銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

Climaxに、いよいよ差し掛かりますよ。その前に浜田知明とbutter不足が、山口みつ子さん他殺に関与していることを語りたい

2017-06-09 21:00:34 | 政治

 これは、まったくもって前報

 の続きです。そこに加筆をしたいとも、思うのですが、前の方は、同じ文章ですから、それを、何度も繰り返して、 お読みいただくのは、申し訳ないので、こちらに、新しく、文章を起こします。

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副題1、『月刊ギャラリー、2006年2月だったと思うが、保坂涼子さんの、ギャラリー山口における個展を、褒めたものを載せた。で、保坂さんは、最初は、感謝したのだと、思う。で、それを、ギャラリー山口のオーナー、山口みつ子さんに、言えば、彼女は、私の連絡用メルアドを知っているので、保坂涼子さんは、それを利用すれば、簡単なお礼をする事ができただろう。それで、すべては、終わる筈だった。非常に単純な話で終わる筈だった。

 美術手帖とか、芸術新潮とか、みづゑとか、美術の窓とか、月刊美術とか、一枚の絵とか、新美術新聞とか、美術を紹介する、雑誌は、いっぱいあるけれど、今、現在開かれている個展を紹介する雑誌として、また、その売価が安い方なので、月刊ギャラリーは、大勢の読者を主に、製作する作家側に、獲得していると思う。美術界で、それなりに、適宜な雑誌としての位置を確保していると、思う。

 しかし、なのだ。この連載が、高い人気を博していたので、後ろ側で、これを、潰してやろうとする動きが活発に始まったと、推察している。どうしてそうなるかと言うと、1965年時にICUで、ベーカーさんと言うアメリカ人学生が、CIAのスパイだと、見抜いてしまって、それを眉を顰めることで、表現をしてしまったので、彼に痴漢を装って、殺されそうになっている。もちろん、助かったが、それ以来、私が生きていることは、彼にとっては、多大は、不安の元なので、命を狙われている。その次に、1978年に、京急北久里浜の、東の丘に在った、横須賀市の水道山を、瀬島龍三と、親しい元海軍参謀・益山重夫氏が、地籍変更届と言うのを、利用して、只で、私有化した。それを、地境地主だったゆえに、巻き込まれてしまい、嘘のすべてを、理解してしまった。これは、彼等にとっては、ゆゆ式ことで、

 神戸で起きた土師淳君の殺害も、少年Aが【絶歌】を出版したことも、すべて、ここに生起している。その水道山は、事件後、30年を期して、マンションが、建てられた。その外見が、傾きマンションとして、何度も、テレビニュースをにぎわわせた、横浜都筑区の、【らら横浜】と、そっくりなので、同じ設計事務所が、担当したと、推察している。

 たまたま、日建設計(六本木の、新国立へ、支援金を出している?)の、横浜支店長だった、白井氏が、担当していると、私は推察している。それを、踏まえて、白井氏と、その夫婦別姓結婚の妻である小野寺夫人が、私の西隣に、引っ越してきたが、建築中から、異様ないじめを行って来ており、すでに、それは、12年以上にわたって続いており、昨日も二日連続で、真夜中の誰もいない部屋(二階)の天井灯が、点灯していた。これは、今書いて居る保坂涼子・秋山裕徳太子・山口みつ子・大久保忠春問題が、非常に恐ろしい事件であって、それを書かせない様にするための措置だと、思って居る。一回だけなら、他の理由も考えられるが、二回も連続したので、そうであろうと、推察している。

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副題2、『月刊ギャラリーの社長にして、編集長の、本多隆彦氏が、何のお断りもなく、私の連載を切ってきたのは、異様だった。だって、氏は、本当に困ったときとか、哀しい時に、私を相手に個人メールを呉れたほどだったから。何が彼を悲しませたかと言うと、せっかく熊本まで、出張をしたのに、【初年兵哀歌】の作家=2017年現在は、99歳の浜田知明氏が、会ってくれなかったからだ。この個人メールを呉れた時は、浜田知明は、まだ、87歳で、他のメディアには、きちんと応対をしているので、これは、徹底的にノブレスオブリッジを外した、単純なる意地悪だった。

 憤懣を内に秘めて、「馬刺しを食べています」と言う彼のメールを読みながら、【初年兵哀歌】は、神奈川県立近代美術館・鎌倉別館に所蔵をされて居るので、そのラインで、酒井忠康氏あたりから、妨害が、入ったか、それとも、芸大出身という事で、野見山さんあたりから、「会わない様にしてください」という連絡が入ったのかと、思った。

