雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか。。」と見つけてもらえたら、、そんな思いで書き記してます。

99%

2013-12-30 00:22:50 | 願い...映画&音楽&珈琲
真新しいピカピカのブーツを買いました(^_^)
2足。



少し前、
この「どちらに立つのか」という記事を書き上げた後に、なんとなく、ふと......
「愛着があるにもホドがある履き古しにフルした二足のドクターマーチンのブーツ」
を、新しい年に向けて、新しくしようかな......と。
そんな気持ちで。とても自然に。強く思えてきて。。

元々履いていた二足はどちらも「限定色」の貴重なタイプで、
最初は同じタイプの新しいモノが欲しくて、
ネットなどもサーフしまくって探してみたのですが......
やはり同じモノはもうどこにも見当たらなく。。
諦めて最近のモデルを街のお店にいったりなんだりとイロイロと探してみたら
最新ラインの中にもシックリと来る好みのカラーが3つばかりあったので、
そのウチの2色を、エイッ!......と、一足づつ買ってみました。



(^ω^)満足!納得!のなんだか嬉しい感じ。



その新しいブーツ君達が家にやって来た後にちょっと考え込んでしまったのが
今までお世話になったブーツ君達の処分。
どちらも7年以上!も苦楽を共にしてきた一番の友達だから、
改めてその姿を眺めると......流石に......
なんだか......ちょっと涙が出そうになりました。。

雨の日も風の日も、楽しい時も辛い時も。
嬉しい時も苦しい時も。
街も山も海も川も、国内も海外も仕事も遊びも......
本当に何処でもいつも一緒にいてくれた存在です。
大地を一緒に歩いてきてくれた存在です。
もしかしたら、
この2足のブーツ君達こそが僕のことを一番よく知ってくれている友達かもしれません。



「なんか、、捨てるの辛いな。。」



そんなことを思った時、ふと、
神主さんでもある福岡の友達、Mさんのコトが浮かび相談しようと思いつきました。。



「おひさしさまぁっ!!(。・ω・。)ノ ハロハロ
一つ聞いてもよい?
あのね、、もうカナリ長いこと付き合ってくれた愛してやまないブーツ君達に
感謝の気持ちを伝えてお別れしたいと思うのだけど、
何か最善の方法とか神道的な? “特別な技!” ???
などがもしあるようだったら是非教えて下され。。。何卒(>人<;)!」



いたって真面目な質問です。ええ。
決してアタマの故障じゃないのですわよ!(。・ω・。)/

......ん!?

してるのか?な!?(´・_・`)モシカシテ。。

......で、
そんなアホな質問に付き合ってくれた神道のプロである彼はこう返事を返してくれました。



「......あーーーっ、、、えーっと、、
僕なら九十九年使って、付喪神(つくもがみ)として祀りあげるのが正解でしょう!」



「き、、きゅうじゅ、、ぅ!?、、、(;゜□゜)ガーン......!?」



「。。。と、冗談はさておき、
ブーツならお焚きあげもできないでしょうから、
自分だったら写真に撮って “いつまでも忘れない” かな。
忘れないことによって次のブーツも大切にしようと思うし......
それがブーツにとって一番喜ばしいこととなるような気がします。」



「ふーーーん。。(*・ω・)。。」



なんか、
それなら既にこのブログでも記事にして、
写真も撮って載せてもいたし、大丈夫かな。。と。
それでその後、お世話になったブーツさん達には改めてとても感謝をして、
ちゃんとお別れすることにしました。



「でも......付喪神?って......何さ?(・・?)」



ちょっと気になったのでその後Mさんに聞いたり、調べたりしてみると、
本来は「九十九」と書いて「つくも」と読むらしく、
「九十九神=つくもがみ」というのだそうです。
命の無いようなどんな「モノ」でも愛情をもって長い間使っていると、
そこには何かの魂や力の様なものが宿り、
そしてそれが99年を越え、
100年を迎える時にはどんなものでも「神」となる、なれる。。。
という昔の教えなのだそうです。

どんなものでも......だそうです。

「99」という数字はちょっと面白い数字に思えます。
「100」に一つ足りない数字。
毎日の暮らしの中で、僕は未熟なことに、欲張りなことに、
ナカナカ100%の満足を「心底」感じられるようなことがありません。
いつも、何かが足りないように感じていたりして。。



1%の不足。不満。



それは「本当は」決して足りないこと、ものなどではないのでしょうが、
どうしても求めてしまう1%......



1%の欲求。欲望。



いつも足りない1パーセント。



でも、そんな1%があることで僕は生きれているような気もします。



生きるのに必要な、足りない1パーセント。



時々それはトテモ幸せなことに、100%、120%心が満たされるような時もあります。
でも、そういうものはスグに過ぎ去って......
気がつくと、またそんな感覚を求めて走り出してしまう自分がいます。
いつも足りない何かを求めて......



それはちょっと「寂しいこと」なのかもしれません。



The Rolling Stones......ストーンズが歌ってました。



――――――I can't get no satisfaction......♪



。。。とても好きな曲。



僕も、いつだって、何か?が足りません。



ただ、
最近はこうも思っています。



確かにいつも、
何かが足りない気がするけど、
「足ること」もちゃんと知った気がする。。



そんな感覚は、昔は
「心底そう思ってマス......」
と言い切れる様な、こんな感じでは持っていなかったハズで。
だから、ならばこそ、最近はこうも思っています。



足ることを知って、
足りないことを追いかけよう。



いつだって何かが足りない自分。
99%の自分。
そんな自分というのはもしかしたら本当の自分ではないのかもしれないけど、
そんな自分も100%にするために、100%の喜びを感じるために、させる?ために、
足りない1%をこれからもちゃんと追いかけようと思います。

新しく来てくれたブーツ君達と、
またこれから、新しい年も、新たなる100%を目指し、九十九神!?を目指して、
頑張ろう。

そんな、年末。

そして、2014年。

I can't get no satisfaction......♪
'Cause I've tried and I've tried and I've tried and I've tried
I can't get no, I can't get no......

寒いけど、星の輝く、とても透き通った夜空の下。
アナログ・レコーディングならではのオールドで、太い、密度の高いサウンドで、
ミック・ジャガーの唯一無二の歌声が聞こえて来ます。



ロック・スタンダード「サティスファクション=I Can't Get No)Satisfaction」
を収録したアルバム「out of our heads / THE ROLLING STONES」
=「アウト・オブ・アワ・ヘッズ / ザ・ローリング・ストーンズ」

「ロックをポップにするのはギターリフだぜ!」

なーんて......諭されているかの様なアルバム。。
ストーンズを世界的ビッグネームに押し上げた名盤中の名盤。

後ろは、佐野元春さんの懐かしいアルバム「Cafe Bohemia=カフェ・ボヘミア」
「99 BLUES」という曲が入ってます。


――――――いつも本当に欲しいものが手に入れられない。
あいかわらず今夜も口ずさむのさ 99 BLUES――――――――――


♪♪おまけ♪♪
今年最後のブログになると思いますので、
初詣のご参考には昨年記したコチラの記事をどぞ(^^)よい年末年始を☆
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まんぞく

2013-12-27 00:57:43 | 美味しい
このお寒い中ですね、所用あってちろっと京都に行ってきたのですが......
いやぁぁぁ......
きょうとわァァァ.................................寒い(@_@)!くるくる。。



やぱーり京都で寒いとなるとですな、やぱーり祇園あたりの
「一見さんお断り!」
なんて町屋造りの料理屋さんでですな、
この季節しか食べれまへんのやでぇ。どすえぇ。。おおきにぃぃ。。( ´ ▽ ` )
なんていう鴨鍋なんかをですな、つついちゃったりしてですな......



............



なーーーーーーーーーーーーーんて!



B級の僕様がそげなことするわけありまへんがなぁーーっ!(=´∀`)人(´∀`=)ぽーーん!!



寒い!?



オーオー!ψ(`∇´)ψ 寒さなんてどーーん!とおこしやすでぽーん!
スキーヤーですけんねーー|( ̄3 ̄)| ぽーーん!
寒い時わ!ですな、
B級人としたらラーメンの出番!って流れになるのやさかいでぽーーん!
しかも京都には「超個人的!日本三大お気に入りラーメン!」の一つがあるけんね、
そこについつい足が向いてしまうのでやんすよっ。(`_´)ゞええ。
寒いのは「願ったり叶ったり!」ってなもんでやんすよ。ええ。

その「超個人的ベスト3!」ラーメンのうち2つはこの時(金沢、大河さん)と
この時(福岡、玄瑛さん)に記していたので、
今回はもう一つのお店のお話になるのでやんすな......( ̄+ー ̄)きらーん

「ベスト3の基準は?」
などといわれるとですね、美味しいラーメンであるコトは勿論ですけど、
オリジナリティに結構ココロ動かされることが多かったりしていてですね、
それはタブン好き嫌いも相当に分かれる「個性」だったりするとも思うのですが、
「他で食べたくても食べれないのだ。。似た味が無くて時々とても恋しくなるのだ。。」
という様な
「代わりの効かない美味しさ」
みたいなモノがカナリの要素となっているのでございまする。
超私的なセンスであることは何卒!のお許しを請いつつで。
で、その京都のお店。
四条烏丸にある「和醸良麺すがり=わじょうりょうめんすがり」さん(^^)



四条通りをチコッと入った路地にある小さな店です。
もう今迄、どれくらいの友人知人にレコメンドをしてきたことか......
京都に来て、隙間があったりなんかすると必ず立ち寄ってしまいます。
味は未だ衰えず。美味しい( ´ ▽ ` )

「町屋造り」と呼ばれる京都らしいの古き良き和の風情がある古民家が並ぶ一角で、
その「町家」を改装してやっているお店さん。
外見からはトテモラーメン屋には見えません!?が、それもまた良い感じ。
好き好き。
腰をかがめないと入れないほど低い「木戸」を開けて中に入ると、
こーーーんな古民家らしい通路があって......



