弛まぬ空

酷く内面的な日記

性別の無い世界

2017-06-18 00:24:54 | 思考
元からのシャイネスはともかく、発症したのは男子校のせいだ。
これは確信を持って言える。

だが、そもそも、亡き父より母親の方になついていたし、上には姉がいた。
祖母のことも好きだったし、叔母二人にも面倒をみてもらっていた。
引っ越す前の社宅でもおままごとをよくやっていたし、引っ越す前の小学校でも女子と普通に話せていたし、恋もした(恋と呼べるかはともかく。

中高男子校なのは上記の通り。
浪人中も併せると8年は同年齢の女性と話したことはなかった。
(同じ中高男子校でも、大学入学後に何ら支障のない人もいる)

大学一年の部活のフルートパートでは女性4人、二年生時には3人の中で男一人だった。
社会人団体でも、年上の女性4人にパートで男一人だった・・・

こういう経歴なので、明らかに関係的に向こうが上だったり年上な女性の前だとそんなに緊張しない。
だが、同年齢や年下となると本当に困る・・・

(余談だが、容姿的にもおばちゃんの方がウケがいい・・)

それでも大学生時代に積み上げた経験で何とかなっていたのが、多分、振出しくらいにはもどっている。

それはさておき、
時の経過による傷を癒すには始原まで遡らなければいけない(byエリアーデ
という命題の元、自分の苦しみの起源を、「性の分化」まで遡って考えたことがあって、何故雌雄に分かれたのか、そういう内容の本も読んだ。
(性が始まった途端に、寿命という概念-テロメアの減少が始まった、とかそんな本もあったような)

そういう模索の中で、そもそも性別というものを憎んでいる著者の作品があったことを思い出した。
多分、
生殖行為に快楽が伴う(※少なくとも人類には)ことが元凶で、それならば全身を性感帯にしてしまえばいい。そうしたら、性別も紛争も無く、触れ合うことで皆友人になれると。
子孫は単為生殖だったか忘れたが、半分SFチックな話でも、気持ち悪い。
何だろう、性別という概念を憎んでいても、こういうのには得体の知れない気味悪さを感じる。

その気味悪さは分析して然るべきだが、またの話にしよう。
何故か思い出したので、記録代わりに。

前半のはあまり本筋と関係ない気もするが、女性というか女性性への不信と憧憬で揺らぐ部分がまだあるのだろう。
不信から絶望へ移行させたいとこだが、そう簡単には行ってくれなさそうだ。

※LGBTでもないし、MTFでもない。
男性性を信頼している訳でもない。
ユングを嫌うどころか憎んですらいるが、おそらく自分にも女性性は内在している。
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