射るような光

心の澱を捨てながら時々音楽話 特にヘヴィ・メタルとプログレの日々

私にとって洋服を売るという事

2017年03月06日 | 日記
ダイレクトなタイトルだけど
私が最も好きな分野であり
かつてはそれへ自分をかけて仕事をしていた

私は エンドユーザー対応
要するに販売員
あるブランドの販売員だった

今は その会社は紆余曲折の末
ある大手アパレルの傘下に入っている
それは私が退職した後のことなので
詳しい経緯はわからない

私はそのブランドの販売員として
デザイナーの代弁者であり
そこのデザインのファンの方々の声を
今度はデザイナーに届ける役割を担って
仕事をしていた

そう教えられた訳でもない
それを要請された訳でもない
そこの社長とデザイナーが人間的に 好きだった
その二人の為に仕事をさせて欲しいと
いう思いが湧いてくるようになった時に
自然とプロとしての立ち振る舞いを
考え始め そういう思いに至った

そこでの販売員としてのキャリアは
思いもしない横ヤリのせいで
売り場対応のままで
退職という形で終わってしまったが
何度も会社からまた戻って欲しいという
お話しを頂きパートならと
再び期間限定でお世話になった

正社員として戻りたかったが
戻れない理由があった
今、思い出しても悔しい が
過去のことだ

その頃その会社はまだ順調で 有名な方だった
しかし 業界自体が今で言うブラックなので
社員の出入りはその会社も激しかった
入社して来る女性も男性も
総じてそこのファンかまたは
洋服が大好きな人達だった
ブラックなシフトでも
自分から進んで働いていた人も多かった

私はそこの服は好みでなかったが
ある人を介してそこへ入社したので
プロとして対応する必要があった
しかし、そんなカッコいい事を言っていても
最初の2、3ヶ月くらいは
待遇の悪さにブーたれていた
ただ働いていただけだった

その最初の頃に 私がいたアパレルブランド店と
同じフロアにある
違うアパレルブランドの店長と知り合いになった
その店長は私と同い年だった
そこのデザインが好きだった私は
何度か買わせてもらっていた
その時に 普段とは違う仕事での彼女を見て
ショックを受けた

休憩時間での普段の彼女とは
比べものにならない程の
凛々しい大人な顔をしていた
そして部下に的確な指示を出していた
余裕を持って
彼女の会社は私がいた会社より
はるかに小さかった
だから その若さでも
責任ある立場になるのかとも思ったが
仕事での彼女を見れば見るほど
そうではないのがわかった

その時から
ただの出世欲しかなかった私から
自分をその職場で出しながら
その上仕事に力を注いでいくには
どうしたらいいのか
論理的に考え 独学で売り場経営と
購買心理の勉強を始めた

のめり込んでいった
そして結果は出た

そこの会社一
若い店長になった
勿論 私の目標は店長ではない が
まずはそこを越えないといけないので
色んな売り場の展開方法のプランを立て
本社に通い何度もミーティングを重ねた
任されたのは新規オープン店だったので
比較的本社も聞く耳を持ってくれたという
幸運も有った

やっとオープンの時を迎えた
私の思った通りの売れ方をしてくれた
それは本社には想定外だったのだが
私はその額を本社と約束していた

自分を追い込んで仕事をしていた

その結果
数字は出たが 人間関係は最悪な事となった
そこは私には想定外だった
当時も思ったが 今は尚更に思う
本当に私という人間は未熟だった
私ができる事は皆できると当時は思っていた
典型的なダメ上司だった

私自身が努力型であった為に
そう思い込んでいた
私は自己評価が低すぎると
上司からきつく注意をされた

今でもその時の言葉をはっきり覚えている
「君は自分はダメだから努力するしかない、ダメだから頑張るというけれど人よりできるからその席にいるんだろう。確かに努力した結果だけれど、出来る人が努力した結果が今の君だ。君自身を最低ラインに置くな。それでは誰もついてこなくなる。」そう言われた
確かに私は最低ラインだと思っていた
その最低ラインが出来ない部下を
きつく指導した
それはその人達にも
早く店長になって欲しかった一心だった

仕事が好き過ぎて
楽しくて仕方なかった私は
その楽しさをみんなに味わってほしかったのだ
部下それぞれが どんな気持ちで
そこへ入社してきてのかも考えずに

こと、仕事に関しては好き過ぎて
自分を俯瞰していなかったのである

周囲の出来る人たちに心からビビっていた
という事もあった
どうやっても追いつけるとは思えなかったのだ
仕事ばかりでなく センスや自分のプロデュース、自分の売り込み方全てにおいて
私は劣っていると思っていた
そんな私が唯一自信があったのは
商売人の家庭出身だった為に
自然と備わっていた接客だった
それしかなかったのだ

だから数字で攻めていくしかない
それしか 本社に意見を言える切符はない
そう思い込んでいた

結果 部下に嫌われたが
私は誰も嫌いにはならなかったし
なれなかった
わだかまりも 私にはなかった
みな大事な部下だった
私は彼女達の縁の下の力持ちと
本気で思っていたからだ
その割にはきつく言い過ぎたが
みんなが大好きだった
みんなに嫌われても みんなのお陰で
その時から力を抜いて
一人一人を見て仕事をしようと
思えるようになった
大きく育ててもらったと思っている

今でも感謝している
上司として失格だった私に
意見をするように本社に直訴してくれて
それがなかったらプライベートでも
いやな奴だっただろう

この事があってから
洋服をお客様に買って頂ける喜びも
さらに増した
ブランドの価値は
商品の限定感とそこへの信頼故に
それを手にした時の満足感に尽きると
今でも思っている
極端に言えば満足感を買うようなものだ
私はそのブランドの
ファッションを売っていたので
そこにお金を落として下さるお客様に
満足感以外に
更に綺麗になって頂きたいと思い
接していた
お客様が可愛く綺麗になる事が
私の喜びだった

本当は今でも何でもいいので
洋服に携わっていたいのだ
しかし 売ることしか能がないので
年齢的にも持病としても
儚い夢となってしまった

洋服の販売員をしていた当時に
私の接客で買ってくださった方々に
心からお礼を言いたい
と 今でもいつも思っている

ーありがとうございましたー


















ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ウェンブリーアリーナのX JAPAN | トップ | いつかの乗車券売機前 »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。