雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか。。」と見つけてもらえたら、、そんな思いで書き記してます。

かもめ食堂

2013-03-29 00:10:09 | 素敵...映画&音楽&珈琲
スナフキンとミイちゃんは姉弟だった......
ということを教えてくれたのはこの映画でした。

「かもめ食堂」

どうも二人は異父姉弟らしいです。はい。
ムーミン、奥が深い。。



ビデオカメラを「一台だけ」渡されて
「、、お金あんまり無いんだけどね、、なんかコレで映画を一本撮ってくれない?」
なんてことを、もし、言われたら。
その時にこんな作品を撮れたら最高だろうなー......と。
僕にとってそんな位置にある映画です。
かなーり好きです(^^)
脚本と監督は「荻上直子=おぎがみなおこ」さん。
その昔、深夜TVでやっていた「やっぱり猫が好き」という、
ちょっと不思議な空気感のドラマがあって、その脚本もこの人になります。



主人公は小林聡美さんが演じる「サチエ」さん。
ムーミンの国、北欧フィンランドへ一人でやってきて、
ヘルシンキの街に小さくてシンプルな「食堂」を開きます。
開店して一ヶ月。ヒマでヒマでヒマでヒマで......
そんな中、後にお店を手伝ってくれる同じ日本人の「ミドリ」さんと街で出会います。
ミドリさんを演じるのは片桐はいりさん。
ある日、サチエさんはミドリさんにこんな話しをします。



「......レストランじゃなくて、食堂です。
もっと身近な感じっていうか、、
店の前を通りかかった人が、フラッと、気軽に入って来てくれるような」



そして、サチエさんはミドリさんにこう訊ねます。



「ねぇ、ミドリさん。
もし明日世界が終わっちゃうとしたら最後にナニしたいですか?」

「えーーっ!?
、、そうですね、、なんか、、、すごーく美味しいものが食べたいです!」

「やっぱり!?」



こんな単純な思いから、遠い異国の地で開いた「日本食堂」の物語。



そしてもう一人。
後にサチエさんの食堂を手伝うこととなる「もたいまさこ」さんが演じる「まさこ」さんが
ヘルシンキに滞在している理由とは、
「飛行機に預けた旅行用スーツケースが無くなった、、」
から。
「荷物が見つかるまではこの街にいろ、って、、、そう言う事だと思うんです......」
と、そんな理由。
そして、実はココが、この映画で一番好きなポイントだったりなんかします。(*゜ー゜*)
なぜなら僕は、普段、少々意志や気持ちが強くあり過ぎるようなところナドがあって、
そんな僕にとってこの理由というのは、なんだかとても響いたのです。
この理由は、僕にはちょっと羨ましく、心地良く思えたりもして。



たぶんですね......



この映画を見るとシナモンロールが食べたくなります。



それと、おにぎりも(^^)



魅力的な「iittala=イッタラ」デザインのプロダクトも欲しくなります。



あとですね。個人的に忘れられないのが......



「コピ・ルアク!」



コーヒーが美味しくなるおまじないの言葉!
正確に記すと洒落た店などで飲むと一杯¥5000以上!!(@.@)
もする幻の超高級コーヒー豆の名前ですが......詳しくは映画を見て楽しんで下さい。
何かと影響されやすい僕なぞは、コノ映画を見た後しばらく、
珈琲を淹れる度にこの「おまじない」をやっていました。アホや......

きっと、晴れた日の休日の
「久しぶりにお掃除なんかしちゃって超さっぱりーーーっ!!」
なんていう午後の三時頃に、
「コピ・ルアク!」
と、珈琲でも淹れて一息つきながら見るのがハマル様に思います。

見ている間は、きっと、ずーーと、たおやかな空気が流れると思います。
ユッタリと温泉にでも入っているかのような「気分」になると思います。
良い温泉やお風呂に入った時の

「うぃぃぃーー。。気持ちよかぁーーー。。」

なんていう気持ちや、

「じわわわーーーん」

と暖かい感覚と空気が、しばしの間見る人を包み込んでくれるハズです。
もしかしたらそれ以外は何も無い映画!?かも!?しれませんが、
決して深く考えてはいけない、ただただ自然に湯浴み(ゆあみ)を楽しむ様な、
そんな映画でもあります。
日本人にしか撮れないような世界観と空気感を持った映画。


ラスト。
エンドロールに流れる曲は井上陽水「クレイジーラブ」
湯上がりまで!
粋ですなぁ(><)。


♪......夏の終りの夕暮れに
消えそうな空に
夢を私がえがくのは
特に意味がないから
風に追われて
ながされている
もっとこのままでいれば クレイジーラブ

星にあやしいクレイジーラブ
愛されていても
月が 私を許すなら
後もどりもしたいわ
きらめく星と
とまどう胸が
もっとこなごなになれば クレイジーラブ
もっと真夜中になれば クレイジーラブ ......♫



かもめ食堂のテーブル、キッチンウェアは殆どイッタラ。
僕はこのブルーのイッタラのコップがお気に入りで、
コイツで水をゴクゴク......っと飲むのが結構好きです。(^^)
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いってきます

2013-03-26 00:00:22 | 勇気
行って来ます。

行って、
来ます。

行って、
そして、ちゃんと帰って来ますね。。。
そう約束します。

それで、
行って来ます。


とてもいい言葉だと思います。


受け取る方にも、送る方にも、
とても大切な言葉だと思えます。


そして、
よく使っている言葉でありながら、
よく使っている言葉だから、
意外にその意味を知らないでいたり、考えたこともなかったり。。

それは、
既に知っているのに、知らなかった......ということ。
知っているのに理解はしていなかったということ。
気付かなかったということ。


その意味に気付いた瞬間
この言葉は以前とは違う響きを纏いはじめます。


何処かに出かける時にこの言葉を誰かに言えるということは、
誰かが言ってくれるということは、
とても幸せなことなのだと、そんな調べを奏ではじめます。


幸せというのはこの言葉のように、
きっとどこにでもあって、
きっと誰でも知っていて。

この言葉のように知らず知らずのうちに日常的に触れていて、
誰でも手に出来る範囲にさり気無く存在していて、
人によっては既に手にもしていて、
人によっては後は気づくだけだったりもしていて。



いってきます。



今日も誰かに言われれば、
今日も誰かに言うことが出来れば、
きっと幸せです。

家でも、学校でも、職場でも、旅先でも、
冗談でも、素っ気なくても、消え入るような、呟くような言葉でも、
ソレが言えれば、
ソレが聞ければ、
少なくともその瞬間は幸せなのだと思います。

