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遅ればせの啓蟄!?

気がつけば・・・昨夏書いたっきりで放置ブログになっておりました。時より御覧の皆様大変失礼をば致しております。どうやら小生の執筆!?活動なるものは長い冬眠生活が必要なようで・・・
さて時節柄我が郷土であり住まう越後は、満開の桜が春爛漫を告げております。同時に遠き山々の残雪が、春のぼやけた視界にコントラストを加えてくれます。
啓蟄には遅ればせつつも風を感じつつ車を走らせいざ残雪の麓へと向かったのはこの前の日曜日のこと。
御先輩方いや小生ハンドルネームの冠に無断借用する「アメトラ」の先達方が遠き尾張の地に終結の後、一派が越後路を北上の報あり。いざ挙兵をいやここはひとつ御目通りをとのことで末席を汚しに馳せ参じることにしたのでした。
四十里近くの道のりを愛馬ならぬ愛車を駆って、お会いできること楽しみに伺うと、我が道のりの約二倍の遠路を旅したせいか、残雪も桜ももはや興味の外の雰囲気。確かに桜花は既に目にして居られることですが、「会って酒席を交えて歓談できれば言うことなし」とは・・・これは小生の拙なる想像の粋を出ませんが、鄙に住まう者としては冥利に尽きる話ではあります。
皆様に元気をいただいたおかげで一足早く夏服での1ショット。今年の夏もまたこの格好でお会いできれば、いや別れ際の「ではまた」の一言は遠からぬ日の再会がいつもの如く巡り来る期待と自信につながっていることと信じて今回は一報なり。
追伸 5/19は新潟市内でのオフ会とのこと。こちらも台風や具息の用件に阻まれしばらくご無沙汰しておりました。ブログと併せても「消息不明」にならぬように馳せ参じたく。(笑)
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無事でした!

先週の週末は確かに怖いといった思いに至りました。勢いづいた雨は止むことなく約3日間降り続けた。
よもやと7年前の嫌な記憶に辿り着くのにさほど時間はかからなかった。三条市の中心部一体がほぼ浸水いや水没に近い状況になったことに。
そして予想は現実となった。同じ河川である五十嵐川(いからしがわと読みます)の今回は更に上流で堤防決壊の憂き目を見ることに。魚沼市では破目川が決壊しこちらも床上浸水の被害が出た。
いずれも著名な信濃川の支流であり、当然その下流に位置する我秋葉区も一時は全域が避難勧告の対象となった。
土曜日の午後は嘘のように晴れ間が指し、先程までの降り続いた雨が嘘のように上がった。いつもの夏の日差しが戻ってきた。
即ち「間一髪で水難を逃れた」というのが状況です。
当日NTFCのオフ会が予定されていましたが、残念ながら伺うことが出来ませんでした。「雨も落ち着いたので」と向かうべく駅へ着きましたが、電車全て運休でしばし呆然としておりました。
折角お集まりの皆様申し訳有りません。この場をお借りしてお詫び申し上げます。
ご心配をお掛けした皆様、8/5(金)にはきっと東京で集合した皆様との姿をお届けできることと思います。
何よりも無事に胸をなでおろす今日この頃です。
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8/5(金)は東京の夜

概して「偉くなると自らのスケジュール管理が出来なくなる」と申します。
小生けっして「偉い」と思しき収入を得ては居りません。しかしなかなかスケジュールが思い通りになりはしません。仕事では相変わらずパッとしませんが、愚息が小学6年とのことで仕方なく引き受けたPTA役員で、気がつけば区の〇〇部長を拝命。この手の類は「野暮用」というのでしょうか?そんなことになるとまず愚妻は一切引き受けずに「がんばってください」と冷たく吐き捨てる始末。そこそこと気楽にはできないものですね。
閑話休題。いつも出張が急に決まっていたところ、今回は「珍しく」早々と決めました。8/5(金)夜東京宿泊で参ります。
目下アメトラの匂いを感じるメンバーを誘っております。委細後日ですが、梅雨明けに冷たい麦酒で一献交わしたいですね。宿泊先は目下新橋近辺を予定しております。
御用とお急ぎでない方、ご同席の程を。昨夏の楽しそうな!?席の様子を載せておきます。
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すっかりごぶさたを・・・

