阿南神召キリスト教会 礼拝メッセージ

徳島県の阿南神召キリスト教会の礼拝メッセージです

ペンテコステの日に

2017-06-10 14:09:33 | Weblog

2017.6.4.ペンテコステの日に

聖書 使徒の働き2:1~13

題  ペンテコステの日に

 

暗唱聖句 使徒の働き 1:8

「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」

 

はじめに

先週は徳島聖会でした。新潟キリスト教会の土屋潔先生が「御霊による励ましと宣教の前進」、「一つになって」というタイトルで、励ましのメッセージをしてくださいました。聖会Ⅰは「神と一つになる。」、聖会Ⅱは「隣人と一つになる。」、聖会Ⅲは「教会と一つになる。」というメッセージでした。その中で、確認しなければならないことが4つありました。①聖書は66巻、すべてが神の言葉である。②復活の主イエスは今も生きている。③現代は使徒の働き29章であり、今も聖霊の働きは続いている。④信者の数は今も増え続けている。

日本の教会だけを見ると、信者の増加が多くないように見えますが、世界規模で見ると、リバイバルがあちこちで起こっているのです。信徒は増え続けています。イスラム教の世界でも、クリスチャンが増え続けているのです。私たちは聖霊に満たされることによって、霊の閉塞感を打ち破り、宣教を推し進めていきましょう。神と交わり、一つになり、近隣の人たちと交わり、愛の業を行い、教会と一つになって祈り進んで行く時、主のみ業が起こるのです。できることからはじめましょう。

今日はペンテコステの日です。ペンテコステはギリシャ語から来たもので、過ぎ越しの祭りから50日目に起こった「聖霊降臨の日」のことを言います。日本語では「五旬節」と言います。ヘブル語では「シャブオット(七週の祭り)」と言います。

 

1.ご旬節の日になって

「ご旬節の日になって、みなが一つ所に集まって祈っていた。」とあります。この五旬節の日はお祭りでした。イスラエルでは「シャブオット」と言って、過ぎ越しの祭りから7週間目の50日を数えるお祭りの日です。何のお祭りかと言いますと、エジプトから脱出したイスラエルの人々が、50日目にシナイ半島に到着し、そこで、十戒(律法)を授かりました。そのことを記念するお祭りです。またこの日は小麦の収穫をお祝いする収穫祭でもあります。キブツ(生活共同体)などでは大麦、小麦の束を積み上げて、そこで歌ったり、踊ったりしてお祝いします。この日にはなぜかチーズなど、乳製品のものを食べます。祝日ですから、いろんなところに出かけて遊ぶ人もたくさんいますが、まじめなユダヤ人たちはシナゴーグ(ユダヤ人の会堂)で聖書の学びをします。この日は収穫期にまつわる物語として、「ルツ記」を読みます。ルツ記はボアズの畑で大麦、小麦の穂を拾って働くルツの様子が描かれており、ハッピーエンドで終わる短い物語です。4章ですからぜひ読んでください。

 

2.イエス様の命令

 復活された主イエス様天に帰られる前に、弟子たちにエルサレムで祈るように命令されました。

(使徒1:4~5)「彼らといっしょにいるとき、イエスは彼らにこう命じられた。『エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。

 1:5 ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。』」

父の約束については十字架にかかられる前に、よく説明し、教えておかれました。主イエスは話されました。「私は去っていく。しかし、わたしの代わりに助け主を送る。その助け主は真理の御霊であり、力を与えてくださるお方です。また、慰め主です。」と説明されました。聖霊は助け主であり、真理の御霊であり、力を与えてくださるお方です。また、苦しい状況にある兄弟姉妹たちに対して、慰めてくださる、慰め主です。イエス様の代わりに来てくださるお方です。弟子たちは何が起こるのか、わかりませんでした。イエス様が言っておられることも謎のように思えました。しかし、イエス様の命令ですから、弟子たちは2階座敷に集まって祈りはじめました。その数は120名でした。きっと、ひしめき合って、熱心に祈ったことでしょう。祈ることだけが彼らにできることでした。過ぎ越しの祭りから40日が過ぎていました。弟子たちの心にはもうすぐ「七週の祭り、五旬節、ペンテコステ」であることがわかっていました。「後10日で、先祖たちが十戒をもらった記念すべき日が来る、何か起こるかもしれない」という期待感がありました。力を受ける、どんな力だろうかと考えながら、祈り続けました。弟子たちは胸をワクワクさせながら、祈ったと思います。期待して、聖霊充満を求めましょう。

(使徒の働き1:8)「「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」

 

3.聖霊降臨

(使徒2:1~4)

「五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。

 2:2 すると突然、天から、激しい風が吹いて来るような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。 2:3 また、炎のような分かれた舌が現れて、ひとりひとりの上にとどまった。