言える人が誰もいなくても、
自分自身や、神様に、
ペットでも、道端の花や草木にでも言えたなら、
そこに大きな違いは無いと思います。

この言葉を言える限りは、
この言葉を言われる限りは、
言える、言われる自分自身に価値があり、
言葉の対象が何であるのかに関わらず
自分は「今」幸せと共に「ある」ということなのだ。と。。


僕は時折、そう思って外に出かけていきます。


履き古したモスグリーンの
お気に入りのドクター・マーチンのブーツ。
その靴ヒモをキュッと締め上げて、
ドアを開け、
外へ出る。

空を見て、
足下を見つめ、
その先へと続く道を見つめ、
目を閉じて、
深く深呼吸をして、
もう一度、目を開けて、


行ってきます。



昔から、もう何足も履き続けているドクター・マーチンの8ホールブーツ。
全くもって壊れないヤツなので、ボロッボロ......ですが......( ̄ω ̄;)
いつも玄関にポテッと居座ってます。

ダメージ系のジーンズにも合うし、
仕事も遊びも、街でも海でも山なんかでも
一通りこなせちゃうのでついついコイツばかり履いてしまいます。。

履き込むほどに風合いと愛着が深まっていって、
まったく代わりの利かない、
僕にはとっては沢山の時間を一緒に過ごす大切な友達のような靴です(^^)
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一変したし( ̄w ̄)ププッ

2013-03-23 00:38:39 | 凄い
ええ、そうなのですよ。

やっぱり生活を一変させてしまうようなモノってあると思うのですよ。

昔、電話回線のコネクトから何だか細ながーーい線をパソコンまでヒッパッテきて、

ピーーーーガーーーピーーガーピーーガーーートぅルルルぅーーーーー
ざーーーーじーーーーーずーーーーぜーーーーざーーー

......なんて派手なノイズ音を出しながら
生まれて初めてインターネットに接続したその時から、
生活が一変したもの。

うん。

いっぺん。。

確か「ダイヤルアップ回線」とかいってたかなぁ......
?んん?Oo。。(  ̄_ ̄)ぽあぁん......

それが今や「光ファイバー」さんだもの。

サクサクさんだもの。

LTEだもの。

携帯電話を始めて手にした時も生活が一変したし。

車を初めて手に入れた時も、パソコンを初めて買った時も、生活は一変したもの。

薄型TVを手にい入れた時もお部屋が一変したし。

初めてオネェさんがイッパイいるお店に入った時も一変したし(●´ω`●)ゞエヘヘ

吉野家の牛丼を初めて食べた時もお腹が一変したし......(@ ̄¬ ̄@)デブーリ

それで......

このお方も、地味だけど、
そんな僕の生活を一変させてしまったモノの一つといっても間違いないのですよ。
ハイー(*´∇`*)

なにお今更!?の
「T-FAL=ティファール」さーーん!
のケトルさーーーん!ヽ( ´ ▽ ` )ノ ハーイ!



彼が僕のお部屋に来たその日から、
それまでの、お湯が沸くと激しく吹き出るその水蒸気でもって

「♪ぴーーーーーーっ!♪!」

っと、ケタタマシク鳴っていたヤカンさんが......いなくなっちゃったもの。
夜逃げしちゃったもの。
もう帰ってこなかったもの。ヤカンさん。
夜間に出ていったままのヤカンさん......(ここ笑うとこね ( ̄w ̄)ププッ )



最初はカップラーメンでも作ろうかと思って、
早速お部屋に来たばかりのティファールさんのボタンを押して、
その間にカップ麺の具材をセカセカ......と入れていたら、
まだ色々と入れ終わっていないのに、途中なのに、

「ぽん!」

なんて音を出しやがりまして、

「とっととお湯わきましたぜーーっ!だんなーーーーっ!“ヘ( ̄- ̄ )カモォーン♪」

って、ティファール君が......

「な、なんと!?∑( ̄ロ ̄|||) ま、まじっすかぁーーーーーーーーーっ!?」

そりゃ、もう......衝撃の湯沸かしスピードですよ。数十秒ですよ。はい。
もう白バイもお手上げのスピード違反ですよ。



それでもって、そんなT-FAL君に味をシメちゃったもんだから......
次はコレですよ。ええ。だんな。
「取っ手がとれる」ティファール♪のフライパン、お鍋セット、
蓋まで付けちゃうよーーっ!(><)バージョーーン!



写真には使用中の写真の幾つかは写っていませんけど。
これもまた、僕の料理生活が一変させられるコトなのでやんすよ。
僕はあまり料理はしないけど。。気持ちは一変しましたですよ。ええ。
だってだーってね......

「取手が取れたらフライパンになんかならねーやんかーーっ!(」゜□゜)」オーイ!!」

なんてね。

「どうせそんな取手、
付いててもグラグラで使いモンになんかならねーーんじゃねーのぉ!?んん!?」

なーーんてね、でね、
使ってみるとさ......

「と、、とーっても使いやすーーい!ヽ(゜▽゜*)乂(*゜▽゜)ノ バンザーイ♪」
「取手も別にぐらぐらしないしぃーーーっ!」

だもの。
しかも......

「真ん中の赤い丸マークって、焼き頃温度で色が変わるのねーっ!」
「取手がとれると棚にしまい易いのねぇーーっ!(*  ̄▽)o□☆□o(▽ ̄ *) カンパァーイッ♪」

だもの。。

「取手がとれてトッテモしまいやすーーい!」 

だもの。(ここ笑うとこパート2ね( ̄w ̄)ププッ)

「しかもフタの取手は磁石で付けたり外したリできるのねーー!」
「素敵ぃぃぃーーーっ!」

だもの。。

これ、ね。。



いやー......
トニもカクにも衝撃の出会いだったティファールさん達。
とてもおフランスの製品とは思えないくらいおドイツ的。。

もう十年近くのお付き合いですがホントに君たちは凄いのだ!
コレからも色々と頼みますのだ!



あッ!!
そうかっ!!
ティファールに入社!ってのもいいな。。。
ホームページ、ホームページっ......と......(ここ笑うとこパート3ね( ̄w ̄)ププッ)
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好きなのねぇーっ!

