阿南神召キリスト教会 礼拝メッセージ

徳島県の阿南神召キリスト教会の礼拝メッセージです

ペテロを回復させるイエス、その2

2017-05-20 15:19:06 | Weblog

2017.5.14.ペテロを回復させるイエス、その2

聖書 ヨハネ21:15~25

題  ペテロを回復させるイエス、その2

暗唱聖句

Ⅱペテロ1:5~7

「こういうわけですから、あなたがたは、あらゆる努力をして、信仰には徳を、徳には知識を、1:6 知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、1:7 敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。」

 

はじめに

 ガリラヤ湖に帰ったペテロたちは、漁師に帰るべきかどうか迷ったあげく、漁に出ることにしました。しかし、残念ながら、その夜は1匹も取れませんでした。がっかりしたペテロたちに、岸の方で「舟の右側に網をおろしなさい。」と教えてくれる人がいました。その言葉に従って、舟の右側に網をおろすと、たくさんの魚がとれました。その声の主はイエス様だったのです。ペテロは、イエス様だとわかって、上着を着て、湖に飛び込み、岸に向かって、急いで泳ぎました。他の弟子たちは、小舟をひいて岸までやってきました。ペテロは魚の入った網を舟に引き上げました。数えてみると153匹の大きな魚でした。岸では、イエス様が炭火を起こして、朝食を用意しておられました。パンと魚の朝食でした。魚は炭火の上でおいしそうに焼けていました。今とれた魚も、炭火の上に加えられました。ペテロたちはイエス様から朝食の招待を受けて、驚きながらも嬉しく、自分たちは赦され、愛され、受け入れられていることを確信しました。なぜなら、この弟子たちはイエス様が十字架に架けられた時、イエス様を見捨てて逃げ去った人たちです。でも、この朝食は主人にあたる人からの招待なので、特別な食事でした。和解の食事だったのです。イエス様が弟子たちを愛して、準備してくださった食事でした。ですから、誰も「あなたはどなたですか。」と尋ねる人はいませんでした。イエス様だとわかっていたからです。

 

1.ペテロを回復させるイエス様(15~17節)

「21:15彼らが食事を済ませたとき、イエスはシモン・ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを(A)愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを(B)愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの小羊を飼いなさい。」

 21:16 イエスは再び彼に言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを(A)愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを(B)愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を牧しなさい。

 21:17 イエスは三度ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを(B)愛しますか。」ペテロは、イエスが三度「あなたはわたしを(B)愛しますか」と言われたので、心を痛めてイエスに言った。「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは、私があなたを(B)愛することを知っておいでになります。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を飼いなさい。」

 

イエス様は食事が終わると、ペテロに話しかけられました。お叱りの言葉ではありませんでした。優しく、「あなたはわたしを愛しますか。」と尋ねられたのです。最初は他の弟子たち以上に愛するかと尋ねられましたが、次の2回目からは、比較しておられません。ペテロは「私があなたを愛することはあなたがご存知です。」と答え、「イエス様を愛している」と告白しています。イエス様が3回、「愛していますか」と尋ね、ペテロが3回、「愛しています。」と答えました。このコミニュケーションの中で、ペテロは心がいやされて行ったのです。なぜなら、カヤパの官邸で、ペテロは3回、「イエスを知らない。」と否定しました。しかも炭火の前で否定したので、イエス様は炭火の前で、3回、「あなたはわたしを愛しますか。」と聞かれたのです。ペテロはそのことを思い出し、心を痛めて、3回、「主を愛します。」と答えています。

ここで、「愛します」という動詞の使い方が気になる人がいると思います。「Aの愛します」は「アガパオー(神の愛)」、「Bの愛します」は「フィレオー(友情)」です。少し前の聖書解釈ではこの違いについて、たくさんの説明がありました。しかし、イエス様はギリシャ語で話していたわけではないので、あんまり気にしなくてもよいのではないかという解釈が出てきました。イエス様はヘブライ語か、アラム語を話されたのです。2つの動詞の使い分けは文学形式の手法と考えられるそうです。私の尊敬するN師がイスラエル聖書大学のデビィッド・フリードマン師(彼は学者です。)に聞いたところ、そういう答えが帰ってきたそうです。A-B, A-B,B-Bの文学的手法ではないか、7:3ぐらいでそう考えてもいいのではないかと言っておられました。

 

2.ペテロの再召命

ペテロはイエス様に従う前はガリラヤ湖の漁師でした。3年半前、漁をした時、同じような経験がありました。その時も、一晩中漁をしたのに、一匹も取れなかったのです。しかし、明け方、イエス様に「深みにこぎ出して、網をおろして魚を取りなさい。」と命じられ、その通りにしたら、たくさんの魚がとれました。その時、主イエスは「こわがらなくてもよい。これから後、あなたは人間を取るようになるのです。」(ルカ5章1~11))と言われました。イエス様はペテロを伝道者として、召されました。今回、イエス様はペテロに、新しい使命を与えておられます。それは「羊飼い」としての召命です。ペテロは人生の季節の変わり目に立たされているのです。

(1)  わたしの子羊を飼いなさい。

(2)  わたしの羊を牧しなさい。

(3)  わたしの羊を飼いなさい。

ペテロは失敗したと思っていました。しかし、弱さを自覚したペテロに、癒しを与え、そして、新たなる出発となる召命を与えられました。子羊は初心者の信徒のことです。羊は一般信徒です。羊飼いとして召しておられます。一般信徒に対しては堅い食物を与えて、霊的に成長させるように命令されています。

