雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか。。」と見つけてもらえたら、、そんな思いで書き記してます。

虹の見え方

2012-09-29 00:06:58 | 不思議
虹の見え方。
「見方」ではありません。「見え方」。
僕には虹がどんなふうに見えているか......という見え方。
ただそれだけの、たわいもない話。



古来、神は「火水」と記していたようです。。「かみ」。
火、
水、
が語源。



火と水があるところに神は宿る、居る、ということなのでしょうか。



ならば温泉地には必ず神様はいそうですね(^.^)
地下の熱、それは全てを焼き尽くすマグマの火と、
地上の全ての生命を育む水との交差点。
噴火もせず、干上がりもせず、
水源からコンコンと湧き出る水と地熱との絶妙なるバランス点。



それは陰と陽のバランス点。
陰陽の交差点。



核融合で燃え然かる太陽から放たれる光と、
母なる地球が湛える水との交差点で、
視覚化への細妙なる条件を満たした時に、初めて、七色の光が放たれます。
それが虹。



No rain, No rainbow.



雨が降らなきゃ虹は出ない。
困難が無ければ虹はでない。



そして、そこにあるもう一つの風景......



それは陽、ひ、火......火と水の交差点。
「火水=かみ」の姿。
それは神の姿か。。
いつも神は苦難のあるところにいるというのでしょうか。



......僕の虹の見え方。
そんな、たわいもない話。



いつか見た世界遺産、厳島神社の舞台の上に掛かった虹。
この時は......あまりの美しさに息をのんでしまいました。。
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アテルイ 3

2012-09-27 00:00:46 | 勇気
……京都。
有名な「清水寺」の境内にヒッソリと、、
しかし大きな石碑がポツリと建てられています。
多くの観光客には素通りされているようなものですが......
そこにはこう記されています......



「阿弖流為 母禮 之碑」 ......アテルイ、モレの碑。


「モレ」はアテルイの戦における最良のパートナーであり生涯にわたる友人。
知略に長けた、三国志でいえば「諸葛孔明」を思わせる東北の英傑の一人。
アテルイと共に蝦夷を纏め続けた人物です。

朝廷の日本国統治に向かう長い長い闘争史において、
38年もの長きにわたり制圧出来なかった民族は唯一、蝦夷=エミシだけです。
最後も征夷大将軍「坂上田村麻呂」によって
この蝦夷を纏める二人に「停戦交渉」という手段で手打ちがなされました。
東北の地の安定と、二人の命の保証もするので都へ投降してくれ、、と、
朝廷における最高の「義勇の武人」であった田村麻呂はそう言って二人を説得します。
無駄な血は互いにこれ以上流したくない......と。

蝦夷の軍を率いた二人の「英雄」はこれに応じ、
最後は投降という形で長い長い戦の幕を引くことになりました。
田村麻呂は停戦後も東北の地はこの二人に纏めてもらいたいと望んでいたようです。

しかし京都に投降後、二人は命の保証をされていたのにもかかわらず、
朝廷を長きに渡り震え上がらせたその統率力と武勇を恐れた
幾人かの役人の陰謀と裏切りによってその命を奪われてしまいます。

田村麻呂はそんな朝廷内で最後まで二人を守り通そうと、約束を守ろうと奔走しました。
それは武人としての「義」でもあり、「誇り」でもあり、
強大なる朝廷と最後まで戦い抜いた勇者二人への敬愛でもあったのでしょう。



清水寺は、あまり知られていませんが、
元々はこの武人、田村麻呂が「私寺」として開いたお寺です。
私寺ですから朝廷の「公的な縛り」も受けず比較的自由に運営できます。
そこに最大の朝敵であった東北の英傑二人の碑が建てられています。
勿論、天皇からの命令で戦った相手とはいえ二人は田村麻呂の敵将でもあったはずです。



しかしながら......石碑は「そこ」に建てられています。



もし、清水寺に遊びに行く機会などがあれば、
ここに記した「火怨」の物語を少し思い出してみて下さい。
何か発見や歓迎!?があるかもしれません。。。
開祖、田村麻呂からのお願い!?です。(^.^)



今回の記事を書いていたらまた「もののけ姫」を見たくなったのだ。。
ちなみに「ねぶた祭り」も田村麻呂と蝦夷の戦いを模した事から始まってるのだお d(・ω・*)
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アテルイ 2

2012-09-25 00:23:42 | 勇気
そんな面白い傑作小説が何故?
これまで大きなテレビ局や映画会社に映像化されたり、
あまり表立って扱われてこなかったのか。。。


それは多分、朝廷――――現天皇家の日本国統治の歴史――――に対する
「アンチ」の部分が多く含まれているからだと思われます。
マスコミなどはこの物語を扱うとなった時、
きっと色々なコトに気を使うことにはなるでしょう。

「火怨」を通して知る事実というのは、
現日本国の成立という過程は決して綺麗ごとだけではなかったのですよ、
ということであり、
「蝦夷」=エミシ、エゾという呼称に含まれる事実とはこういうことなんですよ、
ということです。
今回のドラマ化もNHK-BSというやや地味めなチャンネルになりましたが、それでも
「よく取り上げてくれました。。NHK!」
と僕は少しばかりの拍手を送りたい気持ちです。
個人的には、震災後、最も映像化して欲しかった作品の一つでもあったので。



「もののけ姫」は言わずとしれた宮崎駿さんの大ヒットアニメ映画。傑作。
主人公の青年は「アシタカ」
物語中「どこから来たのか?」と問われた彼は
「東と北の間の村から...」
と答えます。
彼の村や生い立ちに関してはコレ以外劇中では一切触れられていませんが、
それは文字通り「東北」です。
そして、宮崎さんによると実は「アテルイの子孫」という設定だったようです。

なるほど、「もののけ姫」の時代設定は、
これも劇中はっきりと記されていませんが、
明らかに朝廷がまだ日本全土を治めきれていない時代の設定。
「火怨」の時代とも重なります。

登場するのは八百万の神々と、
恐れ多くもその神々の力を奪おうとする朝廷の隠密部隊。
タタラ技術(製鉄技術)を持つ特殊な集団......おそらくは移民、出雲系の民。
隙あらばその先進技術と村を奪おうとしている地元豪族と、
そして実は「アテルイ」の血を引く蝦夷の子アシタカが五つ巴!となって展開される物語。

そんな五つ巴!ソレゾレが主義主張を振りかざす争いの中で、
自己犠牲を基とし、全ての共存共栄を志す唯一の人間が主人公アシタカです。
それは一番の日本的な美徳、姿なのかもしれません。
それを宮崎さんが担わせたのは東北の民、蝦夷でした......
何故でしょうか......
そこに宮崎さんの何らかの意図というのはあったのでしょうか?なかったのでしょうか?

東北の民というのはもしかしたら最も日本的な美徳、精神を有している人々かもしれない......
宮崎さんはそんなことも思っていたのでしょうか。

今回の震災でも、東北の方々の途轍も無い苦難を粛々と受け止め乗り越えようとする姿、
言動には胸を打たれるような事が僕には沢山ありました。
厳しい環境は未だ続いていますが、その中でもその忍耐や姿勢は変わらずに続いています。
もしこの災害が東北の地でなかったら......

