ユーロやネットが登場するまえの
ドイツの森の記憶
abschliessen
いつも読みにきてくださり、ありがとうございます。今日から多くの学校では秋学期ですね。わたくしの日常生活におきましても、去年の夏から始まった大きな変化がこの夏で一区切りし、涼しくもなって、やっと落ち着きました。
その間、減ったことアリ、増えたことアリ、捨てたものアリ、得たものアリと、習慣や仕事も急展開。予想しなかったことばかりでびっくり、でも新しい生活も仕事形態も自分にぴったりです。いったいどこからやってきた恵みなんだろう?と首をひねっていますがわかりません。
そして、ドイツを観るときのスタンスも変わり、観えるものも発信したいところも変わってきました。眼は変わらないんですけれど。生活の中心は家庭となり、オイリュトミーは2番目、翻訳は3番目になったからでしょうか。また、オイリュトミーは思い切って縮小したとたん、かえって以前よりも力を入れる結果となり、もっと本腰を入れた勉強が必要になりました。
そこで、こちらのブログは、内容的な区切りはついていないのですが、(勝手に)今日から秋ということで、ここで abschliessen(とじる) することにいたしました。すごく迷っていたのですが、きりがいいから決めてしまおう、といったところです。でも、一日100人以上の方が来てくださるし、自分にとりましても愛着あるブログなので、削除はせず、HPにリンクして保存しておきたいと思います。また、このブログの路線で書きたくなることを思いついたら、HPに記事としてアップしようなどともくろんでいます。
HPはこちら
新しい生活から書く記事は、これからも、先日より立ちあげています2つめのブログに更新していきたいと思います。よかったらそちらにもお立ち寄りください。
2つめのブログはこちら
では、ほんとうに、ほんとうに、いつも読んでくださっていた方、遊びにきてコメントくださった方、ありがとうございました
みなさまと知り合えてとてもうれしかったです
レジに並ぶ
引き続きレジの話を。日本からドイツに移ったばかりのころ、何につけても初めてのことが多く、ショックではなかったけれど、は〜!?と思うことのオンパレードでした。レジでも、「なんて合理的なんだ」 と、びっくり&感心 (?)。
アメリカなどもそうだと思いますが、食料品はまとめ買いする人が多く、ショッピングカートにあふれるくらい入れていることが多いです。なので、閉店間際のレジは長蛇の列で、なかなか進みません。でも、いくつもあるレジのうちのいちばん端にあるやつは、買物量の少ない人用になっていることがあるんです。これは便利!ドイツ人の実用的な発想のなせる技!
そしてどのレジもですが、レジのおばさん近くにまで進んでくると、ベルトコンベアーが見えてきます。なんと!そこに自分で、買い物カゴから品物を全部出して並べるんです。さらに合理的〜と目をみはったのは、自分の前や後ろの客の品物と区別するための仕切り棒!これも自分で置きます。たいしたものではないけれど、私には大ウケ、現代にこの原始的な発想の導入、実施、効果!それって人間らしくてスゴイ!というふうに感じられてしまって・・・。

品物はおばさんがピッピッとPOSレジに通していき、ベルトコンベアーの終わり部分にたまっていきます。それをまた自分で、持参の袋に詰めます。袋ではなくダンボールに入れて、そのまま車のトランクに運んで終わりという人も多いです。
これは、低所得者ディスカウントスーパー (そういう名称ではないけど、そう捉えられている。ALDI、 LIDLなど) でも、一般スーパーでも、コープでもデパート地下の高級食材売り場でもです。
初めは、この人たちにはサービスって概念はないのか〜と思いましたが、慣れるとこの部分は別段、他人にやってもらわなくてもいいな〜と感じるようになりました。手足を具体的なことのために動かすって、いいことですしね。
そうそう、レジのおばさん (またはおねえさん) は、このピッピッの作業をイスにどっかりとすわったままやっています。一人一人のお客にニコリともせずに、「グリュース・ゴット (こんにちは)」 「ヴィーダーゼーン (さようなら)」 だけはきちんと向かい合って言いますが・・・。
日本では過剰サービスというか、サービスが口をきいているようで、自分も店員も人間であることは必要ないかのような気がしてしまい、ドイツでは人間がする作業そのものがサービスなんだ、と、過少サービスが正当化されているように見えてしまいます〜
レジの包装
ようやく暑さもおさまってきましたね♪ 今年のような夏だと、思考も何も大停滞しますね。そんななか、例の集中練習は奇跡的に実を結びました。よかった、よかった。
涼しくなってきたので、また書く体力が戻りました♪ 今日は、なんという意味もなく、ドイツのレジ袋を並べてみました。
今では東京のスーパーでもレジ袋が有料化されてきましたが、私がドイツに行き始めた 88年ごろはすでに有料で10ペニー (10円弱) でした (その分しっかりしたビニールの厚めのものでしたが)。でも有料というよりも、袋はなし、包装もなるべくしない、といったふう。初めはたまげましたが、慣れると別に不自由ないんです。東京に一時帰国したときは、デパートの過剰包装にかえってたじたじとなりました。
でもこの過少包装(?)、利用者にとっては、よくいわれるような環境保護に協力しよう!とか、倹約のため!というよりは、お金を払うならいらない、というくらいの感覚なんじゃないかな〜という気がしました。
スーパーにはみな自前でカゴや袋持参です。ごくたまに 「Tuete, bitte (レジ袋ください) 」 という人がいると、並んでいる人たちの顔が、わざわざ買うなんて、という顔つきになりました。不要なことをするハメになるなんて、おやまあ、といったふう (笑)。
包装や袋がないのはスーパーにかぎりません。本屋で本を買ってもそのまま。ドイツの本屋でまず買ったのはドイツ語 ≪モモ≫! むき出しというのもなんだな〜と思いながらも、うきうきと本を手に店を出ようとしたら、店に入ってくる人に万引きと間違えられそうになりました。レシートをしっかり持っていて助かりましたけど。

