新・眠らない医者の人生探求劇場・・・夢果たすまで

血液専門医・総合内科専門医の14年目医師が、日常生活や医療制度、趣味などに関して記載します。現在、コメント承認制です。

ど~でもいい話:僕と認知の壁と「議員さん、マスコミの皆さん」

2008-07-29 09:13:18 | ど~でもいい話

おはようございます。

この後9時くらいから区役所に行って、住民票の移動手続きなどを行ってきます。その後、病院の方からもう一人診断書書け~と言われているので書きに行きます。

さて、また地方議連の続きです。

 

地方議連の飲み会の時に議員さんといろいろ話し合っていました。

 

 「病院(診療所)に一人しかいない検査技師さんや放射線技師さんを張り付けで勤務させる(On Call体制)にするのは彼らの生活に不都合がある。そもそも、患者さんが来ることも珍しいし、検査系を動かすこともまれな地域で、検査技師がいないと困ると医者は言うがどうだろうか。」

 

そんな内容だったような気がします。

 

非常に大きな問題だと思います。

 

実際に検査をしなくて判断できる軽症の人が多いのだろうとは思います。 しかし、救急現場で医者として考えれば…何かを疑ったとしても検査を行えなくては確認できない場合もある

Triage機能を発揮するとすれば全身状態がまだ比較的良好な患者だろうから、Vitalは安定していて…というのが基本になり、症状から何を疑うか・・・。そして「何かを疑った」から検査をして確定診断へ近づけるわけで・・・。

検査が全くないということであれば、病院のTriageというよりは救急隊に近い、現場のTriageに少し「医師」としての知見が加わった程度になるかもしれない。

 

ところが・・・高齢者などでは「症状が非典型的」になったりして、検査なしでは確認できないこともある。まったくわからないこともあった。

 

研修医のころの話だが、大学の指導医と一緒に救急外来を受診した患者さんを見ていた時に、80歳前後の男性が腹痛で受診した。

症状も身体所見も軽かった。熱もなかった。

ただ、高齢であること、持続時間が長すぎるなどの理由もあり胸部腹部の単純写真を撮ったら、フリーエアーがあって、造影CTなどで腸管の穿孔部位と思われる場所(手術で確認された)を特定するということがあった。

 

この方は敗血症を起こしていたので、その後も大変だった(外科の先生)が、無事歩いて退院したとのこと。

 

これは胸部単純写真に写っていたフリーエアーなしではこの方は生きてはいなかったでしょう。

 

まったく検査がないと・・・そういう方の救命ができない可能性もある。それを住民の方には理解してもらって・・・・とは思います。

 

ただ、実際に一人しかいない検査技師さんが毎日On Call体制が難しいというのは理解できる。だって、産科医だって一人勤務は24時間On Callだし、血液内科は365日、24時間On Call体制だから。

 

実際このような患者さんも来る。

しかし、こんな症例は少ない。実際病院でも極力無駄な検査はしないが、時折風邪のような症状の中に混じっている「急性喉頭蓋炎(この1年で2人いたから…意外といるのかもね)」は検査なしでは何とも言えないし、帰せなければ送るしかない。

 

疑ったら送る。それしかできなくなる。いや、それは正しいのだけど・・・。オーバートリアージになって二次救急が疲弊するかもしれない。

 

その地域の夜間救急として診療所の果たすべき役割はTriage機能だと思う。それは議員さんも同じ考えだろう。

 

そのTriage機能をどこまで高めるか・・・・という問題。

 

あと、技師さんが24時間張り付けが負担になっている・・・ということであれば、

「夜間救急に関しては検査はしません」

というのを住民の方々に知らせる必要があるし、住民の方々がそれを理解した上でどういう選択肢を選ばれるのかが重要だと思う。

 

 

それではよくない。技師をもう一人呼ぼう

という話になるかもしれないし

「めったに必要な患者が出ないのであれば金の無駄である。夜間は診察だけで、疑わしかったら大きな病院へ行けばよい

と、いう話になるかもしれない

 

