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▲ 街道をゆく:近江散歩( 金阿弥)12

2017年08月09日 | 人生哲学(生命)

 

                           

          温泉へ入浴

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 彦根山は、当時、内湖に面していた。

 内湖と本湖のあいだに大きな淵がああり、四筋の川が州を三つに分けていた。

 一ツ川、二ツ川、三ツ川、四ツ川とよばれていたが、絵図ではその四ツ川が本湖に流れこむあたりに、

  この川ロハ至ツテ能(よく)ク魚ツキシ所也。
 
  と、注記されている。

 注記は金阿弥が入れたのか、のちに絵図を写した者が入れたのか、どちらでもいいが、その後、井伊家になって城下町造成のために川道をすこし変えたために魚が来なくなった、という意味のことが注記されていることじたい、私どもは先人の感覚に敬意を表さねばならない。

 私どもの先祖は大した土木をやった民族でなかった。

 しかし彦根山の切りくずしと城下町を造成した程度で、川口の州における魚の生態が変わったということに留意するという、いわば知的にものをおそれる感覚をもっていたことに驚かされるのである。

 金阿弥は、井伊直政が家康によって近江に(ほう)ぜられてからだと思われるが、阿弥号をすて、花居清心という苗字と名を名乗るようになった。

 同時に、三百石という石取りになっている。

 三百石といえば、井伊家の身代からみれば、高級官僚の資格をもつといっていい。

 しかも、かれはなが年仕えた直政が死んでから、「古絵図」の注記によると、禄を返上して、村にひきこもってしまっている。

 御暇申上げ、在所へ引籠もり罷在り。

 直孝公御代にも度々御目見得に参上云々。

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