「火怨」からもそんな東北に住む人々の「芯の強さ」みたいなものを強く感じとれます。

「もののけ姫」は、そんな宮崎さんの
あまりに深い知識と洞察、思いが詰め込まれている物語だとも思うので
映画に関しての個人的与太話などはまた機を別にしてユターリと記せればいいのですが、
この映画を既に見た人も、これから見ようかな......と思っている人にも、
この「火怨」を読んでもらえるとさらに映画の味わいが深くなるかもしれません。
映画冒頭の、何かから隠れるようにして暮らしているアシタカの住む村の場所も
意味もよく分かると思います。



......京都。
有名な「清水寺」の境内にヒッソリと、、
しかし大きな石碑がポツリと建てられています。
多くの観光客には素通りされているようなものですが......
そこにはこう記されています......


( ̄-  ̄ ) ンー。。もぅ一回かなぁ。。。 つづく!



大好きな屋久島。白谷雲水峡「もののけの森」。きゃーっ!(><)/
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アテルイ

2012-09-24 00:12:44 | 勇気
「UZMETさん!あの本ドラマ化が決まったようですよ!知ってました!?」

と、つい最近親しいマーケッターの友人からメールが来ました。
「あの本」とは、コレです。。



ドラマの放送はまだまだ先のようですが、
その友人同様、他にも僕に勧められたことがある人が多くいると思われる本です。
その節はあいすいませぬぅ。。(><)



作者の高橋克彦さんは岩手県出身で、現在も盛岡市に在住。
東北を愛し、東北を中心とする歴史小説も数多く手がけていて、
その緻密に調べあげられた史実に忠実な物語には
中途半端な歴史書などより数段上のリアリティと真実があるように思えます。
そして、この「火怨」は、そんな中でもそんな高橋さんの特徴が
特に強く出ている傑作だと僕は思ってます。

発売時もベストセラーだったようですが、
今に至るまで粛々とロングセールスを続ける小説。
大きなメディアで扱われるようなこともあまりなかったのですが、
常に滾々と、様々な所で舞台や演劇などにされ続けて来てました。
今、この瞬間も何処かで何らかの形で公演などされているかもしれません。



この小説の舞台は奈良時代末期から平安時代にかけて。
まだ朝廷がその支配権を日本全土に広げていこうとしていた「途中」の時代。

既に強大な力を持った朝廷......それは現在の日本国の基礎となる中枢勢力......の
支配地拡大の為の武力侵攻に対し
最後まで土着民族としての誇り高き戦いと抵抗を続けた東北の勇者達の壮絶な物語です。
それは、いわゆる「蝦夷=えみし」と呼ばれる関東以北に住んでいた人々の物語。

その物語の中心となるのが、
蝦夷の全軍を率い、当時東北に点在していた民族国家をまとめあげ、
38年という長きに渡り朝廷の一方的武力侵攻から東北の地を護り通した勇者
「阿弖流為=アテルイ」です。



「アテルイ」の物語は日本の裏の歴史。
消されてきた事実に光を当てる、問い直す物語でもあります。
高橋さんにより史実にそって描かれた物語は、
蝦夷=エミシ、と朝廷より「勝手に呼ばれた」東北の人々の熱き思いと声、叫び、
壮絶な「決意」と「誇り」の物語。
少なくとも、この小説を読んでいる時だけは僕は「朝廷嫌い」になってしまいます。
エンターテイメント性も十分持っていて、
「三国志」などが好きな方は多分とても面白く読めるかな......とも思います。



そんな面白い傑作小説が何故?
これまで大きなテレビ局や映画会社に映像化されたり、
されても、あまり表立って扱われてこなかったのか。。。

つづくぅー( ´ー`)ノ


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火消しのG野

2012-09-22 00:56:47 | 感謝
大阪、阪急梅田駅のほど近く。
少し古びた雑居ビルの高層階......恐らく5、6階でしょうか......
そこにあるアーリーアメリカン調にデザインされた少し広めのバー。
20代の若い人達を中心に人気があって、
カウンターもテーブルも今日も多くの人で賑わっています。
ガヤガヤ......ワイワイ......ガヤガヤ......


そこに、不意にカウンター奥のキッチン方面から大きな火の手が上がります!


ボワワワーーっ!!! メラメラーー!


「きゃーー! か、火事ぃーーーっ!!」
「に、逃げろーーー!! 火事だーーーーーっ!!」
「わんんんきゅあの#$%%$$%&*+!!?!!」


誰が発したかわからないその声をキッカケにお店はちょっとしたパニック状態。
火の手はますます強まり、
煙もモクモク......と、
ドンドン!と広がり店内を覆い尽くそうと迫ってきます。


「エレベーター!」
「非常口!!」「階段はこっちだー!!」


怒声が飛び交い、沢山の人たちが店内からビルの外へと逃げ、惑います。
そんな中、店内で飲んでいた一人の男性客からこんな声が発せられ、
フロアーに響き渡りました。。


「おおーーっ!! ここは任せろーーっ!!
火消しのG野の出番やーーーーっ!!
おりゃーーっ! みんな出口はこっちやー!
身を屈めて出ていけーー! 早く!
ココは任せろーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


......それがG野さん。


この時は
「駆け付けた消防士さんにもG野さんが指示を出していた姿を見た、、」
という人もいました。。
おそらくコレも間違いない話でしょう。
この時から数か月。ついたあだ名が「火消しのG野」


G野さんの体はとても大きく、常にレスラーのように鍛えられています。
昔は大阪ミナミの繁華街で上下真っ白のスーツを着込んで、
アブナイディスコの「セキュリティ」もしていたようなツワモノ。


阪神大震災の時、被災地西宮にあったG野さんの自宅は半壊。
G野さんは身内の安全を確認すると、その後、
近所の家々の瓦礫を掻き分け掻き分け、どかしてどかして......
多くの人を助けていました。
水もパンも大阪から毎日のように運んで近所の人達に分け与えていました。


少し落ち着いた頃、
同様に被災してそれぞれ苦労していた僕達が集まって、
色々な話をしていた時に、G野さんは僕に一言こう言いました。



「あんな、UZMET。男は体鍛えとかなあかんで。いざという時役に立たん」



G野さんはいわゆる「イベンター」という業種で、興業屋さん。
コワーイ修羅場の数々もタフにくぐり抜けて来た男。
歴史ある大きな会社に勤めていて、
今はACPC(全国コンサートプロモーターズ協会)の理事も務める偉い方。

新入社員で、社会人一年目。突然大阪赴任を言い渡されて、
仕事も土地も、まさに右も左もわからなかった僕に、働く会社は全く違えど、
僕の担当するアーティストやライブ、イベントなどを通して
色々なことを会社の壁を越え、取り払った中で教えてくれた大先輩。
いつも怒鳴られ、蹴飛ばされながらも、
もう二十年のお付き合いをさせてもらっている恩人です。
互いに業界も変わらず、二人とも東京で働くようになった今でも、
その関係は変わらずに続いています。



今日、そのG野さんに食事に誘われました。
なかなか互いのスケジュールが合わなくて、
本当に久しぶりにお会いしたのですが、
相変わらずのとても厳しい教え!?
こんな所ではとても書けないような話!?などで盛り上がりました。
そして......



