東大阪でそろばん教室を運営しているの先生のブログ 関西珠算瓢箪山教場・石切教場

子供たちから教えられたこと、感じたことを想いのままに綴ります。

読まない方がいいブログ

2016-11-12 00:18:43 | 学習・塾に関する中身
 ちょっと、最近気分が悪くなるブログを立て続けに読みましたので、そのことについて思うことを書きます。ネガティブなお話を読みたくないという方は、この記事は読み飛ばしてください。~私が尊敬する先生とあえて同じタイトルです~










 正々堂々と謝罪することには、相当の勇気が必要とされますよね。

 人生を積み重ねれば積み重ねるほどに、積み上げてきた高さを崩すことになるかもしれない事実に向き合うのは、生半可な覚悟でできることではありません。だからこそ、人前に立つということには細心の注意を払わなければいけません。

 少し前のブログで「東大論文不正」から感じたことについて書かせていただきました。私自身は十年以上積み上げてきた自分の研究の成果と、その研究の先に見えるであろう期待を、たかが学生の実験結果でいったん崩す決断をした教授に、指導をしていただきました。

 もちろん、私は今でも実験結果に間違いはなかったと考えています。でも、学生の実験結果です。今にして思えばよく受け入れてくださったなと思います。もちろん、実験手順は何度も何度も確認されましたし、生のデータも一つ一つ丁寧に確認されました。私も教授の苦悩は理解できているつもりでしたが、目の前の結果からは逃げたくはありませんでした。

 この場合は、別に教授の積み上げて研究が間違いであったわけではないですが、「君のデータがおかしい!」と、否定することは可能だったわけです。でも教授はそうはなさいませんでした。結果に一緒に真摯に向き合い、そのデータから考察するに足る妥当な結論を支持していただきました。

 つまり、私を指導していただいた教授は、自分の考えを否定するデータを受け入れ、積み上げたものを一度崩されたわけです。それは間違いを正々堂々と謝罪することに、等しい重さがあると今でも思っています。
 そして私は、こうしたまっすぐな考えを持った教授に指導していただいたことを、今でも誇りに思っています。本当に素晴らしい恩師に出会えたと感謝しています。

 でも、正々堂々と謝罪することを恐れるあまりに、それまでの自分の主張を「なかったこと」にしてしまう方が私の近くにいることに驚きました。そしてその方はご自身のブログで、ご自身の指導の素晴らしさを喧伝する一方で、私や、私と同じ考え(その先生の言葉をお借りするならば、「教育に対するまっすぐな考え方」の先生)を、ご自身のブログ上で間接的に非難されていました。

 私も、私が尊敬する同じ考えの先生方も、ブログ上で名指しせずにその考えに対する意見を述べました。それからすでに数日が経過しましたが、私や、私が尊敬する先生を攻撃したその方は、のほほんとご自身のブログを当たり障りもない内容で更新されています。

 自分で発信した内容には責任が伴います。IDが拒否されたり、アクセス不可で触れなくなったりする、なかなか都合の良いホームページがあるようですが(もし、IDが拒否されたり、アクセスが不可になったとしても、ネット上にはそのホームページは最終更新時の姿で残っているはずなんですがねえ、だってアクセスできないんでしょ? なぜホームページごと消えてしまうのかな?)、私はそんな姑息な真似はせず、誤りがあれば正々堂々と謝罪したいと思います。 
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