まさか日本でカルチャーショックを!

中国広東省で生活経験有り 元技術者 元日本語教師
旧タイトル:まさか私が日本語教師に!(NO.3)

九州の豪雨 と 劉暁波氏死去 のニュースについて

2017-07-14 22:49:49 | いろいろ
■平成29年7月九州北部豪雨
記そうか否か悩んだのだが、やはり他人事ではないので、記しておく。
2006年(平成18年)7月に広東省某市で洪水を経験している。
当時学校敷地内に住んでいたこと、そこが周りよりは若干高かったこと、1週間の夏休みに入っていたこと、さらには外国人教師として優遇されていたことにより、大変ではあったが何とか過ごした。

ただ被害に遭った卒業生、在校生の家庭も多かった。
それに美しかった街が数か月の間は埃っぽく、被害の後も残っていた。
当然亡くなられた市民も多かった。

後に他の市の街中のアパートや郊外の村の外れのアパートに住んだときも水とは格闘していたのだが、外国人が1人で村の外れに住んでいてそんな洪水に遭ったとしたら、どう対処したであろうか・・・。

街中に住んだとき以外、やたらと停電、断水が多かったのだが、それは長くても1日以内の話。
洪水のときは何日間か使えなかっただけで大変であった。
それが数か月も続くとしたら・・・。
通行手段がなくなったとしたら・・・。

■劉暁波氏死去
「ご冥福をお祈り致します」
「あなた様の志は多くの方が受け継いでおります」

私は好きで中華人民共和国に住んでいた。
だが時々マカオに日帰りで遊びに行き、浩然の気を養っていた。
いちおう西側諸国のひとつである日本で生まれ育った私からしてみれば、中国での生活は窮屈な部分も確かにあった。

今であればVPNも簡単に使えるが、外国生活の命綱であるネットの規制は痛かった。
またスマホも中国国内仕様であれば、(入力はともかく基本システムは)中国語簡体字、繁体字、英語でしか使えない。
そしてGoogle Playも使えなくされてある・・・。

一度スマホが壊れたときに、よほどマカオで香港仕様を買うか、朝鮮族の友人のつてで韓国仕様を手に入れようかと思ったぐらい不便・・・。

現在私が教えた学生で有名日系企業などの外資系に勤めている方々はスマホでもVPNを使っており、それなりの外の情報を得てはいる。
だが一般国民でそんなことができる方々はまだまだ少ない。

だいたい中国人との会話の中で、日本人の私がいるのに、“何も考えずに“小日本”という蔑称を使ってしまうほど反日教育は進んでいる。

2012年の尖閣問題の時に本気で戦争になると思っていた方も多い・・・。

まあ日本という国も隠し事が多いので、あまり他所の国のことを言えないのだが。

ただこれだけは記しておきたい。
「悪事、隠し事はいつか発覚する」


追記:太文字部分 20170715 JST18:12
補足:スマホの基本システムは日本にいる今も普段から中国語か英語なのだが・・・。
人間はないものを欲しがるので。
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