「UZMETさ、ちょっと最近お前に勧めたいことがあんねん。マジで。」

「? なんすか? それ!?」

「あのな、、俺も50超えたやろ。子供も二人、もう大学も行かせて自立させたし。。」

「。。。」

「でな、新しく始めたことあんねん。今すっげーはまっててな。。
それとにかくオモロイねん。それ。。それ勧めたいんやけど......
おまえも一緒にやらへんか?」

「???なんですか? それ?」

「ボクシング」

「うぇぇぇぇーーーっ!? ご、50超えてやることっすかーーっ!?」

「アホ言われるから誰にも言わずズーッとだまってたんや! あほ!」

「うぇぇぇぇーーー!? アホやーーー!! アホすぎるーー!」



まぁ。これ以上の話は長くなるのでココでは記しませんが、
とにかく「ボクシングや!!」と。そうのたまわっておりました。。
50にして右のコブシをいくつか潰していて、
何やら左肩の靭帯も痛めていました。。アホや(><)

実はボクシングは昔少しかじっていて、こんなことがあって......
などと、僕は話しつつ、
そのありがたいお誘いは「一旦保留」させてもらいましたが、
たぶん、G野さんの真意はそんなところにはまったく無くて......
言いたかったことはきっとこういうことです。



「おまえ最近元気か!? 大丈夫か?
お前はいつも何かを真剣にやってなあかん人間や。
つーか、人はみんなそうや。
生きている限りそうや。
どんなけ年取ろうが何かやれるうちは何かやらなあかん。
そこ大丈夫か? わかってるか? ん?
ちゃんと頑張ってやっていることあるやろな? ん?
大丈夫か?」



わかってますよ。G野さん。
僕はあなたに仕事のイロハを教わったのですから。
わかってます。



G野さんは明日も伊豆、下田で某大物アーティストのライブイベントがあるらしく、
準備のためそのまま出張荷物を持って下田に出かけていきました。
きっと忙しい中時間を作って食事に誘ってくれたのだと思います。

別れ際、それぞれ反対方面に向かう地下鉄のホームで握手を交わし、
僕はこう言いました。

「色々頑張ってますから、、大丈夫っす!今日はありがとうございました!」

大きな男、G野さんはニコッと笑って、
片手を上げながら反対ホームに消えていきました。



G野さんと見る仕事の風景は大体いつもこんな感じ。。
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ESTEBAN

2012-09-20 00:01:13 | 感謝
ふと気付くと、このブログを記し始めてちょうど二ヶ月が経ちました。
色々と思うことがあって書き始めたものですが、
なんとなく続いているのが嬉しくもあり、恥ずかしくもあり、少しの驚きもあります。
記している事が良いことなのか、悪いことなのか......たまにそんな事も思ったり。。

今日はなんとなく、記して来たことを見直したい気分になって、
過去記事をボヤッと眺めたりしていたのですが、やはり少しダメダメぷーなところもあって、
自己満足の限りで微修正しました。
みな言葉尻程度ですが。。

ただ、この前記した「散逸構造論」は物理の話しという小難しさもあって、
書きながらかなり「手探り」だった所も多く、
以前にも修正した記事が一つだけありましたが、
コイツは話数を4回に分ける手入れをしました。
写真も「2話」の回にちょこっと足して、、コレ、、ですが、
結果、見ていてやっと少し心地良くなった様に思います。。自己満足♪(´ε` )

見てくれた大切な人に、
少しでも見やすく、分かりやすくなっていてくれればいいな、、と思ってます。
やはり、どこまでいっても、何するにせよ「コレデイイ」なんてことはないようで......



そんな、見直しみたいな、ちょっとリラックスした作業をしている時に、
僕のお部屋ではコイツの、トテモ良い香りが......漂っています。
今迄、幾度となく大切な人達にプレゼントもしてきた「大のお気に入り」ってヤツです。
「ESTEBAN=エステバン」のお香。



お香なのにフランス製なのですが、
普通のお香とかなり違うのが、まずその香りの広がり方。
よく売られているお香などよりは格段に強くて広いです。
そして、そのお部屋いっぱいに広がる香りも上品な香水メーカーが手がけているので、
お香と言いながらも全くお香らしくなく、
それは「綺麗」という表現の方が似合う香水のようで、何だかとても癒されます。
言ってみればお香と香水のハイブリッド。
東洋と西洋の感性のハイブリッド。
本当に落ち着きます。

気に入って、色々な香りを試したのですが、
今はMORNIG ROSE、NOTE MARINE、LAVENDER FLOWER、PIVOINE IMPERIALE...
といったところに落ちついてます。

いつもはお部屋でリラックスしたい時や、寝る前に一本焚いてたりするのですが、
二ヶ月間の記事をツラツラと見直す際にも
いつもの如くとても心地良くサポートしてくれました( ^ ^ )感謝!

何だか、とてーーも魅力的なオネェさんがお家にやって来て、
その残り香をぷわわわ~ん……と、
残して帰っていってくれるようなイメージです。。


れ!?


ソレって落ちつかねぇな。。。
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散逸構造論 4

2012-09-18 00:00:17 | 面白い
それは、広大無辺な宇宙空間にポツリ、ポツリと小さな埃の様に浮かぶ星々。。
太陽、月、地球......そして、生命。僕らの存在......




もしかしたら、生命はもちろん、
この世界に存在するもの全てが散逸構造そのものなのではないか......と思えることです。
あくまで個人的な意見ですが。。



全ては、宇宙のわずかな「ゆらぎ」から生まれ、
「ネガティブ・フィードバック」の「潰し」をくぐり抜け、
くぐり抜けたその果てに
今度は全体からの「ポジティブ・フィードバック」を受けて誕生する。
それは「奇跡」ではないかと......散逸構造論的な奇跡ではないかと......思えるのです。

なんとなく、このプリゴジンの理論には、
僕達の存在、命創造の根本原理も含まれている様な気がしてならないのです。

「存在」というものは、誰が何と言おうと、
宇宙の法則からしたらポジティブであるという証明をしてくれた様な気がしてしまうのです。



混沌から生まれた秩序が僕達。
絶望から生まれた希望が僕達。
そういうことになるのでしょうか。



コレが僕がプリゴジンを好きな理由です。
僕らや万物の存在そのものが「確率論的にはとんでもない奇跡である」ということを
科学証明してくれたような気がするのです。



ぼくらは元々は、そんなちっぽけなただの「ゆらぎ」かもしれない。
でも、とても貴重な「ゆらぎ」かもしれない。
そんなことを証明してくれたような、そんな気がします。



「バタフライ・エフェクト」
たった一羽の蝶の羽ばたきが時に世界を変えてしまう......
よく知られるそんな話しにも「散逸構造論」は繋がっています。
だから僕らは常にそんな「ゆらぎ」を創らなければいけない。
とてもちっぽけで小さなものでも、
押しつぶしてくる大きな「全体」の中であっても、
それを創らなければいけない。
ソレはもしかしたら、そんな大きな全体をも動かす「ゆらぎ」になるかもしれない。
「散逸構造論」にはそんなメッセージがあるように思えるのです。