町屋造りの定番である「中庭」に抜けます。



この中庭からお店の中に入る......ってな寸法ですのな。ええ。
京都のラーメン屋さんってな雰囲気でやんすな。ええ。

心地よい低めの厚い木製カウンターしかないお店なのですが、なんだか落ち着く感じで。
ラーメン屋というよりは「bar」という感じのデザイン。
店内に流れるている音楽はいつもジャズ♪
ジャズでラーメン。うーむ。。(=゜ω゜)

お勧めのメインメニューは「もつつけ麺」ですが、
最近はなんだか訪れるたびに色々とバリエーションが増えていて、
「カレーつけ麺」なんてものもあったり、名物のモツではない?
「つけ麺」などと書かれたシンプルそうなメニューもあったり。
今回は、そんなバリエーションの中でも一際ソソラレル名前の
「黒毛和牛肉つけめん」!
なんてヤツにしちゃいました。味玉さんもとっぴんぐでぇぇっ!(><)/



コチラでは定番の超美味しい「生卵」さんもぉーーっ!
ヘ( ̄▽ ̄*)ノ・・.♪ヒャッホーイ



そんなもつ煮込みのスープに合わせるこの麺は
ちょっと独特で個人的にはかなり好きなのですが......



人によっては「ラーメンじゃない!」とも言われそうな「全粒粉」の麺で、
見た目と食感は「腰のある蕎麦!?」といったような感じも。。
しかしながらコヤツが少々クセ!?個性!?のある「もつ煮込みスープ」には
バッチリ!と合うのでございますのです。
しかも最近はこの麺に「ゆず」を少々練り込んだという「ゆず麺!」
なんてものもお好みで選べるようで。
いやはや......他ではなかなか味わえない感じなのでございます......
うりゃぁーーっ!ヘ(゜¬゜)ノどやーっ!



そして、実は!ここからが本番!となるわけなのですが、
先程の生卵さんにこの麺さんを、そのまま......どぷっ......っと......
つけちゃいますの!(= ̄▽ ̄=)v イエーイ!



むううう。。。これは最早ラーメンと言う名の「すき焼き」ですな。。ええ。。
幸せなほど美味いのでございますよぉぉぉ。。(TmT)クウゥゥ・・・
黒毛和牛さんだってつけちゃうのですよぉぉ。。(T△T)クウゥゥ・・・



更には食べ終わった後の仕上げに
「割りスープ」なるものがカウンターに用意されていてですね......ソイツを、
つけ汁をチビッと分けた器さんに注ぎ込んじゃうワケですよぉぉぉ゜゜(´O`)°。ウワーン!!



黄金色なのですよぉぉぉぉーーっ(TωT)ウルウル......



やぱーり、、この「和醸良麺」さんのラーメンさんは、、
他では代わりが利かない感じが満載!美味しい!のでございます。(* ̄ー ̄*)まんぞく。

そして、満足の満腹!でお店を出た後は、
寒空の下テクテクと烏丸通りを5分ぐらい歩いてみたりするのでございます。
深夜迄やっているお気に入りのカフェで
お口直しのお茶を飲もうと企んでいるのでございます。
ココ!広々とユターリとくつろげるカフェ
「伊右衛門サロン=いえもんさろん」さんでございます。
ここもお気に入りなのでございます。(^^)



手作りプリン&ほうじ茶せっとでございます。



京都の夜はこんな感じでいつもドプーリ......と、
更けて行くのでございます。。♪( ̄▽+ ̄*)プリプリ
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「8」を巡る旅 3

2013-12-24 00:46:53 | 不思議...パワスポ寺社
......2013年の終わりに、
「8」を巡る不思議な旅は......もう少し続きます。。



――――――いったん、
「出雲=いずも」を巡るドープな!?「8」の話しからは離れて、
今度はアラビア数字で 0、1、2、3、4、5、6、7、8、9、、、と、
日常よく使われる表記で全ての数を書き出してみます。

ココからは「個人的なイメージ」の話しになっていきますが......
冗談半分!に読んで頂ければと思いつつ、
こんな風に数字を全て書き出したりする時に、僕が一つ感じることは、
これらの数字の中で入口と出口がハッキリしていない数字というのが2つあって、
ソレが「0=ゼロ」と「8=ハチ」になります。



無限のループで線を幾度もナゾって書くことの出来る数......
と言ったら良いのでしょうか。。



無限のループは無限の力、
繰り返し溜め込むことが出来る大きなエネルギーのイメージとして捉えたりもするのですが、
そう考えると「0」と「8」はなにやらとても強大な力を「内包」している数字。



これも聖数「8」の秘密......理由の一つ?かもしれません。



面白いことに「無限大」を表す記号「∞」は実際「8」を横に寝かした形でもあります。



「0」のイメージにしても「ココから全てが始まる......」といった数のようでもあり、
「全ての数に含まれている数......」とも考えられる不思議な数の様にも思えます。
さらには「有」を生んでいく為の陰が極まった状態......
「有を含んだ無」といったようなイメージもあります。
万物を生み出す前の「フラットに停滞しているエネルギー」とでも言いうのでしょうか。。
そんなコトが僕にとっての「0=ゼロ」。



それは「8」と同じく大きなエネルギーを持つ「似た数同士」というイメージでもあり、
そして気付くのは「8」は「0を捻った形」をしている......ということ。



それはちょうど「メビウスの輪」のように。。



それはちょうど出雲大社の「しめ縄」の様に。。



「8」は大きなエネルギーであるのに、
ソレを大きく放出することが出来ずに「捻れている状態」というイメージでも捉えられます。
しかも、そのエネルギーがずっと「内的にループ」している......といった感じ。



それはまるで出雲大社に封じられている?強大な力を持つ神々?の様に。



出雲の神々に冠されている数字が「8」というのが、
ここでも何だか不思議なイメージを持って響いて来るというか、皮肉というか......
とても興味深い感じを受けたりもします。

「もし」2013年の象徴の一つをココで幾度か記して来た
伊勢神宮、出雲大社の同時遷宮とするならば、
今年は何かが新しく生まれ変る「直前と直後の両方を含んだ年」と言える様な気がします。

「直前と直後」ですから、
新しくなるためにグッとして動かなかった状態から新たに動き出した直後だとしても、
それほど早く、いきなり大きく動き出す様なことが出来るわけでも無く......言わばそれは、
今後大きく動いていくためのエネルギーを内側に「ジッ......」と蓄えているような、
そんな年だったような気がしています。



「8」や「0」の様に。



そして、じっとしている中で見えていた世界の風景というのは、
様々な理不尽なる?理解しがたい?「捻れ」が沢山ある世界の様にも思えていて、
そんな捻れが今迄よりも鮮明に、くっきりと見えて来てもいて。
でもそんな「捻れ」をわかっていてもどうにか出来るわけでもなく、
タダ眺めていたというだけの様な.....なんだかとてもじれったい......状態が続いたような年。



そんな感じは「0」というより「8」の年だったと言えるような気がしていて......



進んでいるのか進んでいないのか?
決して後退はしていないのに進んだとも言えない。。
まるで一カ所で「足踏み」をしているかの様な、
留まっているわけではないのに進んでもいない感じ。
捻れた「8」の中を、強いエネルギーを持ちながら歩いているかの様な感じ。。
今年はそんな人が多かったのではないのだろうか!?......なんていう気もしていたりして。
自分自身にもなんとなくそんな状況があったような感じもしていて。

そんなふうに思っていた年。
この国の「陰陽」を司る二大神社で、史上希なる「同年」遷宮が無事完了した後、
最初に記した「奇跡のシルシ!?」が立った場所というのが「陽」の象徴でもある伊勢ではなく
「陰」と「8」の象徴でもあった出雲大社の方であったというのは、
「やはり今年は8の年だったのかもしれないな、、」
と改めて思わされたりもして。
同時に、そんな
「8の捻れが取れました!」「8の解放!」
「いよいよ出雲の力が解放されまちたっ!」「陰陽統合!」
......というシルシの様にも僕には感じられたりして。。



「やっと!、、ですか。。。(o-´ω`-)=3 プヒー」



「8」の捻れが取れると「0」になります。
「0」は新たなものが生まれ出る前のエネルギー充足状態。
それが奇跡の印が出た10月辺りから年末イッパイ迄の数ヶ月か......な。。

来年には「0」の輪にハサミが入って、
「0」の線が切れて、開いて、ほどけて......「1」になります。
ええ。きっと。タブン。。

そこからは今年止まっていた、
上手く進んでいなかった色々なものが進み出すようにも思えます。
2014年はきっと多くの人にとってそんな年になるのではないのかな?
などと思えたりします。

出雲大社の上に出たサイン?奇跡?神?タダの偶然なる気象現象?......からは、
僕はそんなことを感じていたりしちゃいます。。



そうです......カナーリのアホ!かもしれません。。。( ̄ー ̄;ボクチン..



もうすぐやって来る2014年。
個人的にはそんなこんなでなんとなく、今迄「陰」「裏」だったものが表になり、
表だったものが裏になりという年に......それは「捻れ」が取れるからでもあって。。

準備出来ていた人は圧倒的に走り出し、
自分の為、人の為にと頑張って来た人でも、
自己保身の為、人を抜かんが為にと頑張って来たような人でも、
それぞれちゃんと捻れが取れるからその反動はその方向性通り、それなりに、捻れなく。。
キチンと正され、糺(ただ)されて......

