めだかの卵と石巻貝

 春先には大小五匹ほどいたはずのめだかが、この頃は二匹しか姿が見えない。水は緑色に濁っているから、底に沈んでいたらわからないけれど、ご飯の時間には、いつも二匹だけが小さなかわいい顔を並べてこっちを見上げているから、やっぱり二匹しかいないのだろうと思う。
 そのうちの一匹がお腹に卵をくっつけているのを、今日見つけた。
 よくは見えないけれど、わりと大きな塊だから、五つほどついているのではないかと思う。
めだかの卵には粘着性のある糸状のものがついていて、母めだかは卵をしばらくお腹にぶら下げたあと、水面近くの水草に付着させるのだが、そのための水草が家の水槽にはない。そこで自転車に乗って、近くのホームセンターへ水草を買いに行った。
 水草のついでに石巻貝という貝も二つ買った。この貝は、水槽のコケとか有機物を食べてくれるらしいので、あまり自分では掃除しない水槽の水が少しはきれいになるかと思って買ったのだが、めだかが18円なのに対し、貝のくせに、といったら貝に悪いけれど、68円もした。巻貝なんて、そこらの川の中にいくらでもいると思ったけれど、めだかはともかく、金魚は意外とデリケートで、前にタニシやら赤虫やらがいろいろくっついた水草を水槽に入れたら、悪い菌が入っていたらしく病気になってしまったので、しかたがない。
 帰って金魚とめだかの水槽に、それぞれ貝と水草を分け入れた。今度のめだかの卵が孵ったら、もうそれが何代目になるのだか忘れてしまったけれど、たった二匹では寂しいから、元気に育って欲しい。

※余談だが、貝を水槽に放ったあとで、石巻貝は、ひっくり返ると、場所によっては自分で元に戻れず、そうなると金魚に食べられてしまうこともあるということを知った。私の貝は緑色の水の中をゆっくり転がるように沈んでいったが、水槽の底でどうなっているか、見えないからわからない。石巻貝の無事を祈る。


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金魚葬送

 金魚のきんちゃんが死んでしまった。今朝庭に出たときに、水がめの外で死んでいるのを見つけた。
 水替えを怠ったためかもしれない。それで体調が悪くなって、水の外へ跳ね出してしまったのかも知れない。
 最悪の事態を招いてしまうまで放っておいた自らのいい加減さが腹立たしいし情けない。

 昔に比べると、小さな生き物の死に対して自分がドライになっているような気がする。大人というのはそういう感受性が鈍くなっていくのかもしれない。金魚やめだかが死ぬたびにいちいちくよくよしていたら、毎日の生活が滞ってしまう。だけど、そういう感覚の麻痺は、寂しいことだ。
 きんちゃんのことを考えてみる。3センチくらいの小魚のときに家にきたのが2002年。みゆちゃんより2年も先輩で、今年で6歳だった。
 金魚の寿命というのはどれくらいなのだろう。子供の頃たずねていった、母方の祖母の生家。空の広い田舎で、牛や馬を飼っていて、そこに20年くらい生きて大きなフナほどになった金魚がいた。
 水に戻れずに、苦しかっただろうと思う。暑かっただろうと思う。死んだきんちゃんの体は、私が知っていたよりもまたひとまわり大きくなっていて、その成長に気がつかないほど、私は金魚に注意を払っていなかったのだ。

 きんちゃんがいなくなって独りぼっちになった水槽で、やはり同様に大きくなったぎよちゃんは、ぐるぐるぐるぐる、水面近くを泳ぎまわっている。
 センチメンタルな考え方をすれば、いなくなったきんちゃんを探しているのかもしれない。それとも、魚のあいだに友情があるとはちょっと考えにくいから、もしかしたら、縄張りが自分だけのものになって喜んでいるのかもしれない。その真意はぎよちゃんが喋れない以上謎だけれど、環境の変化という要因は大きいに違いない。
 つい人に置き換えて考えてしまって、新しいつれあいが欲しいだろうかと思うのだけれど、ぎよちゃんは、何を望んでいるのだろう。
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金魚とめだか