2013-03-20 00:17:36 | 凄い
「時間が経てばたつほど良くなって行くものというのがいい “もの作り" だと思う」


先日流し見ていたTVで「ソロモン流」という番組をやっていて、
その番組で特集されていた木工家具職人の松岡茂樹さんが話していた言葉。


「音楽も、、まぁ、、どんなモノもきっとそうなんだろうなぁ、、」


......などとも思いながら、
プロダクトも大好きな僕はそのままジッと見入ってしまいました。


松岡さんは今日本で最も注目されている「新進気鋭」の家具職人さんの一人なのですが、
冒頭の言葉は、
その松岡さんが作品の展覧会の為に訪れたドイツで「勉強の為に、、、」と
出掛けて行った「ケルン大聖堂」で建物を見上げながら話していた言葉です。
その時の「松岡さん的職人視点」でのケルン大聖堂解説や感想もとても面白かったです。


「ドイツもナカナカやるよね」


なんてことも言ってました。


「日本は負けないけどね」


なんて。


勿論、そんな松岡さんの造り出す家具達はそんな彼の言葉そのままのモノばかり。
美しい曲線も含めてとても魅力的です。
この記事の冒頭に記した松岡さんの言葉は、
勿論「定番的価値観」と言えるようなものだとは思いますが、、
どのような「いいもの」を目指すのかは
そのクリエイターの自由であって、ソレゾレの価値観によるのだと思います。
そして、だからこの言葉はきっと松岡さんのモノ作りにおける価値観ソノモノ。
そんな価値観に共感出来るような人達にはタマラナイ家具達が
番組には次々と登場していました。
コチラでカタログが見れます。興味ある方はどぞどぞ......


「ううーーー。。。
と、とてもほ、ほすぃ。。。
で、でも、、ちと高い、、、( TωT) オヨヨ」


そして、
もう少し「いいもの」という言葉の意味を考え込んでみると、
そこにはもうちょっと幅広く、色々な定義が含まれているようにも僕には思えます。
例えば、
「時代と心中して行く」「マッチして時代ソノモノとなっていく」
というようなモノ、定義にも
「いいもの」と言えるような部分があるのかもしれないとも思います。
やはり、音楽にもそんなタイプのモノがあるように思えます。


番組中、個人的にさらに面白く、強くのめり込んで見てしまったのは、
先日このブログで僕も思わず「ガチッ!」と記してしまった東京、上野で開かれていた
「円空=えんくう」の展覧会に松岡さんが出掛けて行った時のシーン。

松岡さんがドイツ展覧会に出展する作品のアイデアに煮詰まっている時に、
「なにかキッカケがあれば、、」と言って彼は出掛けていきました......


「おおーーーーっ!!
やっぱりーーーっ!?
松岡さんも好きなのねぇーーーーーっ!!
すげーーきょーーかーーん!(><)/」


と、円空の作品が登場する場面をカブリツキで見ていましたが、
松岡さんは円空にいったいどんな感想を持つのだろうか。。と、
ソコがとても興味深く て。。
果たして、
「円空仏=えんくうぶつ」を見た松岡さんはこうのたまわっておりました。。


「円空の作品てさ、、どれも作意を消してるよね」


......え、ええ、


......ああ、


まぁ、そうですね。。


じ、じゃぁ、
僕も、
ハッキリ言わせてもらいましょうかね、松岡さん。。。


「あんた凄いよぉぉーーーーーーーーっ! (; ゜ ロ゜)ナン! ( ; ロ゜)゜ デス!! ( ; ロ)゜ ゜トー!!!」


「激しくどういーーーーーーーーーーーっ(><)/!!」


木工家具職人、松岡茂樹。

木工家具工房「KOMA」代表。

かっこ良かった。

とてーもカッコよかった。。

独特の木目合わせのセンス。

磨き込んだ曲線美。

素材に空いていた穴をそのままにして作った屋久杉のテーブル。

円空からインスピレーションを受け、
「作意」をとことん消すことをコンセプトに作ったドイツ展覧会に出展したテーブル。。
とてもカッコよかった。。


で、けつろーーーーーーーぉぉぉんん!


俺もかっこ良くなりたい(T.T)ぶぇ



松岡さんが素材として惚れ込んでいた世界遺産の島、屋久島の杉は
保護林なので自然に倒れて、朽ちているものしか使えないという貴重なもの。

写真は「ウイルソン株」という幹の大きさでは今のところ屋久島最大の杉。
ウイルソンさんに発見された時は既に倒れてしまっていて、今はその株だけが残っています。
穴の入口に人がチロっと写っているのですが、その巨大さが伝わるでしょうか。。
大き過ぎて圧倒されます。

株には大きな「穴」があいていて、
人が住めるような巨大な幹の中にある空間に入ることが出来ます。
中に入って上を見上げてみると......有名な「ハート形」の空が(^^)



しかし、よく考えると、「ひも道、五箇条。」で記した
出来る!キャリアレディ「H嬢」が言っていた五箇条、第五条って......すげーな...... (・_・)
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ありがとう以上

2013-03-17 00:03:25 | サブ・タイトルの話
東京の南の端を流れる多摩川の空は、
今日はとても良く晴れ渡っていました。

川の上に広がる青い空には、気持ち、花でも添えましょうか!?
......なんて思っているかのような小さな白い雲がポツリポツリとある程度。
川の向こうには、遠く、富士山も良く見えています。

風もなく、暖かで穏やかな春の日差しは、
川沿いの桜の木の芽を少しでも大きくしようと降り注いでいました。



午後、二時を少し回った頃、そんな多摩川のほとりに、
小さくて可愛らしいその女性スタッフは、
自宅から地下鉄で30分もかけてワザワザ来てくれました。

彼女は何やら僕に話したいことがあると言います。

エンターテイメント世界の真ん中で毎日日本中を忙しく飛び回っている彼女は、
土曜日の今日も夜7時ぐらいから仕事があるようでした。
そんなスケジュールの中でワザワザ東京の端にある僕の自宅迄来てお話しがしたい......
ということは、
どれだけ大切で、重みのある話しなのか......は、大体想像がつきます。



そもそも、
彼女が「今」抱えているプロジェクトは元々は僕が始めて、創って来たもの。
それを一年半前に「やむをえない理由」で全てを彼女に委ねる事になったわけで、
彼女を取り巻く問題の大体の事は、うぬぼれでなく......離れていても常に、
誰よりもよく分かります。
頑張りやで責任感の強い彼女は
その小さな背中に僕の抱えていた分のバッグもたった一人で背負いながら
この一年半を頑張ってきたのだと思います。



きっとその大きなバッグの話し......