出雲の神々に代表される所謂「国津神」と呼ばれる神々。
それは地球や大自然を支えるトテモ大きな神々。
人々や文明の足下で踏まれ、
存在を意識されない様な中でも多くの物事を粛々と支え続けて来たようなチカラ。
時に遠き宇宙の彼方へとも繋がるような力。
そんな大きな神々が再び大きく動き出す時代と「価値観」の幕開け。
当たり前の様になった様々な物事をもう一度刷新。
また新たに「創造」していく時代の幕開け。

誰かに、何かに創造されたシステムや組織、舞台の上で
要領よく貪るように歩いてきた人々には
その「創造という力ソノモノ」の反動によって厳しいコトも多く起きて来るのかもしれません。
もう自らの力を誤魔化す、
無い物を有る様に見せるようなことは出来なくなるかもしれません。



全て、
良いも悪いも無く。
ただそんな方向に向かうのではないか、というサイン。

それが「8を巡る旅」のスタート記事に載せた写真から見えて来る神々のサイン。
そんな出雲のサイン。

「8」の年の最後に出された、
「8」を冠された強大なる神々の降りる地に立った不思議なサイン。

それは停滞からの脱出。
裏側だったモノ、コト、ヒトが表に向かって大きく動き出すかもしれない......というシルシ。
そのサインはまた、
月と太陽が地球の神様の頭上の空で一緒に表われているようにも見えるのです。
日本神話における「三貴神」が揃い踏み!しているようにも見えるのです。

「揃い踏みした三貴神」
そんなコトの深奥にチラリと見える「神の真意」

裏が表に出るけれど、以前の様な形でもなく、
今度ばかりは裏も表も、陰陽も、男女も民族もなく、政治も経済もなく、
分離も隔ても無いという「1=イチ」なるものへの気付き。回帰。統合。
三回続けて記して来た「8を巡る不思議な旅」というのは、
そんな来るべき新たな年、時代の話しへと辿り着くのでございます。

2013年の終わりに、
勇気を出して!?(@.@)ちょっと記しておきたかったのでございます。

明日はクリスマス。
モノゴトが大きく動き出す直前?かもしれない年末年始のちょっとした「始動猶予期間」を、
美味しいお気に入りのケーキさん達と一緒に、
ヌクヌクのコタツさんでゆた~り♪と楽しく過ごせれば十分幸せなのさっ( ̄∇ ̄*)!......と、
そんなコトを「マジ狙い!」しながら過ごしている本日なのでございます。







出雲。
有名な「国譲り神話」の舞台となった美しき「稲佐の浜=いなさのはま」
僕の大好きな場所。
それは、ワケも分からず涙があふれてくるくらい......

10月17日以来、
2014年の初詣は恒例の伊勢参りに行く前に、今年は久々に出雲に行ってこようかな......
と、そう思っています。
雪が溶け始める3月頃に、少々遅い初詣になりますが、
ちょっと行ってみようかと思っています。
なんだかとても楽しみ!です。(^^)
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「8」を巡る旅 2

2013-12-21 00:28:29 | 不思議...パワスポ寺社
同じく遷宮を終えた国家神道の本宗である伊勢神宮の上にではなく、
出雲の方でこんな現象が起きたということは、いったい......
ソコにも何か意味でもあるというのでしょうか?
何か神様からのメッセージでもあるというのでしょうか?
そんな意味など、メッセージなど無い「タダの偶然!」なのでしょうか?



「八=8」の秘密。。



それは、出雲の秘密。。



2013年の終わりに、
そんな「8」を巡る不思議な旅を記しておこうかと思います。




―――――前回記したように古代より「八雲立つ国」と言われて来た出雲。
「表向き」その中心となっている出雲大社には
この国の「最も大切な神宝の一つ」とも言うべき「八雲の図=やくものず」
と呼ばれるとても大きな雲の絵があって、
その絵は「国宝」でもある大きな本殿の広い天井一杯に描かれています。
一般の人がこの絵を見ることが許されるのはなんと!60年に一度!
遷宮の年のみ!ソレは今年!服装チェック有り!撮影厳禁!!
......という感じだそうです。
これ以外は一般人の本殿への立ち入りは一切禁じられていて、
この絵を見ることは一切出来ません。
ネットから拝借したイラストに起こされた写真を載せますと......
こぉーーんな感じで。貴重なる出雲大社「八雲の図」



本殿内、天井との位置関係はこんな感じだそうで......



小さい方の雲の大きさも普通の大人より全然大きいようで、
中央下の方に描かれている大きな雲になると、
それはもう大人三人分ぐらいの大きさ!なのだそうです。

60年に一度の今年の公開時に
ナガーーーーイ行列に並びに並んでこの図を見て来た友人によると、
社(やしろ)の広い天井一杯に描かれたこの図の「色彩の鮮やかさ!」や
「大きさ」「迫力」たるや、それわもおおぉぅ......涙モノ!(><)/
でドッカーーーんこ!!だったそうです。。



あぁ、うらやますぃ。。オイラも見たかった......
生で見たこと無し(T . T)ぶぇ



......で......
さてさて、
お気づきでしょうか?



「八雲の図」なのに描かれている雲の数は―――――――「7」つ。
んん!?
もう一つは何処に!?行ったのでしょうか?
出雲の神々を表す数は聖数とも言われる「8」。
国宝である大社の天井に描かれる「八雲の図」も名前同様「8」であるハズ。



はて。。??



しかも一つだけ他の雲と「逆向き」の雲があって、
まるで雲全体の流れを邪魔しているかの様な?向き。配置。。



はて?
何故七つ。。!?
何故一つだけ逆向き?




さらに一番大きな雲は「心の雲=しんのくも」と呼ばれていて、
その雲の真ん中には「八雲の図」中唯一の「黒」が使われている「点」があります。
その「黒い点」はこの絵が書かれる時に
ちょうど「ダルマの目入れ」のように一番最後に墨を入れる様にして描かれたようで、
その作法は「心入れ」と伝わる「秘儀」なのだそうです。
この墨入れの際は
「天下泰平、国土安穏、朝廷宝位、仁民護幸給」などが祈られたとも伝えられていますが......
しかしその秘儀と迄言われる一番大事な「色だけ」が何故「黒」なのか?
それもハッキリと説明されていません。

他の部分は先に記した様に実際見た人から聞いても驚くほど鮮やかな色彩だったと言うのに......
それなのに......何故?......黒?

しかもよくよく見るとこの雲さん達のデザインは、なんとなく、
漫画などでよく描かれる「魂の絵」にも似てるような、見える!?ような......



少し話しは変わりますが、
普通神社に参拝した際にそのお参りの作法として多くの人が認知している「形=かた」は
二礼、二拍手、一礼。。です。
お賽銭箱の傍などに丁寧に書かれていたりするので多くの方は好く知っているかと思います。

お賽銭を入れて、
ジャラジャラと鈴を鳴らし、
それから二回お辞儀をして、二回拍手をして、
そのまましばし手を合わせてお祈りやお願いをして、
そして最後に神様へのお礼のお辞儀を一回だけして......
といった作法になっていると思います。

しかし「全国統一ルール」と思われているであろうこの参拝作法も、
他ならぬコノ出雲大社と九州、大分の地にある「宇佐神宮=うさじんぐう」という
古代からその名を轟かす2つの大きな神社では違うのです。
訪れた方なら皆知っていると思いますが、
この2つの神社で促されている独自の参拝作法はというと......
二礼、四拍手、一礼。。となります。
拍手の数が「4」つに増えるのです。



はて?



これも「八雲の図」の謎と同様に「なぜ?」「どして?」
という疑問、研究が未だ絶えません。
説明としては「四魂」と呼ばれる神様の魂の数に合わせたのだとか、
こちらの神様は他とは別格だから拍手の数を倍にするんだよーん、だとか、何だとか......
大抵はそんな風に話されます。



はて?



果たして本当にそうなのでしょうか?



再び話しは「八雲の図」に戻ります。
八雲と言われながら魂の描写にも似たデザインを持つ雲の数は七つ。



「一つ足りません」



足りない、ということは「完全ではない」ということです。
「不足がある」と言うことです。
広い大きな天井。
出雲の神々を表す「8」の数と同じ雲の数など簡単に書けるハズなのに書いていない......
ということは、「敢えて」以外に考えられません。



出雲の神様を敢えて「完全にしたくない」のかもしれません。



最初にこの絵を書いた人やこの社を建てた人々は、この絵を敢えて
「完成させたくは無かった」
のかもしれません。未完成にしておきたかったのかもしれません。
しかも反対向きの雲の絵や意?力?も入れて。念には念を入れて。。



そして参拝時の拍手の数は......4。
それは聖数「8」を真っ二つに割った数。半分にした数。



もしかしたら、
このルールを決めた人々は出雲の神々の力を「半分」にしたかったのかもしれません。
真っ二つに割りたかった?のかもしれません。
そんな「おまじない」?「術」?「呪=しゅ」?をかけているのかもしれません。
そんな意味を込めた「呪術」を長く、強く維持するために、
「キャーー!えんむすびぃーーっ!(^o^)/」
と全国から来てくれる多くのレディース達にも
「知らず知らず......のうちに」
その術の力添えをしてもらうために、
根拠も明らかにしないままそんな本来の「数=力」を割る意図を持つ
「4拍手ルール」を示しているのかも......しれません。

さらに出雲大社の「しめ縄」というのは
日本で一番大きな「しめ縄」としてあまりに有名です。
その巨大さは出雲大社のトレードマークにもなっています。
そして、コレも他の多くの神社とは違い、事実として「逆向き」に掛けられています。。

普通「しめ縄」というのは、
巻き始めとなる太い方が参拝者から向かって右に来る様にかかっています。
細い方が左です。
出雲大社というのは、この巻き始めの太い方が向かって左に来ているのです......



