東大阪でそろばん教室を運営しているの先生のブログ 関西珠算瓢箪山教場・石切教場

子供たちから教えられたこと、感じたことを想いのままに綴ります。

先生と言う存在

2017-07-01 00:17:08 | 日記
 は、とにもかくにも「子供のことを想う」存在でないといけないと思います。

 私がそろばんボランティアで訪ねた学校の校長先生の言葉が忘れられません。

 「学校は子供を無条件で受け入れる場でなければいけません。キミがそこにいるだけでいいんやと。そして先生は子供たちが学校を、そして先生を信用できるように接しなければなりません。」

 私も完全に同意します。普通に生活をしていれば、平日の起きている時間は小学生は10時間睡眠を取るとして14時間。そのうち、6時間授業の日は8時45分~15時30分で約7時間。起きている時間の半分が学校で過ごす時間です。そしてその大半は担任の先生とともに過ごします。

 担任の先生は子供たちの人生の大きな部分を担っているのです。ところがこの担任の先生と言うのが曲者です。本当に子供たちの前に立つ資格が全く無いといわざるを得ない方が少なくないのです。

 過去にも先生方とのトラブルがたくさんありました。一番大変だったのは某中学の先生です。よくできる生徒に対する押さえつけが本当にひどくて、お話に行きました。「そろばんの先生(ごとき)には分からないとおもいますけどね」<( )内は私にはそう聞こえたと言う意味です。言い方(文章には表せないんですよ)でそう感じてしまったわけです。>と言われた時には本当にびっくりしました。

 あ~、自分の指導は完璧だと思っているなあと感じました。こういう方々は痛い目にあわないと分かりません。逆に痛い目にあっても逆ギレしてしまう方もいて本当にしんどいと感じます。
 もちろん、子供たちのことを第一に考えて行動して頂いている先生方も多くいらっしゃいます。本当に尊敬しかない先生方も多いんですよ。でもね、一部の先生の心無い行動や言動で、子供たちの「先生」に対する信頼が無くなってしまうこともあるんですよね。

 子供たちが「どうせ先生に言ったって無駄や」となってしまうとしんどくなるんですよ。

 今私がお預かりしている生徒の中に、残念ながら先生のことを信用できなくなりつつある生徒が複数います。それはお話を聞く限り学校の先生の方になんらかの問題があるように感じます。

 私にお話をしてくれる、「せんせ~、聞いて!」言ってくれているということは、まだ私という存在はお話をするに値する先生として認識してくれているということだと思っています。

 市井の先生が学校の先生より信頼されてしまってどうするんですか? と本気で思っています。

 もし、このブログを現職の先生方が何かの拍子にお読みなっておられたら、ぜひ次の質問の答えを先生のお立場で考えてください。


 問い①「十数年後にあなたの教え子が社会人となったとき、教え子はあなたの元に「先生の下で学ぶことができて良かったです」と来てくれると思いますか?」 または「十数年後に社会人となったあなたの教え子とばったり道で出会ったときに、教え子の前で胸を張ってお話をできますか?」

 問い②「あなたがいよいよ老いて入院、あなたの担当医師又は看護師が教え子であったときに、親身に対応してもらえると思いますか?」

 これら2つの問いに迷いなく「はい!」と答えることができる方以外には先生という職は続けて欲しくないですね。

 先生と言う立場はいつも子供たちのことを想い続けねばならない。自戒を込めて書いておきます。

 (あ~、まじめな着地でした。最近心の中の怒りが多くて…。でも子供たちに向き合うときにはリセットしますよ!)
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