 しかし、この時にはまだ、瀬島龍三が生きていたので、彼が、直接、電話をかけて、「会うな」と、頼んだのかもしれない。瀬島龍三は、宮崎進をも支配して居て、それは、すでに書いて居る。後注1、

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副題3、『浜田知明が、本多隆彦さんに会うのを拒否した話は、保坂涼子さんが、恐ろしい罵りのメールを、私によこしたことと、相当に、共通してる要素がある。それをここで、きちんと書いておこう』

 何が共通しているかと言うと、メールの実物が失われているという事です。私のパソコンは、ほぼ、15台か、それ以上破壊をされました。私は、AOLのメールを使っていますが、これは、マイクロソフト社が、隆盛になる前に、起案されたシステムなので、2007年ごろまで、独特のシステムを使っていました。そのことについて丁寧に説明をしたので、クリントン副大統領の、メール問題が出てきたと、覚えております。ともかく、Aというパソコンで、読むと、A以外には、保存されておりません。で、Aと言う、そのパソコンが壊されると、無くなってしまい、見えないのです。だから、本多さんが熊本からよこしたメールも今、皆さんに提示することができないし、

 保坂涼子さんが、よこした、恐ろしいメールも皆様に、実物を提示することができません。

 特に保坂さんのメールは、恐ろしいものでした。36と、101が重要な数字です。36行の長さの罵りのメールを、101回重複して送って来たか?

 または、101行の長さの、罵りメールを、36回繰り返して送って来たかのどちらかでした。

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副題4、『この保坂涼子問題が起きたのは、2006年度中だったと、記憶しているが、そのころから、私は、私のパソコンへ、異様な攻撃を毎晩、50回以上加えてきている連中の中に、大学=ICU時代の、たった、23名の英語学習上の同級生、古村浩三君が、入っていることを、察していた。一日に六時間以上一緒に過ごした男性が、今、こういうことをやってきていると、思うのは、芯から、震撼する事だったけれど。今では、相当に平気になった。今、この瞬間にもやられたけれど。ただし、それを外部に表明するのは、6年間、我慢に我慢を重ねた上での、2012年の、秋以降だった筈で、それで、片山祐輔君と言う犠牲者が、逮捕されることとなった』

 ただ、ここで、さらに丁寧な記述が必要です。私の生活は、24時間攻撃と弾圧の対象となっていますが、電話はもちろんのこと、パソコンも徹底的にハッキングされて居ます。で、この保坂涼子さんの罵りメールが、私を苦しめると、判断した、ハッカーが、36回同じものを繰り返して送ってきたのかもしれないのです。

 それは、メールの方が、101行だった場合です。で、もし、メールが36行だったら、101回繰り返したハッカーが居るわけですが、それが、だれであったかを、今は、推察して、ここで、書き表すことができます。

 まず、その高度なIT技術から考えて、警察庁の内部に、それほどの、技術屋が、2006年に居たとは、考えられず、アメリカのCIA本部には、日本語を、正しく読める人間がいるとも考えられず、かつ、2006~8年の間だったと思うのですが、お正月の、6日に突然、怒りの電話をかけて来て、「あなたのせいだから、あなたパソコンを使うのを止めなさい」と、命令してきた杉並区に住む、元、東大教授である、これまた、ICU同期生の桜井真理子さんの、ケースを考え合わせると、

 このケースで、保坂さんの罵りメールを、多数回、繰り返し送信して、来たのは、ICU,同期であり、かつ同級生である、古村浩三君かもしれないのです。

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副題5、『日本の場合、警察が、どちらの味方なのかが、問題だ。法に基づくなら、被害者の見方であり、被害の補てんをする方が警察なのに、どうも反対に動いているので、それが大問題なのだ』

 ともかく、もし、私が強者の側であり、今、それを鎌倉エージェントの、連中が行っている様に、警察を支配下に置き、私兵として、使うことができるのなら、私は、すぐさま、保坂涼子さんのパソコンを調べてほしいと言ったでしょう。そうしたら、彼女が、101行の罵りメールを、36回繰り返して送って来たか(または、数としては、36行のメールを、101回でありますが)、または、他の人物が、彼女に成りすまして、繰り返して来たか? それが、判ると、思いますが、

