまたまったく別。まずは「つまり治らないんだ」と絶望的になり、

「でも、障害者手帳を取るのは、そう簡単なことではありません。いったん障害者手帳を取れば、世間にあすかの障害を知らせることになります。将来のお見合いや結婚にも影響が出るでしょう。はたして、あすかに障害者手帳を持たせていいのかどうか、親として二の足を踏むのは当然でした。」(「発達障害のピアニストからの手紙」より、父の記述)

いやいやいや、隠して結婚とか無理だし、第一、そんなことよりあすかさんのことがよくわかったうえで好きになってくれる人といっしょじゃなきゃ幸せに暮らせないでしょうが!!

あすかさんとまたろうでは生まれた年がだいぶ違うので、最初のころ、発達障害という概念が広まってなかったのはしょうがない。けど少なくとも自閉症だったら知られていたはずだし、どこもかしこも体当たりみたいな対応しかないのはなぜ。

ということで、私から見るとあすかさんのご両親の対応は納得いかないところが多いんだけれども、でもそうやって厳しく迫って凸凹の凹をがんばらせるような路線を究極に推し進めた先に、そしてつらいつらい解離性障害(発達障害からの二次障害と思われる)にも悩んだ末に、もうそういう何もかもをあすかさん自身の個性として取り込んだうえでの、多くの人の感動を呼ぶ演奏「こころのおと」。

いや無理。こういう子育て無理。

もちろん結局、この両親も娘の障害を認めて(障害者のコンクールに出るとき逡巡があり、結局許した)今のコンサート活動に至るんだけど、まぁでも「自立」の考え方とか、我が家の在り方(ゆるゆる)とはだいぶ違うみたい。これから先もまだひと山ふた山ありそうだけど、あすかさんの幸せで充実した生活がありますように…


(…今、またろうの年金手帳が見つからなくて、探させているんだけど、「そういうなくなると面倒なもので、ふだんいらないものはこっちで預かっとくか?」なんてことをつい言ってしまって…いや、自立は~)

(注: またろうとあすかさんは発達障害といっても住む星系がだいぶ違うので比べてもあまり何もわからない。親が自立を願い葛藤するところは同じだけども)


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6 コメント

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土地柄 (スミコ)
2017-08-04 18:33:35
私もあすかさんが22歳でようやく、しかも海外で発達障害の診断がついたという点に驚きましたが、土地柄も関係してるんじゃないかと思います。宮崎は九州の中でも陸の孤島的なところなので、そういう環境では周りの目が余計に気になって、なかなか良い専門医にたどり着けなかったのかも。そもそもその時代のそのエリアに発達障害を理解している専門医があまりいなかったのかも。いずれにせよ、長い道のりの末、あんな素晴らしいピアニストになられて、、本当に感動的なお話でした。ご紹介ありがとうございました。
> スミコさんへ (アンダンテ)
2017-08-07 07:04:13
なるほど土地柄…診断が遅かったこともさることながら、受け止め方(障害者手帳なんて取って世間に知られたら!! みたいな)がびっくりでしたがそのあたり感覚が異なるのかもしれません。
確かに、結果すばらしいピアニストになったことは感動的ではあるのですがなかなかしんどいことです。もっと、あるがままで生きやすい環境ができたらいいのにね。
Unknown (名無しでごめんなさい)
2017-08-20 10:07:25
アンダンテさんは花風社の本は読んだことがありますか?
花風社の本は発達障害者を発達させる方法を模索し続けています。
本人の自立、凸凹の凹をどうするか、社会に合わせてもらうのか、合わせられるようになるべきなのか、そこで問題となる二次障害は本当は何なのか、など、一般的な支援が無理として手放しちゃったことを深く考え続けています。
私は花風社の回し者ではありませんし、そのTV番組も見ていないのですが、親の願いに親自身が素直になっていいのはいいものです。(ちょっとイミフかな)
葛藤が減ってシンプルになれます。
> 名無しさんへ (アンダンテ)
2017-08-20 19:13:06
あぁ…はい、ニキリンコさんの書くものが好きなので何冊か読んでいます。

うちの内外で会う人たちの中にはADHD系の人はけっこういるけど自閉系の人は少ないので、読んで「おぉなるほど」といろんな発見があります。

> 親の願いに親自身が素直になっていいのはいいものです。(ちょっとイミフかな)
なんとなくわかるような
Unknown (名無しでごめんなさい)
2017-08-22 12:52:30
アンダンテさんのブログは中学受験時代を主に読んでいて、そのイメージがどんなことにも手を尽くす、という感じだったので、
今回コメントでしたけど「ありのまま」とあったので、ちょっと違和感があったのです。

子供の凹を埋めようとするのは子供に厳しすぎますが、だからと言って、ありのままを受け入れるのはアンダンテさんらしくないように感じたのです。

アンダンテさんのご本を読まずにコメントしていてすみません。きっとさまざまな手を尽くされているのだと思っています。

でも最近の花風社の本は、凹みを埋めようと子供の状態を度外視してしまうことと、ありのままを受け入れてくれる社会を求めること、どちらかを選ばなくてはならないことでもない、という方向になってます。
というより、治して今のごく普通の社会に溶け込めるようにしようという方向です。

アンダンテさんが取り入れてみられたら、どんな変化が起きるかなーと思い思い切ってコメントしてみました。

中枢神経の発達を促す、という発想は受け入れ難そうでしょうか?
> 名無しさんへ (アンダンテ)
2017-08-23 20:59:47
あーなるほど…
いやー、もちろん本人なり親なりが、凹を埋めるとか、凸を伸ばすとか、凹が凹のままでなんとかやれる工夫をするとかを考えるのは当然のことですよね。可能な範囲で。暮らしやすさと幸せのために。

それは定型発達の人であっても同じことですが…

しかしどうやっても凸凹が平らになるわけじゃありませんし、そもそも凸凹をある程度どうにかする方向に努力できる状況かどうかも人さまざまですし、

まぁ結局凸凹ですよ。

んで、
> もっと、あるがままで生きやすい環境ができたらいいのにね。
環境が優しくというか、多様性を受け入れるようになる方向もかなわなくてはなかなか居心地よい社会になりません。

> 中枢神経の発達を促す、という発想は受け入れ難そうでしょうか?
さて?? そのへんの本は読んでなさそうです。

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