逆です。



なぜ?



縄=なわ。。



これを逆から読んでみて下さい。



......




......はい。



「わな」です。



「罠」



しめ縄というのは鳥居と同じく「結界」を作る作用があると考えられています。
邪なもの、負のものが神聖なる社の中に入って来れない様に結界を張るわけです。
入れないということは、
同様に内側から外側にもナカナカ出にくい......といった力にもなるハズです。

出雲大社のしめ縄は逆向き。
それは、中から外に出れない様に、しかも、
それが比類無き日本一の大きさで「わな」となって仕掛けられている......
と言うことになります。。

「八雲の図」と言いながら一つ減らし、七雲に。
魂の形にも似た?その雲の中には念のため?逆向きの雲も配置して、
雲?魂?の心臓部とも言える「心=芯」の部分は真っ黒に塗り込んで、
そんな「未完」や「留め」を表すような「呪術」が込められた絵を天井......
それは「空一杯」に配置して、
入り口には日本一の大きな「罠」が、何かが?外に出れないよう丁寧に仕掛けられてもいて、
さらには全国から入れ替わり立ち代り参拝にやって来る多くの人々が
「8」の力を真っ二つに割る「4」の音を響かせるのです。。。

それが一日や二日、一年や十年でもなく......数千年......
「数千年」に渡り続いて来ているのです。
仕掛けられているのです......



......いったい、



古(いにしえ)のこの国にとって出雲の神々というのは、いったい、



どれくらい封印したかった神々だったのでしょうか。。



どれくらい封印したかった「力」なのでしょうか。。



数千年です。。



今も、
こんなITや宇宙開発などが進む現代になっても、
依然、変らずそんな「呪術」が掛け続けられているのです。



その力、想像出来ますでしょうか。



封じ込めた側のその畏れ、恐れ......



想像出来ますでしょうか?



封じ込めた側というのは一体、どんな人々?だったのでしょうか。。



どんな神々?だったのでしょうか。。



この国には一体、
どれほど深い秘密、歴史、闇?光? ......があるというのでしょうか。



......2013年の終わりに、
「8」を巡る不思議な旅は......もう少し続きます。




出雲大社の日本一巨大な「しめ縄」

「えんむすびぃー!きゃーーーっ!o(´∇`*o)(o*´∇`)o 」

......と、思っていた人は!?少し......
見える景色が変ってしまったでしょうか。。。!? (゜ω゜) ニュニュ
なんか、ちと申し訳ない様な......かんじも......ん!?

そっか!?
縁結びの神様の秘密も、
どこかで記せたら良いのかもしれない......(゜ω゜)
ウンウン アンシンデキルモノネ ウンウン
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「8」を巡る旅

2013-12-18 19:28:25 | 不思議...パワスポ寺社
「四方八方=しほうはっぽう」という時、それは「全方位」である事を表します。
「八方塞がり」も。
仏教用語の「四苦八苦」もアラカタ......そんな感じ。

四方は東西南北。
八方となると、その四方の間にある方角「北東、南東、南西、北西」を足したもの。

「全方位」を示せる「八方」は古き地理学や天文学においては物差しとしても使え、
そこから古代中国では「易経=えききょう」と呼ばれる占術なども生まれました。
その後も様々な「学」や「術」と結びついていき
「風水」や「卦」......「卦=け」は「八卦=はっけ」とも呼ばれますが、
「道教」や「儒教」といった哲学などとも習合され
「八方」の思想もその中に組み込まれて行きます。



そしてそんな過程の中で
「全方位」的な意味には「万能」「万物」といった意味合いも加えられ、
やがて「八」という数字は万物、万能の象徴でもある「神」を表す数字へと変化していきます。



古代日本や全世界的にも同様の考え方は「自然発生的」にあって、
特に日本ではそんな元々あった民間学の素地の上にこの中国哲学、占術などの流入があり、
「八」を神の数字とする考え方は強く纏まって行きます。
末広がり......なんて考えも加わっていったり。。

西洋や一部地域では
聖書や北斗七星への崇敬もあるので「7」を聖数とすることも多いのですが、
その聖なる「7」よりも一つ上の数字として、さらに一つ次元を加えた数字としても
「8」という数字への崇敬は深まって行ったと思われます。

一部の本やマニア!?の間では八における「や」という発音が世界的に凄い神様の名前?
などと比されて語られていたりもするようですが......
僕は「8」を聖数とする始源に関してはシンプルに
上記した感じで良いのではないかと思っています。
風水や易経、陰陽道などの東洋思想を勉強すればするほどそう思われてくるのです。



現状では日本国最古の書物の一つでもあり、
国家創生が記されている「記紀=古事記&日本書紀」の神話等においても
この「八」という数字はとにかくよく出てきます。
八百万の神(やおよろずのかみ)、八島(やしま)、八重桜(やえざくら)、
八岐大蛇(やまたのおろち)、八咫烏(やたがらす)、千代に八千代に......
日本国最高の宝であり、天皇家が代々護る「神器」の名前にも
八咫鏡(やたのかがみ)、八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)など「八」の数が当てられていて、
他にも全国で最も多い神社の一つでもある八幡(やはた)さんや江戸八百屋長、八百屋、
八大龍王、当たらぬも八卦当たらぬも八卦......もう、挙げ出すとキリがありません。。



そして、この聖数「八」=「万能、強大なる神の数字」とされた数を
古代日本において当てはめられた人?神?というのが、
実は伊勢神宮に住まわれる神々でも天皇陛下でもなく......「出雲=いずも」の神々でした。
それは数千年、万年?たった現在においてもそのまま引き継がれている事実です。



古代出雲国建国の父、
日本神話における三貴神の一人「素戔嗚尊=須佐之男命=スサノオ」は
記録に残る最古の和歌を詠んだ人でもあります。
妻の「櫛名田比売=くしなだひめ」に詠んだと言われるこの詩(うた)は

「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣造る その八重垣を」

この日本最古の詩にも聖数「八」が数多く詠み込まれています。
この後も和歌において「八雲立つ」「八雲さす」は出雲にかかる枕詞ともなっていて、
「八雲」や「八」という数字は出雲国を象徴する言葉ともなって来ました。



八雲立つ国。



それが出雲。



古来よりこの国では「八」は大王を表し......特に大和朝廷以前
現日本国の礎となったと思われる教科書では教わらない国、出雲国建国の王「スサノオ」や
その後を継ぎ国を拡大した「大国主命=オオクニヌシノミコト」を表す数字でもあります。



出雲の神々を表す数字......それが「八」ということでもあります。



2013年。
今年は日本国、「神道=しんとう」においては特別な年だったように思います。
それは昨年にも一度今年も一度、ココで記したように
日本国の二大神社である出雲大社と伊勢神宮における「遷宮」という一大祭事、事業が
同年に重なるという奇跡的な年だったからです。
出雲は60年毎、伊勢は20年毎、普通に考えると60年に一度重なると思われがちですが、
ソレゾレの様々な都合、周辺環境によりこの年数ごとに確実に遷宮ができるわけでもなく、
一度ズレればずーっとズレてしまいますし、
同年開催など滅多に起こることではありません。
記録が残っているここ数千年の中においても今回が6回目の出来事だそうです。

そんな特別な年も終わろうとしていて、
そんな特別な遷宮の儀も伊勢、出雲双方共に無事に終えることが出来た
10月17日の午後三時ごろ、遷宮を終えた出雲大社の社の真上に、
こんな「奇跡」としか思えないような自然現象が起きていました。。。
その時のニュースソースから落とした写真になりますが......
僕的にはかなーり衝撃的な写真でした。。





動画もネットで探せば見れると思います。
が......僕には神様!?にしか見えません。。!?
これは気象学的には「暈=かさ」「幻日=げんじつ」「環天頂アーク=かんてんちょうあーく」
と呼ばれる大気光学現象が重なって現れている状態なのだそうです。
ソレゾレ滅多に起こる現象ではないのですが、
この時はそんなことが3っついっぺんに!!(@.@)/ ......起こりました。。
滅多に起こらない三つの現象が一編に起こるということをいったい何と?
言ったら良いのでしょうか。。
しかも、この現象が見れた10月の別名は暦にはこう記されています。



「神無月=かんなづき」



10月というのは日本中の神々が年に一回出雲に集まり今後の世界をどうして行くか?
という会議が開かれる月なので、
この月は日本じゅうから神様がいなくなる為この呼称になったと今に伝えられています。
そして神々が集うその「出雲だけ」はこの月=10月の呼び名が他とは違っていて、
「神在月=かみありつき」とされています。
その10月に、遷宮を終えた出雲大社の上で、
一つとっても滅多に起らない気象現象が三つ一緒になって起こったということは......
いったい何と?表現したら良いのでしょうか。。。



奇跡!?



同じく遷宮を終えた国家神道の本宗である伊勢神宮の上にではなく、
出雲の方でこんな現象が起きたということは、いったい......
ソコにも何か意味でもあるというのでしょうか?
何か神様からのメッセージでもあるというのでしょうか?
そんな意味など、メッセージなど無い「タダの偶然!」なのでしょうか?