 家の小さな庭に面する窓を開けると、そのすぐ下に金魚の鉢とめだかの鉢があって、二匹の金魚はいつもえさをねだって口をぱくぱく水面に出すのだけれど、冬のあいだ、めだかの鉢は緑色に濁った水がただ静まっているだけで、めだかの姿はちっとも見えなかった。
 三代続いた家のめだかもついに絶えてしまったのかしらと思っていたのだが、水がぬるくなる頃、水面近くに一匹、ぽっかりと浮かんでいるのが見えるようになった。去年の夏に親めだかが産んだ卵を分けたために、めだかの鉢は二つあるのだが、そのもう片方の鉢にも、やがて大小5匹のめだかが水面に現れるようになった。
 寒い時期には、めだかは水の底でじっとしているものらしい。それがようやく水面近くに浮いてきたのだけれど、めだかというのは、去年もそうだったか覚えていないが、妙にすました魚で、食いしん坊な金魚たちがせわしなくぱくぱくしながら泳ぎ回っているすぐとなりで、何を考えているのだか、落ち着き払って水に漂っている。餌をやってもあまり動かない。その対比が何となくおかしいから、毎朝魚に餌をやるのは面白い。


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跳ねる魚

 前回、うちの金魚のきんちゃんが、金魚鉢から跳ね出してしまったことを書いたけど、魚はなぜ跳ねるのだろうと思う。
 初夏の日の暮れる頃、河原の石畳の縁に座って川風に涼んでいたら、水面から小さな魚が跳ね上がって、沈みかかった太陽を腹に受け銀色に光った。見ていると、川面のあちこちで、同じような小魚が薄紫色の光の中に跳び上がってきらきら光り、不思議な光景だった。
 小学生のときに、海でさんざん泳ぎ回って遊んだあと、砂浜に座って、疲れた身体を夕日に晒していたら、傾く太陽の方向に、遠く大きな魚が飛び跳ねるのが見えた。それは子供心にとてもファンタスティックな情景だった。こんな美しい瞬間を見られるなんて自分は運がいいと思って、夏休みの宿題の絵日記には、その一コマを描いた。
 思い出を振り返ると、魚が飛び跳ねるのは、夕方が多いような気がする。もしかしたら、日が傾くと、光の加減で、魚が水面の向こうまで水が続いているような錯覚に陥るのかしらとか、水の外の世界が見てみたいのかしら、などと勝手に想像したりするが、理由は別にあるらしい。
 調べてみると、魚が飛び跳ねるのは、捕食者に追われているときとか、反対にえさとなる生物を追いかけているときとか、あるいは、からだの表面についた寄生虫を取るためであるという。とすれば、魚は夕方だけではなく、時間帯に関係なく跳ねるのだろう。
 きんちゃんが金魚鉢から跳ね出してしまったのは、朝食の時間だった。もしかしたら、いろいろ災難の多いきんちゃんのことだから、寄生虫がついていたのかもしれない。
また、ぱしゃん、ぱしゃんとやりだしたら、ちょっと注意して見てあげた方がいいかもしれない。
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猫のお手柄

 家の二匹の金魚、きんちゃんとぎよちゃんのうち、ぎよちゃんは何の変哲もない平穏な人生(金魚生)を送っているのだけれど、きんちゃんのほうはよく病気になったりと、山あり谷ありである。
 同じ水槽で同じ餌をやっているのに、スレンダーなぎよちゃんに対し、きんちゃんは貫禄のある胴回り、人間でいえばメタボリック症候群の予備軍かもしれない。そのためか、きんちゃんは病弱である。水替えを怠っている私が悪いといえばそれまでであるが、だいぶ水の緑色が濃くなってきたなと思ったら、きんちゃんがお腹に白いできものをこしらえてしんどそうな泳ぎ方をしていて、あわてて食塩浴をさせたりする。
 そんなきんちゃんなのだが、ある時、何を思ったのか、金魚鉢の外へ跳ね出してしまったことがあった。
 金魚鉢の向こうで、ときどきなにやら、ぱた、というかすかな音が聞こえてくるように思ったけど、取り立てて気にも留めずにいた。あとからわかったことだけれど、それは、床の上に横たわった瀕死のきんちゃんが、失われていく力を振り絞って跳ねようとする、弱々しい音だったのだった。
 しばらくすると、みゆちゃんがどこからかやってきて、しきりに金魚鉢のうしろを気にし出した。くんくん首を突っ込んで、明らかに何かを探しているような様子なので、何がいるのだろうとみゆちゃんの背中越しに覗いてみたところ、目に入ってきたのは、鮮やかな赤いからだも色褪せて、口をぱくぱくさせて喘いでいる、哀れなきんちゃんの姿だった。
 吃驚して、みゆちゃんを押さえつけながらきんちゃんを拾い上げると、すぐに水に戻してやった。
きんちゃんがしっかりとした泳ぎで水の中にもぐって行くのを見てほっとしたけど、みゆちゃんが見つけてくれなければ、誰も気がつかないまま、死んでいたかもしれない。みゆちゃん、教えてくれてありがとうと、迷惑顔のみゆちゃんを捕まえて、頭をごしごしとなでまわした。
もっとも、みゆちゃんは、なぜほめられるのか、きっとわかっていないに違いない。きんちゃんは二重の意味で絶体絶命だったのである。
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めだか三代物語(4)