 2:4 すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。」

弟子たちは熱心に祈っていました。なりふり構わず祈ったと思います。なぜなら、イエス様が「祈りなさい」と命令されたからです。すると、この五旬節の日に聖霊が圧倒的な力を持って、風のように吹いてきたのです。しかも、天から風が吹き下りてきたのです。静かにではありません。激しい風が吹いてくるような音がしたのです。教会にいると、風が良く吹き付けてきます。風の音は目に見えないのに、大きな音です。夜眠ることができません。それほど大きな音になるのですから、大変です。「突然、天から、激しい風が吹いてくるような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。」というのです。想像してください。びっくりするでしょう。地震と間違えたかもしれません。それだけではないのです。見えるものがあったのです。聖霊の御臨在が、目に見える形を取ったのです。それは、炎のような舌が現われて、一人一人の上にとどまりました。他の人を見ると、舌のかたちをしたものが、頭の上に見えたのです。すると、すぐさま、聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、知らない国の言葉を話しだしたのです。それは自分で聞いたことのない言葉でした。天の神が授けてくださった言葉でした。自分では理解できません。他の人も理解できません。しかし、中にはその言葉を聞いて、理解できる人もありました。それは外国から来た人々の中にいました。

 

(使徒2:5~8、11)

「さて、エルサレムには、敬虔なユダヤ人たちが、天下のあらゆる国から来て住んでいたが、

 2:6 この物音が起こると、大ぜいの人々が集まって来た。彼らは、それぞれ自分の国のことばで弟子たちが話すのを聞いて、驚きあきれてしまった。

 2:7 彼らは驚き怪しんで言った。「どうでしょう。いま話しているこの人たちは、みなガリラヤの人ではありませんか。

 2:8 それなのに、私たちめいめいの国の国語で話すのを聞くとは、いったいどうしたことでしょう。・・・・・11節・ユダヤ人もいれば改宗者もいる。またクレテ人とアラビヤ人なのに、あの人たちが、私たちのいろいろな国ことばで神の大きなみわざを語るのを聞こうとは。」

弟子たちはガリラヤ湖地方の出身でした。その人たちが外国語を話しだしたのです。

 

「何を話しているか」と言いますと、「神の大きなみ業を話していたのです。」人のうわさ話ではありません。神のみわざについて話していたのです。聖霊に満たされると、神さまの事について話したくなるのです。

私たちもこの聖霊の力を受けたいと思いませんか。使徒の働きの神のみ業は今も続いています。同じことが起こるのです。同じことが起こることを「聖霊のバプテスマを受ける、または、聖霊に満たされる」と言います。今日はしっかり祈って、聖霊に満たされたいと思います。

 

4.どうしたら、この聖霊の力を受けることができるか。

イエス様は「あなた方は、もうすぐ、聖霊のバプテスマを受ける。」と言われました。そして「祈っていなさい。」と言われました。また、「聖霊が下られる時、大きな力を受ける」と約束されました。その力は「主の証人になる力でした。」このことを期待しましょう。私たちは、聖霊のバプテスマを受けたしるしとして、異言を語る、それは現代も使徒の働きと同じことが起こると信じています。ですから、まず、三位一体の神ご自身(父なる神、イエス・キリスト、聖霊)と一つになることを求めましょう。その結果、聖霊に満たされ、他国の言葉をかたるようにしてくださいます。これは神の恵みです。

 

まず、イエス様の十字架を想像して、十字架の力を仰ぐことです。十字架の血潮で被っていただきましょう。「主よ、十字架の血潮で私を被ってください。」と祈りましょう。十字架の血潮の覆いがかけられているところでは、サタンは働けません。罪が思い出されたら、悔い改めましょう。「イエス様、この罪を赦して下さい。」と告白して、十字架の血潮で罪を洗いきよめていただきます。

心を主に明け渡して、しっかり祈りましょう。黙っていたらいけません。声をだしていのりましょう。声を出して、主をほめたたえましょう。主をほめたたえる祈りを主は喜ばれます。そうすると、舌が誰かに管理されているかのように一人でかってに動きます。そして気がつくと自分の知らない言葉を話しているのに気が付きます。この知らない他国のことばは「異言」と言われます。天国からの言葉です。天から降りてきた言葉です。聖霊に満たされたしるしとして与えられます。途中で止めないで、祈り続けましょう。心に喜びが与えられると思います。この喜びは異言で祈るたびに与えられ続けるのです。また異言で祈り始めると、長時間、疲れないで祈ることができます。祈りが楽しくなり、聖書の理解も早くなります。

一度与えられた人も、再び満たされるように祈りましょう。毎日祈って聖霊の満たしを受けましょう。信仰生活を続けるためになくてならないのが聖霊に満たされることです。そして、聖書を読むこと、霊の糧を食べることです。み言葉を暗唱しましょう。それはあなたの霊的な力になります。さあ、祈りましょう。異言を語れる人は異言で祈りましょう。今日、異言を語れなくても、イエス様を信じた時から、聖霊はあなたの心の中におられます。ですから心配しないで、祈り続けましょう。神様の時が来たら、簡単に聖霊のバプテスマを受けます。一にも二にも、祈りです。心を主に明け渡して祈りましょう。

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