まさか日本でカルチャーショックを!

中国広東省で生活経験有り 元技術者 元日本語教師
旧タイトル:まさか私が日本語教師に!(NO.3)

過ぎ去りゆくことへの愛おしさ

2016-11-05 17:08:55 | 行動計画 & 積極的思考
商業施設でお買い物の後、焼きたてのパンの匂いにひかれてベーカリーコーナーへ。

私は食パンに関していえば、真っ白なものはあまり買わない。
しかし菓子パンは仕方がないし、お店で作って直売するパターンであればこだわりなく受け入れている。

「『昼ごはんとしてコンビニでおにぎりを買って食べたのに、さらにパンを2つ買うなど贅沢だ』とは思うのだが、人間はそんな小さな喜びで生きているのだ」と自分自身を洗脳し、自分に都合よく生きているおっちゃんがここにいる・・・。。

地上の駐車場でもなく、立体駐車場の屋上でもないテラス部分の駐車スペースの愛車の中で、暖かい日差しをうけながら食べたパンの味は格別であった。

その時何度も何度も通ったマカオの冬場の日差しを思い出した。

中国本土で奮闘していた私にとってマカオはなくてはならないリラックスできる場所であった。
(当初は仕方なく通っており行くのが嫌な時期もあったのだが、そんな時期が過ぎると自然に資本主義世界に足が向いた・・・。)

元々西洋的な物事は好きであったりする。
ただそれよりも少しだけアジアへの想いが強かったので、中国に渡ったのかもしれない。


本日の私は数か月ぶりにリラックスしている。
そんな本日感じたことがある。
それは「転職や帰国での最後の数か月こそ(苦痛でありながらも)一番楽しかったのかもしれない」と。

昨年もそうであった。
もう二度とこんな経験はしないのだろうと考えたとき、残業が続いてヘロヘロとなっていても「今がたまらなく愛しい時期なのかもしれない」と感じていた。

高卒から今までに(勉学を除き)大きな移動は大まかにいえば10回ぐらいである。

今考えると、楽しい時もどんなにつらい時も最後は今まで以上に気合が入り、反面肩の力も抜けており「今というひととき」に愛しさを感じていたのかもしれない。


話を元に戻す・・・・・・。

なぜマカオであったのか。
答えは簡単である。
香港に行くよりはそちらの方が近く、その気になれば毎週でも行ける場所に住んでいたので。

しかし最初に赴任したのは同じ広東省でもまったく違う場所であった。
まさか自分が(一度だけ同僚と)元同僚を訪ねた時に立ち寄った市に住むことになるとは思ってもいなかった。

そのように考えると、縁というものは決して偶然ではないような気もしてくる。



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