散らかった机からいつも僕を見つめるDJミッフィー。
......なんだろうか、数日前に
「やべっ! 机片付けなきゃ。。」
なんてちっぽけな話しから始まったこの記事。
なんだかとんでもない所に来ちゃった気が......(;*´ω`)ゞ ァィャー
ブログタイトルの由来話しくらいの長編になってしまいまちた。
物理の話やし....ドンびき感も!?たっぷりやし......
好きな話だとついつい記したくなっちゃうのだろうか......
まぁ、サブタイトル通りの気持ちで書いたから、いいか。。
クレーム受付中ということで(;^_^A

机未だに片付けられてへんわ。。やべ(><)
コメント (3)
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散逸構造論 3

2012-09-17 01:02:39 | 面白い
さて、
散逸構造論におけるとても大切な部分はここからになります......




そんなネガティブ・フィードバックが渦巻く中で、ごく稀に、
いくつかの条件が整うと、産声を上げた「小さな秩序」に影響された全体が、
その「小さな秩序」を強化するように働くことがある!
ということが発見されたのです。
小さな秩序が大きな秩序......ソレは「法則」とまで言われていた大きなもの......
に迄影響を与え、その全体ソノモノを作り変えていってしまう。
そういう宇宙の構造があることをプリゴジンは発見したのです。



これを「ポジティブ・フィードバック」と言います。
部分が全体に影響し、全体が部分を強化します。



これはどういうことか?



たぶん、奇跡、革命......ということです。



産業革命もそうでした。
ルネッサンスもそうでした。
民主主義もそうでした。
社会主義もそうでした。
ビートルズもそうでした。
マイルス・デイビスもそうでした。
バッハもモーツァルトもそうでした。
キリストもそうでした。
ブッダもそうでした。
もしかしたら、、アップル、スティーブ・ジョブスもそうかもしれません。
ビルゲイツも、トヨタも、ソニーも、メルセデスも、ポルシェもそうかもしれません。

みな最初は法則に逆らう小さな「ゆらぎ」から生まれ、
徐々に全体に影響を与え、また徐々に全体からのポジティブ・フィードバックを受け、
そして、全体をつくりかえてしまったようにも思えます。

もしかしたら、大きなポジティブ・フィードバックまで受けていないにしても、
「ゆらぎ」から生まれた小さな渦という限りでは、
あの会社も、その会社も、その本部も、あの酒屋さんも八百屋さんも、そうかもしれません。



そして、もう少し深くこのプリゴジンの散逸構造論に思いを馳せると、
崩壊、無秩序に向かうと思われる宇宙という秩序の中で、
ほんのわずかな「ゆらぎ」から生まれ、全体......
宇宙からポジティブ・フィードバックを受けて存在している渦があるのではないかと、
そう思えてくるものが僕にはあります。



それは、広大無辺、虚空の宇宙空間にポツリ、ポツリと小さな埃の様に浮かぶ星々。
太陽、月、地球......そして、生命。僕らの存在......

もちっとつづく。。。



ポジティブ・フィードバックを感じる芦ノ湖に浮かぶ箱根神社「平和の鳥居」のたもと。
この場所は好き(^^)
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散逸構造論 2

2012-09-16 00:04:09 | 面白い
しかし......そヤツは舞い降りてまいりました。時代は1960年代末期。

「にゃーーーっ!!待てーーい!! 100%じゃネェじゃねーか!!
混沌は時に秩序だて生むんだにょーーーん!!(><)」

と、言いながら舞い降りて来ました......



それが、その後「ノーベル化学賞」まで受賞してしまう偉大な化学者(not 科学)
「イリヤ・プリゴジン」でございます。



この名前、「僕にとっては」
アインシュタイン、ニールス・ボーアと並ぶ物理学界のビッグネームでございます。
ビートルズ、マイルス・デイビス、
サザンオールスターズといったラインナップでございます。
その受賞理論は「散逸構造論=さんいつこうぞうろん」といわれるもので、
それは常識を一変させてしまった......

「エントロピーは時に縮小する」

という、言ってみれば

「混沌からも秩序はうまれちゃうんだよーーん!」

という、

「絶望からも希望は生まれるんだよよよよよーーーーん」

という、革新的な理論を打ち立てた人なのです。



「エントロピー増大の法則」は絶対的な法則ですが、
前記したように「確率の問題」でもあるので、それを厳格に記すと、
秩序が無秩序に向かうということは「限りなく100%に近い」ということになります。
統計学的、確率論的に考えればそうなることが最大確率だ......ということであって、
なので実は「例外的な瞬間もまた存在する」というとでもあります。
プリゴジン以前ではこの例外的な瞬間は
「考えるに値しないくらい小さい」
確率なので、完全に無視されて来ました。
それもそうです。
コーヒーの中に混ざっていたミルクが突然一箇所に集まる、
プールに拡散したおぴっこがまた一カ所に戻って完全なるおぴっこに戻る!なんて、
そんな可能性など当然!無視!です。
当たり前です。
しかし、偉大なるプリゴジンはそれを無視しませんでした。



まずこのエントロピー増大に逆らう動き、
「わずかながらも起こりうる可能性」のことを彼は「ゆらぎ」と呼びました。
「ゆらぎ」とは物理学的には実はそういうことです。
崩壊に向かって進む宇宙の中で、その最中で、
バラバラと勝手に動く無数の粒子達の間で偶然起こる隙間、偶発的な要素のことです。
そしてこの「ゆらぎ」は相互作用のもと
「局所的な秩序」を生み出すことをプリゴジンは発見します。
この「ゆらぎ」の秩序化のことを「自己組織化」と呼び、
この自己組織化によって生まれた構造を「散逸構造」と呼ぶのです。



まとめますと、
「エントロピー増大の法則」によると世界は崩壊に向かって進んでいます。
その最中、途中に、所々わずかな隙間......「ゆらぎ」が発生します。
時にこの「ゆらぎ」が偶然としか言えない様な小さな秩序を生み出し、
その小さな秩序は、最初無視できるような小さな影響力しか持たないのですが、
それでも自分の周りの粒子たちに少しだけ影響を及ぼしていきます。
そしてその小さな影響は更にその回りの粒子達に影響を与えていって、
そのまた隣りの粒子にも、その隣にも......と、次々と連鎖的に影響が伝わっていきます。
そうして、時にその
「小さな秩序が、全体の構造に影響を与えるくらいの渦」を創る事があるのです。



ただしほとんどの場合、
その「ゆらぎ」はそんな渦になる前に全体に飲み込まれて消えてしまいます。
それは全体が局所的な渦をよってたかって叩き潰してしまうような、消してしまうような......
なんだかイジメの様な切なさも感じますが......
これを「ネガティブ・フィードバック」と言います。
殆どの場合がそうなります。



さて、
散逸構造論におけるとても大切な部分はここからになります......