「八=8」の秘密。



それは、出雲の秘密。



2013年の終わりに、
そんな「8」を巡る不思議な旅を記しておこうかと思います。
次回に続こうかと思います。(。・o・。)ノ ハイー





旧暦で考えられる出雲の「神在月」というのは
正確には毎年少しずつグレゴリオ暦(通常の暦)と期間が違っていて、
今年の暦では11月にあたっていました。
それでも一般的、全国的には10月ということで変わりは無く、参拝者も一際多い月だそうで。

全国の神様は神在月に「一週間ほど」出雲に滞在するらしく、
出雲大社にはその全国から集まる神々様のためのホテル!?まで用意されています。
境内の東西にズラッ......と並ぶ長い社さんたちがそうなのですが、上の写真はそのホテル
「十九社=じゅうくしゃ」と呼ばれる社の前ぐらいから眺めた出雲大社さん。
遷宮前のチープな携帯写真ですが......(^^)美しいっす。。ushirono yamaga yabai yabai......

......しかしこれ、クリスマスまでに書き上げられるのかどうか......
神様に止められる!?怒られる!?のかどうか......
ちと、不安。。
でもアノ現象は、少しなら書いてもいいよーン......ってなメッセージにも思えた?し、
でも、そぉとぉ......不安。。(゜ω゜;A) ガンバル
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GRAVITY

2013-12-15 01:20:01 | 面白い
大好きなIMAX 3Dシステムで、
例によってスクリーンの端が視野に入らない前寄りの席に陣取り
映画「ゼロ・グラビティ」を見て来ました。
原題も同じかと思っていたら違っていて
「GRAVITY=グラビティ」というタイトルでした。

いやいや......
IMAXスクリーンの素晴らしさも手伝ってかとても美しい映像でした。
見ている間はもう完全に擬似宇宙遊泳。
カナリの宇宙飛行士気分。
そのリアリティと浮遊感は見ていてちょっと気持ち悪くなったりするくらいで。
(@_@)グルグル...
パニクルーなストーリーとも相まって途中からは息苦しさも感じたりなんかして。。

この苦しい感じは!?
ジャームズ・キャメロンの「アビス」の時みたいな感じかな。。
ん?
深海と宇宙は似ているのかな、やっぱり。なんとなく。
ドチラもまだまだ人類には謎多きフロンティアだし。。


この映画、
ストーリーはシンプルなのでその辺り色々な意見もありそうですが、
3D映画としてはとても楽しめました(^^)


実は見ている間、僕の頭の中ではずっと浮かんでいた「本」というのが一つあって、
それはジャーナリストで一流の「ノンフィクション」ライターでもある
「立花隆=たちばなたかし」さんが著した「宇宙からの帰還」という本。

この本は、
一般的には超エリートでスターの様にも扱われることもある宇宙飛行士さん達の多くが、
宇宙から帰還した後に数奇な人生を歩むことが沢山あるということに気付いた立花さんが、
あまり表で語られることの無い彼等宇宙飛行士の宇宙での「体験」や「感じたこと」
「事実」をジャーナリストとして「徹底的」にインタビューして纏め上げたもの。

かなり前に出された本ですが、
今読んでも全く古さを感じないと思いますし、むしろ、
このドンドン......と宇宙が身近に感じられる時代になってやっと
その真価が見えて来る作品だとも思います。

この本を最初に読んだ時のインパクトというのは僕的にはとても大きくて、
その影響は今でも心の奥深くに残っているものだとも思います。
なにせ今回の映画を見ていてもフト思い出しちゃうぐらいですから。。

映画館から帰って来て改めて本を書棚から引っ張り出して見てみると......
表紙も「ゼロ・グラビティ」のキー・ビジュアルにそっくり。。



立花さんの丁寧な取材やインタビューから浮かび上がる「宇宙飛行士の真実」というのは、
どうもマスメディアで伝えられている様なものとは少々違うようで、
そんなメディアで語られる彼等の言葉というのはこの本を読むと
とても「表層的」なもの......であると位置づけられてきたりもします。

そして彼等が宇宙で感じたそんな「本当のコト」というのは
どの話しをとってみても驚くほど興味深い!ものばかり。
本の中にある立花さんの言葉を少し記せば......



「無事に宇宙飛行を終えて帰って来た宇宙飛行士達にしても、
聞いてみると、例外なく、地球に対する認識が驚くほどふくらんだというのである。
それは単に、地球環境がいかに人間の生命維持に不可欠かがわかった、
といった単純な感想ではない。
地球と人間のトータルなかかわりに関する認識とでも言ったらよいだろうか。。。
~中略~
全ての営みをそこで現に展開しつつある地球を、目の前に、
一つのトータルなものとして見た経験がある人間だけが持ちうる認識
とでも言ったらよいだろうか。」



エリート学者だった飛行士達の多くは共通して「意識」の中の何か?が開く、拡大する......
といった経験を有していて、
神?や宇宙の概念に関して改めて考えざるを得ない体験なども沢山持っていました。
映画「ゼロ・グラビティ」でも同様にそんな不思議な出来事が描かれていたりします。

そんな彼等は地球に帰還した後、
ある者は宗教的な伝道者になったり、
ある者は政治やビジネスマン等の全く違う世界に飛び込んでいったり、
ある者は精神に異常をきたしたり、
またある者は超能力の研究者になっていったり、、と。
それは、あまりメディアで表立って語られることの無い宇宙飛行士達の本音と真実の話し。

機動戦士ガンダムで言えば!?
「ニュータイプ」は如何にして生まれるのか?の話し。

このブログで言えば、
血液型の秘密を記した「出アフリカ紀」の中にある話しの続き。



アポロ9号の宇宙飛行士であった
「ラッセル・シュワイカート」が常に大事に持っているメモはというと......

「それぞれの人にとって環境とは、
“私を除いて存在する全て” であるに違いない。
それに対し宇宙は、
“私を含んで存在する全て” であるに違いない。
環境と宇宙の間のたった一つの違いは、私......
見る人、為す人、考える人、愛する人、受ける人である私」

そして、
ジャーナリストとして終始冷静で客観的な立場を貫く立花さんは
「むすび」の章ではこう記しています。

「――――ここで語られていることは、いずれも安易な総括を許さない、
人間存在の本質、この世界の存在の本質(認識)にかかわる問題である。
そして彼等の体験は、
我々が想像力を働かせれば頭の中でそれを追体験出来るというような体験ではない。
彼等が強調している様に、それは人間の想像力をはるかに超えた、
実体験した人のみがそれについて語りうる様な体験なのである。
そういう体験を持たない筆者が彼等を論評することは、いささか無謀というものだろう。
彼等にインタビューしながら、私は自分も宇宙体験がしたいと痛切に思った―――」



映画「GRAVITY」のラストシーンで僕が痛切に感じたのは、
帰る家があるということの幸せ。

もし「そんな家なんか無いよ!俺わ!アホ!」という人がいても、
それでも「地球」といういう家があるではないか、、
と言う感覚。


......僕も......
地球を、宇宙から......見てみたいのぉー(*´∀`)
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シェフの見る海

2013-12-12 22:06:49 | 凄い
ただでさえ美味しい「ブリ=鰤」さんの「旬」は産卵期前で脂が乗りまくる「冬」で、
この時期のブリは特に「寒ブリ」と呼ばれます。

中でも富山湾にある全国有数の漁港「氷見=ひみ」
で陸揚げされる寒ブリさんに至ってはもう......
常にアチコチで偽装事件!が起こってしまうような逸品さん!
この前北陸に行ったときに食べにいっちゃいまちた!

氷見の寒ブリ刺身定食ぅぅぅ!
きゃーーっ!ぜーたくーー!!(><)/





あまりに美味しそうだったので
我慢できなくなって一切れだけパクリ!としてしまった後に撮った
ダメダメプーな僕の人間性がにじみ出ている写真もぉぉぉーーっ!
一切れ無い!のですぅぅぅーーっ!(* ̄ω ̄)ノ ミステリィー



お店はココ!
勢いで入った「ひみ家」さん(^^)



なんと!氷見漁港の目の前!地元の人ばっかり!





ついでにもう一つの名物「氷見うどん」さんも!
うまし~!゜+。:.゜ヽ(*´∀`)ノ゜.:。+゜キャ━ッ!



