去年・・・2011年10月8日
大事に大事に育て
私の最愛のパートナーだった愛犬 杏仁が天国に旅立った
いまさら、このことをこの日記に書くこともないとは思うけど・・・
でも、どうしてか・・・記事にしておきたいと思った
杏仁は悪性リンパ腫で抗癌治療をしても1年は難しいと言われた
よくなることはない、治ることはないといわれたけど
奇跡がおきることを願って
沢山・・・沢山・・・祈ったよ
治療がうまくいって旅立つ1ヶ月前までは普通に過ごすことができた
走ることも出来たし
海で泳ぐこともできた
このまま治療を続けたらもっともっと一緒にいられると思った
どんなにお金がかかっても、杏仁がそばにいて
私を見てくれたら、それでいい
そう思えた
それでも・・・日々弱っていく杏仁を見ていると
もう残された時間が少ないんだと確信した私とパパは出来るだけ沢山の思い出を作ろうとした
杏仁の笑顔をいつまでも見たかったし
杏仁の嬉しそうな顔、はしゃいでる姿をみるのがすきだった
奇跡を願っても、どんなに神様にお願いしても
病気には勝てなかった
杏仁が天国に旅立った日は
杏仁が自分でその日を選んだようにも思えるし
私が・・・・
「もういいよ、杏仁ありがとね」
「こんなにもがんばってくれてありがとね」
「大好きだよ」
「これからもずっとずっと大好きだからね」
その言葉を杏仁はずっと待っていて
その日までがんばってくれていたようにも思える
杏仁が旅立ってから、5ヶ月・・・
毎日毎日、杏仁を想う
空をみて、星をみて、杏仁を想う
杏仁、今どうしてますか?
そっちの生活はどうですか?
寂しくはないですか?
杏仁の存在はとてもとても大きくて
誰にも埋めることは出来ない
杏仁が亡くなったことを実家の父に伝えたときに
「可哀想だから、もう犬は飼うなよ」と言われた
その言葉がいつまでも
私の中で気になっていた
可哀想って・・・どういうこと?
杏仁は可哀想だったってこと?
死んでしまって、残された家族が可哀想ってこと?
杏仁の生きていた6年の歳月を見ていないからそんなことが言えるじゃないの?
杏仁は毎日楽しそうだったよ
確かに6歳の若さで病気になって、治療をして
嫌いな病院にいく回数も増えて・・・その時間は寂しかったと思うし
不安だったと思うけど
病気のときだって杏仁は可哀想な顔はしてなかったし
きっと、杏仁は自分の運命をわかっていたかのように
毎日毎日を必死に生きていた
何をするにも、どこに行ってもとてもハイパーで
真剣だった杏仁
残された私たちは確かに寂しいし悲しい思いをしたけど
私は自分自身のことを可哀想だなんて思ったりしない
杏仁と出会えて、杏仁が家族になってくれて
一緒にすごすことができたことに感謝しているぐらい
杏仁が自分のことを可哀想と思っていたかどうかはわからないけど・・・
自己満足かも知れない
たぶん、自己満足だと思うけど
杏仁は自分のことを可哀想だなんて思ってないと思う
友達は犬が好きだけど、死ぬと可哀想だから飼わないと言う
その意味も私にはよくわからない
生きているものはいずれ死ぬときがくる
この世の最後の時に
杏仁のことを一番に愛し
愛しいと思っていた私の手の中で旅立てた杏仁は
私からの最後のご褒美を受け止めて
幸せな気持ちで旅立ったと思いたい。。。
杏仁
もうすぐね・・・家族が増えるよ
どんなに可愛い子が家族になっても
杏仁を思う気持ちは変わらない
大好きだよ
ずっとずっと大好きだからね