つづくのだ!(><)



写真は佐賀市のLIVE HOUSE「GAILS」の楽屋。。ネガティブフィードバック!?
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散逸構造論

2012-09-15 00:34:06 | 面白い
なにやらデスクが散らかってまいりました......
家もオフィスも......
そろそろ一度気合いを入れて片付けねばなりませぬ......むぅぅ......
エントロピーと言うのは常に増大しかしないのです。
「エントロピー増大の法則」といいます。
秩序は常に無秩序へと向かう......のです。



エントロピーとは「無秩序や乱雑さの度合いを示す物理量」という意味でございます。
なんだか難しげな数式もありますが......
当然そんな小難しいものは省きます!( ̄^ ̄)キッパリ
元々は熱力学の用語なのですが、
かなり広範囲の学問にも使われるようになった理論、概念でもあるので、
それぞれの科学領域や人によって
少しづつ意味合いや使われ方が違う部分もあるようです。
なかなかヤヤコしい言葉でもあります。はい。
ただその中で、シンプルに、
「コレだけは間違い無く成立していますよーん」
的な法則として「エントロピー増大の法則」というのがあるわけです。



僕達の住む自然界、宇宙においては、
「どんな秩序も、必ず無秩序の方向にしか向かわない」
という法則です。なんと恐ろしい(><)!
しかし僕らが逃げようの無い物理法則、原理原則であるのでございまふ。



自然に任せておくと、
整理された机は必ず乱れていきます。
綺麗なお部屋も必ず乱れていきます。
熱いコーヒーは必ず冷めていきます。
熱い恋も必ず冷めていきます。
奥さんはいつか去っていきます。
珈琲に注いだミルクは必ず拡がっていきます。
プールにしたおぴっこは必ず拡散していきます......恐い(><)/
これらの現象を「エントロピーが増大した!!」と言うでござります。はい。



この現象は物理法則ですから当然、
ものにも、社会にも、地球にも、お月様にも、太陽にも、宇宙にも当てはまります。
「宇宙は時間とともにエントロピーは増大する」
ということになっています。恐ろしい。。。



「じゃあ、何故エントロピーは増大するのだ?ベイベ?」
と問われれば、それはごく簡単な理屈で説明できます。
すべての物質は原子、粒子、量子......という小さい物質の組み合わせで出来ています。
この物質を作っている原料のような最小単位......量子、粒子といった存在は、
それぞれが皆勝手にバラバラと動いているからです。
一カ所にあると、
それらは時間とともにあちこちに「勝手に動く」が故に分散していくのです。
ちなみに「熱」というのはコノ粒子たちが勝手に動くときに生じる
粒子同士がぶつかり合う摩擦力のことです。
それぞれがあらゆる方向にバラバラと動くときに起きる
「おしくらまんじゅう」のぶつかり合う摩擦エネルギーが熱の正体でございます。
だから、コーヒーに広がったミルクが、
プールにしてしまったおぴっこが、また元に戻って一カ所に集まってくる......
「エントロピーが縮小する」
なんてことはまずあり得ない!ということは誰でも容易に想像できると思います。
これは実は「確率」の問題であり「閉じた系」と言われる範囲での問題ではありますが、
限りなく有り得ないことで。99%以上あり得ない。



秩序は常に混沌に向かい、
混沌から秩序など生まれない。



宇宙は、時間とともに無秩序に向かっているのでございます。



「宇宙は、果てしなく壊れ続けている」のでございますーーーーぅーーっ(><)!



形あるものは皆壊れる。
一度壊れたものは二度と戻らない。
熱は必ず冷める。
覆水盆に返らず。
息子は盆に帰らず。



こわっ!!



しかし......そヤツは舞い降りてまいりました。時代は1960年代末期。

「にゃーーーっ!!待てーーい!! 100%じゃネェじゃねーか!!
混沌は時に秩序だって生むんだにょーーーん!!(><)」

と、言いながら舞い降りて来ました......

つづくのよーーん(^^)



この「ハーブス」のイチゴケーキというすこぶる美味しそうな秩序も、
僕のせいで壊れていくのですな......( ̄皿 ̄)うしししし♪
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時に世界は嘘でも回る

2012-09-13 02:48:29 | 素敵...映画&音楽&珈琲
うちの部に
「人なんて全く信じられません!今まで信じて良かったことなんて一つもなかったし。。」
と常々言っている女性スタッフがいます。
それでも、何故か!?
「お馬さんだけは信じれる!裏切らないし。可愛いし!」
と、休日には何時もお馬さんに会いにいって写真やビデオを撮ったりしているようです。
ちょっと不思議な言動にも思えますが......何やら愛すべき面白い人です(^^)

そんな「人を信じれない、、」なんて話しをしていると、
時折頭に浮かんでくる映画が「いくつか」あって、
中でも一番のお気に入りは「SMOKE」=「スモーク」というアメリカの映画です。
これです(^.^)



この作品が公開された時は単館でしか見ることが出来なくて、
とてもヒッソリと上映されていました。
僕は東京、恵比寿の「ガーデンシネマ」というところで見たような記憶があります。

いや、しかし、この映画には......ヤラレました。
「粋」です。はい。

この映画を一言で表せ!と言われれば、僕は「粋=イキ」と答えます。

映画界や映画ファンの間ではとても評価が高いようで、
ベルリン国際映画祭で銀熊賞などもとっています。



主人公はニューヨークの街角で小さなタバコ屋を営むオーギー・レン。
一癖も二癖もある様なオヤジ。。
ハーヴェイ・カイテルが演じていますが......とても「ハマり役」です。はい。
「粋」です。

このオーギーは写真が趣味で、14年間、4千日、1日も欠かさず自分の店の傍、
同じ場所、同じ時刻......それは毎朝8時......に、写真を撮り続けています。
ただひたすら......です。
自分が住んでいる、愛している街角を撮り続けています。



彼はある日
「その写真を見たい」
と言って自宅に遊びに来た小説家の友人ポールにこう言います。



「4千日、どんな天気だろうと一日も欠かしたことが無い。休暇も取れない。。
これは俺のライフワークだ。
ここは俺の街角だ......俺の街角の記録だ......
ヘイ!フレンズ。。写真はゆっくり見なきゃダメだ。。。」

「。。?どうしてだ? みな同じだけど。。」

「同じようで、、、一枚一枚全て違う。
よく晴れた朝、曇った朝。夏の日差し、秋の日差し。
ウィークデー、ウィークエンド。
オバーコートの季節、Tシャツやショートパンツ。
同じ顔が通ったり、違う顔が通ったり。
新しい顔が常連になって、古い顔が消えていく。
地球は太陽を回り、太陽光は毎日違う角度で差してくる」