僕が彼女に委ねていた仕事の話し......



駅で彼女を迎えると、カフェでひとしきりクダラナイ話しをした後、
二人で多摩川の広い河川敷の方にてくてく......と土手を下って降りていきました。
川の流れの直ぐ傍に延々と敷かれた石堤に腰を掛けて、
そうして、やっと、彼女はポツポツ......と、小さな声で、話しを始めました。

話しを聞いていると、それはやっぱり、彼女にとってとても辛く、厳しい話しで。
彼女の小さな胸の中に、人目には決して触れない様に仕舞い込んでいた多くの思いの話し。
それは段々、少しずつ溢れて来て、
いつしか堰を切った様に激しく......大きく流れ出て来ました。

......気がつくと、
彼女は話しながら、ぐしゃぐしゃに泣いていました。
涙は止めようとも止めようともとめども無く溢れ出て来ます。
その辛さが伝わるので、
傍で聞いていた僕も思わず涙ぐみ、泣きそうになってしまいます。



「本当にすいませんでした......
uzmetさんが離れてから私何も出来ませんでした......」
すいませんでした......すいませんでした......
本当にすいませんでした......」



彼女が謝る必要などいったいどこにあるのでしょうか。。
彼女を荷物の多い大変な環境に追い込んでしまったのはむしろ僕の責任なのです。
彼女が謝る事など微塵も無いのです。



「謝る事なんてひとつもないから、、
俺の方が謝らないといけないんだから、、
本当に、本当にごめんね。。
一年半も、、、俺の分まで頑張ってくれて、、本当にありがとう。
君には本当に感謝しか無いんだ。
本当に。
ありがとう。
君にはそれしか無いんだ。
ありがとう......ありがとう......」



僕は、、その時、それしか言えませんでした。



「ありがとう......ありがとう......」



ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう......
ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう......



「ありがとう」という言葉では全く足りない気持ち。

そんな気持ちは一体何と言ったらいいのでしょうか?

そんな気持ちは一体何だというのでしょうか?

「ありがとう......ありがとう......ありがとう......」

泣きじゃくる彼女に、
僕はそれしか言えませんでした。

気がつくと僕は泣き続ける彼女を抱き寄せて、
頭をクシャクシャに撫でていました。



「ありがとう......ありがとう......」



それでも彼女はひとしきり泣いていて、
それから......少し笑って......



時刻はいつの間にか夕暮れになっていて、
川の向こうに見える富士山の傍に沈んで行こうとしている太陽は、
少し大きくなって、オレンジの色が強くなっていて......
川面にもキラキラと反射しているその日差しの中でまた、
僕らは色々なことを話して.......
そして、河原を後にしました。



今日一つ、確信した事があります。
「ありがとう」という言葉でも、
とても伝えきれないような大きな大きな、、とても大きな感謝の気持ちというのは、
それも「愛」なのではないのかな、ということ。

コノ理解がもし間違っていたとしても、
少なくとも今日だけは僕はそんなふうに思えたということ。

泣いて泣いて泣いて泣いて......
こんなになるまで小さな体で懸命に頑張ってくれていた彼女を、
僕は愛しています。



ありがとう。



その言葉では伝えきれないほどの「ありがとう」ですが、ありがとう。



このブログのタイトルに嘘、偽りはありません。



いつの日か、
愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか。。」と見つけてもらえたら......
そんな思いで書き記してます。



愛してます。



駅まで仕事に向かう彼女を送っていって、
その後、また一人、
川沿いの土手を歩きながら家に帰りました。

帰り道、
彼女の前ではこらえていた想いと、涙が、止めども無くあふれてきました。

そして、フト、
泣きはらした情けない目で道の横に目をやると、
そこにはいつもの桜の木が佇んでいました。

桜の枝には花の莟が沢山ついていて、
いまや大きく大きく膨らんでいました。

彼女に「今日はワザワザありがとう、、、」というお礼のメールを打ちました。

そのメールの最後にはこう書きました。

「......桜は、これから咲くのです」



今日彼女と歩いた土手沿の道は、もう少したつとこんな感じになります(^^)

あっ!?

今日の記事......

コニャ(奥さん)用の言い訳を考えとかなアカンかな?そういえば......

失敗か!?(゜_゜i)タラー......
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いただきます。

2013-03-14 00:00:52 | 感動
既にもう色々なところに転載されているような本ですが......

「いのちをいただく」

西日本新聞社さんが出している絵本です。
九州、熊本県に住む坂本義喜さんという方が学校などから請われ、
時折子供達に話し聴かせていた自らの体験談をシンプルにまとめ上げた本です。
僕のような人間には読むと涙が溢れて止まらなくなってしまう......(T.T)ような本。

巻末にはこの物語が世に出るまでのエピソードや
坂本さんと実の娘さんとの心温まるサイドストーリーなども収められています。
沢山の人に知ってもらいたい......ということも書かれていました。

先日も友人のMさんがfacebookで紹介していたりなんかしていて、
「もし」まだ知らない人がいましたら以下、チコッとチェックしてみて下さい。

以前記したコノ記事あたりからの続き......
という感じでもありますが。。(^.^)どぞどぞ。よしなに。



―――――――――――――
坂本さんは、食肉加工センターに勤めています。
牛を殺して、お肉にする仕事です。
坂本さんはこの仕事がずっといやでした。

牛を殺す人がいなければ、牛の肉はだれも食べられません。
だから、大切な仕事だということは分かっています。

でも、殺される牛と目が合うたびに仕事がいやになるのです。
「いつかやめよう、いつかやめよう」
と思いながら仕事をしていました。


坂本さんの子どもは小学3年生です。
しのぶ君という男の子です。


ある日、小学校から授業参観のお知らせがありました。
これまでは、しのぶ君のお母さんが行っていたのですが、
その日は用事があってどうしても行けませんでした。
そこで、坂本さんが授業参観に行くことになりました。

いよいよ、参観日がやってきました。
「しのぶは、ちゃんと手を挙げて発表できるやろうか?」
坂本さんは、期待と少しの心配を抱きながら小学校の門をくぐりました。

授業参観は、社会科の「いろんな仕事」という授業でした。
先生が子どもたち一人一人に
「お父さん、お母さんの仕事を知っていますか?」
「どんな仕事ですか?」
と尋ねていました。