すっかりごぶさたをしてしまいました。頻繁に来てくださった方本当に申し訳有りません。
ぶらぼ〜さん曰く「アメトラ〜よう。(小生の呼称です)お前は誰からも好かれるんだよなあ。羨ましいぜ。おいらも、なか(ブクマご参照)も初めてお前と会ってさ、新潟行こうって気になっちゃってさ。不思議なやつだよな。」と小生のインプレッションを言われていることをふと思い出した。
しかしこちらを御覧の方からは『斯く有らず』なのである。「そんな文章書いているとまあ人からは良く思われないよ。俺もそう思うが・・・。」という方もいらっしゃる。
ブログってものは俗な評判など気にせず書くものと小生は思う。気の利いた文章が澱みなく書ける位なら、今頃書き物で禄を食んでいると。
閑話休題。先日CAMELさんへ電話を入れた。「近日急遽東京への出張が決まり、もしお時間頂戴叶うならお会いできれば。」との連絡を目的であった。残念ながらお時間が合わずとの結論に至ったが、その際に頂いた一言が耳に痛し。
「そりゃそうと最近さっぱり姿見せてないんじゃない。皆心配しているよ。近況報告とかさ簡単なものでも(ブログヘ)書き込んだら。一言でもよいからさ。」諫言には違いないが、心温まる一言だった。
小生のつまらぬ「ヒトリゴト」であっても、御覧下さる方がいらっしゃるとは「ありがたき幸せ」なのである。
とりあえず元気での生存報告。家族もお蔭様で無事且つ健康です。あとはTRADさんの名言にまったく同感で引用し、締めくくります。
「悩み無き人生などなし」
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ガンバレ虎松呉服店

またしばらくの閑を頂戴しました。仕事の昨今としては圧倒的なタマ不足から目処を話せる位まで進んでいます。こちらも「春の兆し」といったところでしょうか。
さてアメトラの本分たる服のお話である。先の震災でこちらもサプライチェーンの関係は深刻な問題である。我らが虎松呉服店いやガーベル新潟の松原店主のところも大きな痛手を負っていた。
新入学、入社、年度替りの人事異動に伴うスーツの受注を「日程に間に合わず」の理由から殆ど断念せざるを得なかった。先日知己が3月の特価品の1着を誂えていたものが漸く届いた報があり納入に立ち会った次第となった。
松原店主いやハンドルネーム「トラ松さん」で以後記載にしよう。呼び名はともかく公私とも「春まだ遠き」との様相であった。「私」は差し控えるが「公」は前述の理由である。
ここ数年ゴールデンウィークの幕開けに東京出店もあった。今年は状況相俟って出店見合わせに至っている。昨年の折小生がブログを休止する前である。
主力のスーツやアイテム達の納入状況復旧は小生の仕事に先んじて既に問題なくなっている。東京店へいらして下さった方、今年はネットで注文しましょう。
夏に先駆けボールドのプルオーバーも入荷の報あり。斬新さというより生地のしっかりさは懐かしさすら感じる。アイビー、トラッドを愛する諸兄は洗濯、アイロンがけもお手の物である。しからばその手触りを実感して欲しい。
ガンバレ虎松呉服店。店主誕生日に1日先駆けささやかですがエールを送ります。
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よくぞ日本に生まれける

写真は昨夕の拙宅前の風景である。朝には膨らんだの蕾が独特の紅さを見せていたが、日中の春爛漫たる陽気で蕾も「我先に」と言わんばかりに花を咲かせたのであろう。
つい先の中味は雪景色だったのにとお思いの諸氏もいらっしゃることと察しが付くが、如何せん越後は広いのである。
桜は国花であり、散り際の「潔さ」を身上とする思いはしばしば伺うことがある。しかし小生の朧気に聞いた内容としては「妖気」の内容がある。「屍を根本において良く育つ」ことや「花に誘われるが如く倫ならぬ恋に落ちる」話も伺った、いや感じることすらある。小生の場合は残念ながら家の窓から鑑賞できるという環境に位置するため「倫ならぬ云々」は現実味を欠いている。誠に残念である。
先程まで窓越しに夜桜を眺めていた。節電でライトアップなどされずとも「桜色」たる花びらが醸し出す明るさは、美しさを越えて生命の力強さを感じる。「こういうときに出窓を作っておいて良かった。少しでも距離近く観られる」などと貧乏丸出しで喜んでいるのである。
勿論傍らには「酒ありき」である。ほんのり甘い純米酒を冷やでちびりちびり飲む。酒肴は花で充分である。些か贅沢を望むなら、「青菜の浸し」でもあれば良い。ほろ苦く甘くそして独特の青臭さが相俟って言うことはない。
「良くぞ日本に生まれける」とは言い得て妙な表現である。昨今の事情から花を愛でる余裕などない方もいらっしゃるが、このくにに住まう人が過去から愛でた風習が絶えぬように続けるのも一興かと思う。
確かに元々桜色は好きかもしれない。本ブログも確か春に桜色のフレームが出てから愛用しているし、シャツも確かに昔からこの手の色が多い。夜が明ければ久々の土曜出勤である桜のエッセンスはシャツかネクタイか。贅沢な悩みである。
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思いのたけ