「。。。ゆっくり見る、、か?」

「ああ。俺はソレを勧めるよ。
明日に、明日に、明日。。時間は同じペースで流れる」



オーギーは友人と二人で飲みあかしたその翌朝も、
変わらずその街角でシャッターを切ります。



この映画、万事がこんなふう。。
大きな事件も、びっくりする様なカットも演出も何もありません。
主人公オーギーの毎日の写真撮影の様に物語はただ淡々と紡がれていきます。
しかし、その淡々とした描写が、
他の何よりも登場人物一人一人の個性と背景、
彼ら一人一人が持つ「貴い物語」を強く浮き上がらせていきます。



幼い頃蒸発してしまった父親を探し出し、
その父の元で自分の正体を隠しながら安給料で働き出す黒人の青年。
幼い頃から極貧の生活をしてきた彼は、
その自尊心を守る為、色々な嘘をつき続けて生きて来ました。
そして、同様に、父親の元で働き出してからも、
クビにならない様に、彼はどこまでもどこまでも嘘を貫き通して働こうとします。



物語には、進むにつれてそんな「嘘」が蔓延していきます。



「その男はエリザベス女王に“俺はタバコの煙の重さを計れる”と言ったんだ。。」

「死を覚悟した愛煙家の作家が、
死ぬ前に最後の一服をしようと "巻きタバコ" を巻こうとすると、
肝心の巻き紙が一枚も無く、、、
目の前には10年かけて書いた自分の原稿がある。
さて、、死ぬ時に大事なのは書き上げた本なのか、一本のタバコなのか。。。」

「あるスキーヤーが雪崩にあって死んでしまった。
彼には幼い子供がいて、25年後、その子も大人になってスキーヤーになる。
そして、彼もまた父が亡くなったアルプスに行きスキーをする。
そこで彼は信じられないものに出会うんだ。。。」



いったいどれが嘘で、どれが本当の話しなのか、、
様々な話しはタイトル通り、、まるでタバコの煙のように、
スクリーンの中で豊かに香り、漂いながら、、スッと、、消えていきます。

「何を信じて、何を信じなければいいのか?」

いつしかそんなことはどーーでも良くなるくらい、
そんなことを考えるのは馬鹿げたことだよーー、、っと、嘲笑うかの様に
色々な人々の虚々実々の物語が軽々と流れ、消えていきます。



現実は、人生は、
タバコの煙の様に漂いながらいつしか形も無く消えていって、
だからこそ何を信じるのか、何を見るのか......
そんなことが、そんな選択が、
「時に」人生の価値を決めることもあるのかもしれない。
僕らは嘘で埋め尽くされている世界に生きているのかもしれないけれど、
人に喜びを与えられる嘘もある。
信じるに値する嘘もある。
だから時に騙されてみることも、そんなことも、
もしかしたら大切なことなのかもしれない。



時に世界は嘘でも回る。

世界は嘘でも回っている。



ラストシーン。
季節はクリスマス。
スクリーンでは最後の素敵な「嘘」が展開されていきます。
バックに流れてくるのはトム・ウェイツ=Tom Waits の「Innocent When You Dream」



「信じる者が一人でもいれば、その物語は真実になる」



この映画の脚本を手がけているポール・オースターがこの映画に自ら寄せた言葉。
村上春樹も大ファンだと話している小説家で、
この映画は彼がニューヨークタイムズに寄せた短編小説がキッカケとなり作られたそうです。

時々見直したくなるこの映画は、
見てしまうと滅多に吸わなくなった煙草に思わず火をつけてしまいます。。
そして、その味は、何時も決まって......美味しいのです。(^^)
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喫茶去(きっさこ)

2012-09-11 03:21:00 | 面白い
なんだか、先週からとても忙しいです。
会議に次ぐ会議。そしてまた会議......
あぁ会議。
それでも会議。
今日最後の会議は3時間にも渡ってしまったので、僕はたまらず

「にゃあぁーー!チビッと休憩!皆でコーヒー!おごっちゃうぅーー!!」

となりました。
なんか皆嬉しそうでよかったですが......( ̄-  ̄ ) ンー ワイルドだろ~
でも、会議を中断して飲むコーヒーはなんだかとても美味しいのです......ぶひー(●´ω`●)




中国禅の巨匠で趙州禅師(じょうしゅうぜんじ)という方がいらっしゃいました。
今から千数百年前の中国、「唐」の時代に生きたとても有名な禅師さんです。
その道では数々の教え、逸話を今に残す凄い方なのですが、
その中でも最も有名な逸話の一つに「喫茶去(きっさこ)」という話しがあります。
それは禅道では「公安」と呼ばれる類いのモノでもありますが、
とても短い会話、やり取りの中に禅の極意が含まれていると言われる興味深い問答。
「喫茶去」の「去」は強調の意を持つ助字らしく、
特に意味はないようで、そのままの言葉の意味としては
「まぁ、、お茶でも召しあがりなさい。」
ということらしいです。



ある日、趙州禅師の元に一人の僧侶が訪ねて来たそうです。
禅師はその僧侶にこう聞いたそうです。

「あなたは以前、此処に来たことがありましたか?」

聞かれた僧侶はこう答えました。

「ハイ。あります。」

趙州禅師はそれに

「喫茶去」(まぁ、お茶でもどうぞ。)

と答えます。

またある日、一人の僧侶が訪ねて来ました。
趙州禅師はまた同じようにその僧侶に尋ねました。

「あなたは以前、此処に来たことがありましたか?」

僧侶は答えました。

「ありません。」

すると禅師は以前と同じく、

「喫茶去」

と答えました。
そのやり取りを見ていたその院の院主さんは、
その趙州禅師の対応に疑問を抱き、尋ねてみました。

「和尚様に伺います。
かつて此処へ来たことがあると言った者にも、来たことがないと言った者にも、
同じ様に“喫茶去”とおっしゃたのは、何故ですか?」

すると趙州禅師はその質問には何も答えず、ただ一言

「院主さん!」

と呼びました。
その院主さんは思わずつられて、

「ハイ!」

と返事をしてしまいました。
すると、禅師はすかさずこう言いました。



「喫茶去」



禅道の世界では、
この趙州禅師の言った「喫茶去=きっさこ」の言葉の中に禅の極意が含まれると言います。
意味は、色々な事が言われていて、そもそも
「まぁ、一服、、」
という意味など微塵も無く、言葉の通り
「軽々しく禅の門を叩くな!茶でも飲んで去れ!」
という意味だと言う人もいますし、
「どんな人にも一様に、平等に接する」
という意味だとする人もいます。

元々は禅から生まれた文化である「茶道」などではこの説話を
「一杯のお茶にも集中しなさい。そのことの中に全ての答えがある。」
というような解釈をしていたりもします。

また、呼ばれた院主が思わず
「ハイ!」
と答え、すぐさま禅師が
「喫茶去」
と答えたやり取りの中にこそ、禅における一番の神髄があるのだ!
とも言われていて、「ア」と言えば「ウン」と答える。
その阿吽の呼吸の中に、
考える以前に反応する「ナニモノか」があなたの中に存在しているではないか......
それを禅師は示しているのだ......
その「ナニモノか」に向かって「喫茶去」と言っている。
ソレは「今」「ここに」「居る」ということの大切さを説いているのだ......
という、そんな解釈もあります。



......どれも正しそうですが。。



そうですね......僕には......
本当の答えは良く解りません。
どの答えでもとても素敵な感じがして良い様に思えていますが、僕はただ、ナントナク、
この「喫茶去」......「まぁ、お茶でも一杯」......という言葉に
何やら不思議な安らぎを覚えます。



「まぁ、お茶でも一杯。。」



うーーん......