しのぶ君の番になりました。

坂本さんはしのぶ君に、自分の仕事についてあまり話したことがありませんでした。
何と答えるのだろうと不安に思っていると、
しのぶ君は、小さい声で言いました。

「肉屋です。普通の肉屋です」

坂本さんは「そうかぁ」とつぶやきました。



坂本さんが家で新聞を読んでいると、しのぶ君が帰ってきました。

「お父さんが仕事ばせんと、みんなが肉ば食べれんとやね」

何で急にそんなことを言い出すのだろうと
坂本さんが不思議に思って聞き返すと、
しのぶ君は学校の帰り際、
担任の先生に呼び止められて、こう言われたというのです。

「坂本、何でお父さんの仕事ば普通の肉屋て言うたとや?」

「ばってん、カッコわるかもん。
一回、見たことがあるばってん、血のいっぱいついてからカッコわるかもん」

「坂本、おまえのお父さんが仕事ばせんと、先生も、坂本も、校長先生も、
 会社の社長さんも肉ば食べれんとぞ。
 すごか仕事ぞ」

しのぶ君はそこまで一気にしゃべり、最後に

「お父さんの仕事はすごかとやね!」

と言いました。

その言葉を聞いて、坂本さんはもう少し、仕事を続けようかなと思いました。



ある日、
一日の仕事を終えた坂本さんが事務所で休んでいると、
一台のトラックが食肉加工センターの門をくぐってきました。

荷台には、明日、殺される予定の牛が積まれていました。

坂本さんが「明日の牛ばいねぇ~」と思って見ていると、
助手席から十歳くらいの女の子が飛び降りてきました。

そして、そのままトラックの荷台に上がっていきました。

坂本さんは「危なかねぇ」と思って見ていましたが、
しばらくたっても降りてこないので、
心配になってトラックに近づいてみました。

すると、
女の子が牛に話しかけている声が聞こえてきました。


みいちゃん、ごめんねぇ。
みいちゃん、ごめんねぇ。


「みいちゃんが肉にならんとお正月が来んて、じいちゃんの言わすけん。
みいちゃんば売らんとみんなが暮らせんけん。
ごめんねぇ。
みいちゃん、ごめんねぇ」


そう言いながら、
一生懸命に牛のお腹をさすっていました。

坂本さんは「見なきゃよかった」と思いました。

トラックの運転席から女の子のおじいちゃんが降りてきて、
坂本さんに頭を下げました。

「坂本さん、
みいちゃんは、この子と一緒に育ちました。
だけん、ずっと、うちに置いとくつもりでした。
ばってん、みいちゃんば売らんと、
この子にお年玉も、クリスマスプレゼントも買ってやれんとです。
明日は、どうぞ、よろしくお願いします」



坂本さんはまた、「この仕事はやめよう。もうできん」と思いました。
そして思いついたのが、明日の仕事を休むことでした。



坂本さんは、家に帰り、みいちゃんと女の子のことをしのぶ君に話しました。

「お父さんは、みいちゃんを殺すことはできんけん、
明日は仕事を休もうと思っとる…」

そう言うと、
しのぶ君は「ふ~ん」と言ってしばらく黙った後、テレビに目を移しました。

その夜、
いつものように坂本さんは、しのぶ君と一緒にお風呂に入りました。
しのぶ君は坂本さんの背中を流しながら言いました。

「お父さん、
やっぱりお父さんがしてやった方がよかよ。
心の無か人がしたら、牛が苦しむけん。
お父さんがしてやんなっせ」

坂本さんは黙って聞いていましたが、
それでも決心は変わりませんでした。



朝、
坂本さんは、しのぶ君が小学校に出かけるのを待っていました。

「行ってくるけん!」

元気な声と扉を開ける音がしました。

その直後、玄関がまた開いて

「お父さん、今日は行かなんよ!」「わかった?」

と、しのぶ君が叫んでいます。

坂本さんは思わず、
「おう、わかった」と答えてしまいました。

その声を聞くとしのぶ君は
「行ってきまーす!」と走って学校に向かいました。

「あ~あ、子どもと約束したけん、行かなねぇ」と、お母さん。

坂本さんは、渋い顔をしながら、仕事へと出かけました。



会社に着いても気が重くてしかたがありませんでした。

少し早く着いたので、みいちゃんをそっと見に行きました。

牛舎に入ると、みいちゃんは、
他の牛がするように角を下げて、坂本さんを威嚇するようなポーズをとりました。

坂本さんは迷いましたが、
そっと手を出すと、
最初は威嚇していたみいちゃんも、
しだいに坂本さんの手をくんくんと嗅ぐようになりました。

坂本さんが、

「みいちゃん、ごめんよう。
みいちゃんが肉にならんと、みんなが困るけん。
ごめんよう」

と言うと、
みいちゃんは、坂本さんに首をこすり付けてきました。

それから、坂本さんは、
女の子がしていたようにお腹をさすりながら、

「みいちゃん、じっとしとけよ。
動いたら急所をはずすけん、
そしたら余計苦しかけん、じっとしとけよ。じっとしとけよ」

と言い聞かせました。

牛を殺し解体する、その時が来ました。

坂本さんが、

「じっとしとけよ、みいちゃんじっとしとけよ」

と言うと、みいちゃんは、ちょっとも動きませんでした。


その時、
みいちゃんの大きな目から涙がこぼれ落ちてきました。


坂本さんは、牛が泣くのを初めて見ました。


そして、坂本さんが、ピストルのような道具を頭に当てると、
みいちゃんは崩れるように倒れ、少しも動くことはありませんでした。

普通は、牛が何かを察して頭を振るので、
急所から少しずれることがよくあり、倒れた後に大暴れするそうです。



後日、
おじいちゃんが食肉加工センターにやって来て、
坂本さんにしみじみとこう言いました。

「坂本さんありがとうございました。
昨日、あの肉は少しもらって帰って、みんなで食べました。
孫は泣いて食べませんでしたが、

『みいちゃんのおかげでみんなが暮らせるとぞ。
食べてやれ。
みいちゃんにありがとうと言うて食べてやらな、みいちゃんがかわいそかろ?
食べてやんなっせ』

って言うたら、孫は泣きながら、

『みいちゃんいただきます。
おいしかぁ、おいしかぁ。』

て言うて食べました。
ありがとうございました」



坂本さんは、
もう少しこの仕事を続けようと思いました。
―――――――――――――
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ポプラさんと桜さん

2013-03-11 00:03:25 | 勇気
毎年、大体このくらいの時期に
玄関の脇にあるポプラの木の枝を落とす作業をします。
枝々を切ることを決める毎年の基準というのは、僕自身が