 現在の日本は、無法地帯で、法治国家ではないので、被害者の方を、味方する警察というのが居ないのです。だから、私は泣き寝入りです。しかし、ご近所様のなかで、もっとも、上品で、教養の高い、井上さん【ペンネーム、岸田淳平】が、今般、前田祝一、小野寺夫人連合軍に、悪利用をされ、ただ、単純にそれを、されたというよりも、私の心の中をえぐる様に、誇示してきたので、ここまで、書くことを決意し、実行をしているのですよ。全部同じ穴の狢ですから。そして、威張り返って居る保坂涼子さんの、両肩には、自分たちを守るために、殺された多数の人の、苦しみが乗りかかっているのですから、彼女がどれほどに、私を軽蔑しようと、私の方は、私の方で、彼女を深く軽蔑していますので、ここまで書くのです。

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副題6、『ところで、脅かしのために、真夜中に、ワンギリの電話がよくかかって来ていた。それを、私は長らく、本多さんが掛けてきているのだと、誤解をしていた。と言うのも、すべて、大変出来が良い文章に対して、掛かって来ていたからだ。

 どうして、そういう風に誤解をしたかと言うと、彼は、大変忙しい人で、会社に、泊まる事が多く、真夜中に、文章を書いて居るという事を知っていたからだ。彼は、私より、12歳若い。私は、他の人すべてに対して、人間のアガペーと言うものを抱くので、ある人から、「お母さんみたい」と言われていた。したがって、彼に対しても、母親みたいな気持ちを持っていたのだが、だからこそ、浜田知明氏に与えられた無残ないじめを、悲しんでいる彼に深く同情をした。しかし、薄々感じていた、鎌倉エージェントが動いている、はずの、裏側(政治的な部分)については、彼に言ったことはない。それは、あまりに複雑な話であって、彼みたいに忙しい人が、読むはずもないと、思って居たからだ。

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副題7、『井上ひさしが生きていることは、真夜中のワンギリ他で、自然に、私には、判って来た。今、問題なのは、旧神奈川県立美術館の跡地を、改修中だが、アメリカキササゲの切株を、どういう風に処置しているかなのだ』

 しかし、ともかくの事として、私は、本当は美術の人でもあるが、この、2007年から、2013年ごろまで、溢れるほどに、文章が、生まれて、書き続けていた。無論、出来の良いものと、できの悪いものがあるが、自分でも、傑作ができた時は、判るのだ。その判断は、別の人でも、ライター行をしている人にはわかると思う。それで、傑作が書けた日には、必ず、真夜中にワンギリの電話がかかってくるのだが、それは、美術界に対して、自分の労働で奉仕をしているもの同志、として、本多隆彦氏が、褒めてきているのだと、思い続けていた。それは、浜田知明に拒絶された苦しみを、メールで、私に訴えて来た日以来、そう考えていた。(苦笑)

 しかし、実際には、井上ひさしが、それをやって来ていたのだった。そして、目的の方も正反対だった。私のブログの出来の良いものを、傑作だと、判断したのは、同じなのだけれど、「それを使って、謀略用ニュースを作るぞ。または、お前を苦しめる行為を、鶴岡八幡宮様他にやらせるぞ」と言う脅かしだったのだ。

@@@@@@@ここが書きかけ中の最先端で、以下はメモです。

 *1)、プリンターが真夜中にカタカタなり始めるのを、時枝裕子さんに相談したのに、彼女は、一切同情的ではなかった。その時にはっきりと分かったのだ。長らく、メンターとして尊敬し、仲良くしてきた時枝さんが、井上ひさしによって、敵方に、すでに、取り込まれていることを。

*2) そして、問題は、八幡宮境内の、旧美術館の、職員用玄関の前に臥竜の様に横たわっていたアメリカキササゲの木の切り株が、どうなっているかなのだ。

*3)、激しい弾圧が、月刊ギャラリーの連載が、何の御断りもなく、2006年に、中止になったのだが、そこから大弾圧が始まった。その一つが、渡辺幸子さんが、青木繁大賞展の大賞を取った事だし、山口みつ子三が、殺されたことなのだ。

 ここで、突然ですが、午前零時になったので、就寝をさせてくださいませ。途中ですが、自分が死んでしまいますので、中途半端でも、時間で区切って、寝ようと思います。お許しくださいませ。バターのところまで、到達していませんが、仕方がありません。

 後注1

私への拷問の一手法として、画廊のトイレに鍵を掛ける話・・・・・佐野研二郎の盗作の裏をここで再び語ろう  2017-05-01 20:03:25 | 政治

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