氷見港のある日本海に面した富山湾(とやまわん)というのは、
日本の数ある湾のなかでも魚介類の豊富さに関してはピカイチ!
らしく、日本海に生息する魚類の半分以上が生息しているそうです。

なので漁獲方法も「定置網=ていちあみ」という
「金魚すくい」のようにして獲る方法で行っているようで、
この方法だと魚を傷つけることも少なく、魚さんに余計なストレスもかけないそうです。
さらには引き上げた船上で即時瞬間氷浸け!方法などとも組み合わせていたりして、
それでとても美味しい魚さんが陸揚げできるということなんだそうです。
「氷見ブランド」とまで呼ばれるブリさんの美味しい理由。

富山湾がこんな風に沢山の魚さん達の宝庫となっている原因としては、
その「湾」と名のつく形状は勿論のこと、
「底」がどこなのだか?未だによくわかっていないほど「深く」落ち込んだ水深が
まるで天然のイケスのように機能していて、
そこに九州方面から流れくる暖流(対馬海流)とロシア方面からの寒流(リマン海流)が
日本海に大きく突き出た能登半島のおかげでバランスよく混じり合い、
魚さん達の餌も豊富に生まれ出て来る
とにかく生命の豊かな海になっているからなのだそうです。

先ほども記した富山湾の特徴の一つでもある
「陸地に面した湾なのに」深く深く落ち込んでいる深海部分というのは
その概要が未だにちゃんと解明されていないようで、
その深い海底にはかつてココが陸だった頃の沢山の険しい山谷があったり、
森林がそのままの形で残っている「埋没林」と呼ばれる一帯があったり、
暖かい表層の海とは別に水深の深い部分ではいわゆる「海洋深層水」と呼ばれる
冷たい水の層が厚く流れていたり、
春と冬には貴重な「蜃気楼」現象が発生したりするようなことでも知られていて、
海洋学者さんや自然地理学者さん達の研究や興味が尽きない「謎多き湾!」だそうです。

そんな話を聞いているせいもありますが、
佇んでみると......やっぱり......
ちょっと神秘的な空気を漂わせる不思議な湾ではあります。。。



ココは富山湾を望む氷見の雨晴海岸(あまはらしかいがん)(^^)
遠く迄晴れているとココは
富士山並みの高さを誇る「立山連峰」の壁の様な峰々が海越しに見える!(@.@)
......という世界的にも貴重な場所なのですが、
むぅぅ。。
今回は残念じゃ(T.T)次回は是非アッパレ!の日に!
画像検索などで「立山、富山湾」などとググって探してみてください。
見に行きたくなるような圧倒的な風景が見れると思います(^^)


そんなこんなで美味しい氷見のお魚さんはやぱーーり刺身が最高!
などと思っているわけではございますが、
ソコからもう少しだけ話を広げると、
以前ここでも記した僕の敬愛する「奥田シェフ」によれば......どーも......
......奥田さんぐらいの凄腕シェフともなると、
「海」周辺の地形を見ただけで、
その海に住む魚の「味」までがキッチリとイメージ出来てしまうのだそうです。
奥田さんの著書をチロっと読んで最初にこの話を知った時は、もう......
僕的にはかなーーーりの衝撃!を受けてしまいまして、
いやはや、心底感服した次第なのでございます。


例えば氷見港のある富山湾のように、
日本海側の海というのはその「平均的な特徴」として、
峻厳な山からちょっと行ったところがもう直ぐに海というケースが多く、
こういった海というのは山から流れ出た「水」が
「川」として陸地を流れる距離、時間が共に短く、
流れている中で自らの内に溶かし込む大地のミネラルや養分といったものが
どうしても少なくなるそうです。

そんな内包する成分や養分が少ない川の水というは透明度も高く、奇麗。
それが流れ込む海は当然、同じように透明度が高く、奇麗。
すると、
そんな海で捕れる魚さんというのは言うなれば「身にも濁りが無く」、
故に刺身で食べるのが一番美味しい!のだそうです。

奥田さんによると、
日本海側の魚さんというのは「そんな訳で」お刺身がオススメの調理法になるそうです。

一方、流れ込む河川の流域面積が大きく、距離も長い太平洋側の湾、海というのは、
川の水が溶かし込んでいる養分や成分がトテモ多いので、
それが流れ込む海の方もどうしても濁りがちになってしまい、
そこで捕れるお魚さんはそんな多くの成分の影響を受けて様々な匂いや雑味などが
どうしても混ざって来てしまうそうなのです。
なので刺身にはちょっと適さないことが多いそうです。

ただし、
そんな水を通して沢山の養分を体に取り込んでいるお魚さんですから、
煮物にしたり、周りを「カリッ!」と硬く焼き上げて、
身の中にある養分を逃がさないようにして調理をしたリすると、
ソレはとても美味しい料理になるのだそうで......



ほへーー。。。(@゜o゜)。。っと。



一流のシェフさんとはこうも深く研ぎ澄まされるものなのでしょうか。。



心底感服しちゃったりして。。



奥田さんはいつもそんな感じで海を見ているようで、
その海と、海の周りの地形を見て、
川や海の味を想像し、
魚の身の味も想像し、
そしてそこから自然と調理方法を導いていくような料理を好むそうです。


その土地の味を、そのまま。
美味しく。


そんな哲学でもって調理をするシェフ。。


海を見る時、
海だけでなくそソコに流れ込む川の姿も見て、
遠くの山を見て、
山が見えない時は見えないということも見てとって、
川の水の「旅」を想像して、
そんな水の辿り着いた海岸線はどのような形になっていて、
どんな大地で、どんな植生をもっていて、
どのような形で海に流れ込んでいるのか?も見て。。


そんな奥田さん的な視点でもって改めて海を眺めてみると、
またそこに、
今迄と違った海の顔や風景などが見えて来たりして。


それはなんだかとても不思議な風景。


視覚や嗅覚、聴覚だけでなく味覚や触覚も合わせて、
五感全てを動員して、
そこに「想像力」というスパイスを加えて見えて来る不思議な感覚を伴う風景。。



それはきっとシェフの見る海。



そんなシェフの見る景色というのは......
なにやらとても美味しそうに思えるのでございまふ。(=^_^=)ニョホホ
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特定秘密保護!?

2013-12-09 00:32:39 | 不思議...パワスポ寺社
自民党さんが「特定秘密保護法案=とくていひみつほごほうあん」を強行採決しました。

多数決の原理で運営されている国会ですから
現在の自民党議員だけで可決数を持っている状態では反対派としても
「打つ手無し。。」といった感じでしょうか。

中国の動きで紛争危機が高まる最近のアジア情勢において、
アメリカさんあたりと国防に関してのなんらかの密約!?などがあるのか?ないのか?......
......そんな「理由」もいまひとつハッキリさせてくれない法案の是非などは別として、
「議会の制度そのもの」に対してもなんだか漫然と「良し」としてよいものなのか?
どうなのか。
既に前時代的なシステムになってしまっているのか?どうなのか。
これからの時代、今の議会制度で果たして本当によいのかどうか。
僕等はもう一度ちゃんと考えていかなければいけないように思えます。


今年ももう最後の月。
クリスマスも近くなって、
今日辺りはなんとなくiPadやPCに撮り込まれていた沢山の携帯カメラ写真をぷりんっ♪
と、ちょっと整理などしてみたりして。
色々な写真に立ち止まったりなんかして。
それでまた無駄な時間がかかったりなんかして。。(。-_-。)


少し前に会社のスタッフと一緒にドライブしたアメリカ中西部の街「セドナ=SEDONA」





「やや?
やぱーりこのセドナっって......やべーな。。」

と、立ち止まったりして。

「写真でもなんだか異様に力強い感じがあるな......(^_^;)......げーーっ、、と。。
なんだかパワーアタリ!?で、吐き気が。。
ゲゲーー~っと、、、!(◎_◎;)。。」



この時はグランドキャニオンからブイーッと入り込んで、
一日プラプラ......っとしていたのですが......いやはや......
エリア一帯が噂通りの「超強力パワー・スポット!?」ってな感じで。
「気持ちよしー!」「元気になるーっ!」ってな感じであればよいのですが、
ヘンテコな?感度が?ある様な人だと場所によっては
その赤褐色の岩々や大地から「渦=ボルテックス」の様にわき上がって来る
地球の力に影響されて体が変調するようなこともあるのかも?しれません。

僕と女子二人との「三人」でのプラプラドライブだったのですが、
僕と女の子の一人は妙なアンテナがあるタイプだったりしたので......
そんなセドナの強力なパワーにイチイチ影響を受けてしまったりして。。

不思議とその地にいて体が土地に慣れてくるとなんでも無くなってくるのですが、
ホントに面白いというか、大変というか......
アホみたいな話しですがとても「変態!?」な二人でございます。ええ。


......で、この場合。
そんなアブ・ノーマルが二人とノーマルが一人。
「二対一」で変態が勝っている!という危機的な状況なのでございます。
そうなると大変なのは変態ではなくてノーマルのほう。。
変なパワーにアテラレて
「......あーー......気持ちワリー。。。」
とか、
「ココすげげげげーーーっ!(@.@)」
「......私、ちょっと、、ここ車から出れない。。。」
とか、
「ここ!ココからなんか力の感じが変ったよね!?ね?」
「ウン。ここね。。たしかに。。」
なんて会話が「二対一」の構造で繰り広げられるわけですから、


「ちょっと!!
なんなのよ!アンンタ達!(○`ε´○) プンプン!!
よくわかんないんだけど!? 私が!?私がおかしいの!? え!? なんなのさ!」


というような「普段とまったく逆!」的な会話と相成るわけでございます。
でもこの時はこれがケッコウ楽しくて、面白くて......


「いやいや。。君が普通だよ。。俺等がアホだと思うわ。。」

「ほんと!? うそ!? なんなのマッタク!あんた達わ!」

「大丈夫だよ。。俺等、自分らでも何なのか良く解ってないし。。」

「いいわよっ!ヽ(#`Д´)ノムキー! 私もエネルギー変る所絶対!当ててみせるわ!」

「むむうぅぅぅ。。。別に、、当てなくても、、(´・ω・`;)」


......なんて、結構な珍道中。。
なにやらとても楽しかったのでございます(○´▽`)ヶタヶタヶタ

中でも一番面白かったのがココ......
「Chapel of The Holy Cross=チャペル・オブ・ホーリー・クロス」







ココは「マルガレット・B・スタウド」が創った教会。
セドナらしい「レッドロック」の上に
岩に溶け込むようにして建てられた「モダンデザイン」な教会です。

スタウドはある日、
神様からのお告げのように思える夢を見て「教会を建てなければ......」と思ったそうで。
それから彼は教会を建てるための場所を探して色々な所を旅してこの場所に辿り着き、
ここにその教会を建てることを決心したそうです。

ココはいわゆる「4大ボルテックス」と呼ばれる
セドナで最も強力なパワースポットでは無いのですが、
僕的には正直、とんでもない!?パワーがある!?ところでした。。個人的感覚でわ。。

しかも、なんだか、、、
ネガティブ系の力。。!?
怒ってる!?岩が!?土地が? 精霊さんが!? んん!?(@。@)???
教会を建てたから!?無理やり!?んん!?
みんなの土地なのに? ん? わわ?!?



