東大阪でそろばん教室を運営しているの先生のブログ 関西珠算瓢箪山教場・石切教場

子供たちから教えられたこと、感じたことを想いのままに綴ります。

東大論文不正疑惑について考えること~私が関わったすべての生徒に伝えたいこと~

2016-10-17 23:47:45 | 日記
 私は奈良教育大学教育学研究科(大学院)修了の修士です。学号としては「教育学修士」ですが、研究した内容は理学部とひけをとりません。「地震の原因である断層活動を予測・予知できるか」というテーマに対する基礎研究をしていました。

 残念ながら私の行っていた研究を使用した予測・予知はほぼ無理だろうという結論に達しました。その道のりは楽なものではありませんでした。

 大学4年生での卒業研究では、従来の考え方では到底考えられないデータが導き出されました。留年覚悟で実験のやり直しを申し出ました。それでも得られたデータは同じでした。私はそのデータを受け入れ、考えられうるあらゆることを考えて教授にぶつけました。

 でも、私の考えはそれまでの教授の積み上げてきた研究を否定するものでした。それでも教授も逃げることなく私と向き合っていただきました。そしてすべての実験にきちんと考察を加えて、前述の結論になりました。

 科学を志す者にとって、出てきたデータと真摯に向き合うことは当たり前のことです。しかしながら、今回の東大論文の不正疑惑については、どうやら科学の道を進んだ経験のあるものには、少なくとも論文の整合性に疑わしい部分があることは否定できないように思います。

 自分の立場もあるでしょう。積み上げてきたものも決して小さくないでしょう。でも真実を探求するためには、自分の積み上げたものを一度崩す覚悟がある時もあります。それは「目の前の真実から逃げない」という覚悟に等しいです。

 私は大学時代にこの経験をさせていただきました。従来通りの結論になるように、都合のいいデータだけを選び出して論文を書き上げることは可能だったと思います。でも私はそれを選びませんでした。それは真実と向き合うことの大切さを、それまでの様々な段階で学んできたからです。そして私の恩師と思う先生方は皆、そんな姿勢を応援していただいた方々ばかりです。

 今、私がお預かりする生徒・お預かりして巣立った生徒には、私のこの根底にある考え方を、都度都度伝えてきたつもりです。今自分の置かれている立場を真剣に考えること。楽な道に流れることは簡単だけど、その道は必ず行き止まりになることを。


 残念ながら、私の耳に行き止まりになる道を選ぼうとする生徒がいることが入ってきました。また、楽な行き止まりの道に入ろうとする生徒もいます。先週・今週と懇談をさせていただき、その中で私の想いを伝えた生徒もいますし、直接1対1で伝えた生徒もいます。私のことを拒否する生徒もまたいます。


 東大と言う、日本では最高の学問の府ですらこの状況です…。今の子供達に先を見据えて頑張り続けることは酷なのか…。と悩みました。でも今ここであきらめたらこれまでの私の考えは無になってしまうでしょう。だからこそ踏ん張るべきなのかと想います。

 真実から目を背け易きに流れること。それは自分自身を否定することにもつながりかねません。私は私の伝えたいことをこれからも愚直に伝え続けてこうと思います。私が関わったすべての生徒が、易きに流れず、自分自身で、自分の生き様を切り開く術を身に付けんことを願って。
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