 次の夏までには、親のめだかは八匹になっていた。死んだ四匹の中に黒めだかも一匹入っていたので、黒めだかは一匹だけになった。
 生き残った黒めだかのことを黒ちゃんと呼んで可愛がった。一匹だけをひいきするのは良くないけれど、ほかの緋めだかたちはどれがどれだか区別がつかないし、名前も付けようがなくて、自然、黒ちゃんに注意がいった。
 黒ちゃんは雌で、どんどん卵を産んだ。もともとがからだの弱い黒めだかなのに、産卵を繰り返すことで、寿命が磨り減っていくのではないかと心配になった。お腹に五つ、六つの卵をつけて泳いでいるのを見るたびに、もういいよ、もういいよ、と心の内に思った。
 黒ちゃんの子供たちは、十匹余りが育ったが、二〇〇五年の十月一日に、とうとう黒ちゃんは死んでしまった。
 七匹の親めだかと、十数匹の子めだかは、その冬を越したけれど、去年の夏、一晩のうちに次々と死んで、とうとう全滅してしまった。先に書いた友人の家でも、この夏にたくさんのめだかがいっぺんに死んでしまったというから、気候か何かが原因しているのかもしれない。
 その親めだかが死んでいなくなった鉢を、はやく片付ければいいものを、不精な性格からしばらくそのままに置いておいたら、ある日、緑色になった水の面に、小さな子めだかが泳ぐのを見つけた。親は死んでしまったけれど、卵は残っていたのであった。そう思うと、感慨深いものがあった。黒めだかもいて、黒ちゃんの遺伝子は、ちゃんとそこに受け継がれていた。
 親が死に絶えた水の鉢から育った四匹の緋めだかと一匹の黒めだかが、ふたたび親となって、先日、新しい赤ちゃんめだかが生まれたのであった。三年前、ホテイアオイの根っこにくっついて、我が家にやって来た黒ちゃんたちの孫である。小さな水槽の中で、命は廻っているのであった。
 だけれど、うちのめだかは血が濃い。少しでも健康な子供たちが生まれるように、よそから新しいめだかを呼んで来ようかと考えている。(了)
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めだか三代物語(3)

 一時は四十匹を数えた子めだかだったけれど、その後、毎日数匹が死んで、ふやけてしらす干のようになって、浮かんでいたり、底に沈んでいたりするようになった。弱っている魚を見つけては、隔離してみたりしたけれど、甲斐なく、白くなって死んでしまった。水槽の大きさもさほど小さいとは思われないし、光が差して水温が高くなり過ぎないように気をつけたり、思いつくことはしていたのに、なぜ死んでいくのかわからない。
 友人に、大きな甕にめだかを百匹ほども入れて飼っている人がいて、めだかに詳しいので、こちらの状況を詳しく話して聞いてみたのだけれど、その人にも、子めだかが死ぬ原因がわからず、電話口の向こうで首を傾げるばかりであった。
 原因がわからないので対策も講じられない。歯がゆく思いながらも、日々数が減っていく子めだかの群れを、ただ指をくわえて見つめるしかなかった。
 四十匹いためだかが十二匹になって、ようやく不可解な死はおさまった。四十匹のうち、だいたい六割が緋めだか、四割が黒めだかだったのだけれど、黒めだかのほうが弱いのか、黒めだかで生き残ったのは二匹だけであった。
 その十二匹が秋口には親になって、卵を産んだ。たくさん孵ったけれど、またたくさん死んで、生き残ったのは五匹だけ、その五匹も、里子に出した先で、お腹がぱんぱんに膨れて、みな死んでしまった。(つづく)
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めだか三代物語(2)