これわ......特定秘密事項か!?



アブノーマルの二人はこのエリアに入った瞬間から全く動けなくなって、
駐車場で車を降りてゲーゲー......と隅の植え込みに突っ伏している僕ちん。。
車のバックシートで寝込んでしまい外に出られなくなってしまったもう一人のレディ様。。。
で、もう一人のレディーさんわというと。。。



「ちょっとーーーーーーっ!!!o(`ω´*)oプンスカプンスカ!!
なんなのよーーーっ!あんたたちーーーーーーーーーーーーーーぃぃ!!」
私がおかしいみたいじゃないのよぉぉぉーーーーっ!
早く上にあがりたいのぉぉぉーーーーっ! ばかーーっ!」



イヤイヤイヤイヤ。。
数の原理というのは恐ろしいもので......



「いやいや、あなた様が、ま、、
マットウなのでございますぅぅ。。ゲゲーーーッ...(lll-ω-)ゲコゲコ...」



「ばかーーーっ!ρ(`O´*) ムキィィィ!!」



ここはアマリに気持ち良くて、
皆気に入ってしまい一日二回も寄ってゆるゆる......としてしまったカフェ。
「ピンク・ジャバ・カフェ=PINK JAVA CAFE」
最高!(><)/ のカフェでございます。
セドナは改めて本当に素晴らしい、凄い?所でございました。ええ。

ココは「4大ボルテックス」の一つ「ベル・ツリー」
こちらも教会ぐらい強力で......ここにも「特定秘密」がありそうですな。。。



こちらはセドナの街が一望出来る「エアポート・メサ」



「4大ボルテックス」の中ではパワーの「抜け」が最高によひ!ヽ(´▽`)ノワーイ♪
ココはどんな人にもお勧め出来るスポット!だと思います。

コチラは......以前も違う写真をココで載せましたが、やはり4大ボルテクスの一つ
「カセドラル・ロック=大聖堂の岩」近くにあるナショナルパークで、
「レッドロック・クロッシング」と呼ばれる場所の奥にヒッソリとあります。
川の奥に見える大きな岩がカセドラル・ロックさん。。







もう本当に素晴らしい!ところで。。。大好きぃ♪ヽ(*´∀`)ノ
レッドロックの上を流れる綺麗な「水」のおかげで「完璧に調和するエネルギー!」
を感じられる素晴らしいスポットです。

セドナを全て探検したわけではないのですが、
いわゆる有名な「パワースポット」と呼ばれるエリア周辺では個人的にはココが一番!
素晴らしい!!場所だと思います。「特定秘密保護!」に指定したくなる様な場所。
ここでは三人とも気持ちよく、何時間も、
それぞれ思い思いに佇み遊んでいましたとさ(^^)
コメント (2)
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ターナー

2013-12-06 21:30:27 | 素敵
未来世界に、必殺!ビリビリ光線銃!なるものがあって、そいつで僕が
「ビリビリビリッ!ヽ( ̄д ̄;)ノ」
......と、撃たれたとします。
この光線銃に当たると全ての物体は物質を作る粒子レベルにまでバラバラに分解されてしまい、
その分解された粒子は霧のように舞い散り、雲のように消えて行ってしまいます。
残るのは何もない空間。
何かがキット存在していたであろう空間がポツンとあるのみ......



「o(`ω´ )oウリャーッ!!ビリビリビリィィィーーーッ!!」

「にゃぁぁぁーーーっ!ヽ(;▽;)ノ やらりたぁぁーーーっ!消えちゃうぅーーー!」



僕の体が、
形あるものが、
ドンドン......と崩れて行きます。
何もかもが細かく壊れ散って行きます。
かつて僕の体だったモノは霧のようになって空間に漂い出し、空気に混じりだし、
やがてその空気との区別すらもつかなくなっていって、
周囲の風景とドンドンと同化していって......
そして、消えて行きます......



その時、
光線銃に打たれて消えてゆく僕はきっとこんな事を思うのです――――――

「あぁ......そうか......
俺って、水や空気と同じもので出来ていたんだ。
なんだ、そうだったのか。
川や海や山とも、あの空とも、地球とも宇宙とも、
アイツやコイツとも、ワンさんやニャンコさんとも、
......なんだ、同じもので出来ていたんだ......」

――――――ご臨終でございます(T . T)



United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland......
グレートブリテン及び北アイルランド連合王国......「イギリス」、の誇る偉大な画家
「ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー=Joseph Mallord William Turner」
さんの絵がなんと110点も!来日している!(*゜ロ゜) キュッ!!というので、
先日、東京、上野の森にある「東京都美術館」にイソイソとお出かけしてきました(^_^)



僕にとってターナーさんの絵というのは、
特に後期から晩年にかけての絵というのは、
冒頭に記した様に風景、人、モノ......全ての境界線が取り払われて、
全てが渾然一体となって光のように輝き、霧のように漂う......そんな感じ。
これは「湖の向こうの夕暮れ」という作品。ネットからチト拝借。。(゜ω゜;A)



今回の展覧会では出口近くにラストを飾る様にして展示されていました。
専門家の間では未だ
「完成作なのか?未完成なのか?」
という議論が続いている作品だそうです。

どちらなのか?
当然僕に分かるハズはありませんが、僕は......紛れも無い「傑作」だと、
そう思ったりなんかしています(^^)

こちらは「レグルス」という作品。
拝借。



こちらは「バターミア湖」と呼ばれる作品さん。拝借。



やっぱり、僕の印象は最初に記したような感じで......
それは、なんとなく、
ターナーさんは全ての物質が同じ様な粒子の組み合わせで出来ているというようなことを
ちゃんと知っていたのかもしれない......という印象。
それは現代の先端物理学者のように、確信を持って。

人も動物も海も山も河も......全てのものは似たような粒子から出来ていて、
そのほんの少しの組み合わせの違いだけで違うものとして生成されていて、
だから、本当は全てのものに境界などなくて、線などなくて、
皆重なり合って一つの世界を創り上げている、
一つ世界で存在している......

晩年のターナーさんの目にはこの世界がそんな風に見えていたのかもしれないな、と。
僕にはそんなふうに思えるのです。



もう一つ。
今回の展覧会でターナーさんの初期から晩年に至るまでの
膨大な数の絵を一遍に見させてもらう中で感じたことは、
「時に知性はアートの邪魔をする」
ということでしょうか。

10代で水彩画家になり、
26歳でイギリス美術界の絶対的権威であるロイヤルアカデミー附属美術学校の正会員。
そんなエリート道を歩む彼の「初期」作品から僕が感じることは「とても頭の良い人」ということ。
そして、そのあまりに高回転できる頭脳の持ち主故の、自らの絵に対する細かい試行錯誤。
その「細かい思考」が、
アートになろうとしている作品を少しばかり邪魔をしてしまっているという様な状態。
それは僕だけの「特異」な感想だとは思いますが、
初期の作品からは僕はそんな感じを受けていました。

この頃のターナーさんの絵にはまだ世界を区切る境界線がチロチロと描かれていて、
ソレは特に人の描写などにとても強く出ていたりして。
混じり合って描かれている世界と、それらと混じり合っていない世界。
絵画そのものとターナーさん。
この頃の絵は、そんな感じでなんとなく「二分」されているような印象が僕にはあって。
伝わってくるモノは絵より先に彼の思考や知性だったりして。

やがて「カラービギニング=色彩のはじまり」と呼ばれる
自らの絵、色、タッチなどに対する再考、実験を繰り返すような時期が訪れ、
個人的な印象ではそこから彼の絵は一気に違うものへと、
一気に「アート」へと、
しかもその「高み」へと、
登っていったような感じを受けます。

僕はそんな「カラービギニング」時期以降の作品がとても好きです。
それはもう、感動的に好きです。

この時期以前にも「何作」か、
その後のターナーさんを予見出来る様な作品が時折描かれていたりもするのですが、
この「カラービギニング期」以降からは全ての絵から明確な線や区切りの様なものが無くなって。
同時に彼の強い思考や知性みたいなものも感じられなくなって。
そして、一つ世界に万物が無垢に溶け込んで存在しているような......
そんな作品が描かれていくように思えました。



万物がキラキラと輝く光の粒でできている世界。。



そんなキャリア後期のターナーさんの絵は当時各方面から色々な批判を浴びていたそうです。
「わけわからん!ちみ!」
......的な。そんな人々にターナーさんはこう言っていたそうです。



「それがどうしました?
肝心なことはただ一つ。印象を呼び起こすことです」



そんな彼の作品が無かったら僕の大好きな「モネ」や、
モネを代表とする「印象派」のタッチなども生まれなかったのかもしれません。



意図が無ければ何も始まらない。
意図を消せなければ何も完成しない。



それが今回のターナーさんの展覧会で改めて僕が痛切に感じたこと。
感謝。



山下達郎さんのアルバム「ARTISAN=アルチザン」
僕が始めてターナーという画家さんを知ったのは
実はこのアルバムに収録されていた「ターナーの汽罐車」という曲からでした。
ちなみにその絵というのはコチラと思われます......