このような話は医療従事者からも言わなくてはならないのかもしれないが、可能であればしっかりと認知の壁を取り払って、理解してもらった地方議員さんからそれを住民の方々に説明してもらう方がよいように思う

 

ただ、本当にいろいろと話し合いをして、認知の壁を感じました。お互いにまだ越えるべき、壊すべき壁がいろいろ残っています。

それを解決していくためにこのような機会を持って話し合いを進めていかねばならないし、マスコミの方々・議員さんの協力・ご理解も必要なのだと思う。

 

意識の高い議員さん、マスコミさんたちでも、まだまだ認知の壁がある。一般の議員さん、一般市民の方々は当然だと思う

 

まとめます。

 

今回の議員連に参加して特に思ったのは医療に関して「高い意識の議員さん」「高い意識の記者さん」たちでさえ、医療従事者との間には認知の差がある。

 

われわれ医療従事者はその認知の壁を壊し、お互いの認識・理解を深めるために協力していく必要がある

そして可能であればその認識の違いを理解してもらったマスコミ、議員さんから国民・住民への啓蒙活動、選択肢の提供をしていってもらえればと思う

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なかのひと 

住民の求めに応じて医療従事者は行動できるとは思う。ただ、どこに限界を設けるかを住民が決めてくれたらよいのではないか…と思うのである。

 

ということで、書いていたらバスが行ってしまいました・・orz

 

とりあえず、とぼとぼ歩いて5kmほど先の区役所まで行ってきます。

ま、走れば20分ですけどね

では、また。

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2 コメント

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平和ボケ (taieki)
2008-07-29 09:35:09
 おはようございます。 九州は朝から暑いです。

>>そもそも、患者さんが来ることも珍しいし、検査系を動かすこともまれな地域で、検査技師がいないと困ると医者は言うがどうだろうか

つまりそれは、「夜間は滅多に検査をしないからムダ」と議員さんは言いたいのですね。

「そもそも侵略が起こることも珍しいし、大規模災害もまれな地域で自衛隊が無いと困ると言われるがどうだろうか」

 と言い換えて見ますと、議員さんの平和ボケの度合いが判ろうと言うものです。

 この平和ボケした考え方こそ、先日コメントしましたIMF管理下に於いて公衆衛生を目の敵にリストラして結核の死亡率を上げた、その考えと同根と言えます。

 「ムダ」と考えるか、対応可能な余力を残しておく「冗長性」と考えるのか。

 常に平時が続く事が前提でしたら、それは「ムダ」でしょう。 でも有事、危機管理の考えの上では「冗長性」や「抗湛性」は欠くべからざるものですよね。

 何時起こるか判らない危機に目を光らせ、危機の目を未然に摘むと言う観点では、医療は危機管理、平和維持活動と似た考え方が必要だと私は考えています。

 ま、輸入・新興感染症のアウトブレイクの仕事をして来たからこう考えるのかも知れませんけどね。
無駄が必要だとは思います・・・が (アンフェタミン)
2008-07-29 12:52:15
>taiekiさん
こんにちは、コメントありがとうございます

一言で言ったら、確かに無駄が多いのではないかということです。それを言い出すと「医療は無駄があってなんぼ」ではあるのですが、無駄なく医療環境を整備したら過小医療になりますし・・・・

しかし、地域の議員さんの話もよくわかるので(話を直接聞くと、様々な考え方が理解はできるのです)、どちらかを住民に問うしかないのだろうな…と考えております

先生がおっしゃられている
「ムダ」と考えるか、対応可能な余力を残しておく「冗長性」と考えるのか
という問題なのだと僕も思います。

医療が「何か起きたとき」に対応するための「危機管理」であると僕も思います。

ただ、彼らが言うように「地域の医療に無駄(冗長性)をどこまで認めることができるのか」は住民へ問いかけるしかないのだろうと考えております

住民が不要だと考えているのであれば、受診もあまりしないでしょうし…開けていても診療報酬の面でも大赤字になると思いますから・・・・。

いろいろ問題は山積みなのだと思います

また、いろいろ教えてください

また、コメントいただければと存じます

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