「もう完璧に春やなぁー。。むむーーん。。」

と感じた時。
ポプラというのはトテモ大きくなる木で、
大きな公園や街路樹に植えられていることも多いのですが、
生命力があって、成長スピードも異様に早く、寒さにも強い。
中国の砂漠化に対する緑化施策で植えられる木もこのポプラさんが多いそうです。
そんな木ですからほっておくと夏を超える頃にはとんでもなく枝葉が生い茂るので、
この時期に余計な枝を全て落としておくと、秋頃迄スルッと、
ノビノビ勝手に伸び放題!......にしてあげられるのでいつもそうしてます(^^)

今年の冬はとても寒かったからなのでしょうか、
切っていた枝々からは例年になくとても「硬く」て「強い」感じを受けました。
寒さから身を守る為に木々達も少し表皮を厚く......厚着?
をする様になるのでしょうか?
専門家ではないので良く解りませんが、
なんとなく切っていて受けた印象はそんな感じでした。
もし詳しい方がいましたら是非教えて下さひ (o゜-゜o)ノ

そして面白い事に、
若枝にチョコチョコと並んでいる若葉の「芽」も、
いつもの年よりなんだか少し多いような気がしました。
こんな感じ。。。



もうじき桜の季節。
家の直ぐ側に流れる多摩川の土手に生い茂る桜の木々も
玄関横のポプラさんと同じような雰囲気を漂わせています。
枝々に付いている「芽」がイツもの年より多いような感じ。。。



そして今日は東日本大震災から2年が経つ日。



あの年の春、
黄色い菜の花に覆われた土手に咲いた満開の桜の花は、
何だか「励まし」をくれていたようで......
僕はその桜の木の根元にしばし座り込んで、
色々な思いで目前を流れる川を眺めていたことを覚えています。
桜の綺麗さがいつもの年よりも深く深く、目に、心に、
染み入っていたことも覚えています。



思うに、
桜はその越す冬が寒ければ寒いほど、
厳しければ厳しいほど、
美しく綺麗に咲くのでしょうか。



厳しい冬が桜を綺麗に咲かせるのでしょうか。

厳しい冬が人に桜を美しく見せるのでしょうか。

僕の、僕らの歩む道も、そうであればいいな、と。

きっと、そうなのかもしれないな、と。



今日はそんなコトを思いながらポプラの木を切っていました。
春の、そんな一日。



上にも記した、震災の年、川沿いの土手に咲いた桜さん。
菜の花さんも。。
今年もきっと美しく咲いてくれると思われるのでございます(^^)サケサケ......

and......
WBC、侍ジャパン決勝ラウンド進出おめでとー!(●´▽`●)/ カンパーイ♪酒酒......
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まわし者か!?

2013-03-08 01:55:40 | 美味しい...珈琲
故郷を遠く離れて暮らしていて
年に一、二回、両親への顔見せ程度でしか帰れないような時。

そんな時の「束の間」の帰郷というのは、
ローカルな電車に乗り込んでトコトコ......と、
古びたシートでウトウト......と、
穏やかに揺れながら、緩やかな時間がゆっくりと流れるような旅になります。

ローカル線ならではの人もまばらな車両の中で、
流れて行く車窓の景色は故郷が近づくにつれて
忘れていたようなことをフト......思い出させたりします。

それは、
その当時は気付いていなかったような事も、
今なら分かるような事も、
緩やかな時間の中でアワの様に表れて、アワの様に消えていったりします。

やがて電車は、
もの心付いた頃から高校を卒業する迄幾度も幾度も訪れ、慣れ親しんだ風景......
......それは当時「あまりにあたりまえ過ぎて何も感じることが無かった」様な
故郷の駅のホームに辿り着きます。

到着のアナウンスが車両に流れて、電車が停まり、
ドアがシューーッと開いて、
僕はシートから立ち上がり、そのドアから駅のホームに一歩......
足を踏み出します。

その足が駅のホームに着いた時、その瞬間......
僕の心の中には電車のシートで窓を眺めていた時より更に多くのモノゴトが
ワーーーーーッと巡っ......て来ます。


それは毎回で。
いつも。


それは、普段は記憶の片隅にヒッソリと眠っていたような些細な思い出や出来事。。


それはいつもセピアがかった色をしていて、
懐かしくも不思議な匂いを伴ったような出来事。感覚。。


こんな感覚のことを郷愁?とでもいうのでしょうか。


懐かしさと穏やかさと、
少しばかりの哀しみと、嬉しさと、
愛しさと後悔と憎しみ迄もが入り混ざったような感覚。
不思議な安心感。



このチョコレート。
明治ストロベリーチョコレート。


僕にとっての「味」を表現してみると、、そんな感じなのです (;^◇^;)ゝ イヤァ


そんなナゲー説明あるかっ!アホか!


......スミマセン......


貴様!明治製菓のまわしモンか!?


アフェリエイトやな!?


......すみません......


でも、本当にそんな感じなのです。はい...ポリポリ (・・*)ゞ


懐かしくて、基本で、、とても永遠的な味。
今でも相も変わらず近所のコンビニでも買える思い出が沢山詰まった味。
大好きなチョコレートなのです。
ハズセナイのです。
超B級なのです。


ああ!!


バカにするならすればいいさーーーっ!・゜゜・(>O<)・゜゜・びえぇぇーーん!


で、パートナーの美味しい珈琲さんは、
今年、年明けとともに封を開けた「コナ・レインフォレスト・コーヒー」が無くなったので
最近はこの
「シオノ・プレミアム・コナ・コーヒー=SHIONO PREMIUM KONA COFFEE」
さんに務めてもらってます。



マニア向けコナ・コーヒー商会、いや、
「紹介」シリーズ第三弾!的な感じでしょうか。

ハワイ島、
ドトール農園さんの隣にあるシオノ製薬さんが持っている別荘?保養所?
でとれるコナ珈琲を、
そのお隣のドトールさんに頼んで特別に焙煎してもらっているという珈琲で、
そこで直接手に入れるか関係者の方などから頂くかでしか手に入らないという
かなり貴重な珈琲さんです。

ドトールっぽい香ばしさ、、
「お焦げ」感のある独特の風味でナカナカの美味しさです。
プライベートでこんな豆を作ってしまうなんて......凄いですなぁー(@.@)!