わけわからん!?(@。@)
しかし......流石!達郎さん。
ポップスにターナーの絵を重ねて来るなんて、もう......
なんと素敵な......(= ̄ ρ ̄=) ...
コメント
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トイレの神様、仏様。

2013-12-03 20:05:39 | 凄い...パワスポ寺社
2010年頃。
「植村花菜=うえむらかな」さんの「トイレの神様」という曲が大ヒットして、
この国にはまだ祖父母に対する敬愛の気持ちや、
古風とも言える「トイレの神様」的なお話が
其処彼処にちゃんと残っているんだなぁ......と感じたことを覚えています。

なーーんの役にも立たない!?「神社検定三級」の知識範囲で言えば......イヤ!
本当わそれ以上!?多分!?受けてないからわからないけど!( ̄^ ̄)ゞ、の、
僕の知識範囲で言えば、
神道=しんとう」における「トイレの神様」となると、
地域や伝承?毎に多少の違いがあれど、どうも多くは「水」周りの神様が多いようです。

水は不浄なものを洗い流す、清める、というような意味あいもあるし、
古来よりトイレは水場にあることが多かった、
というようなことにも起因していると思われます。

そして、一般的には弁天様が一番分かり易く象徴的な話になるとは思いますが、
植村さんの歌にもあるように水周りの神様というのは昔から「女性」が多くて、
そんなところからもトイレの女神様......
トイレを綺麗にするとベッピンさんになれる!
......なんていうことにも繋がっていったのでしょうか(^_^)

他にも、この歌が売れている頃、
巷では様々な「トイレ本」なるものが出されていましたが、そんな本の中では
アメリカのセレブの共通点は皆トイレが綺麗だった!
トイレ掃除をするとお金持ちになれる!
タモリさん、和田アキコさん 、星野仙一さん、郷ひろみさん、
北野武さんやダスキンの創業者の鈴木清一さん、
松下電器の松下幸之助さん、本田技研工業の本田宗一郎さんに至るまで!!!
皆トイレ掃除が大好きで、大切なこととしていた......なんてことも書かれていた様です。

日用品メーカーの「ライオン」さんに至っては、
「トイレの清潔さに関する比較調査」なんてことを実施していたりして、
「世帯年収」を聞いてみると
「ピカピカトイレ派」の年収は「残念トイレ派」の年収を90万円近く上回っていた!
なんていう調査結果まで公表してみたりと。。


そんなトイレブーム!?
も今や昔。。。


そんな時期を見計らい!?先日「美しき富山県」に行く機会があったので
「トイレの神様」ならぬ「仏様!」に会いに行ってきました( ̄+ー ̄)キラーン


多分、普通に暮らしている分には神様より仏様の方が
とても身近に寄り添ってくれている存在だと思うので、
「トイレの仏様」の力の方が強力!?なわけで、
一般的に「トイレの神様」と言ったら実は多くがこの仏様のことだったりもするので......
タブン......きっと......ええ。。


「じゃあそのトイレの仏様っていうのはイッタイどなた様のことなのさ!?ええっ?」


などと聞かれれば、
この「烏枢沙摩明王=うすさまみょうおう」さんということになるのでございます。
コレはにゃんと!トイレ専門!のお札!だそうです。。(゜0゜)ほへー



そのウスサマ明王さんの総本山のお寺というのがココ、
富山県、高岡市にある「ひたすら美しい」禅寺「瑞龍寺=ずいりゅうじ」さん。



気高く聳える立山連峰を望む広大な敷地に、
禅寺らしく無駄なく研ぎ澄まされたシンプルな様式で建造された建物は
近世禅宗様(ぜんしゅうよう)建築の傑作として国宝にも指定されているお寺さんです。
富山県では初の国宝指定だったようで、富山県唯一の国宝でもあります。
この瑞龍寺さん。
僕は、禅寺建築の致美たるものの一つだと、そんな風に思っています。
その美しさをいつものごとくチープな携帯カメラで。。(T . T)ぶぇ









トイレ掃除というのは、汚れているものと正面から向き合い、
綺麗にして行く行為なのだと思います。

そんなことの中で最も身近にあって、誰にでもわかりやすいものなのだと思います。

汚れたものというのは、
目に見えるものだけではなくて、
心に住み着く様々なエゴや我欲、
行き過ぎた自己愛のようなものもその様に言えるものなのかもしれません。
それらと正面から向き合い、
汚れを落とし、ピカピカに磨き上げて行くところに幸運はやってくるのですよ、
富も流れてくるのですよ......
我欲を捨て、他者のために何ができますか?
汚れとは、一体なんのことですか?
......と、
そんなことがトイレの神様、仏様が投げかけて来ることのように思えます。

なので
「お金持ちになりたいから、、」「良い事がある様に、、」という様な、
そんな独善的「動機」から突然トイレ掃除を始めてみたり、綺麗にしたり......と、
そんな感じだったりするとやはり神様も仏様も味方をしてくれない様にも思えます。

面白いことに、海外を旅したりすると、
社会的に混乱が大きかったり、乱れていたり、生活が荒んだ状況にある国のトイレというのは、
不思議と?汚れている様な気もします。

中東やアジアの一部の国などでは頼んでいるわけではないのに、
手洗い場の蛇口を捻っただけでお金を要求して来るような場所があったり、
アメリカのような大国でも綺麗な場所はとことん、豪華!......なくらい綺麗なのに、
汚れた場所はとことん、信じられないくらい!荒んだトイレになっていたり......と。。
なんだかトイレはその国をよく表している様にも僕には思える時があります。

日本の様にどこに行っても綺麗で居心地の良いトイレがある国なんて、
この国の人はきっと心の綺麗な人が多いのだろうな、
トイレの神様も仏様も沢山居るんだろうな、
きっと豊かなんだろうな、
感謝しなくちゃな、
などと思うこともあったりして。。

瑞龍寺の宗派である曹洞宗における「禅=ぜん」修行の中にもトイレ掃除というのは当然
「とても大切なもの」として存在していて、
でもそれは家や職場、普段の僕等の生活においても同じ様にアチコチに存在していて。

日々心の汚れと向き合い、汚れの元を見つけ、
ソレを落としていくという作業の中で始めて幸運は訪れてくれたりして。

瑞龍寺は勿論、沢山のお寺や神社、ウスサマさんのお札などが存在している意味というのも、
ソレがあるからといって何か力を頂けるといったものではなくて、
そんな魔法の様なものでは決してなくて、
それは僕等の過ごすタフな日常の中でとかく忘れてしまいがちな「そんなコト」を
時折ちゃんと思い出させてくれるという意味なのではないか......とも思うわけで。

瑞龍寺さんの清廉なるお庭に佇んでいると僕もまた改めて、
しっかりと、
毎日汚れ落としに頑張るのだ!と、思ったりするのでございます(*`・ω・´)ウリャ!



どれくらいの人が気付いているのか......
パンフレットなどにも一切書かれていないのでわかりませんが、
食事規制!女人禁制!など
あらゆる方面からストイックに「道」を追求していく「禅」において
瑞龍寺の中央に聳える「仏殿」の天井から垂れ下がる美しい織り幕の中、
それは「真下」から覗き込む以外は絶対に見えない場所に、
羽衣に包まれた美しき天女様が二人だけ、ヒッソリと描かれています。
見えますでしょうか!?上の写真。。
許しを頂き撮らせて頂きました(^^)

この時は、手を合わせていると何処からとも無くお堂の中に風が吹き込んで来て、
この幕がヒラヒラと大きく揺れて何だか羽衣のような、スカートのような、
チラチラと女神様がよく顔を見せてくれて、
なんだかとても優しい時間を過ごせました。

俗世的な楽しみを禁じられた修行僧の世界で、
見えない様に、ヒッソリと描かれているこの女神様達の絵がなかったら、
この遊び心?ゆとり?真理?がなかったら、
僕はこのお寺をこれほど好きにならなかったと思います。
富山にもほど近い、北陸の街に住む僕の敬愛する友達のYさんはこう言っていました。



「100%の悪人はいません。100%の善人もいません。」



とても面白いことに「人体を模した、、」と説明される瑞龍寺の構造は、
入り口の「総門」から最深部の「法堂」に辿り着くまで「一直線!」に参道が続いていて......



「総門」をくぐると「山門」。さらに女神様の居る中央の「仏殿」。
その仏殿をくぐり抜けて初めて最奥にある「法堂」に辿り着きます。
そこにウスサマ明王さんもいらっしゃいます。

僕にはそれは「心の構造」のようにも思えます。心の扉の構造。
開けた!と思ってもまたその奥に扉があって、開けて開けて、また開けて......
そうして進んだその一番奥に黄金に光る仏様がいて、
私等の心もこんなふうに出来ているのですよ......と。
僕にはそんなメッセージに感じられます。

くぐり抜ける門の数は「3」
法堂でも女神様の居る仏殿でも中央には常に「3」体の仏様が座されていて、
最深部の法堂は大きく「3」つに部屋が分かれていて。。

さらに、広大な建物は「基本的に左右対称」に作られていて、
それを人の「脳」とすると、
奥の法堂から見て右半身を司る実務的な左脳の方には食事どころがあって、
左半身を司る感覚的な右脳の方には座禅を組む心の修行場があって......と。

まぁ、こんなことは何処にも書いてませんし、
こんな見方をする人はアホだとも思いますが。。
この瑞龍寺というのはシンプルな建物の「構造ソノモノの中」に
奥深きメッセージが込められている様に......僕には思えているのです(*^-^*)
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