射るような光

心の澱を捨てながら時々音楽話 特にヘヴィ・メタルとプログレの日々

色んな事が

2017年06月18日 | 日記
以前、色々と受け止めきれないことが起き続け、私は翻弄され続けていると記した

どうせなら、それら全てが霞むほどの大きな事が起こればいい、それが音楽に関する事なら尚良い

そう記した


またこれも不思議なことに
そういう方向へ動き出した

ただ私には実感がなかった
さて、少し整理していこうかと起きている事柄を見渡したら、そうなってきているのがわかった


ならば、今起きている事柄に意味を与えるのは私自身なので、思った通りがそこから返ってきている
という想いに変えればいい

例えば、この間非常に個人的と言ってアップした
覚え書の内容
ある人がいなくなる
その人へのお餞別に当たる言葉だった

私は只管寂しいのだ、今でも
それなのに寂しいのは当たり前なのに、
また我慢をしようとした

それをするのは止めて、本人へ素直に言った
構える事もなく、まるで我慢していた私は霧の何処かへ行ってしまったかのように
そうしたらその本人から、掛け値ない素直な気持ちが返ってきた
驚く内容だった

その驚きは大人という括りの私から見たマイナス方向だったので、瞬時にプラスに変えた
括りも捨てた
マイナスに受け止めた気持ちも開放しながら
言葉にした
これが出来る自分に驚く

その方に限らずその人個人と考えないで、誰に対しても放たれる感情と思うと、自然と感謝とその本人と過ごせた時間の愛しさが先に出る
その想いと共に、その時の感情を口にした

以前なら出来なかった
その本人や周囲の人の事が気になって

誰かに持つ感情は、時に自分でも気がつかない想いに驚く事は誰にでもあるだろう
プラスだろうがマイナスだろうが
その時にマイナスなら自分を嫌悪する
それで終わり、考えるのを止めていた

それも淀みの素と捉え、浄化する事をしてきた
認めるという事だ
浄化するとすぐに消える

そのままだとその本人、要するに相手の方へ嫌な感情だけがいく
それは何の嫌な感情なのか、相手の方にはわからない
ただ、その方から受けた嫌な想いだけがのまま伝わる
それは恨みの温床になっていく
あなたのその行動が私を嫌な思いにさせる
相手の方には、何故だかわからないけれどこの人といると嫌な気分になる
そういうやり取りになる
反対もまた然り
相思相愛の状況だ

或いはストーカー的な独りよがりの感情
それは、何でわかってくれないの?こんなに愛しいのに、そんな気持ちだろう
それが相手に伝わり、こちらを理解してくれはしない状況と恨みの感情を生み出し、余計に遠ざけられる

非常にシンプルだ

根底に生まれたものだけが
人や物事に変換されていく
潜在意識の不思議さだと感じる

私がほぼ寝たきりになっていた去年の今頃
動けなくて当たり前
それ程に身体に負担をかけてきた
もう少ししたらまた、動ける
不調はなくなる
そう思い続け、私がしたかった事をしている知人を羨望していた
その感情の流れ方が、どんどんそうなっていかせるのがわからなかった

今起こっている事柄の意味や理由など、物体的な事でさえその時はわからない事が多いのが当たり前なのに、意味を追おうとしていた
科学的な事でも、最初に推論有りき
仮定して実験をする
そして、失敗を先にする
それが起こって始めて、このやり方は間違っている、その理由はこれだ、それがわかる

大気に包まれた地球も、わかっていたからこの星に生命が誕生したのではなく、その状況だから、そうなった
地球の営みがこの星への理解を深めさせてくれた

全てがそうだ

但し、一度した失敗を繰り返すのかどうかは全てがその本人発であり帰結になる

こんな単純な事がわからないままだった
幼い私だった
むしろ、だいぶ以前の方が知っていた
そして、実践していた

いつの間にか起こる事柄に翻弄され、目先の事に囚われ続け、折角教えてもらった智慧を置き去りにしてきた

また、気付けてよかった

化学と哲学と宗教の行き着く先は同じなのでは?そんな疑問を持ち始めた子供の頃の方が大人だった事に気付き、更に今はその肉付けが終わった時だと気付けた

肉付けが終わっても、そこからまた更に、それを豊かに展開させるステップが待っている

それは今まで以上に、不思議と共にやって来るのだろう

ここまでの私にわかる事
物事は非常にシンプル
思い描いたようにしかならない
言霊と言われるものは常に発動している

言葉は思考の具現化だから

今思うことは、今返ってくる

しんどい、辛い
と思っても、すぐに
わかって良かった、いつも通りにはいかないよ
そういう事だな
と、思う
いつも通りにしたいなら
体の回復に任せよう
そう思うと動ける
動けたら、自分に感謝して褒める
感謝をするとそのハッピーな状況を
作るお手伝いをしてくれた人が浮かび
今度はその人達に感謝する
そして、大事にされている自分を自覚する

その繰り返しになってきている

よく、生まれてきた意味を知りたがる方が
いらっしゃるが
それは肉体がなくなってから、或いはなくなる時、或いは全く執着がなくなった時でないと
わからないのではないだろうか
私も推測でしかないが

自分の経験から感じた事だ

一つだけわかった意味らしき事がある
突然現れたその想いは

愛し愛される事

それをする為に生きている
誰かを愛する事は自分を愛する事と同じ
人の意識は繋がっているからだ

自分を攻撃していると人からも攻撃されるし
その反対も同じ
気がつかないだけだ
そんな事はないと思っていた頃
そんな事はない事と思った事だらけだった

ならば今はさぞゆったりとしているだろうと
思っていたしそう思われた
それが笑ってしまう程に後から後から
噴き出してくる
それだけ淀んでいたのだろう
私自身は悪い発酵をしていたので
私の知らない私は
なかなか見えてこないようだ
その私を味わい尽くさないと
次のステージにはいかれないと感じる

くじけるな!私


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