良い。(〃∇〃)



「喫茶去!」



じぃぃーーーん(* ̄◇ ̄*) 。。。よひ!



そうですね......僕個人の答えは......「魔法の言葉」でしょうか。



「ただそれだけで良い」気がしてます。はい(^^)



明日も、やろーーっと。



まぁ、一杯、お茶でもっ!(><)/
東京、谷中。カヤバ珈琲店。どぞどぞ。
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チャンス

2012-09-09 03:26:26 | 勇気
Sさんというのは、
数々のヒットアーティストや楽曲に関わって来た大先輩のオヤジさん。
いくつかのレコード会社の経営職なども務めあげ、
現在は勇退して毎日悠々自適のゴルフ生活を送っているような方です。
ウラヤマスィ。。。

体型はちょっと?小太りで首は短め...... ┃電柱┃_・)そぉ~...

なんとなく「ありがたい」大仏然とした顔にはいつも優しい笑みをたたえていて、
絵に描いたような好好爺とした雰囲気を持った方。
それでもってそんな外見イメージとは裏腹に妙に運動神経が良くて、
「こんな父親の元に生まれたかったな......」
といつも思ってしまうような方です。はい。

昔、一緒にスキーに行った時にその滑る姿を目にした時は
「アレ!?デカイお地蔵さんが板に乗って落ちてきてね?」
ってな感じ。
「何であのお地蔵さんは体を微塵も動かしていないのにターンができるんだ?」
ってな滑り。

僕が社会人一年生の時に配属された本部のトップだった方で、
この世界で働くキッカケを作ってくれた方でもあります。
そしてその頃、
傍若無人な僕に数々の印象に残る説教!?お話?をしてくれた人でもあります。
はい。。即ち、恩人です。


いつだったか、
「オイ!傍若無人くん。お前は“チャンス"ってどういうことだか分かるか?ん!?」
と、イチャモンをつけられました。


「うー、、ワンワン!!」


取り敢えず僕は吠えてやったのですが、その時、お地蔵さんはこう話を続けました。


「おまえはチャンスを掴める奴とそうでない奴の違いって分かるか!?ん?傍若クン。」


「ウーー…」


「あのな、チャンスってのはな、そこら中にコロガッテるんだよ。無人クン。
いいか、ソレがチャンスとして見えるか、見えないかは、
自分が何を思って毎日を過ごしているかで変わるんだ。
チャンスがチャンスに見えるためには
いつも何がしかの希望や意思を持っていなければ分からないんだよ。
でないと、折角のチャンスが目の前にあっても、
それがチャンスとして見えてこないんだよ。
見えないんだよ。無いのと同じだ。
分かるか?ん?」


「ムム……」


「チャンスを掴むには、先ず、
それがチャンスなんだと思える、認識できる目を、
心を持っていなければいけないんだよな。
でな、そういう心でいるとチャンスなんて意外に沢山転がってるんだな、、って、
そういうのも見えてくるもんなんだよ。
そういう心がないとチャンスなんて全くない世界のようにも思えたりするしな。。
分かるか?ん」


「わんわん!」


とりあえず僕は吠えたりました。。が、
今でもこうしてしっかり、ハッキリ覚えている話でもあり、
その後この話は結構多くの人にして来た様に思います。

お地蔵さんによると、チャンスとはそういうことのようです。

ちなみに運動神経の「妙に」良いお地蔵さんは、
ゴルフをするとホトンドOBを出しません。
僕の正反対です(><*)ノ
ワンワン!



入れちゃいけないモノを色々と入れたおかげで見事にお蔵入りした!
最近人気者の古坂大魔王との「幻の電子レンジ実験」の模様。
シャッターチャンスは逃さん!!とワンコ共々待ち構えてるのだ!( ̄ヘ ̄)わんわん!
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理不尽の海

2012-09-07 00:01:23 | 感謝
「本当に、、どうしてこんなに理不尽なんでしょう。。」

最近、こんな相談、愚痴を色んなスタッフからかなり沢山聞いています。
気持ちは......僕なりに、本当に良くわかります。。はい。。
僕も人並に同じような気持ち、思いは、味わって来たつもりではあります。

あくまで、そんな個人的な小さな小さな歩みの中での話でしかありませんが、
「理不尽さ」については僕はだいたいこんなふうに考えていて、
時折人に答えたり、話すことがあります。



例えば、野山や公園の草むらで一歩足を踏み出します。
その自分の足の下ではいったい何匹の小さな虫達が踏まれ、
理不尽にも命を落としてるのでしょうか。

例えばハンバーガーを食べます。
それはとても美味しくて、少し幸福な一時が流れます。
ただ、そこには何の理不尽さも無いのでしょうか。

昔......今もそんな家も沢山あると思いますが......
鶏を飼っていた様な家ではよく見受けられであろうトリを「シメル」という行為。
それをどのくらいの人が「実際に」やった、見たことがあるのでしょうか。
命が命の為に命を奪う瞬間。

ハンバーガーは最初からハンバーガーではありません。
見方を変えれば、それは「命そのもの」と言えるのかもしれません。

「命という視点」に立った時、
そういった自分以外の命、生命、
地球、宇宙、良心、良神......神に対して起こしている自らの理不尽さを
人は自分の生活や精神が安定、安心している時は忘れてしまいがちです。
自分が途方もない理不尽さに当たらない限り、
理不尽にも失われた命達が自らの命を育んでくれているというような
「極基本的な事実」すらも忘れてしまいがちです。



ここで考えます。
もし宇宙の真理、神の摂理......「力」の一つが「バランスを取る事」だとしたら、
理不尽さそのものに活かされている僕らが
時に理不尽な問題に巻き込まれてしまうという事も避けれないことなのかもしれません。



命は、命によってもたらされます。
故に、命は命によって育まれるのかもしれません。



いま食しているものは命ではないと言えるのでしょうか。
植物は、野菜は、果物は命ではないと言えるのでしょうか。
育むために削られる、与えられる命は、決して理不尽なことではないんだと、
果たして、そんなふうに言い切れるのでしょうか。



もう一度。
命という視点に立った時、
理不尽なことが起こるその理由は、多分......生きているから。



理不尽なことを無くすにはきっと無生物......
空気や水だけで生きていけるような人にならなければ出来ないことなのかもしれません。
それは仙人のように山奥に駆け込んで
悟りを開く様な生活をするしかないのかもしれません。
それでも、どんな山奥でも一歩踏み出した足下には生き物は沢山いるはずです。
野菜ぐらいは食べるかもしれません。。野菜は生き物では無いのでしょうか?