 三年前の夏の日に、とあるペットショップの前を通ったら、軒先に立派なホテイアオイが水に浮かべて置いてあった。鮮やかな緑の大きな株で、水の下には黒々と茂った長い根が揺らいでいる。値段も安かったので、家の金魚のために、二つ買って帰った。
 家に帰って、いざ金魚鉢に入れてみると、ホテイアオイがあまりにも大きすぎるために、二つは鉢に入らなかった。仕方がないので、余った方はバケツに水を張って入れておいた。新しい水草が入って嬉しいかいと水の中を覗くと、二匹の金魚は、何かしきりに、毛深い根っこを突付いていた。
 次の日になって、ホテイアオイをよけておいたバケツの中で、何かが動いたように思った。最初は錯覚かと思ったのだけれど、目を凝らして見てみると、すい、すい、と可愛らしい赤ちゃんめだかが泳いでいる。よく見ると、一匹だけではない。五匹、六匹と、水面近く、それぞれが好き勝手な方向に、幼い動きで泳いでいた。
 ホテイアオイの根っこに、たくさんのめだかの卵がついていたのである。卵はどんどん孵って、その次の朝に、十匹ほどに増えた子めだかは、夕方には二十匹を越えて、最終的に、正確な数を数えるのは至難の業であるけれど、だいたいで四十匹以上にもなった。
 予期せず、家の水槽が可愛い赤ちゃんめだかでいっぱいになったので、とても喜んだのだけれど、いったいこのホテイアオイは、どういう環境で育てて売っていたのか、他にも、赤い糸ミミズみたいなのや、水中に棲むダンゴムシみたいなのまでがくっついていた。金魚が根っこをしきりに突付いていたのは、これらの付随物を一心に食べ漁っていたのであって、金魚鉢に入れたほうも一応引き上げて見てみたけれど、根っこはもうすっかりきれいになっていた。
 しかし、この不純物だらけの水草のおかげで、金魚は白い斑点のできる病気になってしまった。食塩浴をさせて、治ったのでよかったけれど、彼らにとってはとんだとばっちりであった。(つづく)
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めだか三代物語(1)

 我が家には、猫と人と金魚のほかに、数匹のめだかがいる。魚はガラスの水槽に入れて横から鑑賞するよりも、自然の川や池に泳ぐのを見るように、上から眺める方が好きなので、金魚もめだかも、暇に飽かせて信楽へ行って買って来た鉢にそれぞれ入っている。
 先日、そのめだかの鉢を覗いたら、五匹のおとなのめだかに混じって、生まれたばかりの小さな赤ちゃんめだかが三匹、すいすいと、水面近くを無邪気そうに泳いでいた。
 子めだかは、体長が二、三ミリばかり、透き通った糸のようなからだの端の両側に、丸い目玉がついている。
 めだかというのは馬鹿な魚で、放っておくと親が自分の卵や稚魚を食べてしまうので、この新しく生まれた子めだかを、別の水槽に移すべきかと思案していたら、水の底からすうっとあがってきた親めだかが、あっという間に一匹の子めだかを口に吸い込んでしまった。もう迷う余地はなく、金魚のために汲み置いていた水を、余っていたガラスの水槽に入れて、残った二匹の子めだかを急遽移し、水草についていた卵も、いちいち取って移し変えた。その卵が今では孵って、たくさんの子めだかが、水槽の中を泳いでいる。
 この子めだかたちは、うちのめだかの三代目に当たる。初代のめだか、すなわち、この子めだかたちの祖父母のめだかを、どうやって手に入れたかというと、買って来たのでも捕って来たのでもない、一風変わった方法で、彼らは我が家にやって来た。(つづく)
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E.S.A

 金魚鉢に入れる水草を買いに、ホームセンターへ行った。
 観賞魚の売り場で水草を選んでいると、金魚や熱帯魚の入った水槽の前に男の客が一人来た。水槽の魚を眺めているが、金魚なんて飼いそうなタイプではない。そう思っていると、男の人は売り場の係りにめだか20匹と小赤10匹をくれと言った。我が家のきんちゃん、ぎよちゃんもこの小赤という種類の金魚である。30匹ものめだかと小赤を買って行くとは、人は見かけによらないなと思った。
 一ヶ月ほどたって、水草は金魚に食べられてほとんどなくなってしまった。私は新しい水草を買いに同じ店へ行った。
 そこでまた、あの男の客に出会ったのである。男の客は今度は、めだかを30匹、と言った。ついこのあいだ、めだか20匹と小赤10匹を買ったばかりなのに、おかしいなと私は思い、そこでふと気がついた。この人はめだかや小赤を飼うのではなく、飼っている肉食魚か何かの餌にするのではないだろうか。そう考えると、10匹単位で小魚を買っていくのも納得がいった。
 家に帰って、新しい水草のあいだを泳ぐきんちゃんとぎよちゃんを見ながら、うちに来てよかったねとつくづく思った。



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