生来の筆不精がたたり、随分とご無沙汰してしまいました。ささやかでも日常の続きの様な毎日であれば尚もそのまま過ごしていたことと思います。
しかしながら3/11に発生した未曾有の惨事。今頃になって様々なことが浮き上がって来ています。
被災を受けた皆様へは心よりお見舞い申し上げます。それ以外に筆舌を尽くし、いや貧を極める小生の語彙では当て嵌まるべく言葉が見当たりません。
身近な皆様の消息や暮らし向きも、皆様落ち着かれたのでしょうか。伺い知ることが出来るようになりました。
目と鼻の先まで迫った津波の恐怖に襲われて、とにかく命だけは無事であることを伺ったpecosさん。ライフラインも止まり余震の恐怖に苛まれたムッシュさん。余震の恐怖に脅かされつつ「これからの人生の記念」と卒園式を強行し、ささやかムードの中自らギターをかき鳴らして惜別の歌を歌ったかつての同級生、今は幼稚園の園長。そして小生単身赴任中に一緒の職場で過ごした先輩は、数少ない仕事場での「アメトラ雅」の存在を知る人たり得たが、年老いた母親の元へ帰省中に津波の犠牲となった。
本日仕事で行った南魚沼は塩沢の近くの写真です。残雪の中にもせせらぎが聞こえるようになりました。「復興」などという言葉は妥当か疑問です。春がめぐり来るが如く「せめてささやかな暮らしが戻るまで」と思って止みません。
小生の思いのたけを久しぶりの更新で書き綴ります。乱文はいつものことで読みづらさはお許しを。
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ある日の虎松呉服店

さてある日の虎松呉服店、メリケンかぶれの雅が久しぶりに訪れます。
虎松「お主もなかなか大変だったと聞き及んで居るぞ。此度は義理とはいえ親父さんの件はお悔やみを申す。」
雅「かたじけのうございやす。お蔭様で随分と落ち着きやした。それはそうとまた遠来の報が届いているようで」
虎松「お江戸から平蹴殿がご来店と相俟って、尾張からは紫門殿も来られる。何か宴をと思うていたところじゃ。」
雅「それでしたら最近あっしが見つけたところが有りまっせ。なんでも評判がよく主人が手広く店を増やしておられるようで・・・」
虎松「ご主人は良く存じて居るぞ。斯くなれば早速私から文をしたため、よしなに計らうようお願いしておこう。ところで喪中の身上のお前に心苦しいが、当日は是非一緒にと言うわけに参らぬか。」
雅「夫婦の契りを結んだ直後に新しい奉公先が縁で旦那にはお世話になってます。これも何かの縁、供養ってことで嫁には承諾得ることにしましょう。」
虎松「他には五助は宴には先約で来れず、扇船と諏訪紀伊屋の旦那はご一緒と相成ろう。他にも文をしたためておこう。お前の嫁御にもくれぐれもよろしくと伝えてくれ。」
雅「がってん承知ってことで」
という会話がなされたかどうかは全くのフィクションです。ある日の虎松呉服店でした。
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NTFCオフ会決定

9/4(土)NTFCオフ会が決定いたしました。
HECKLEさん来県のお話は幣ブログへコメントいただいておりましたので、是非「NTFCとして歓待の準備を」とトラ松さんへ連絡しておりました。小生先の内容で取り挙げた事情があったもので、「いざ」という時を見越してのお願いでした。
その「いざ」が呆気なく過ぎました。「いつも上京の折には万障お繰り合わせのHECKLEさんだから」と気に留めていましたところだったので、馳せ参じることを半ば決めておりました。
なんと矢先にTRADさんからの朗報あり。「SIMONさんが時を同じくして来県、オフ会参加の打診を頂いているとのこと」でした。「是非ご一緒に」がNTFCのモットー。2人の素晴らしいゲストの来訪に昨日トラ松さんと久々に顔を合わせて、決め事をさせていただきました。
斯くなる上は難関と言えば「愚妻の承諾」。先日のお坊さん読経の折の講和を引き出し「和を以って尊しとす」を引き合いに出すと、「どうせ止めても行くんでしょ。」といつもの呆れ顔でクリア。喪中の身ながら参加を決めました。ご心配をお掛けした皆様へは当日お会いできることを心待ちにしております。
以前「カツ丼が忘れられず」と当地オフ会になった経緯がありますが、今回はどうやら「足」がポイントのようです。気になる方は参加の上「とくと」御覧の程。
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我が身を省みて

