弛まぬ空

酷く個人的かつ内面的な日記

その果てに2

2017-06-22 22:11:41 | 思考
科学的に実証されたものもそうでないものも、自分の中での信念体系をまとめてみたいと思う。

1「私」の死は避けられない。
2死後(の世界)は存在しない。
3私の死後、人類は存在するとは限らない。(※認識論の問題。それを存在するとすることが独我論的にはナンセンスだ。
4仮に「地球自体」という存在があるとして、地球はいずれ太陽の膨張で飲み込まれる。

以下、

5(3,4故に)人類がこの宇宙で存続することはできない。
6(3,4,5故に)私が残すいかなるものも分子や原子レベルまで分解される。
7以上で、私の全ても人類の全ても無意味かつ無価値だ。

これらを解決するのには、SFチックなものが登場しなくてはならない。

1に対し、
コンピュータに私をダウンロードすることで、私というものが保たれる。
(実際に技術が追いつけば可能だと提唱している学者もいるらしいが、それは「私」ではない)
4に対し、
人類の別惑星への移住、他の宇宙へのワープなどのSF的素材は幾らでもあるが、真面目に信じる気にはならない。
(或いは、宇宙を「創りだす」か。)

私たちの宇宙が、実験室で作られた宇宙であることを否定できない。
と、高校の時に読んだ宇宙物理学の専門書に書いてあった気もするし、メンインブラックのラストのように私たちの宇宙が単一の宇宙ではない可能性はある。
あるというか、反証できないだけだが、ともかく宇宙は~次元まであるとか言われても人間の理性ではそれを把握できない。
把握できないものは実践に使えないかというとそうでもないが、ともかく、空想の範囲でしかないし、生きている間にそういうSF的な代物が出来るとも思えない。

どちらにしろ、科学の発展に携わることには意味があるのだろう。
今はそれしかできない。

この無価値の信念体系に、
・生きていても苦が楽を勝るなら、積極的に自死すべきだ。
が加わると、入院前までの思考パターンになるので、あまりこの闇を見つめすぎない方がいいだろう。
(明日、続きを書こう・・・


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