この本屋さんは無料でつけてくれたな〜
あまりないことだし、デザインがいいこともあって、とってありました♪

こういう紙袋に入れてくれることは多い
(右はバイエルン州の旗のデザインそのまま)
そのうえケーキやさんでもですよ! 1〜2個なら、紙皿に載せてそれをさらに紙でくるんでおわり。生クリームやフルーツがどっさりのっているタイプでもです。家まで用心して持って帰りました。
デパートでは袋がついてきましたが、ガラスや高価な陶器の食器を買っても化粧箱にいれてくれることはありませんでした。紙で何重にもくるんでくれるだけ。セット買いなら箱詰めしてくれるのかもしれませんが・・・

中はビン入りハチミツ
こちらは大きなロウソク立て
おみやげ店なのに、と、初めてだったら思うところですが、これは丁寧に包んでくれた状態なんです♪
でも、上にも書きましたが、初めは内心ヒーッと思っても、落ち着いて慣れてくると、だからなんだ、というか、なんでもないんです。セルフサービスとも違いますが、ともかく不要です。あれば便利でいい気分かもしれないけれど、なくても構わないもの。そんなものを作ったり買ったり廃棄したりするなんて、考えてみればムダ。ムダをしない日常って、すっきりしてすごくよかったです。
夏休み
こんにちは。いつもお立ち寄りくださりありがとうございます。
今年の夏も、ヘンなお天気が続いていますね。セミも少ないような・・・
ドイツは、よくいわれるように長期休暇の国。約1ヶ月、日常から離れて思い切りのんびりします。学生ならいざ知らず、実際はそうそう休まないだろうと思われるかもしれませんが、ほんとう。20代でも40代でもです。登山に励んだり、ギリシャの島で釣を楽しんだり。国内のユースホステルも、夏は家族利用で満室になります。清潔だし安いし、朝食もたっぷり。
頭も心もからだもすっかりのびきって、あらたな力をたっぷり養って、そうして秋冬を迎えるというサイクルは、生理的にかなっているような気がしましたし、とっても楽しいです。
今夏はすでにヘトヘトになっております。それで今週は少し休む予定。みなさまもよい夏をおすごしください♪

ミュンヘン、エングリッシャーガルテン(イギリス庭園)
夏は水着またはお猿な人々でいっぱいになる
これは 5月ですが、夏ももちろん、こうやって戸外の日差しや空気を楽しむ
名前いろいろ
あそびで ≪ハンプティ・ダンプティ≫ を検索していたら、当然 ≪アリス≫ が登場したのですが、その ≪アリス≫ がドイツ語の ≪アーデルハイト≫ にあたるというのは、そしてアーデルハイトが ≪ハイジ≫ の愛称だというのは、まったく覚えていなかった・・・ (@_@)。 と同時に、ドイツ人の友人等の名前がどっと思い出されました。
ドイツに行ったばかりのころ、まず聞き取れるのは (覚えようとするのは) 人の名前。でも、それが、日本の風土や音になじんだ感覚から無意識に耳を澄ましていると、「え゛? 今なんて?」 といいたくなるくらい、自分にはとてつもなく縁のなかった音の並びで、異文化のなかに来たんだなーと感じないではいられませんでした。
名前とは体をあらわす、とか、古高ドイツ語のころのもの、などの分析をしてみたいという気は起こりませんが、あまりに日本のひびきとちがって、民族的な何かが詰まっていそうで、感覚的にわくわくします。以下、ただただ、思い出せるものを書いてみます(とりあえず女性の名前を)。
Rosalinde ロザリンデ Sieglinde ジークリンデ Annette アネッテ
Beate ベアーテ Ute ウーテ Ulrike ウルリーケ
Barbara バルバラ Tamara タマーラ Julia ユーリア
Isabella イザベラ Gisela ギーゼラ Ursula ウルズラ
Dorothea ドロテーア Roswitha ロスヴィータ Jutta ユッタ
Brigitta ブリギッタ Angelika アンゲーリカ Bettina ベッティーナ
Erisabeth エリザベート Ruth ルート Ingeborg インゲボルク
Gudrun グードルーン Kathrin カトリン Sabine ザビーネ
カタカナ読みでいいので、実際に発音してみてください。私はついつい、「女性の名前をあらわすのに、こんなに威勢よく濁音がひびくって・・・」 というような違和感を感じました。現地のなかで聞き慣れ、発音するのにも慣れてくると、そんなことまったくないんですが・・・。
発音があまりにちがいますが、他国にある名前と似たものもあります。
カトリン - キャサリン、 アンゲリカ - アンゼリカ、 ゾフィー -ソフィー、マルガレーテ - マーガレット・・・。
でも、やっぱりひびきが違う。エミリー、ナンシー、ジェーン・・・、こういうのは彼らの心からは出てこなさそう。聖人や聖書、あるいはローマに由来するものも多いし、それなら他の欧米の国とも共通するのに、やっぱりなぜだか、「ゲルマン!」 と感じてしまう何かがあります。明確な理由はないんですが・・・。
風土や民族性からくる違いなんだろうと想像されるのですが、名前でこうなのだから、とにかく心情や情緒、感覚が、まったく別ものなんだな〜とつくづく思います。

右端の3人連れは女性。颯爽と (いや、のしのしと) 歩く姿は、日本の高齢者とかなり違う・・・
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