どうも......無理っぽいです。。



もし僕達が神のように潔白に生きていければ、生きることが出来れば、
理不尽な事も起きないような気もします。。が、
それはこの地球に「命」を持って生きている限り無理な話なのかもしれません。
必ず、生きている限り「何かに対し」理不尽なことを
「知らないうちに」しているような気がします。

だから、理不尽さを避けるという事は「生きている限り」無理なのかもしれません。

理不尽さこそが生きるということ。
理不尽さこそが「命を与え、与えられ、持って、持たれて」生きているという証。



そう。。。だから、
古より賢人達は常にこう教えるしか無かったのだと思います。



「全てに感謝」



失われた命にも感謝。
理不尽な事にも感謝。
理不尽の海の中で溺れそうになって頑張っている自分自身にも感謝。

自分も理不尽によって生かされているのだから、
その理不尽のお返しも等しく受け入れなければいけない。
それは宿命。それ「が」宿命。
命とは時に理不尽さと同じ意味を持つのかもしれません。

恐ろしい理不尽さに対峙したとき、
自分に出来る事はその理不尽さを受け入れて、
それでも自分の芯、心は失わず、いつか、どれだけの時間がかかっても良いから、
その理不尽さを消化し、昇華し、生き抜くエネルギーに変えて行くこと。

「バランスをとる宇宙の摂理」は
そんな頑張りもきっと何時の日か反映させてくれると思います。
その出来事には時間差があるから僕らは「関連付けて」気付けないだけで、
きっと僕達は今までもそうやって生きて来た、来れたのかもしれません。
「理不尽に良い事」、それは「幸運」と呼ばれるものかもしれませんが、
そんなことにもきっと原因があるはずです。



いただきます



こんな言葉がある国に生まれ、暮らせていることに時々僕は幸運を感じ、
誇らしく思えることがあります。



いっただっきま~~~す!ヾ(●´▽`●)ノ

最近よく行く東京、下北沢の絶品お好み焼き屋さん「なんばん亭」
四角く包んで焼かれるお好み焼きは斬新で、なにやらガレット的。
関西風でもあり広島風でもあり.....まさにハイブリッド東京!って感じ。
とにかく美味いのだ!(><)ぶひーっ!
コメント (2)
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BUTLER 304

2012-09-05 00:38:38 | 凄い
アメリカは「デンタル大国」と言われてるそうです。
その要因としては、まず、
肉を主とする食文化というのが影響しているらしく、
歯が丈夫でないと食事が美味しく味わえないということがあるようです。

それと、言語特性的にも歯や舌の動きが発音に影響する部分がかなりあるということ。
コミュニケーションにおける表情や、身ぶり手振りの大きさにも特徴があるので、
必然的に相手に歯を見せるような機会も日本的なコミュニケーション文化よりは
俄然多くなるようです。
確かに欧米のほうが「wahahahaha...!」などと口を大きく開けて大らかに笑う人は、
女性に関しても、日本と比べると比較的多い気もします。

そんなところから歯に対する意識も自然と高くなっていって、
それは社会的美意識にも繋がっていき、
歯のケアや、矯正などに対しても高い意識が育まれていく…
といった流れがあるようです。



SUNSTAR BUTLER 304。(サンスターバトラー304)
もう十年以上も使っている歯ブラシですが、
そのデンタル大国アメリカで、
発売以来、何十年もの長い間「絶対の信頼」を得ているモデルです。
「歯と歯茎の両方を完璧に磨ける、、」ということにおいては、
このモデルは強力だと思います。。
本体は勿論、そのパッケージ・デザインもとてもクール。


僕が「304」に出会ったのは二十代の後半に遡ります。
虫歯になってしまったことがあって、その時、歯医者に行って、

「この際!三十代に向けて全て完璧に治したって下さい!先生様ぁ!!
お願いマンボーーッ!(><)」

ってなことで治療してもらい、その後

「もう二度と虫歯にならへんぞ!!何故なら痛いから!」

ってなことで色々と歯ブラシを調べたり、研究したり、試したり、、
先生に相談したりもしながら最後に辿り着いたのがこの304でした。
歯茎ごと磨く「ローリング方」という用法に特化したモデルなのですが、
そのためヘッド部分がやや大きいのが特徴です。
口の小さい方や女性には
二列植毛でヘッドが小さい「104」というモデルも良いかもしれません。


この304。指先が押当てやすく、指の力がロス無く伝わる様にデザインされた
「元祖」フラットグリップもかなり持ちやすく、使用感は完璧。

グリップエンドには歯と歯茎の間などのマッサージや汚れとりにもなる
「スティムレーター・チップ」というゴム製のチップも付いていて、
これも歯茎や、歯肉の細かいケアに使えます。
僕は殆ど使ったことはありませんが。。

その後、電動歯ブラシブームやら、
イオン!?音波!?だかなんだかで汚れや歯垢を分解ですっ!
なんて凄いアイテムなども色々と登場したりなんかして、
ちょっとそんな連中も使ってみたりなんかもしたのですが、
どうも「歯茎のマッサージまで気持ちよく同時に出来てしまう」という部分も含めると、
この歯ブラシを超えるものに未だ出会えていないというのが僕の実情でございまする。。


ブラシの固さはソフト、ハード、ウルトラハードと3段階あるのですが、
お勧めはナントイッテもハード。
デンタル大国アメリカのハードですから、日本のモデルでいえばウルトラハード......
という位置づけでしょう。

最初、殆どの人が血だらけになると思います。はい。間違いなく。
僕も最初使った時は驚くくらいの血だらけ模様でした。。
磨いていると何やら痛いし。。(T.T)
でも、磨き終わった後の妙な爽快感と、、、うーーん、、、なんというか、、
ストレッチした後の、痛いのだけれど、きっとこれ体に良いぞ、、うん、、
などと確信出来る様な感覚や清々さみたいなものがあって、
ハードなボディタオルやスポンジ、アカスリみたいなものを使い慣れると、
柔いのは体を洗った気がしなくなってしまうのと同じ様な感覚というか、、
ソンナ感覚と同じ。。と言えば伝わるのでしょうか。

それでもって、そのまま一週間も使っているとやがて血も出なくなります。

そうなると!しめたもの!で、
歯茎の色も何やら健康そうになり、
歯の方もハードなブラシにも
「負けないぜぇ~。わいるどだぜぇ~。」
という方向でピッカリにしてくれます。


出張などで3日ぐらいホテルの歯ブラシさんなどを使って帰ってきたりなんかすると、
またすぐに血が出て来たりして、、
「ちみさぁ、、しばらくヤワってたんじゃないのぉ!?んんーー!?」
ってな声が304さんから聞こえて来たりもします。
やっぱりスパルタなヤツです。304さん。。(ToT)

もっとスパルタがお望みの人には
「305ウルトラハード」というモデルも待ち受けているようですが。。
メーカーによると305は歯科医と相談してからで無いと勧められないとのこと。
この304のあるバトラーシリーズはデンタル大国アメリカで80年の歴史を持ち、
歯科医院の正式取扱い商品でもあるそうです。


304さん。これからも末永くお願いしますです。はいー( ´ ▽ ` )ノ


しかし、歯ブラシ一本、ナゼこんなに熱く語ってんだろ。。俺。。(・_・)
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