義父を無事に見送りました。まずはご報告を頭に一言添えます。
些か恨み言や愚痴の類ではありますが、ブログ=日記なのでその辺を書かせて頂きます。
何せ小生の「この性格」を以ってしても会話の弾まぬ義父でした。口癖は「そんなの当たり前だろ!」(ここでは標準語に訳しますが、オリジナルはそれを新潟弁で言う)でしたので、13年弱の間親子関係に居ますが「さっぱり素性がつかめない」のが常でした。「斯く有りたい」というのは、察し否小生の「下衆の勘繰り」を以って知るのみに落ち着きます。幸い喪主は義兄でしたので、とにかく「でしゃばる」ことが無いようにしていましたが、実の親子関係でも余り話はしていなかったようですね。「最後の落とし所」は『故人の意向で・・・』を推し量りつつといったところでしょうか。
そこで私の場合「『いざ』となったらどうするか」を今回愚妻から問われました。とりあえず我ポジションは先祖代々「神道」です。因みにごく最近の冠婚葬祭で言えば小生が「夫婦の契り」を結んだ以来とんとご無沙汰です。「葬祭」(神道なので人を葬るにもお祭りになります)は祖母を約30年前に見送って以来の事になります。その際も親父とて幼いころに祖父(父の父)を送ったきりでしたので、詳細は思い出せずに両親も右往左往してました。当時高校生だった小生は親から「いずれの順番を考えると良く見ておけ」と言われ、文字通り「泣いている暇も無かった」のが当時の覚えになります。
前置きはともかく「小生が亡くなった場合」という妻からの問いに対しての答えを記します。困っていたらブログを御覧頂いた皆様で助けてやってくださいね。
・亡くなると挨拶されると思われるが、正式には「お隠れになりおめでとうございます。」と言われるので驚愕せずに粛々とお礼を申すこと。省略版で「おめでとうございます。」も同じ。祭りの儀式であることを忘れるべからず。
・まず斎主を決めること。昨年新築の際に地鎮祭を依頼した神主を訪ねれば良し。
・式場祭にせよ。おそらく式場が「神道用」として白木の祭壇や供え物(神酒・塩・米・海産物・野菜の5品)を準備する筈なので、あとは「よきにはからえば」良し。
・喪服は一般の扱いで良し。願わくば通夜祭位は小生が結納の際に目録を持参した緋色の色無地が小生の家紋入りなので着用すべし。(正喪服は実家の家紋入りのため)この場合帯・襦袢・足袋・草履は正喪服に準ず。
・焼香の代わりに玉串を奉殿する。地鎮祭でも行ったが受け取ったら時計回りで根本を祭壇に向ける。その後ニ礼二拍一礼となるが、火葬前は拍手を「偲び手」と言い、音を立てぬようにゆっくり手を合わせる事。骨になってしまった後は通常神社で行うパターンで構わない。
・もし入棺後の衣装と言われたら小生が準備してある紋付、羽織、袴を着せること。足元も白足袋と白の鼻緒の草履で仕舞ってあるので用意すること。白い花緒の草履は古来不祝儀に使う物なり。白装束は膨張色なので出来れば避けたい。
・酒、煙草、マッチは最低限入棺の上送ること。
・衣装以外に着替えを用意されたし。必要があれば「高天原」よりオフ会に駆けつけることも有り得る。オフ会の衣装はNTFCの存命のメンバーへ夏物と冬物を訊いて棺に入れること。代表的な格好を今回画像に載せるので参考にすること。近々咄嗟に逝く事があれば、トラ松さんと相談のこと。足元やハンカチも衣装に属するので入念且つ落ち度の無き様に頼む。
・葬祭に纏わる宴は賑やかに執り行うこと。遠来よりの訪問も考えられるため懇ろにおもてなしを心がけること。「寝ずの番」を用意する場合は親族に限らず、麻雀、花札等の小生の馴染みのあるものに興じていただくか、マシンガントークでいずれも賑やかに行うこと。
・オフ会で思い出したが、葬祭の儀式が終わり落ち着き次第「アメトラ雅」のお別れオフ会を催してもらうように促すこと。家族の参加の有無については遺されし者達で相談のこと。但し小生の意向からドレスコードは設けないため趣旨を熟慮の上、恥ずかしい装いだけは避けること。和洋は不問とする。もし「アメトラ雅」を絶筆させている場合はこの限りにあらず。
・以降法要とオフ会を兼ねることは厭わず。但し親族・親戚等で「うるさがた」より先に逝ってしまった場合は避けた方が賢明なり。
・「祭り」を強調し過ぎた気来があるが、別れを惜しむことは悪にはならず。涙あり笑ありで送ってもらえれば申し分なし。
ここまで言えば後は心配無用と思います。心変わりがあればいずれブログアップと言うことで締めくくりたいと思います。
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