今日はチト疲れたので、なんだか無性に甘いものが食べたくなって......
郷愁感!?までをも誘い出す大好きな「明治ストロベリー・チョコレート」さん共々
僕を癒して頂こうかなどとコタツでたくらんでおりまする。。なう。

v(。・ω・。)ィェィ♪

ニキビ注意!
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未完

2013-03-05 00:15:36 | 勇気
腿(もも)の骨と脛(すね)の骨を繋ぐ膝(ひざ)関節には
上下ソレゾレの大きな骨をつなぎ、関節の円滑な運動を助けて
クッションの役割を果たす「半月板」という軟骨があります。
靭帯(じんたい)と共に膝関節の内側と外側に一個づつ付いていて、片膝に2個。
両足で4個あります。

数ヶ月前に引退をした元日本代表プロサッカー選手の中山雅史=ゴン中山さんは、
この半月板を故障の度に削り取っていき、
ある時点から両膝、全て......無くなってしまっていたそうです。

こうなると大腿骨と脛骨が膝部分で直接当たってしまい「骨挫傷」をおこしたり、
普通はその激痛で立つ事すらも出来なくなります。
骨どうしが直接体内で擦れ合うなんて......
その痛みは、想像するのも恐ろしい。。

信じられない事ですが、
中山さんはそれでもサッカー選手を現役で何年も続けていました。

「未だにもっとやりたい、もっと上手くなりたいと思っていますからね」

そう中山さんは言ってました。
今日の記事は、この時記したものの続きになるのでしょうか。。



下手だから進める。
下手だから楽しい。



時に「完成」は終わりを意味することがあるように思います。



未完成だから続けていける。
未完成だから生きられる。



未完であることの魅力。意味。
素晴らしさ。



未完の中にある夢、希望。



中山さんには昔からずーーーっと、教えられる事ばかり。
勇気をもらえる事ばかり。
そして......ちょっと憧れます。



Number誌別冊「中山雅史と日本サッカーの20年」
最近手にしたのですが、サッカー好きの僕には最高の本でした。
お家の書棚で永久保存決定!でございます(^^)

昨日、香川が決めたアジア人初!のプレミアリーグ・ハットトリック。
中山さんでは絶対に出来ない!?ような華麗でシルキーな決め方!(><)
しかも、全てのスポーツチーム中「資産価値は世界一!」
と言われるマンチェスター・ユナイテッドで、
オールド・トラッフォードで......決めやがりました。

......そんなことも、
ココに記されている20年の歩みを思うと一層誇らしく、嬉しくなったりもします。

きっと香川もまだまだ未完。
コレからも沢山の名シーンを刻んでみせてくれるのだろうな......と、

......そんなことも、
この本にある中山さんの言葉と姿は教えてくれます。
理想を目指し頑張る「未完の力」を教えてくれます。

以下は、そんな中山さんを囲む素敵な人達の印象的な言葉が沢山並んでいたので、
コノ記事同様の「備忘録=忘備録」として。。
もし、興味の湧いた方がいればチロッと流してみて下さい(^^)



中田英寿(元日本代表)
「ゴンちゃんは不思議な選手だ。
申し訳ないが、テクニックやスピードはトップレベルとは言いがたい。
......上手い下手ではなくとにかく魅力的な選手なのだ。
彼がいるところには笑顔が溢れる。
サッカーというスポーツの魅力、楽しさをあれほど体現している選手は他にいないだろう。
......僕のサッカー観とは異なるが、
そんなゴンちゃんのことを少しうらやましく思う事もある」



ハンス・オフト(元サッカー日本代表監督)
「私には、何かチームに変化をつける必要がありました。
チームは新鮮さを失っていましたしね。
そこでゴンの素晴らしいメンタル、個性、
そして彼の “プレーすることの喜び” が必要となったのです。
それはチームにとって非常に大事なことでした」



岡田武史(元サッカー日本代表監督)
「アイツの明るさ、存在感、積極性・・・我々のチームに無くてはならない貴重な存在だった。
特に勝負のかかった試合では外せない存在だったよ」



フィリップ・トルシエ(元サッカー日本代表監督)
「彼はピッチの上で死ねるタイプの選手だ。
諦めることを知らず、希望がある限りどんな努力も惜しまない。
誰もが疲れきっているときも、彼だけは新たなエネルギーを見いだしてプレーを続けられる。
そしてそのエネルギーを、チームメイトに分け与えることが出来る。
それだけ周囲に対して影響力がある選手だった。
確かに技術的には、最高レベルとは言いがたかったが、プレーはとても効果的だった。
だからこそあれだけ多くのゴールを決められた。それもしばしば決定的なゴールを。
......日本がワールドカップ初勝利を挙げた歴史的な試合で、中山はピッチに立っていた。
この事実は重い。
その4年前のフランス・ワールドカップでも日本の歴史的な初得点を決めたのが中山だった。
つまり彼は、’98年と’02年の2つの世代の象徴でもあるといえる。
また私にとっては、義務感に溢れた日本人の象徴でもある」



名波浩(元日本代表、10番!)
「あなたにとって中山雅史とは? →→→ “ 憧れ”」



福西崇史(元日本代表)
「俺、一回、中山さんが練習前にやる筋トレを経験してみたことがあるのね。
そしたら、体が壊れそうだった(笑)」



藤田俊哉(元日本代表)
「結局あの人が引っ張ってくれてたんだよね。
あれだけ自己主張が強い連中が集まったチームなのに、
いろんなことが暗黙の了解で整っていた訳だから」



サルバトーレ・スキラッチ(元イタリア代表、ジュビロ磐田)
「引かないのは足じゃなくて、もうそれこそ身体ごとモロに突っ込んでいくからね。
しかも入り方が半端じゃない。
ソレが当たり前のイタリアから来たオレが心底ビビったぐらいだから
どんだけアイツの気迫が凄いかって話しだよな。
......最後にこの俺からゴンに伝えたいのはやっぱりこの一言。“ありがとう!” だね」



佐々木達也(満身創痍の中山を常に支え続けたジュビロ磐田のトレーナー)
中山さんが怪我に次ぐ怪我の中、
最後には背筋の肉離れを起こし、走れず、跳べず、
前屈みでしか動く事が出来なくなった事があったそうです。
その時中山さんは佐々木さんにこう言ったそうです。
「明日は筋が切れてでもやるよ」
佐々木さんは驚いて中山さんに答えました。
「いや、すでに切れてます」
「とにかく監督に行けと言われたら行く。大丈夫だろ?」
「......」



KAZU(元日本代表、キング!)
「僕とゴンとの関係は、一言で言うと家族のようなものだ。
......僕がゴンのことを凄いと思うのは、日本代表で一緒にやってた頃だけでなく、
その後、膝の痛みとずっと戦い続けていたことだ。
グラウンドに立ちたいという気持ちだけでリハビリをし、
現役を続けて来たあの精神力にこそ、ゴンの凄みが表れていると思う。
......よくボロボロになるまで現役を続けたいとか言うけど、
本当の意味でボロボロになるまで続けた選手は、ゴン以外に僕は知らない。
僕には想像のつかない世界で戦っていたのがゴンという男だった。
......寂しくないわけが無い。
かけがえのない “家族” がいなくなったのだから」
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パレートの法則

2013-03-02 01:32:50 | 面白い
2割の高額所得者のもとに、社会全体の富の8割が集中し、
残りの2割の富が低額所得者に分配される......