人生には節目というものがあります。モーセは40歳の時、自分の力でエジプトの奴隷になっているイスラエル人を救おうとしましたが、失敗しました。それから、40年間、荒野で羊飼いをしました。その後、神は80歳になったモーセを、「イスラエルを救いだすリーダー」として召されたのです。その時、モーセほど謙遜な人物はいなかったと言われています。神の力によって歩む砕かれた心になった時、新たなる出発が与えられるのかもしれません。

 

3.ペテロの死を予告するイエス様(18~23節)

21:18 まことに、まことに、あなたに告げます。あなたは若かった時には、自分で帯を締めて、自分の歩きたい所を歩きました。しかし年をとると、あなたは自分の手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をさせて、あなたの行きたくない所に連れて行きます。」

 21:19 これは、ペテロがどのような死に方をして、神の栄光を現すかを示して、言われたことであった。こうお話しになってから、ペテロに言われた。「わたしに従いなさい。」

 

「まことに、まことに、あなたに告げます。」という言葉は大切なことを語られる時に、使われています。ここでイエス様は、老年になってから起こることを預言されました。老年になると、苦難に遭遇すること、殉教の死を遂げることを予告されました。ペテロは、殉教の死を通して、イエス様への愛を示すのでした。イエス様はペテロに「わたしに、従いなさい。」と言われました。殉教の死の予告の後に「従いなさい。」と言われた主イエスに、彼は残りの全生涯をかけて従う決心をしたのです。そして、最後まで従い通しました。ペテロは十字架に逆さにつるされて死んだという教会の伝承があります。

 

4.他人と比較しなくてもよい。

 

 ペテロは振り向いて、イエスが愛された弟子があとについて来るのを見た。この弟子はあの晩餐のとき、イエスの右側にいて、「主よ。あなたを裏切る者はだれですか」と言った者である。

 21:21 ペテロは彼を見て、イエスに言った。「主よ。この人はどうですか。」

 21:22 イエスはペテロに言われた。「わたしの来るまで彼が生きながらえるのをわたしが望むとしても、それがあなたに何のかかわりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい。」

 21:23 そこで、その弟子は死なないという話が兄弟たちの間に行き渡った。しかし、イエスはペテロに、その弟子が死なないと言われたのでなく、「わたしの来るまで彼が生きながらえるのをわたしが望むとしても、それがあなたに何のかかわりがありますか」と言われたのである。

 

ペテロと一緒に行動していたのは若いヨハネでした。「イエスが愛された弟子」というのはヨハネのことです。ペテロはヨハネを見て「この人はどうですか。」と尋ねました。ペテロはヨハネの事が気になって仕方がありませんでした。ペテロは良く働くリーダーです。ヨハネは若くて、ゆったりした性格で、しかも霊性は高いものを持っていました。

イエス様は再臨の話をされていた可能性があります。それで、「ヨハネは生きて、イエス様の再臨をみるのでしょうか。」と聞いたのかもしれません。しかし、イエス様はペテロを叱られました。「ヨハネに何が起ころうとも、それは、あなたには関係ありません。あなたはわたしに従いなさい。」と言われたのです。ヨハネもそれを訂正しています。ヨハネが死なないと言われたのではなく、「あなたには何のかかわりがあるか」と言われただけなのです。

 私たちは一緒に行動している身近な人と比較する癖があります。遠い関係の人と比較することは、あんまりありません。しかし、手の届くところで生活している人とは比べ安いのです。しかし、イエス様は「人と比べないで、あなたはあなたとして、わたしに従って来なさい。」と言っておられます。イエス様の召しに従って進んで行くと、あなたとイエス様との祝福された豊かな人生を歩むことができます。それは苦難が無いという意味ではありません。苦難があっても、豊かな人生を歩むことができるのです。

 

5.その後のペテロの歩み

①    「わたしの子羊を飼いなさい。」

ペテロはこの命令に対して、Ⅰペテロの手紙を書いて、命令を果たしました。子羊とはまだ霊的に幼い信徒のことです。

Ⅰペテロ2:1~2

「ですから、あなたがたは、すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善やねたみ、すべての悪口を捨てて、 2:2 生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。」

②    「わたしの羊を牧しなさい。」

ペテロは使徒たちの中でリーダーとなり、初代教会で、群を監督しました。

③    「わたしの羊を飼いなさい。」ペテロはⅡペテロの手紙を書いてこの命令に答えました。Ⅱペテロの手紙の内容は短いですが、み言葉の乳以上に素晴らしいものです。毎日の生活の中でとても役に立つ御言葉です。

Ⅱペテロ1:4~7

1:4 その栄光と徳によって、尊い、すばらしい約束が私たちに与えられました。それは、あなたがたが、その約束のゆえに、世にある欲のもたらす滅びを免れ、神のご性質にあずかる者となるためです。

 1:5 こういうわけですから、あなたがたは、あらゆる努力をして、信仰には徳を、徳には知識を、1:6 知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、1:7 敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。

 

Ⅱペテロの手紙の最後には、このように書いています。

(Ⅱペテロ3:18)「 私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。このキリストに、栄光が、今も永遠の日に至るまでもありますように。アーメン。」

 

ペテロは生涯にわたって、群を養い、主イエスに従い通しました。困難が降りかかれば、その都度大きく成長して行きました。そのことを通して彼は言ったのだと思います。「私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。」と。

あのせっかちであわてん坊だったペテロが成熟して、ペテロ書簡を書いたのですから、驚きです。神は私たちにも「主に従うことを通して、成長しなさい。」と命令しておられます。

また、弟子たちに自らをあらわしてくださった主は、「あなたは、わたしを愛しますか。」と聞いておられます。主の赦しと和解の愛は人知を超える愛です。しっかり、主の愛に応答しましょう。「私もあなたを愛しています。」と。

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