20世紀初頭、イタリアの社会学者ヴィルフレド・パレートが明らかにした経済法則。
一般には「パレートの法則」、
「8対2の法則」「80:20の法則」「ハチニイの法則」などと言われているものです。



ある会社の営業売上げを100として、
その売上げの80%を生み出しているのは社内の20%の社員。
残りの20%の売上げは残りの80%の社員で生み出している。

ある機械が故障。
その故障原因が10個あるとして、
その原因の内「重要と思われる」上位2つを直すと、故障全体の8割が解決した事になる。

ある「物事」を勉強をしようとした時、
その「物事」について記されている本の内、重要と思われる上位10冊を選び、
その10冊の内でも最も重要な上位2冊の本を読むと、
その「物事」に対する8割を知る、理解する事が出来る。



......と、色々な所で引用されたり、出来たり、
使用されることもある一部では良く知られている法則です。
ネット時代に「ロングテール」なんてマーケティング?IT?用語も出て来ましたが、
この言葉も元はこのパレートの研究から生まれて来た言葉でもあります。



この時期、
期末の決算や来期の予算などの数字周りの厳しい会議や打ち合わせも多く、
よく「無駄」「無意味」というニュアンスの言葉が会議室を飛び交ったりします。



以前、
社会人として初めて就職したレコード会社が経営難に陥ったことがあり、
当然ながらこの「無駄」「利益が無い」という部門から無くして行く、
リストラを敢行して行く......といったことを行っていったのですが、
それを数年間、眼前でジッと見ていた時期がありました。
パレート的に言えば、80%の売上げを出しているセクションや人員はそのままに、
残りの20%の売上げを出している80%のセクションの人員整理から始める......
という事が行われていくのを数年間ジッ......と見ていたということになります。

このとき、様々な犠牲を繰り返し払い、試行錯誤を何度も何度も重ねながらも、
その会社は結局立ち直る事、立て直す事は出来ませんでした。

僕がこの時に強く実感した事は、
「パレートの法則」を語るにあたって、使うにあたって、最も大切な事というのは、
実は「100%である」「100%にする」ということなのではないかということ。
チームにおいて最善、最高の状態というのは常に100パーセントで回っている、
余すこと無く機能している、ということなのではないかということ。
上記売上げの話しで言えば、
20%の売上げを出している80%のセクションの人員を入れて初めて100%という結果になる。
状態になる。
そんな状態にあるということが「何よりも大切な事」なんだと。
そういうことです。

僕は経営のプロでもなければ学者でもないので、
これ以上の記述、言説、論旨の展開はやめようと思いますが、
この時、社会学、経営論の中で良く語られていた「パレートの法則」に対する
「自分なりの」
理解とアプローチの仕方を見つけられたという事は僕にとってはとても大きな事でした。
勿論、異論もあるとは思いますし、その通り間違った理解であるかもしれませんが......(゜ー゜;A
個人的にはこの考え方は未だ揺らいでいません。

全てが余すこと無く大切である......という考え方とも言えます。

組織やチームを動かすことになった時、
一番心血を注ぐことというのは、常に「全体が100%で機能しているか?」どうか。

もう一つ、
「パレートの法則」にはソレを語る際にとても大切な点が在ると僕は思っています。
それは「何が最重要な事なのか」というその判断、価値観そのものの正誤。
そしてその最も大事な事が「個人の裁量、能力に大きく依存する」ことであるということ。

上記した例を用いて言えば、
「どの本が一番重要な本であるのか?」
ということは、いったい何の根拠や保証があってソレを決めれるのか?
というとてもセンシティブな部分の話。
ソレは判断する人の能力や主観、
もっと言えば価値観やセンスといったモノにも影響を受けて決まる事ではないかということ。

それは「人」である以上、必ず「揺れ」や「ズレ」などがあるように思えます。

結局はそこに避けれられない不完全さが入り込むことになるわけで、
論旨は正しかったとしても良い遂行結果がナカナカ出てこない......
ということも起こってくる因子ともなるのでしょう。



「パレートの法則」には、
僕はそんな「的確な理論、計算とともに在る不完全さ」を見るわけです。
法則とまで言われるものにも、時に「諸行無常」を感じたりなんかするわけです。



「和魂漢才=わこんかんさい」
中国や朝鮮半島との文化交流が中心だった時代、
学問の神様「菅原道真=すがわらのみちざね=天神様」が話した言葉。
この前近所の神社に張られていました。( ̄o ̄)オォ!!
明治時代には「和魂洋才」とモジられて使われていたようです。
今は......和魂和才?洋魂和才? 洋才?



今の会社に入って2年たったくらいの頃だったでしょうか、、
組織の構造改革を押し進める為にとある経営コンサルタントのチームが迎えられ、
そこでそのチームを率いるAさんに出会いました。

Aさんのチームが来て最初にやった事は、
当時の会社組織に対して思う事を忌憚なく聞き取る......
という社員インタビューを30人ぐらいに対して行ったことです。
その30人という数は、当時のその会社の全社員の20パーセントにあたる数。
「Aさんやるなぁー、、、」
と、僕はソレをヒッソリと尊敬の念を持ちながら見ていました。

上に記したような前の会社での個人的な経験と考えもあって、
僕的には「法則を生かせるか?生かせないか?」の一番重要なポイントと思える
インタビュー人選も、役職等関係なくとても幅広く選んでいて、
結果を見れば「お見事!」という眼力、センスにも思えました。
一年後には組織問題の80%を解決していたようにも僕には感じられました。

当時それを一緒に体験させてもらって以来、
僕はAさんとそのチームの方々を、今でもとても敬愛しているのです(^.^)ハイ。
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